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00.12.01

再々「蹴りいの、たたきいの」

 「痴漢の足を蹴りいの、顔をたたきいの、さんざん痛めつけてやった」というような「Aしいの、Bしいの」という言い方については、何度か話題にしました。その後、またいくつか用例がとれましたので、あらためて続きを書きます。
 今までの話をまとめ直しておきますと――。
 「死ぬの、生きるのと、さんざんもめて」というような、「Aするの、Bするの」の形はわりとよく耳にするのですが、「蹴りいの」のような「Aしいの、Bしいの」の形はちょっと珍しいようです。
 「しいの」形は、「清水の舞台で物を見物しいの、おめえにも土産を買いいの」などとドラマで使われています。しかし、1960年代の三遊亭圓生の落語を聴くと「お下がりなんざあのべつにいただきの、お給金はたんまりもらいの」のように「Aしの、Bしの」形であって、延ばしてはいない。
 「しの」形で並列を表す言い方としては、18世紀の「遊子方言」にも見えていて(佐藤貴裕氏)、古い言い方であるようです。
 さて、この変種でしょうか、こういうのもありました。
 サーカスのにわか団員が、2人で空中ブランコの演技の打ち合わせをしているところです。

伊東四朗 いやいや、だからほら2人で空中ブランコに揺られのの、片っ方が飛びののつかまりのの、2人で落ちのの……。
三宅裕司 落ちちゃだめでしょう。
(バップビデオ「いい加減にしてみました 伊東四朗・三宅裕司 Special Performance」 1997.07.08 全労済ホール スペース・ゼロにて収録)

 ここでは「Aしのの、Bしのの」の形になっているのですね。「揺られのの」というのは、「揺られの」から変化したのか、それとも延ばした「揺られえの」から変化したのか。
 判断材料に乏しいので何ともいえませんが、「揺られの、飛びの」だけでは並列が強調されないので、ある場合には「のの」と並立助詞を重ねたり、動詞を長く延ばしたりして際立たせようとするのでしょうか。
 動詞連用形を長呼する言い方は、その後もまれに耳にしています。

恋もありいの、……涙もありいの、……すごくいいドラマです。(俳優・山田純大=NHK「スタジオパークからこんにちは」1998.10.20 13:05放送)

〔家具が〕こっちへ全部倒れえの(NHK「生活ほっとモーニング」 2000.01.12 08:35)

 後者の用例は、阪神大震災の時に家の中がどうだったかについて主婦がインタビューに答えたものです。「倒れえの」のあとに並列する句は来ていませんでしたが、気持ちとしては何かとの並列を表現したのでしょう。
 明治初年の仮名垣魯文「安愚楽鍋」には次の形が出ていました。

彼人と倶に、薪炭をつみこんで、河岸へひいてきた大八車へ、「フランケツト」をしきまうけて、是へあひのりをきめやまの、車力両人をやとひこみの、おしだすところは、くらまへ通り。(二編上)

 これは若旦那ふうの男が通ぶって話しているせりふです。「きめやま」というのは「決める」に「山」を付けてしゃれた言い方で、あんまり意味はない。「相乗りを決めの、車力ふたりを雇いこみの」というのと同じことでしょう。しかし、「決めの」と動詞連用形に「の」がつくのではなく、「決め山」という名詞に「の」がついているのは注意すべきでしょう。
 ともあれ、江戸・明治から昭和にかけては、今までのところ、「しいの」とか「しのの」とかいう形は見つけていません。これらは、どうも新しい形のような気がします。
 現代では、家庭の主婦がふつうに使う言い方であり、もはや通人語でもないようです。

●この文章は、大幅に加筆訂正して拙著『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波アクティブ新書 2003.06)に収録しました。そちらもどうぞご覧ください。

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