2月5日

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高橋尚子 徳之島合宿初日

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 4日、丸亀ハーフマラソンでシドニー五輪金メダル獲得以来4ケ月半ぶりの公式戦に復帰。1時間12分40秒で8位となった高橋尚子(積水化学)が5日、昨年、シドニー五輪に向けて本格的な練習を始めた鹿児島県・徳之島で15日までの合宿をスタートした。
 様々な報道が交錯する中、目を少し腫らしながらも「尚子ロード」の除幕式を行い、チームメイト11人、小出監督らと記念写真に収まった。
 すぐに1時間のロードに出かけ、夜には島民をあげての歓迎祝賀会に出席して感激を味わっていた。

    高橋尚子一問一答

──徳之島に約1年ぶりに戻った感想は?
高橋 徳之島は暖かいな、というのが最初の正直な感想です。それから、チームのメンバーと久しぶりに会って、これまでほとんど会えなかったみんなと一緒にきょうからまた練習ができるんだ、みんなと走れると思うとうれしかった。
──雰囲気は違いますか?
高橋 いえ、去年もその前からいつも暖かく迎えてもらっていますから特に今年、ということではないですね。
──どんな合宿にしたいですか?
高橋 昨日ようやくスタートを切ったので、後戻りせずに皆と一緒に前を見て、振り向かないで行きたいと思います。
──除幕してみてどう思いますか?
高橋 金での縁取りをしてもらってうれしいな、こんなものまで作っていただいてうれしいのと同時に、ああこんなことも(金メダル)もあったな、去年ここに来た時にはまだこれもやっていなかったんだな、とこの一年の思いが蘇ってきました。
──どこまで仕上げたいですか?
高橋 終わってみなければ分かりませんが、たとえ20%でも30%でも、その時のベストができればいいです。上を向いてどんどん行きたいですから。
──徳之島は第二のふるさとですか?
高橋 そうですね、環境的にも、山ごもりではありませんが、それだけを見て走れるところです。ここがあったからこそ、最初の名古屋も次の名古屋も結果を出せましたから。


「センチメンタルジャーニー」

 去年の同じ頃、高橋はこの島にある徳州会病院で点滴を受けていた。深夜、千葉で食べた寿司に当たって体調を崩し脱水症状を起こし、監督と宿のご主人が「どこにも力のない」高橋を両肩で支えて病院に運んだと聞いた。病院で高橋は監督に「もうダメです。オリンピックどころか、私はこのまま体がダメになってしまう」と漏らしたそうだ。監督は、「何こんなところで弱音を吐くか」と叱咤。結果的には、この徳之島合宿で困難を克服したことが、金メダルへの本当の一歩となった。その場所の一年ぶりに戻ったことは、本当の意味での初心を取り戻すいいチャンスになるのではないか。
 起伏の激しいロード、向かい風、横風と容赦なく吹き荒れる海風、すべて過酷な環境が揃っている土地だけに、合宿といっても生半可な気持ちではとても走りきれないからだ。
 周囲は、バッシング報道を気にするな、と励ましているが、こればっかりは理屈で理解できるものではないだけに、落ち込みは心配される。この日も会見を終えた後に、「すみません会見と関係ないんですが」と頭をさげて報道陣に断った。
「昨日走りまして、会見をし、きょう新聞を見たら、みなさんが書いてくださった記事に励まされました。ありがとうございます」
 また涙を一杯にためてしまった。
 この日60分のジョッグで、一年ぶりに大きな目標にむかってスタートした道のりが、秋には世界最高に続くかどうか、今は誰も予想できないし、できる材料もない。しかしそんな不安に満ちた、予想もできない、しかも、今批判しているかもしれない誰もが忘れてしまうかすかな未知に挑んで走り続ける人々を、トップアスリートと呼ぶのである。


「巣立った場所ですから」

 世界最高に向けてスタートを切ったこの日、奇しくも高橋の古巣でもあるリクルートランニングクラブが、休部することを発表した。
 現在の部員は、アトランタ五輪5,000メートル4位入賞の志水見千子ら10人。97年に小出義雄監督がリクルートを退社して積水化学に移ってから、鈴木博美、高橋尚子らが揃って移籍した。
 監督は「自分がリクルートを引き受けたのは、平成元年だった。自分が関わっていただけに残念」とさすがにがっかりした様子。この日、合宿に入った11人の部員のうち、唯一リクルート時代を経験している高橋は「私が巣立ったところですし本当に残念です。でもこれですべてが終わりじゃない。悪いことだけでは決してないんで、次の場所でランナーとして輝いて欲しいです」、とした。
 リクルートランニングクラブとは、同じ佐倉を拠点としており、ジョッギングでも出会うことはある。廃部ではなく、地域密着で、というクラブ構想もあるという。高橋は、NEC女子陸上部など相次ぐ実業団チームの休部に、「自分が何も言わずにやらせてもらえる環境は恵まれていると思うし、責任を持って行きたいです」と身を引き締めていた。

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