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★Special Column★
「レースが終わってから会見に来るまでの着替えの時に、かなり泣いたようです。一目でわかるほど顔が腫れてしまっていて……。小出さん(義雄監督)がフォローしたら、さらに目を潤ませてしまいました」 9月24日、シドニー五輪女子マラソンが終わってから4か月半、金メダリストの高橋尚子(積水化学)が五輪後、初めて公式レースに出場した。記録は1時間12分40秒で8位と復帰レースとしてはまずまずの出来だったのではないか。おそらく設定タイムよりははるかに良かったはずだ。 先週発売の週刊誌に「あなたは何様なのか」といったバッシング記事が掲載された。小出監督によれば、それを目にした高橋は泣き出してしまったという。監督やスタッフが慰めたが、やはりひどく落ち込んだままこのレースに駆けつけたそうだ。誰が何を着ようが何を持とうが、自分の給料で買っているのなら文句など言われる筋合いはないし、反対に、誰が文句を言おうと批判しようとこれもまた勝手。記事自体、是非を問うようなものではない。 昨年9月25日、金メダル(記録は2時間23分14秒)獲得から一夜明けた会見の際、監督があげた言葉を忘れてほしくない。 五輪のレースの日、高橋は体脂肪7%程度だった。山口衛里(天満屋)も、2時間22分12秒をマークした際は6%だった。弘山晴美(資生堂)もベストは10%切った状態で必ずレースにあわせてくる。 すべての栄養素を十分に摂りながら月に1000キロもの距離を走り込み、足から、それは太ももやふくらはぎなどといった一般的な部分ではなくて、例えば足の甲や土踏まずからも、脂肪を削るような作業を、少なくても3か月にわたって続けなくてはならない。時には貧血に怯え、体脂肪の減少とともにリスクが増す生理が止まる問題や、それにともなう骨の生成機能の弱体化、これらと日々戦いながら、頑丈な体とそれを可能にする強靭な精神を持ってスタートラインに立たねばならないのだ。いわば、不健康と健康の1ミリほどの境界線を猛スピードで走り抜けるような仕事なのである。 太ることは、自然の状態に体を戻すことであり、何よりのリカバリーであり、次への極めて重要な蓄えになる。シドニーを戦った多くの女子選手が、レース後(幸い高橋ほど人の目に触れないだけでみな胸を撫で下ろしているかもしれないが)多かれ少なかれ、みな太った。太って当然で、太らなければよほど問題である。 そもそも、これまで人目に触れる機会が少なかっただけで、高橋がレース後、別人のように太ることは少しも珍しくない。98年アジア大会で日本最高記録(2時間21分47秒)をマークした後、名古屋で代表権を獲得した後、いつも周囲を驚かせてきており、今回も同業者たちからは「いつものように太った」という反応以外、特別なものはない。小出監督が強調するのは、それが内臓の強靭さをベースとするからで、彼女たちが無理なダイエットをしていれば当然、日本の女子マラソンは金メダルなど望むべくもなかった。太ることは容量の大きさであり、無論、故障の引き金になることだけを防ぐことができれば、体に自然のオモリを背負って走り筋肉をつける非常に有効な「ウエイトトレーニング」にもなる。 太ることは重要なトレーニングだ。レベルが上がれば上がるほど、である。個人的にも、そういう時期にある彼女たちが茶目っ気たっぷりに「見てください、このたぷたぷのモモ」とか「お尻がたるんで震えてる」と笑うのを聞くと、本当にほっとする。ああよかった、まだ太れる余裕が、心身ともに残っていたのだと、本当に安堵する。 あの日、シドニーの青空の下、死闘を制して金メダルでゴールしてもなお、笑っていたではないか。「泣くのは練習だけ」、それがモットーだと言ってきたはずだ。 |