血 の 掟

  

 
 甘寧が熱を出したと聞いたのは、午後を過ぎてからだった。朝儀の時間にいないのはよくあることだし、午前中は軍議だろうが調練だろうが平気でさぼる甘寧のことだからと、午前中は大して気にしなかったのだ。だが午後の調練が始まる時間になっても出仕していないのさすがに珍しく、それとなく周りに訊いてみたら「流行の風邪を貰って、熱を出して休んでる」と言われたのだ。鬼の霍乱だと笑う周りに愛想笑いを打ちながら、呂蒙は内心気が気でなかった。体の丈夫なのが取り柄だといつも笑っている甘寧が、出仕もできぬほど体調を崩しているのだ。落ち着けという方が無理な話だろう。

 仕事が終わると、呂蒙は慌てて甘寧の屋敷に向かった。屋敷の中からは、いつもと変わらぬ活気づいた喧噪が伝わってきた。

「すいません、興覇の具合はいかがですか?」
 家宰に来訪を告げると、家宰は助かったとでも言いたげに、呂蒙にすがりついた。

「良い所においで下さいました」
「え?」
「主人は奥で休んでおります。ささ、早く行ってあげて下さい」
 いつも落ち着いている家宰があんなに切羽詰まっている。呂蒙は背筋に冷たい物が流れるのを感じた。

「興覇の具合はそんなに悪いのか? 医者には診せたのか?」
「いえ、あの、とにかく寝室の方に……」

 寝室の前まで来ると、私はこれでと家宰は呂蒙を部屋の中に押し込み、慌てたように扉を閉めた。何事が起こったのかまだ把握できずにいる呂蒙は、一瞬その扉を呆けたように眺めたが、臥床から漏れるうめき声を訊いて、慌てて帳をめくり ―――そして我が目を疑った。

「な、何やってんだお前ら!」
「うるせぇ。何しに来やがった!」
「俺たちの方が先に手ぇつけたんだ、邪魔だてする気ならぶっ殺すぞ!」

 そこには、手下三人に押さえつけられた、甘寧の姿があった。呂蒙が来たことさえよく分かっていないような虚ろな目が、遠くを見ながら辛そうな息を吐いている。

「興覇!? 興覇、おい大丈夫か!?」

 言うと同時に呂蒙の剣が翻った。剣は鞘から抜けてはいなかったが、男達はほぼ同時に、床の上で無様なうめき声を上げた。

「……子明?」
 甘寧は呂蒙の顔を見ると、不思議そうにゆっくりと床の上の男達を見た。焦点の合わない目。驚くほど緩慢な動作……。

「興覇、どうした!? 何をされたんだ!?」
 腕を掴むと、思った以上に熱かった。口をきくのが億劫なのか、体を起こしているのがだるいのか、甘寧は呂蒙の肩口に頭を乗せると、「いや、別にまだ何も…」と小さく呟いた。
 その頼りない様子に、呂蒙は胃の中が熱くなるのを感じた。こんな様子の人間を、三人がかりで襲いかかるとはどういうことだ!? 他の奴らは気づいていないのか!? いつも俺が興覇といると、監視でもしているように中を伺っているくせに、なぜこんな事を誰も止めないんだ!?

「誰か! 誰かいないのか!? どういう事だこれは!」

 部屋の外に向かって叫ぶと、しばらくして、しょうがないとでも言いたげに重そうに扉が開いた。
「何です、旦那?」
 顔を出したのは、呂蒙もよく知った男だった。

 甘寧の屋敷には、錦帆賊と呼ばれていた頃の手下が全員残っている。家宰以外の人間はほぼ全員がその頃の手下だと言っても良い。だから屋敷の中は、当時のままに組織立てられていた。
 頭領である甘寧の下に副頭がおり、その下に一番から五番までの組が置かれている。それぞれの組には組頭が一人と、副長が二人ずついて、一番組頭がこれをまとめていた。
 副頭は甘寧よりも大分年上だが、一番組頭は甘寧より僅かばかり上、という感じだろうか。腕っ節だけでなく頭も切れるこの男は、甘寧の参謀としての役も担っていた。
 長い髪を総髪に垂らし、頬には甘寧に刻まれたという傷が醜く引きつっている。その傷がなければはっとするほどの男っぷりだが、この男はそれを逆に自慢にしていた。

 名を、虎青という。

「何ですじゃないだろう!? 虎青、お前がそばにいながら、この有様は何事だ!?」
「何事って、何がです?」
 虎青はつまらなそうに呂蒙を見ると、床に転がる男達の肩を蹴りつけた。
「何だ情けねぇ。せっかくのチャンスだってのに、こんな野郎にのされてるようじゃ、お前ら一生頭は抱けねぇぞ」
「虎青!」

 怒りのために、自分の顔色が白くなるのを感じた。まるで当たり前のことでも言うように、この男は今なんと言った? せっかくのチャンス? お前らの大切な頭領が体もろくに動かせないような熱を出しているというのに、それを捕まえてせっかくのチャンスだと!?

 顎を震わせている呂蒙に、虎青は冷たい笑みを見せた。この男には、そうした顔がよく似合った。

「あんた、他人のうちに口を突っ込むのはやめてくれる? この屋敷の中ではね、隙を見せたら何をされても構わない決まりなんだよ」
「それが高熱を出している病人に対して言う言葉か! お前ら興覇をなんだと思ってる!」
「頭が言い出したことだぜ」
「貴様…!」

 殴りかかろうとしたその時、甘寧の常になく弱々しい手が呂蒙を止めた。

「興覇!?」
「…良いんだって。ちゃんと薬も飲んでるし飯も食ってる。本当にやばい時はこいつらがちゃんと止めに入ってくるし……」
「何を言ってるんだ、興覇!」
「これは俺が言い出したことだって言ったろ? ……そいつらの心中も察してやれ」
「何を察しろって!? どんな心中だよ!」

 激した呂蒙を宥めるように、甘寧は呂蒙の腕に自分の腕を巻きつけた。
「……いいから、そんなに怒るな……」
 それだけ言うと、甘寧はそのまま動かなくなった。自分の腕にかかる甘寧の腕が重みを増す。抱き寄せると、甘寧はくったりと動かなくなっていた。

 その場に冷たい沈黙が落ちた。呂蒙はその沈黙を断ち切るように甘寧の体を抱き上げると、虎青に向かってまなじりを向けた。

「興覇は俺の家に連れて行く。文句はないな!?」
「ない訳ないだろう? てめえは一体何様だ。俺たちの頭に向かって勝手なことばっかぬかしやがって」
 そう言いながら、虎青は体をづらして呂蒙に帰路を開けてやり、外に向かって声をかけた。
「おい、頭の薬を五日分ほど用意しろ。あぁ、それと狐裘があったろう。あれを持ってこい。おら早くしな!」
 手下が慌てて持ってきた狐裘を甘寧の体に掛けてやると、虎青はその上に薬の入った袋を置いた。

「うちの副頭が作る薬はそこらの医者が作る奴よりよっぽど効くから、明日には熱は引いてるはずだ。熱が引くまで食が細くなるけど、飯は無理しても食わせてくれ。熱が出てる間の頭はちょっと大変だけど、そっちは頭の言うとおりにすればいい。熱が引いたら飯の後に酒を温めて盃に一杯ずつ飲ませろ。いいか、盃に一杯だけだぞ。飲みたがってもそれ以上は飲ますな」

 それだけ言うと、虎青は帰り道を顎で示した。調子の外れた呂蒙がなんと言ったものか考えていると、「おらさっさと帰れよ。てめぇの面見てるとむかっ腹が立ってくる」と呂蒙を追い出す。外に出ると、呂蒙の馬にはきちんとブラシがかかっていて、厩番が手綱を取っていた。

「あぁ、ありがとう…」
「…いえ」

 呂蒙が乗ろうとすると、虎青が奥から追いかけてきて、何も言わずに馬の鞍にもう一枚、狐裘を敷いた。驚いたことに、それは白狐裘だった。こういう物があることを知識としては知っていたけれど、実物を見るのは初めてだった。一枚作るのに千匹もの狐を要するというこの裘は、呉主である孫権も持っていないだろう逸品だ。

「頭が冷えるといけないからな」
 そう言うと、虎青はさっさと屋敷の中に戻っていった。

「……錦帆賊って、どんな稼ぎ方してたんだよ……」

 今更ながらに、呂蒙はぞっとした。



 自分の屋敷に甘寧を連れてくると、呂蒙は心配そうに見守る家人に先ほどの薬を渡し、言われたとおりに指示を出した。そして誰もしばらくは近づかないようにと言いおいて、呂蒙は甘寧を自分の部屋へと運び込んだ。

 甘寧を臥床の上に寝かせ、汗をぬぐおうと襟元を緩めた、その時。

「興覇…?」

 甘寧の手が呂蒙の手をしっかりと握り、その手をそっと自分の素肌に這わせた。最初それが何を意味しているのか分からず、されるままにしていたが、その手はゆっくりと甘寧の胸に導かれていった。

「……興覇……?」
「抱いてくれ、子明……」

 掠れるような声だった。熱のために上気した頬。目はうっすらと涙ぐみ、それは呂蒙の背筋に震えを誘った。

「な、何言って…。元気になったらね……?」
「今抱いてくれよ…。体が火照って、熱いんだ」
「それは熱が高いからだよ」
「子明…!」

 じれったそうに甘寧は呂蒙の腕を抱きしめ、それから自分の裾を大きく割り開いた。
「子明、抱かねぇってんなら、俺を屋敷に帰してくれ。こんな状態の俺を連れ出しておいて、何もしないで寝ろだなんて、そんなのあんまり酷いすぎる…!」
「何言ってるんだ! 興覇、今自分がどういう状態か分かってるの? それともあんな奴らに襲われて、ショックでおかしくなってるのか? ね、興覇落ち着いて? 今興覇に必要なことは、充分な睡眠と薬と水分だよ?」

 甘寧は心配そうに自分を見る呂蒙を涙のにじんだ目でにらみつけ、それから呂蒙を臥床に押し倒して馬乗りになると、その唇に熱い自分の唇を押しつけた。

「興覇…!」
「抱けよ! こんな状態のままほっぽり出す気か!? な、子明、頼むから…!」
 その声はひどく切羽詰まっていた。腹の上に押しつけられた下半身はひどく昂ぶり、確かに今の甘寧が普通の状態ではないことを示していた。

「興覇……」
 どうして良いのか分からず、呂蒙は子供をあやすように甘寧を抱きしめようとして、その手を思い切りはたかれた。震える顔が苦しそうに歪み、甘寧は今にも叫び出しそうに張りつめていた。

「……興覇……」

 熱い手が、自分の裾を割るのを感じた。甘寧が呂蒙を取りだし、ほぐれてもいない自分の中にそれを導こうとしているのだと知った時、呂蒙はとうとう覚悟を決めた。

「分かった、興覇。俺がちゃんと抱いてやるから、そんな無茶するな」
「あぁ…」
 それを聞くと甘寧は思い詰めたような熱い息を吐いて、呂蒙の胸に体を預けた。
「子明、子明……」

 うわごとのように自分の名を呼ぶ甘寧をゆっくりと臥床の上に寝かせて、呂蒙は甘寧の体にゆっくりと舌を這わせた。できるだけ体に負担がかからないようにするには、どうしたらいいのだろうか。呂蒙は甘寧の体を気遣いながら、それでも頭の中に先ほどの光景が掠めると、ひどく残酷な気分になった。

「……子明?」
「ねぇ興覇。熱が出てる時は、いつも男が欲しくなるの……?」
「子明、今そんなこと……!」
 呂蒙の舌は、甘寧の胸の間を行き来するばかりで、切なそうに息づく敏感な突起には決して触れなかった。
「ね、興覇?」

 甘寧は、触れて欲しくて我を忘れて叫んだ。

「そうだよ! 欲しいんだ! 体が火照って、どうして良いのか分からなくなる……! 子明、子明頼むからこれ以上俺を苦しめないでくれ……!」

 呂蒙は甘寧の頬にそっと触れると、残酷なほど優しい声を出した。
「あぁ興覇。俺が興覇を苦しめるはずがないだろう? でも興覇、体に負担をかけたらいけないから、ね?」
「子明……!」

 焦れたように、懇願するように、甘寧が自分を睨みつける。なんて目をするんだろう。呂蒙は甘寧の胸で固く立ち上がっている乳首に音を立ててキスをすると、すぐにそこから顔を放して、甘寧の後庭をまさぐった。そこは待ちわびたように微かに震え、呂蒙の訪れを待っている。そっと二つに割ると、呂蒙はなんの躊躇いもなく、そこに舌を這わせた。

「あ…っ!」

 待ちわびた刺激に、甘寧は短い歓喜の悲鳴を漏らしたが、その声は徐々に切ない物に変わっていく。辺りには、呂蒙の舌の音が執拗に響いていた。

「子明、子明もう…もういれてくれよ……!」
「よくほぐしておかないと。いつもの状態とは違うんだから」
「そんなこと…! 子明、頼むから早く……!」
「聞き分けのないこと言わないの」
 笑いながら、呂蒙がこじ開けるようにして舌をねじ込んでくる。その刺激だけで、きっかけを待っ
ていた甘寧の躰は、正直に精を吐き出そうとした。

 だが。

「子明!? てめ…や、あぁあ…!」
 呂蒙は甘寧の付け根をきつく握りしめて、吐精を遮った。その手を振り払おうと甘寧が手を伸ばしても、熱に浮かれた体では呂蒙にかなう筈もなく、ただ呂蒙の大きな手を上から押さえるだけの格好となった。

「何しやがる……や、達かせろよ……! 子め…子明、頼むから……!あぁ、やめ…やだって言って……あ、あぁっ……んんんっ!」
「すごい色っぽい声聞かせてくれるんだね、興覇」
「てめぇ……!あっ!」

 舌と一緒に指が一本入り込んできて、ゆっくりと中で掻き回される。そんな物が欲しいんじゃないという気持ちと、何でも良いから達かせてくれという気持ちが、甘寧の中でメチャクチャに暴れ回った。

「興覇、一回射精するのにどのくらいのエネルギー使うか知ってる?」
「知るかよそんな事……! なぁ、なぁ早く!」
「すごく消耗するんだよ? 興覇、俺の、欲しい?」

 耳元に息を吹き込まれて、甘寧は慌てたように頷いた。自分の命と引き替えにしても、呂蒙の楔が欲しい。指の先からも髪の先からも溢れそうになっているこの快楽に、呂蒙の楔を打ち込んで欲しい……!

「子明、あぁ、早く……!」
「俺のが欲しいなら、今は我慢して。今指を緩めたら、興覇すぐに達っちゃうでしょ?」
「子明!」
 その声は悲鳴に近かった。なんて顔をするのだろう。いつもの性に馴れた甘寧は、ここにはいなかった。呂蒙は初めて見る甘寧の痴態に、自分が今どうしたいのかが分からなくなった。

 今すぐ楽にしてあげたいのか。

 この初めて見る表情をもっと楽しんでいたいのか。

 体に負担をかからないようにしてあげたいのか。

 自分の中に膨れあがった、恐ろしいまでの嗜虐の心を満足させたいのか……。

 呂蒙は甘寧に軽く口づけると、ゆっくりと自分の体をこすりつけるようにして、甘寧の中に埋めていった。

「ひぁ…!」
「っつっ!」

 甘寧の中は、あまりにも熱くて自分の体が溶けるかと思った。熱のためにいつもより腫れたそこは、呂蒙にねっとりと絡みついてくる。

「興覇、それ、やばいって……」
「……なに…? っあ…!」

 呂蒙はことさらにゆっくりと甘寧の中で動いた。こすりつけ、かき分けるように、ゆっくりと、だが力強く……。
「子明、ふっ、くぁっ、なんでそんな…!」
 まるで動いていないかのようなゆっくりとした動きに、甘寧は焦れて自ら腰を動かした。最も敏感な場所を呂蒙に押しつけると、呂蒙がいきなりそこをえぐった。

「あぁっ!」
「だから、自分で動いたりしたら消耗するでしょ?」
「だったらお前が動けば良いだろ!」
「そしたら興覇、すぐ達っちゃうだろ」
「達かせてくれよ……!」

 叫ぶと同時に、涙が甘寧の頬を伝った。
「も…も、いやだ…! ひっ、うく…っ!」
 顔を覆ってしまった甘寧の口から、しゃくり上げるような嗚咽が漏れる。さすがにやりすぎたかと内心焦ったが、呂蒙は努めて冷静な声を出した。

「もう、しょうがないんだから……。興覇、それじゃあ少し動くけど、明日辛くても知らないからね?」

 甘寧は泣きながら何度も頷いた。そんな顔をされなくても、呂蒙の方こそ本当はもう限界なのだ。

 呂蒙は叩きつけるようにして体を進めた。いつもよりも湿った音が卑猥に響く。
 呂蒙が握りしめていた手を緩めると、甘寧はすぐにどくどくと白い飛沫をあげたが、休む間もなくそこはまたすぐに堅さを取り戻した。

「……ホントに興覇ってば、具合悪いんじゃなかったの…? こんなやらしい体しちゃって……」
「んなの元からだろ! 知ってるくせに、てめぇたいがいにしとけよ…!」

 睨みつけてくる目が、それでも幾分かの冷静さを取り戻していた。だが、すぐにそんな生意気な口はきけなくなる。先ほどまで焦らしに焦らされた体は、熱の疼きが手伝って、すぐに登りつめてしまうのだ。甘寧の頬に快楽が刻みつけられると、今度こそ心ゆくまで味わうために、呂蒙は甘寧の膝を高く持ち上げた。




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