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01.02.22

「に」と「を」

 「恋ふ」(恋しく思う)ということばは、万葉集の時代は、
 「妹恋ひ……」
 というふうに、「に」に続いていたのですが、古今集の時代になると
 「人恋ひ……」
 というように、「を」に続くようになります。
 佐竹昭広氏によれば、万葉集でも、「(だれそれ)を待つ」の意味をかねて「(だれそれ)恋ふ」とした例もあったといいます(「訓詁の学」『萬葉集抜書』所収)。そういうところから、だんだん「〜を恋ふ」という言い方が広まっていったようです。

 「に」と「を」との違いをごく大ざっぱに言うと、「に」が相手と直接関わらなくてもよいのに対し、「を」は相手と密接に関わります。たとえば、
 「彼女惚れる」
 は、あくまで自分の状態を言うのですが、
 「彼女愛する」
 というと、髪をなでるとか、抱擁するとか、あるいは離れたところからでも常に幸せを願ってやるとか、有形無形の影響を与えるのです。「〜に恋ふ」「〜を恋ふ」の語感の違いも、それに類するものでしょう。
 「彼いたずらする・いやがらせする」
 「彼なぐる・ける・殺す」
 という例を比べると、「いたずらする」は「彼」のいないところで靴を隠したりすることを含みますが、「なぐる」は「彼」のいる場でなくては無理でしょう。
 とまあ、このようにまとめてしまうと、例外もぞろぞろ出てきて良くないのですが、「に」をとるか「を」をとるかで、文の意味が大きく変わることは確かです。

 「恋ふ」に限らず、動詞がどのような助詞をうけるかは時代によって変わります。明治時代の二葉亭四迷「浮雲」を見ると、

それはそうですヨネー、この間もね、貴方、鍋が生意気におかしな事を言ッて私からかうのですよ、(第一編、文字遣い改める)

翌朝に至りて、両人の者は始めて顔を合わせる、文三はお勢よりはきまり悪がッて口数をきかず(同)

などとあります。今ならば「私からかう」「きまり悪い」というところです。
 新聞などを見ていると、「おや、これは目新しい助詞の使い方だ」と思うことがあります。

 会議の主役は毎回、出席する各国首脳たちではない。主役は、常連であるゲイツ・マイクロソフト会長ら、主に民間の世界経済の最新情報熟知したプロばかりだ。首脳たちは、彼らの“研究材料”にすぎない。(東京新聞 2001.01.30 p.3)

 僕なら「〜熟知した」と「を」を使うと思います。もっとも、同じ「知る」という意味でも、「精通する」「通暁する」は、「〜精通する」「〜通暁する」と「に」を使います。難しいですが、このニュアンスの差を味わうべきでしょう。
 ちょっと古い記事ですが、次のはどうでしょう。

その一方で「南京大虐殺記念館」今月、野中広務自民党幹事長代理と村山富市前首相が訪れた。自民党幹部、首相経験者のいずれも初の訪問だ。(朝日新聞 1998.05.30 p.7)

 「〜に訪れた」という言い方はありますね。「春がこの町訪れた」などと使いそうです。
 しかし、「に」を使うのは、上の「春」の場合とか、「老いが私に訪れた」とか、意志的でない場合のように思います。野中・村山両氏は、しっかりと意志を持って訪れたのでしょうから、「南京大虐殺記念館訪れた」と言ったほうがよいのではないでしょうか。


関連文章=「大湊を追う」 「「江戸時代に」と「江戸時代へ」

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