共有地としてのインターネット

Internet as a commons TNO 1994/3 (Japanese)
  Philip E. Agre
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information studies at the
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このファイルは、Virginia Shea著 Netiquette、(翻訳版は「ネチケットひつじ書房刊)
で脚注にあがっているPhil AgerさんのThe Internet as a commonsを翻訳したものです。
もとの文章はThe Netwokr Observer, Vol.1, Number3 March 1994
にあります。
1996年11月にご本人から翻訳掲載の承認をいただいてあります。 (1997年2月25日)
非商業的用途であれば、自由に電子的に配布できます。

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                T H E  N E T W O R K  O B S E R V E R

VOLUME 1, NUMBER 3                                    MARCH 1994

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今月号の記事: Internet as a commons(原文)共有地としてのインターネット
A network support group for new teachers(こちらは翻訳しておりません。)

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Welcome to TNO 1(3).

This issue includes an uplifting article by Jonathan Grudin on
The Beginning Teachers Computer Network, a network set up to help
new graduates of the Harvard School of Education teacher training
program survive their first year of teaching.How can this fine
system serve as a model for others?Which features of it are
crucial?It's hard to say for sure, but it does involve people
who have known one another in person but who have scattered
geographically while still sharing stressful experiences in a
new activity without necessarily having adequate support systems.
What else is like this?New doctors from medical school?New
parents from birthing classes?Newly sober alcoholics from AA
meetings?People who have similar physical disabilities, newly
released from hospitals or physical therapy programs?Circles of
elderly friends newly dispersed to nursing homes?Perhaps all of
these groups could use electronic alumni associations.

レスリー・リーガン・シェードの、カナダについての記事は別として、TNO 1(2)はきわめて論争的なものでした。TNO 1(3)では、建設的な批判という道に立ち返って、共有地としてのインターネットという意見について論じます。大半のインターネット関係の組織は、誰でも、いつでも参加してメッセージを送れるという意味で、いまでもかなりオープンです。こうした状態は続くでしょうか?この新文化に適応していない初心者の大群が、インターネットを圧倒してしまうのでしょうか? 広告宣伝で圧倒されてしまうのでしょうか? 面倒な課金ソフトによって圧倒されてしまうのでしょうか? 皆、自分たちのネットワーク共同体の周囲に壁を作り上げてしまうのでしょうか? 共有地の維持に必要なある種の原則を理解し適用すれば、そうはならないかも知れません。

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共有地としてのインターネット

インターネットの指数関数的な成長にともなって、社会的な非常事態が生じています。 TNO 1(2) では、こうした問題の一例として、教師が学生に、基本的な質問をインターネット ディスカッションリストでさせてしまうという不幸な例をとりあげました。インターネット上でデジタル化したポルノを流布するという傾向や、頼みもしない宣伝を個人あてに送りつけたり、あるいは、ディスカッションリストに送ったりという行為が広まっており、あるいは帯域幅が必要なビデオ信号を、途中の経路の人たちに対する影響も考えずに送ってしまうといった例も見られます。
さらには下記ような、いらだつやりとりもみられます。:

* あるディスカッションリストに参加したいと思った人が、 (おそらくは、誰もやりかたを教えてくれないので )リストの運用者にではなく、 リストに直接、参加依頼を送ってしまいます。

* この参加依頼は数百人の参加者に送られてしまい、そこで、数人がこれに誤って答えてしまい 、この答えがまたリスト参加者の全員に送られてしまうことになります。

* そこで、さらに他の読者が、リスト参加者全員に、誤って送られた問題のメッセージについて文句をいうのです。

* そこで、さらに他の連中が、 ディスカッションリストをやめたくなって、これまたやめる方法がわからないために、やめたいというメッセージをリスト参加者全員に送ってしまいます。

* するとさらにまた別の読者が、意味のないメッセージは送ってはならないという、あからさまな怒りのフレームメールを送信します。

TNO読者の多くのかたは、きっとこうした現象をご覧になっておられるでしょう。

こうした問題に対して我々は何ができるのでしょう? 良くある対策として、規則、あるいはエチケット ガイドライン または"ユーザー責任の原理"のようなものを広めることだという考え方があります。いずれの場合も、文書による規定を通して、好ましくない行為を抑制しようというものですが、実際にはそれほど効果がありません。

もっと効果的な対策があるのです。こうした規則やガイドラインとは根本的に違う対策の一つとして、なぜそういうやり方が最善なのかという分かりやすい解説も含め、インターネットを使って、いろいろな事をなしとげるための効果的な方法を書いておく方法があります。

私自身、こうしたものをいくつか書いており(詳細については既刊TNO参照のこと)、他にもこうした努力をされているかたがおられると思います。(必ずおられるはずなので、読者が他にもご存じであればご教示願います。)こうしたものを書きながら、実務家向けのハウトウ本や、政治運動家向けの民主的な組織運営の実践法本の影響を受けました。そうした本のポイントは、権威で抑えるのではなく、自分の利益と、価値の共有とに訴えかけることです。

考えて見れば、素晴しいことです。インターネットの効用をみれば、ネットワークしたり、質問に答えてもらったり、情報を探したり、皆で集まったり、人と知り合ったり等々するのに一番効率的な方法が、たまたま、そうしたことを実現する上で、社会的にも一番確実な方法なのです。これは一体なぜでしょう?それは、インターネットには、大変強力な文化的な自己管理機能があるためです。こうした現象の一番分かりやすい例は、反社会的な宣伝方法が抑制されていることです。今やインターネットには、新しいビジネスモデルを探し求めている人がたくさんおり、何冊もの本やニューズレターが、インターネット上での宣伝方法を説明すると主張しています。こうした人々のおかげで、数多くのネットの住人たちは、ごみの電子メールの山を受け取ることになりはすまいか等と心配しています。たしかにインターネットについて、気掛かりなことはありますが、私見では、この件はそれには当てはまらないと思えます。インターネットの住人たちは、無数の反社会的な宣伝に対しては、ルールを破った相手に対して怒りの苦情メールをどっと送りつけるといった簡単な方法によって既に抑制してきているのです。すぐにかっとなって送る怒りのフレームメールは、もちろん問題はありますが、こうした基本的な方法が大切なのです。ごみのような紙の郵便物を送ってくる連中に対して、これと同じように簡単に文句が言えたらどうなるか、想像してみてください。

インターネットに必要なものは、規則やガイドラインではなくって、もっとしっかりと機能してくれる、共同体の規範なのです。色々なものごとに対して、たしかに法律類も必要でしょうが、共同体の規範の方が、より柔軟で、個別の局面にふさわしく、安価で、一応は客観的だということになっているその筋にも依存せずにすみ、しかも基本的に分権的ということからも好ましいのです。共有地の管理は、共同体の規範によるのが最善なのです。そして、インターネットというのは -- つまり一種の共有地です。これは一体どういうことでしょう?インターネットは、あらゆる種類の組織によって所有されているものなので、共同所有権について論議しょうというつもりはありません。そうではなくって、ここでは、たとえばディスカッションリストはあらゆる人が参加可能だというような慣行を含む、インターネット上の、ある種の社会的なシステムを検討しているのです。

これも変化する可能性があります。インターネットが、それぞれ別個のゲートキーパーを備えた独自の世界に断片化する可能性です。 インターネットのディスカッションリストを運用している人々の多くは、当面は人が近寄らないようにするというよりも、人を集めることに関心があるようなので、そうした変化はすぐには起きないでしょう。例えば図書目録や、リストサーブリスト類のような重要なインターネットの機能を運用している人々の多くは、 -- アメリカ合州国の人々が、冗談ぽく"南西部の東カンサス州の片田舎"という風にたとえて呼ぶような、比較的傍流の組織の人達であることに注目すべきです。こうしたジョークは、一面、彼等の頑迷固陋さを表わすものかも知れませんが、ともかくそうした現象が実際おきているのです。つまり、インターネットが、有用な公共サービスを提供してくれおかげで、世界的な研究システムの周辺部分にいる人々が、自分たちのためのコミュニティを作り上げることが可能になっているのです。これがそのままつづいてくれるよう願いたいものです。

キャレット・ハーディンの古典的な論文 "共有地の悲劇"が、本当の共有地の実現は不可能であることを説明するのによく引用されてきました。彼はこう書いています。誰でも、自分の羊を共有地で放牧できるとなれば、全員が、放牧を最大利用したがることになり、共有地は急速に疲弊してしまう。同様に、世界の海洋での漁獲についても資源がとり尽くされてしまうという深刻な危機にあるが、最近工業化した諸国の漁業船団は、資源をそもそもそういう危機なレベルにしてしまった諸国が構成する組織による、集団管理という知恵を理解し損なっている。インターネット帯域は、漁獲資源のような、ある種の共有地なのでしょうか?市場経済理論は、特定の人々がその資源をより多く利用してしまうことで、利益を得られるということから、単純にそうだと見なす傾向にあります。

けれども、ハーディンが指摘したように、きちんと機能する共同体規範というシステムさえあれば、共有地は実現*しうる*のです。ここで、システムというのは、ハードでもなければ、文書化されたルールでもありません。そうではなく、ある種の習慣と、全員がそうした習慣を支持することに関心をもつような社会組織の組み合わせなのです。小さな町のように、人々の生活がお互いに密接に絡んでいるような場合、また社会があまり極端に階層化されていない場合には、共有地の反社会的な利用を抑制するためには、評判というのも有効な手段です。他の対策として、尊敬される長老に共有地の管理をまかせるという方法もありますが、この場合は、かなり微妙な前提条件が整っていることが必要です。要するに、共有地を維持するためには、全体論的な配慮を払って、共有地を全体として面倒を見ることが必要なのです。これによって共有地の恩恵を保持できるようにする一方、細切れの区域に小わけてしまうという不利益を避けることが可能になるのです。共有地の歴史や、習慣についてさらに詳細を学びたい場合には、イギリスの環境問題専門家の雑誌 The Ecologist編集者の手になる、下記の素晴しい書物をお読み下さい。

The Ecologist, Whose Common Future?: Reclaiming the commons,
Philadelphia: New Society Press, 1993.

New Society Pressの電話番号 +1 (215) 382 6543.
電話あるいは下記あて郵送で注文可能。
4527 Springfield Avenue, Philadelphia PA 19143. 
価格 $14.95 プラス 送料(アメリカ)、手数料 $2.50

誰もがインターネットのオープンさから恩恵を受けられるようにしておくためには、インターネットという共有地をどのよう維持すべきなのでしょう。私は、これにたいするすべての回答を持ち合わせてはいませんが、いくつかのアイデアを挙げておきます。まず社会的なもの、そして技術的なものです。

* 苦情をいう。誰かがインターネットで反社会的と思えるような行動をした場合には、そうした人に短いメールを送りましょう。怒りのフレームメールを送ることが役にたつとは思いません。結局、色々事実を知ってから、人はようやく考え方を変えるものなのです。また、困り者の人たちでも、凝り固まった人でなければ、しかるべくきちんと対応してあげた場合にこそ、ものの道理がわかるでしょう。また、あまり気紛れであったり粗野であったりするために、そうした苦情が不評を買うようにしないようにするのが良いでしょう。こうした苦情の慣習が広く定着すれば(実際様々な目的のために既にそうなっていますが)、ネットワーク上の行動として認められるものか否か、可否判断の境界線上にあるものにたいしては、一種の自動的な国民投票のような機能を持つでしょう。

* 物語として伝えてゆく。ネットでの行動についての実話を、詳しく語ること。 The Village Voiceの中にあるジュリアン・ディッベルによる最近の論文(「サイバースペース上の強姦」12/21/93)にあるXerox PARCのLambdaMOOシステムで、もめていた出来事がその好例です。実話というのは、価値観を伝えたり、価値観についての議論のきっかけとして、あるいは将来おこりうる問題となるような行動を理解し、それに対応するためのモデルとしても役にたちます。正しいネットの使い方についての問題が生じたら、あるいは不幸なネットワーク行動を抑制するために共同体の規範の発動が必要になった場合には、そうした過去の出来事についての話しをすること、またそうした話しを他の人々の役にたてるように語り続けてゆくことが大事なのです。

* 教材。現在では、インターネット利用の技術的な面については様々な教科書から好きなものが選べます。今ネットワークについて学んでいる学生に必要なものは、私見では、ネットワーク利用の社会的な面についての教科書です。つまり、インターネットで、どのようにしてものごとを成し遂げるかという方法です。ここで、ポイントは、ユーザーの活動を規則で縛りつけることではありません。そうではなく 、共同体の規範にあった有効な方法、つまり現在インターネット上で広まっている 、人の手助けをするという雰囲気を押し進める方法を提供することがポイントです。

* ネットワークウォッチ。ネットワークウォッチという団体を想定して見ましょう 。この団体の目的は、ネットワーク上の好ましからぬ行為に対して、インターネッ トという共同体の注意を向けさせることにあります。この対象としては、宣伝行為のような簡単なものもありますが、個人情報を、収集した時の目的以外の用途に流用してしまうといった、より複雑なものごとも対象になります。そういう団体は、当然慎重であるべきですが、何がネットワークでの正当な行動で、何がそうでないかといったことについての議論を勧めるべきです。またそうした組織の一番強力な武器は広報にあることを常に留意しているべきですが、特に重大な、あるいは長期的な違反者に対しては、電子メールによるキャンペーンや、ボイコットといった対策による圧力を加えるようよびかけるべきです。(例えば、TNO 1(1 ) のインターネットアクションアラート記事参照のこと。) ネットワーク上の行為で被害を受けた人々の連絡先としての機能を果たすこともできるでしょう。あるいはすでにそうした目的で発行されているPrivacy Journalのような刊行物とも連合を組むこともできるでしょう。こうしたキャンペーンの可能性は無限です。労働組合の"対会社キャンペーン"には学ぶべきところが多々あるでしょう。このキャンペーンというのは、組織と外部世界とのあらゆる接点(経営陣、顧客、納入業者、銀行、その他 )を、全体的に位置付けた上で、その組織のなかでも公的な批判に一番弱い部分に対して、給与、労働条件といった共同体の規範に従うように圧力を加えるのです。こうしたキャンペーンの利点は、ある社会が、その動機が正しいと判断してこそ始めて効果があがるということです。 (企業キャンペーンのより詳細な情報については、 Labor Research Review, #21 を参照のこと。

 価格 $8 プラス 送料、手数料 $1 
 購入先:the Midwest Center for Labor Research
    3411 West Diversey Avenue
    Suite 10, Chicago IL 60647, USA, 
    電話 +1 (312) 278-5418.)

技術的な項目:
* インターフェース。多くの不幸な社会的なやりとりは、その究極の原因が、ユーザに間違った操作をさせやすい、まずいインターフェースにある場合が多いのです。 --  ユーザが、使いなれたシステムから類推で新しいシステムを操作しようとすると、間違ってしまう結果となるというものです。もう今では、良いインターフェースの作り方もかなりわかってきているので、そうしたことを繰り返すべきではありません。特に、あるシステムを初心者がつかおうとしている様子をよく観察して、そういう経験について書き残してもらうようにすることが重要です。というのは、慣れた古参者は、どこが難しかったが忘れてしまっていることが多いためです。

* 具体的な説明。私がこれまでにみた最悪のインターネットユーザ向けの説明書は、あえて匿名とする分野の人々向けのディスカッショングループと、アーカイブの手の込んだシステムのためのものです。説明は詳細にわたっているのですが、専門家以外の人にとって ほとんど意味がないのです。というのは、その説明は、"send"コマンドを送る"というような抽象的な表現に満ちていて、 しかも、"xxx"コマンドを送る"という言葉の意味は、10個程のそうした抽象的な操作がすでに分かっていることを前提として、どこか全く他のところで説明されていたのです。

* FAQ。インターネットでは多くの人々が、よくある質問のリスト(FAQs)を作成してくれています。ただ不幸なことに、私の経験では、インターネットのなかを相当自由に動き回れるような人でなければ、そうしたリストを*見つけ出す*ことができない場合が多いのです。インターネットの初心者に対しては、非常に詳細で具体的な説明を含め、できればそのFAQを引き出すために、できれば実際どの鍵盤を押せばよいかということまで書いて、なるべく多くの手段で、該当のFAQに導いてあげることが必要です。特に、ディスカッショングループに参加しょうとしている人は、そもそもFAQとは何かという説明と一緒に、自動的にFAQを受信できるようになっているべきなのです。(ほとんどの新人ユーザーは、そもそもF.A.Q.というものが、いったい何を意味しているかすらも知らないのですから。)

* バウンスメール。バウンスメールというのは、あなたが発信した電子メールのメッセージが相手に届かずに返送されるものです。 私自身、メーリングリストを運営しているので、 たくさんのバウンスメールを受け取っており、そうしたメールは、どれもきわめて分かりにくい、不定のコードに満ちているひどいもので、有用な情報がパンくずのようにばらばらになってしまっていて、私のようなそこそこの専門家ですら、そうした情報を探し出すためには、何度か調べることが必要なものなのです。そして、当然、どのメールも、独自書式のものなのです。そうしたメッセージが、初心者にとってどんなに恐ろしいものか想像してみてください。誰かがバウンスメールの書式についての要求仕様書を書いてはくれないものでしょうか? 省略なしのまとまった文章の書式で、相手が初心者の場合には、さらにわかりやすく概要を説明する文章をつけたエラーメッセージを自動生成させることができないものなのでしょうか? 例えば、そうした文章はこうしておくべきでしょう。:この障害について誰かに連絡する場合には、このバウンスメールメッセージ全体も一緒に送ってください。そうでないと一体何が起きたのか分析することができません。

* 記憶の共有。FAQは、一種の共有記憶です。そうした共有記憶ともべきいうものの集合体を維持するためのツールが必要です。 あるユーザーの質問を、インターネット上のすべてのFAQ中のすべての質問と比較してくれる照合ソフトなどもその一つでしょう。 いずれのFAQも、一定の条件(例えば、読む人が、ある特定のソフトを使用している、あるいは、ある専門分野の言葉がわかる)ことを前提にしているので、これは有効ではないかも知れませんが、試してみる価値はあるでしょう。

* 管理者用のより便利なツール。メーリングリスト管理者が、自分あてに送られたメッセージを選り分けることがもっと簡単であれば、たくさんの問題が解決できるでしょう。 そういうツールはあり、利用している管理者もおり、多数の長大なメッセージを特定のリストに送って、議論すべきだと主張する人達がいる場合には、検閲だという声もあがってはいます。けれども、こうした問題は、いずれは生じるものであり、便利なツールさえあれば、そうした問題に対して色々な対策がとれるでしょう。大事なことは、私たちの経験は、特定の人の頭の中やあるシステム部門内に秘匿しておくのではなく、共有すべきものだという点です。

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以下原文にあるNetwork Support for new teachersは翻訳してありません --------------------------------------------------------------------

翻訳:小原信利
お気付きの点等あればkohara@tokyo.email.ne.jpまで御寄せください。
http://www.asahi-net.or.jp/~IR4N-KHR/
この文章は、http://www.asahi-net.or.jp/~IR4N-KHR/commons.htmlにあります。

また、ここに引用されているGarret Hardin論文The Tragedy of the Commonsそのほかの情報も入手可能です。


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