フォルケホイスコーレ(Folkehoejskole)とは語義的には「民衆の大学」を意味します。「大学」といってもわが国でイメージする大きな総合大学(University)ではなく、小さなカレッジ(College)と考えて下さい。コペンハーゲン北のヘルシンオリ(Helsingoer)にある英語で授業をする外国人向けの「インターナショナル・ホイスコーレ」は英語名を「International Poeple's College(IPC)」としています。もともとは創始者のグルントヴィがイギリスのケンブリッジ大学に遊学したときの学部に相当するCollegeからヒントを得たいきさつもあり、Collegeに相当するHoejskoleの言葉をあてたのです。当初は義務教育を終えた人々が高等教育を学ぶ場所として機能しましたが、現在では大学の教養部程度、あるいは大人が教養として学ぶ内容になっています。
デンマークに約100校、北欧全体で400校程度あり、規模はまちまちですが、だいたい50人から100人の定員が多いようです。
(1)試験もなく資格も問わない
フォルケホイスコーレ(通称はホイスコーレ)は、試験もなく資格も問わないので、18才以上の人なら誰でも学べます。国籍も問いませんが、授業はデンマーク語で行われますので、日本人なら誰でもというわけにはいきません。
(2)全寮制で期間は数ヶ月
ホイスコーレは全寮制で、生活や食事をみんなでともにする共生が重視されます。とくに3度の食事と3度のお茶の時間は重要で、ここで生きた言葉と対話がリラックスしたかたちで可能になり、互いにうちとけていきます。
期間は3ヶ月から6ヶ月というものが多く、複数の学校を渡り歩くこともできます。デンマークでは大学へ行く前や会社を中途で辞めてからここに来て、自分のモチベーションを探すという形が多くなってきています。
(3)れっきとした学校教育
国際的には成人教育機関として受け取られ、最近は先進国でもはやりの合宿型のカルチュア・センターみたいなものと理解されがちですが、デンマークでは履歴書にも書ける学校で、スウェーデンやフィンランドでは資格も取れる専門学校的扱いになっています(その分入学手続きが面倒くさい)。ただしこの学校自体の歴史が行政によらない民衆の対抗教育として続いてきましたので、やむなく成人教育の範囲に入れられています。
(4)行政から自由な私立の学校
この学校の歴史が民衆の対抗教育というものでしたので、国家からの自由というものが一番大事な思想になっています。しかし代々この学校出身者が政権を担当しましたので、今までは経常費の約8割を行政からの援助によりまかない、財政的には公立学校に近いものになっています。しかし、カリキュラムや人事など、学校の内容や運営にはいっさい行政は関知できないことになっており、行政から独立した私立の学校というスタイルが守られています。
学校ごとに個性があり、一律に語ることはできませんが、大まかには次の三つに分類できるでしょう。一方通行的な講義形式はなく、ほとんどがゼミナールかワークショップ(参加体験型学習)形式です。
伝統的科目 昔からホイスコーレの科目として大事だったものです。デンマーク文学、歴史、自然科学、コーラス、演劇、デンマーク体操、語学などが挙げられます。 趣味と実益をかねた実践的科目 陶芸、絵画、彫刻、写真、ビデオ制作、工芸、織物、刺繍、音楽、バンド演奏、ヨット、サーフィン、ボート、カヤック、テニス、ダンス、武道、ダイエット、ヨガ、スキーなど。 現代的課題 エコロジー、国際関係論、ジャーナリズム学、開発教育、フェミニズム、自然エネルギー、有機農業、セラピーなど。
学校はそれぞれスポーツや環境や音楽など、独自に力点を置いていますが、専門学校化せずに、どこでもバランスのよい科目配置をしています。スポーツに特化した学校でもグルントヴィやデンマーク文化や音楽などについて学ぶことができるのです。各学校の特色についてはここをごらん下さい(ただしデンマーク語ですが)。
基本的に誰でも参加できるレベルです。スポーツや音楽、美術などは技能を問わず参加でき、障害をもっている人でも好きなスポーツにチャレンジできます。
先進国の視察団は、ただの合宿型カルチュア・センターとしてだけしか受け取らず、日本も例外ではないのですが、この学校の目的は趣味や実益を伸ばすことではありません。グルントヴィの基本的な考え方、「生きた言葉」による「対話」と「共生」を通じて、民主主義社会を形成するにふさわしい判断力を身につけ、生き甲斐をもてるわきあいあいあいとした空間をつくり上げ、そこで自分の生きるモチベーション、他者を考慮した自己実現の道を見いだすこと、すなわち「生の自覚」がこの学校の目的になっています。もちろんみながみなそれができているわけではありませんが、失業者がこの学校に来て生きる意欲を取り戻すということはしょっちゅう起きています。
デンマークでは、近代化により伝統社会が壊れ、個人主義化が進んだとき、教育ではこの学校、経済社会では協同組合組織が、人々の連帯と友愛を守るとりでになり、ほかのヨーロッパ諸国にありがちな疎外状況が起きませんでした。今日、デンマークだけがそうした社会問題を免れるわけにはいかず、さまざまな社会問題が生じてはいますが、それでもこの学校の存在によって人々の連帯と高い民主主義の意識が育まれていることはたしかなのです。
フォルケホイスコーレ運動は、19世紀の協同組合運動、第二次世界大戦にナチスに侵略されたとき、それに70年代から80年代にかけての、アンチ原子力発電としての風力発電運動という代表的な三つの波をもっています。石油ショック以降、デンマークでも原発建設の必要性が叫ばれたとき、フォルケホイスコーレのひとつで、もっともラディカルなTvind(トゥヴィンド)ホイスコーレが1978年に学生、教員、地域の人々による手づくりの50メートル風車発電を建てました。以後各地のフォルケホイスコーレで、風車がつくられ、またこの運動から民衆のための再生可能エネルギーの研究所「フォルケセンター」が誕生しました。
ここでは風車の開発、植物エネルギーやバイオガスなどの研究が行われ、研究成果は自前で研究のできない中小企業に公開されました。おかげでデンマークは、風車発電世界一の国となり、輸出産業としても成長したのです(日本には、この運動の中で、町工場から育って大企業となったミコン社の風車がたくさん輸入されています)。ホイスコーレ運動の発展としてこの研究所をつくったプレーベン・メゴール(所長)は、最初協会が92年に日本に初めて招待したのですが、その後は通産省の外郭団体「新エネルギー財団」によって毎年招待されるなど、すっかり有名になりました。
この運動はホイスコーレ出身の農民たちがエネルギー協同組合を結成して風車を購入し、それで発電したものを売電するという方式でデンマーク全土に広まりました。しかし、町工場からスタートした風力発電のメーカーが、成長とともに淘汰されて寡占化し、また行政も化石燃料発電とのコスト差として与えていた補助金の打ち切りを行なったために、現在は下火になっています。しかし、民衆運動としての側面は、FEDD(Forum for Energy and Development, Denmark)というNGOが受け継ぎ、彼らはリオサミットのときに、集まった世界のNGOと連絡組織InforSE(International Network for Sustainable Energy)を結成し、その事務局として現在もグローバルに活躍しています。
ホイスコーレ運動がなぜ風力発電とむすびつくのか。それはもともと世界で最初に風力発電を実用化したのが、アスコウ・ホイスコーレのポール・ラ・クール(1846-1908)だったからです。彼は当時のデンマーク第一の物理学者でしたが、大学の職を投げ打ってホイスコーレ運動に入り、さまざまな貢献をもたらしました。
これらの項目については「風力発電、それは Made in Denmark」もお読み下さい。
デンマークのフォルケホイスコーレは世界の教育者や成人教育に大きな影響を与えました。わが国でも、内村鑑三や賀川豊彦などがグルントヴィから影響を受けていますが、その弟子筋の松前重義はこの学校にならって東海大学を起こしました。玉川大学も戦前からデンマーク体操を紹介するなど、大きな影響を受けています。また高校では、三重県の愛農学園高校などもあります。しかし、こうした制度化した大きな学校よりも、個人が自主的に行っている小さな学校の方がデンマークのホイスコーレの精神に近いでしょう。現在、協会に属しているものでは、次の三つがフォルケホイスコーレを名乗っています。
瀬棚フォルケホイ スコーレ
049-4827 北海道瀬棚郡瀬棚町共和925
Tel/Fax.01378-7-2064 (河村)
特徴:定員15人。酪農を中心に一年間学ぶ。対象は義務教育修了者。 風の教室
899-0122 鹿児島県出水市境町4341 福田英二方
Tel/Fax.0996-67-0374
特徴:月一回開校。有機農業を学び、地域自立を考える取り組みを行う。(現在休止) 日置フォルケホイスコーレ
759-4401 山口県大津郡日置町日置上5370-8 広岡 逸樹方
Tel/Fax.0837-7-4031
特徴:不定期に集いを開講。併設の児童図書室「どんぐり文庫」は常時利用可。
詳しくはそれぞれの名前をクリックして下さい。
また協会でも、年に4回ほど「ホイスコーレ」と名づけた合宿型のセミナーを行っています。デンマークのホイスコーレの雰囲気にかなり近いものをもっています。
99年に新たに2000年以降、瀬棚フォルケホイスコーレに次いで常設のホイスコーレを目指す動きが始まりました。
999-1212 山形県小国町大石沢863 Tel/Fax 0238-65-2213 代表者 武 義和 |
設立者の武さんはノルウェーのフォルケホイスコーレに一年教員兼学生で滞在し、ノルウェーのホイスコーレの精神に則って、新たなホイスコーレを設立すべく努力しています。どうぞご支援よろしくお願いします。
義務教育段階の学校
フォルケホイスコーレ運動は、そのジュニア版として、フリースコーレと呼ばれる自由な小学校、エフタースコーレと呼ばれる自由な中学校をもっています。わが国にはこちらの学校群の方が大いに参考になるでしょう。これについては「デンマークのフリースコーレとエフタースコーレ」をぜひお読み下さい。