血 の 掟 1 2 3 |
夕餉の時間まで、結局甘寧は呂蒙に散々いじめられることになった。やっと解放された後、苦い薬を飲まされながら、甘寧は呂蒙の満足げな顔を盗み見て「こいつも大概怒らせちゃなんねぇ類の人間だよな」とげんなりした。 「そういえばさ」 心なしかすっきりした呂蒙の顔が憎らしい。 「昨日の帰り際、虎青から熱が出てる間の頭はちょっと大変だけど、それは頭の言うとおりにして良いって言われたんだよね。アレ、どういう意味?」 「だから、熱が出てる時の俺は大変だったろう?」 分からないでやってたのかと、甘寧はもう何度ついたのかも分からない溜息をついた。呂蒙は少し考え込むようにして、それから「あっ」と小さく叫ぶ。 「それじゃ興覇、熱が出ると云々ってのは、公然なのか!?」 「ある程度古くからいる奴らの間じゃ公然だよ」 呂蒙が大口を開けたまま固まってしまった。またあの問答が始まるのかと思うと、もういい加減逃げ出したくなる。 「待ってくれよ子明、もうその話はなしにしようぜ。お前も俺がこうだって分かってて付き合ってんだろ? 今更ぐだぐだ言われてもしょうがないことは、もう言いっこなしにしてくれよ。ただでさえ病み上がりでだるいんだから、これ以上いらんことで疲れさせないでくれ」 先に釘を刺されて、呂蒙は頭を掻きむしった。 「あぁもう…! だいたいさぁ、頭連中は複数で襲って良いんだったら、下の奴らは興覇じゃなくて頭連中を押し倒せばいいんだよ!」 呂蒙の叫び声を聞いて、甘寧は一瞬細い目を見開いた。 あいつらを押し倒す…? そのアイデアは甘寧のツボに入ったらしく、次の瞬間盛大に笑い出した。 「あっははははは! それ最高じゃん!! あいつらのこと押し倒すって……ははは! 良いねぇ、子明!」 「なんだよ、何がおかしいんだよ!」 「だってお前、無い無いそんなの、有り得ねぇ…!」 げらげらと笑う甘寧に、呂蒙は少し憤慨した。確かに頭連中と甘寧が呼ぶ幹部達は、誰をとっても将軍クラスの腕前を持っている。腕っ節だけでなく見た目も相当なもので、厳ついような、むさくるしいような、熊のような大男がぞろぞろいるが、中には虎青のような色男もいるではないか。 「そうだよ、虎青だよ。虎青なんかあんなにハンサムなんだから、顔が綺麗なのが良ければ虎青押し倒せば良いじゃん」 「虎青!? あいつ!? あはははははは! 無理無理!! あんなの押し倒しに行った日にゃ、マジ何されちゃうか分んねぇじゃん、誰も行きゃしないって! あんなドSにだけは目つけられちゃやばいっつ〜の! 俺だってあいつだけは勘弁だよ! ひ〜おかしい〜! それ虎青に言っても良い?」 こんな大笑いしているが、絶対甘寧は虎青と寝たことがあるはずだと思うと、なんだかよけいに腹が立つ。 「なんだよ! 言えばいいだろ! 俺はマジで言ってるんだからな!」 甘寧はその後薬がなくなるまで呂蒙の屋敷にとどまった。時々思い出したように喉の奥でくくっと笑う。五日後に呂蒙が屋敷に送っていった時も、出迎えた頭連中を見るなりまたげらげらと笑い出して、呂蒙は思いきり甘寧の尻をつねった。 その後甘寧は、どうやら例の話を本当に連中にしてしまったらしい。屋敷を訪れた呂蒙に近づいてきた虎青が、呂蒙の肩をぽんと叩いた。 「旦那も勇気があるねぇ。さすがに一軍を任されてる人間は器が違うよ」 にやりと笑うその顔は、確かに甘寧の言うように何をされるか分からないようなおっかない笑顔だった。 ……呂蒙の辞書に、安息の二文字は無い……。
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