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きょうのことばメモへ三省堂国語辞典
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98.09.07

漢字百字

 小学生のころ、僕はよく忘れ物をした。いや、小学生のころも、と言うべきでしょうか。もっとも、僕だけではありませんでした。同級生もよく教科書や何かを忘れてきました。
 6年生のときの担任だった年輩の女の先生は、ある時、ついに業を煮やして
 「忘れ物1回につき、ノートに漢字を100字書いて提出すること」
 という規則を作りました。教科書を忘れれば100字、副読本も忘れていれば200字です。
 こうして、少なからぬ生徒が、毎日のように休み時間を費やして漢字の書き取りに精を出すことになりました。忘れ物をしないようにする、という方向にはなぜか向かわないのですね。
 むろん僕も、書き取りを多く課される生徒の一人でした。休み時間に、そうでなければ放課後に、国語の教科書を開いて、後ろに載っている「教育漢字」(現在は「学習漢字」)を初めから書き写していくのでした。
 生徒の間で「漢字責め」などという言い方があったぐらいで、かなりしんどい罰だったと記憶します。このように「罰として漢字の勉強をさせる」というのは、漢字嫌いの子を生むことになって、非常にまずいやり方でしょう。
 ところが、僕が漢字嫌いにならなかったのは、ある一計を案じたからです。書き取りが苦痛なのは漢字表に従って黙々と書くからだ。そうではなくて、自由な字を使って書けばいいのではないか。
 そこで、ある時からは漢字表にとらわれず、たとえば次のような文字列をノートに書いて提出するようにしたのでした。

魔多和数礼毛農汚師低詩末他漢字書取汚氏奈
計礼婆奈良内波也句可栄利隊那同氏亭困那期
摩利画阿流濃打廊下伊耶二那流打軽土弧能頃
出羽段団要領画和渇停貴多過羅曽冷保度苦痛
二感児流古都蒙那以可模指令奈意保裸寸駄与

 これはかなり楽に書けた。いわば万葉仮名ふうの文章とでも言いましょうか。先生にばれないのをいいことに、いろいろふざけた文章を漢字の中に隠しては、友達に見せたりして面白がりました。「駄」など、教育漢字にない字も覚えることができました。
 その代わり、忘れ物はいっこうに減らないのだった。

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