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01.01.30

フランスの大蔵大臣

 省庁再編によって、新しい役所の名がニュースなどでもよく聞かれるようになりました。かつて「鉄腕アトム」には「科学省」なる役所が出て来ましたが、実際、21世紀になってみると、「文部科学省」として現実のものとなっています。思えば手塚治虫さんは先見の明がありました。
 「科学技術庁」の略称は「科技庁」でしたが、「文部科学省」は略すとさしずめ「文科省」か。これでは「文科・理科」の文科みたいで、ちょっと略すのが適切ではないようです。新聞などでは、略した言い方を聞いたことがありませんが、マスコミも困っているのではないでしょうか。役所の名を決めるときには、その略称をどうするかというようなことまで、細かい配慮をすべきでした。
 「厚生労働省」「経済産業省」「国土交通省」など、ほかにも略したい役所名はあります。「農林水産省」が「農水省」なんだから、バランスを取る上でも縮めて言いたいものです。
 しかし、それぞれ「厚労省」「経産省」「国交省」と言えるのかどうか。言えませんよね(追記参照)。何だか、「功労賞」とか「経産婦」とかいうことばを想起させるし、「国交省」は、どれだけ耳になじんだとしても「国交→外交」という連想がはたらいて、外務省と混同しそうだ。何とかならないものでしょうか。
 名が決まるまでに、だいぶ議論がかまびすしかったのが「財務省」でありました。「大蔵省」は律令時代から使われている由緒ある名だとして、役人などが改名に抵抗したのに対し、橋本龍太郎元首相が、それなら「兵部省」や「検非違使」も魅力があると皮肉ったりして(「朝日新聞」1999.02.16 p.7)、すったもんだの末に「財務省」に落ち着いた。
 ところが、ここに大きな問題がある。たとえば、こういう場合は、どうなるのでしょうか?

「フランスでは、大蔵大臣が国民議会に出席するときには、船で行きます」
 と東京・新宿区にある日仏学院の先生、イブ・ペローさん(三十九歳)。(「週刊文春」1999.07.15 p.90)

 フランスにも、大蔵大臣はいるわけです。もちろん、ドイツにもイギリスにもいる。この間アロヨ新政権が成立したフィリピンでは、新しくロムロ蔵相が就任した。決して「ロムロ財務相」ではないし、まして「ロムロ財相」でもありません。
 日本では省庁再編が行われたけれど、外国でも同時に行われたわけではないので、外国の機関や大臣まで呼び方を変える必要はない。そこで、日本でお役ご免となった「大蔵大臣」(蔵相)が、外国では(というよりは、外国の大臣を指す語としては)依然として健在であるというおもしろい状態が生じました。
 そういうわけで、外国にはロムロ「蔵相」もいれば、今日、ご飯を食べに行った活魚料理の店に置いてあった新聞でも

「どうやら世界経済のけん引役が米国から欧州に変わってしまったようだな」。ドイツのアイヘル蔵相は、会合で自信ありげに語った。さらにフランスのファビウス蔵相は「米国はもう少し金利を引き下げていいんじゃないか」と米国の金融政策に“口先介入”してみせた。(「東京新聞」2001.01.30 p.3)

というように「蔵相」が活躍しているわけです。
 このままゆくと、「大蔵省」ということばからは、今までの腐敗したイメージが消えてゆき、代わりに、なんとなく外国の香りのする、しゃれた語感が生まれるかもしれません。かえって、せっかく新しく選んだ「財務省」という名に、すぐ手垢がついてしまったりして。
 外国の「文部省」「厚生省」などを指す名称は、今後どうなるのでしょうか。日本の省庁再編の影響が、外国の省庁を指すことばにこの先どの程度影響するのか、それとも結局影響しないのか、興味深いところです。
 それからもう一つ、「我が家の大蔵省」なんていう言い方の行方は? 「朝日新聞」名古屋版(2001.01.09)の「かたえくぼ」では、「省庁再編」と題して

我が家の大蔵省は健在です
  ――かかあ天下

という投書を紹介しているようですが。


追記 アメリカの財務省、イギリスの大蔵省はともに Treasury、一方、日本の財務省は(財務省のホームページによれば)英訳は Ministry of Finance で、これは大蔵省時代と同様です。対外的には組織に変化はないということらしいです。財務省・大蔵省の違いは、べつに、英語の Treasury と Ministry of Finance との違いに対応しているとかいうわけでもなさそうです。要するにどっちでも同じなのです。(2001.01.31)

追記2 読売テレビの道浦俊彦氏よりご教示いただきました。省庁再編の翌日の「読売新聞」(大阪版)で早くも略称をご確認になったそうです。
 「経産省が法整備へ」(2001.01.07)、「ケアマネジャーの質向上へ〜上級資格を導入〜厚労省方針」(01.09)、「大学“17歳入学”自由化〜将来15歳で可能に〜文科省、来春にも資格緩和」(01.11)などとある由。
 うーむ、僕は上の本文で「略せそうもない」という趣旨を書きましたが、新聞は果敢に略していたのですね。調査不足をおわびします。
 あわせて道浦氏より、日経データバンクで見出し(00.07〜01.02.15)をキーワード検索された結果を教えていただきました。それによると、

略称総件数読売初出朝日初出毎日初出
厚労省33241月6日81月20日11月25日
文科省1491月10日22月2日31月25日
経産省881月16日----
国交省1--11月31日--

のごとくであるようです。
 一方、「産経新聞」「日経新聞」では、見出しでは略称を使用していないそうです。
 「読売」が略称使用に熱心なのは、他紙にさきがけて文字を大きくしたためもあるのではないでしょうか。これからは他の主要紙の文字もさらに大きくなるようですし、省庁略称も拡大するのでしょうか。

 なお、僕が「文科相」を初めて目にしたのは「週刊文春」2001.02.15でしたから、感度が鈍いかも。「厚労省」は「朝日新聞」02.16朝刊、「国交相」(扇国交相)は02.16夕刊で目にしました。

 また、02.17にイタリアで「G7」が開幕しましたが、その日本語訳を新聞・テレビでは「主要七カ国財務省・中央銀行総裁会議」としていました(これも道浦氏に注意喚起をいただきました)。ニュースに接したかぎりではわかりませんでしたが、フランスのファビウス蔵相らの行く末やいかに。こういう場をきっかけに、彼も結局ファビウス財務相になってしまうのでしょうか。(2001.02.18)

追記3 「朝日新聞」2001.02.22 p.4「記者席」で清原政忠記者が「省庁略称」を取り上げています。
 「国土交通省」では、略称について副大臣が議論を求めたが、扇千景大臣が〈「国土交通省でいいんじゃない」とぴしゃり〉だそうです。いいのかな。関係者にとっては、ことばの経済は重大問題だと思いますが。そこで〈2月中旬から一部の新聞が「国交省」を使い始めた〉とあるけれど、上記道浦氏によれば、当の朝日が1月から使っています。
 新聞紙上では〈文部科学省は「文科(もんか)省」〉。モンカですか。「文相」を「ブンショウ」ではなく「モンショウ」というような違和感あり。
 経済産業省は「経済省」が多数派だそうです。「経産省」では経産婦を連想するから、というのは僕の発想の仕方が悪いのであって、道浦氏「平成ことば事情」2001.01.11によれば、平沼赳夫大臣はむしろ「計算高い感じがする」と捉えられることをいやがっているらしい。ならば初めから正式名称を「経済省」にしておけばよかったと思います。(2001.02.23)


関連文章=「総理と呼んで

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