2004年04月

白い巨塔 第1巻(山崎豊子) 贈られた手 家族狩り第三部(天童荒太)
さよならの代わりに(貫井徳郎) さよなら妖精(米澤穂信)
白い巨塔 第2巻(山崎豊子) 幽霊人命救助隊(高野和明)
遠く高く空へ歌ううた(小路幸也) イニシエーション・ラブ(乾くるみ)
禁じられた楽園(恩田陸) 語り女たち(北村薫)
硝子のハンマー(貴志祐介)
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白い巨塔 第1巻

著者山崎豊子 白い巨塔 第1巻
出版(判型)新潮文庫
出版年月2002.11
ISBN(価格)4-10-110433-6(\590)【amazon】【bk1
評価

国立浪速大学助教授・財前五郎は、食道外科医として脚光を浴び始めている。マスコミの取材なども受け、退官間近の東教授を超えるとの呼び声も高くなっていた。東教授退官後の教授の座は財前・・・と自他共に認めていたが、しかしその雲行きが怪しくなってきていた。

技術は一流だが、患者を救うという人間性としては最悪。国立大学の教授という数少ない「頂点」を目指して大金が動く裏の世界。恐らく大学病院の暗い部分をそんな風に描こうとする作品なのかもしれないのですが、そこで面白いと思うのは、大金が動いて誰がなったとしても、やはり医者としての力量・技術は一流なのだということ。権力志向の塊として描かれる財前も、それを嫌う東教授が自分の後継にすえようとする他大学の教授たちも、やはりその道の医者としては超一流なのです。生死がかかっている患者としては、人間性は立派でも助けてくれない医者よりも、多少人間性に問題があっても技術は一流、普通なら死ぬ病気を治してくれるのが神様・お医者様なわけで、すごく微妙ですよね。その辺り、単なる批判だけの作品じゃないところが、この作品の深みとも言えるのかもしれません。

確かに権力志向だけを重要視して、必要のない患者を捨てる、というのは問題ありかもしれませんが、大学でも、民間病院でも、一流の医者を確保し、新しい機械や医療技術を導入するには高尚な理想だけじゃやってけないわけで、ある程度経営者としての能力も必要なわけです。医者に対する幻想から、それを金がものを言う世界であることを嫌がる人もいるのかもしれませんが、この第1巻に関して言えば、財前は膵臓ガンの患者を機転を利かせて自分で手術して救うのだし、この程度なら許されるんじゃないのか・・・というのが私の意見ではあります。さてさて、今後どうなるんでしょう。

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贈られた手 家族狩り第三部

著者天童荒太 贈られた手 家族狩り第三部
出版(判型)新潮文庫
出版年月2004.4
ISBN(価格)4-10-145714-X(\476)【amazon】【bk1
評価

遭難者の夢』より続く。

新しい場所で生活を始めた浚介。妻と研司たちの間で揺れる馬見原。そして壊れていく亜衣。そんなそれぞれの生活に、再び影を落とす事件が起きていた。

本当に少しずつ重なりながらも、全然方向が見えてこない。この全ての要素を繋ぐと思われる「事件」は、2件目。その2件目と合わせて起こる微妙な軋みに、真相が見えてきそうな予感はあります。落としどころが楽しみですね。次はまた来月。

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さよならの代わりに

著者貫井徳郎 さよならの代わりに
出版(判型)幻冬舎
出版年月2004.3
ISBN(価格)4-344-00490-6(\1600)【amazon】【bk1
評価★★★★

劇団<<うさぎの眼>>に所属する和希は、バイト先で知り合った女性に片想いをしていた。久々に会った彼女と喫茶店でしゃべりながら、本の話をしていると、ふと思い出したように彼女が言った。「そう言えば2年前、変わったことを言う女の子の話をしてたわね、彼女はどうしてるの?」と。そう、僕は2年前、不思議な女の子と出会った。未来から来たと主張する女の子と。

劇団の看板女優殺害事件の真相と、不思議な女の子は本当に未来から来たのか。その2つの謎が複雑にからみあってなかなか面白く読めました。前者の真相はああ、まあまあかなと思ったのですが、後者の設定があったから、全体の評価としては「結構いける」だったように思うのです。こういう設定としてはありがちな最後でもあるわけで、2つが掛け合わさり、かつ貫井徳郎の文章力があったからこそ、このレベルの作品になったかなという一作でした。SF系ミステリが好きな方にはおすすめ。

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さよなら妖精

著者米澤穂信 さよなら妖精
出版(判型)東京創元社
出版年月2004.2
ISBN(価格)4-488-01703-7(\1500)【amazon】【bk1
評価★★★☆

1991年。僕と大刀洗は雨宿りをする一人の女性と出会った。マーヤと名乗った彼女は、遠い国から日本へとやってきた彼女は、日本の様々なものに興味を示す。しかし、マーヤと僕たちの別れは突然やってきた。

ちょっと変わった日常系ミステリに、少し面白い仕掛けも加わって、ミステリとしてより、小説として普通に面白かったこの作品。私もこの本の中の登場人物たちと同様、今も中東や東欧ってニュースの中で断片的に知る、昔から戦争をしている場所、という印象しかなくて、しかもそれに関する本って意外と図書館にも来ないんですよね。この本を読んで、まだまだ断片的ながらも、少しはあの辺りの知識が入ったかな、と思ってるところ。

土地に根ざした習慣って面白いですよね。端から見ると全く意味のないように見えることでも、よくよく調べてみると起源があり、歴史があり、今に続いている。普段そんなに日本を意識しない人でも、恐らく意外と根っこのところで日本人だったりするんじゃないかと思うんです。そういうのって、日本から出てみないとわからない。それにこんな狭い日本の中でもちょっと離れると、全く違う習慣が根付いてたりして、距離が生む差異というのはなかなか侮れないものがあります。外からの眼で見られて初めて違う形のものがあること、自分の中で当たり前に思っていたことの奇妙さが浮き彫りにされること、私は意外とそういうのが好き。というわけで、この本の中の視点は結構笑えましたし、面白いと思いましたね。その辺りを特に評価。ストーリーの流れが少し唐突なところが-0.5で上記評価になってます。

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白い巨塔 第2巻

著者山崎豊子 白い巨塔 第2巻
出版(判型)新潮文庫
出版年月2002.11
ISBN(価格)4-10-110434-4(\590)【amazon】【bk1
評価

いよいよ教授選の決戦投票の日が近づいてきた。捨て身の多数派工作を行い、なんとか教授の座をつかんだ財前に、国際学会からの招聘状が届く。内科で同期の里見から難しい患者を回され、噴門癌と診断、手術も大成功を納め、鼻息荒くドイツへの出発準備を行う財前。しかしそんな彼に思いがけない落とし穴が待っていた。

1巻ではまだかわいげのあった財前、教授になったとたん、どんどん鼻持ちならない人間になりさがり、正に「悪い医者の象徴」みたいな雰囲気に。弘法も筆のあやまり、とはこういう人に対する警句なのでしょう。多分財前の技術は超一流なのですが、それを過信するとこういうことが起こるんですよ・・・とベタな展開ながらも、続きが気になります。さてさて、医者の本分を忘れ、天狗になった財前には、どんな天罰が待っているのでしょう。

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幽霊人命救助隊

著者高野和明 幽霊人命救助隊
出版(判型)文藝春秋
出版年月2004.4
ISBN(価格)4-16-322840-3(\1600)【amazon】【bk1
評価★★★

僕は崖を登っていた。いよいよ頂上に手をかけたとき、突如3人の男女が現れる。無理矢理引っ張り上げられた僕は、3人の質問攻めにあった。話を聞くと、なんとここは天国だという。そう、僕は自殺したのだった。そんな4人のところへやってきた神が言った。ここは天国ではない。自殺者を7週間で100人救え、そしたら天国へ行けると。僕たちは幽霊となって地上に降り、自殺者を救うべく奮闘することになった。

最初あらすじを見たときは、いよいよ高野和明もバカミスの仲間入りか?と思ったのですが、いやいや、どうして真面目な作品ではないですか。日本は生きて辱めを受けるよりも、死ぬほうが美しいといった思想が蔓延してるからなのか、自殺が多いらしいですね。ほとんどがうつ病だということですが、私のようにのらりくらり無責任に生きている人のほうが要は楽に生きられるし、いざというとき強いということのようです。死んでも良いことないぞ、生きていればなんとかなるさ、という主張を強く訴える作品です。

そういうメッセージは強く感じられましたが、ストーリーとしてはまあまあかなあ。もう少し笑いに徹したほうが小説としては面白く感じられたかも。幽霊という設定をうまくつかった笑いが足りないように感じました。著者自身はそんな笑いを提供する気はあまりなかったのかもしれませんが、ヤクザに気弱な社長、浪人生に自意識過剰な若い女性、というハチャメチャな組み合わせとか、幽霊が自殺者を救うという設定には笑いが盛り込まれてると思うんですけどね。

ただ、想定の範囲内とはいえ、感動的なラストでした。この部分だけでも読んだ甲斐はあったというもの。評価は低めですが、ベタな感動作品を欲している方にはおすすめ。今ちょっと暗い気分という方にもおすすめです。

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遠く高く空へ歌ううた

著者小路幸也 遠く高く空へ歌ううた
出版(判型)講談社
出版年月2004.4
ISBN(価格)4-06-212353-3(\1700)【amazon】【bk1
評価★★★☆

僕の町には死者が多い。小学生の頃からこれで10人目。僕はまた死体の発見者になってしまった。

うーん、これ本だけだとこの結末は反則技かなあと思うんですよね。なので、この作品はあくまで前作とセットで読むというのが正しいかなと。ただ、前作も本作も絶対に必要だと思うのは、「解す者」「違い者」が現れる意味でしょうね。そこが説明不足のままだと、なんとなく結末だけが突如やってきて、勝手に納められてしまった感じになってしまう。前に読んだ児童文学作品の書き方みたいな本に、魔法っていうのは何でもありだから、それを使うのは反則。というのを読んだことがあります。結局そういう超自然的な大技を出すなら、それなりの必然性が必要ってことですよね。それはこの作品にも言えるのでは。「魔法の世界」を描くのならともかく、現実世界を舞台にしている以上、その部分が説明されないと、ああなるほど面白かった、というところまで行かないかなという気がしてしまいました。

とはいえ、この著者の人物の描き方は結構好き。特にこのギーガンの意味するところや、その扱われ方なんか、昨今の変な縛りのせいで、なかなかこうは描けない。面白い視点だなと思いました。だから少年たちがすごくイイ。おしゃまな女の子もイイ。この世界から離れて別の作品になったら、また面白いんじゃないかと思うのでした。

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イニシエーション・ラブ

著者乾くるみ イニシエーション・ラブ
出版(判型)原書房
出版年月2004.4
ISBN(価格)4-562-03761-X
評価★★★★☆

僕は合コンでマユと出会い、そしてお互いに惹かれ合った。

いつの時代でも大学生の恋愛っていうのは変わらないんだなあと思ったのでした。自分の過去を思い出すような懐かしさがあります。くっついた離れたが日常的に行われて、盛り上がるときも早く、そして破局を迎えるときもあっという間。ああ、あの頃は若かった、と思いつつもちょっとイタイぞ、この小説。

そんな青春群像を見事に描きながらも、最後まで読み終わると・・・・あれ、あれれ?そうなのです。最後まで行くと「自動的にリピート」という仕掛けがついているのです。下手するとヘビーローテーション状態です。久しぶりに同じ本を続けて2度読みましたよ。落とし穴にはまらないように注意してたつもりだったのに、そもそもそんなことを考えていた私がバカでした。はい。

1度目は青春小説として、2度目はホラーとして(笑)。ある意味女の二面性を見事に描き出した本作は、小説という表現形式の限界に挑んだ意欲作であると言えると思います。

読み終わった後、1987年のカレンダーをとってきて、ある表を作ってみました。やればやるほど細部まで考えられてますね。お見事。そしておすすめ。

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禁じられた楽園

著者恩田陸 禁じられた楽園
出版(判型)徳間書店
出版年月2004.4
ISBN(価格)4-19-861846-1(\1800)【amazon】【bk1
評価★★★☆

鳥山響一。芸術家一族に生まれ、類稀なる美貌とその近寄り難い雰囲気から、大学の中でも異彩を放っている一人。取ってる授業が同じ、というだけの彼から突如アプローチされた平口捷は、戸惑いながらも彼の実家への招待を受けてしまう。そしてそこで出会ったものとは・・・。

幻想ホラーとでも言うのでしょうか。人間が持つ不条理かつ根源的な恐怖心。「怖いと思わなければ怖くない・・・けどやっぱり怖い」という人間の心理を描いた作品です。前から言ってるのですが、この著者の描く感覚って、私の感覚と見事合ってるんですよね。つまらないところや必要ないところに怖さを感じたりするところとか。そもそも怖がりっていうのはそういうものなのかな。そうそう、私は暗いところと大きな無機物が大嫌いなのですが、そんな感覚が今回も随所に現れてて、意外とこれって広く共有される感覚なのかもと思っているところです。

ラストはあくまで幻想ホラー。オチが弱いといわれる彼女の作品ですが、ただ今回は面白かったかな。恩田作品が好きなかたにはおすすめ。

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語り女たち

著者北村薫 語り女たち
出版(判型)新潮社
出版年月2004.4
ISBN(価格)4-10-406605-2(\1600)【amazon】【bk1
評価★★★★

空想癖があり、視力が徐々に失われているある男。彼は、物語を語る女たちを呼び寄せて、次々と語らせた。

全体として何かの流れがあるわけではなく、ただただ不思議な物語を様々な女が語る、という趣向。中にはミステリ的な味付けがされてるものもあるし、ホラーっぽいのや、恋愛小説もある。でもどのエピソードをとっても面白いんですよね。途中で飽きるかなあと思ったのですが、そんなことは全くありませんでした。よくもまあこんなにいろんな話を思いつけるな、とただただ感心。私も誰かに面白い話を語ってもらいたいかも。ただ、本当にこうやって話されたら、あまりの現実味のなさに飽きちゃうかもしれないですね。これもまた小説という形態だからこそできる物語なのでしょうか。

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硝子のハンマー

著者貴志祐介 硝子のハンマー
出版(判型)角川書店
出版年月2004.4
ISBN(価格)4-04-873529-2(\1600)【amazon】【bk1
評価★★★★

社長が殺された。しかもそこは密室だった。唯一入るのが可能だった久永専務が重要参考人として拘置されるが、それにも様々な疑念が残る。久永専務の無実を信じて奔走する弁護士は、ある男に密室の謎を解くように依頼した。成功報酬は50万。一見すると不可能に見える犯罪は一体どうやって行われたのか、そして犯人は本当に専務なのか?

こういうのって、密室の謎が解かれると、同時に犯人もわかってしまうのがパターンですよね。となると中心となるのは密室の謎。そこでどれだけ納得させられるか、そして意外性を演出できるかが著者の腕にかかっているといえます。実は私、あまり密室ものって好きじゃないんです。だって結局「密室」じゃないし。やり方なんて別に説明してもらっても「ああ、そう」で終わっちゃうし。だから、密室の作り方よりも、その意味と理由がそれなりに納得できるものじゃないとね。この作品はその点は見事クリア。ほほーと思いました。

一方でこの人のストーリーテリングの才能も作品そのものの評価を押し上げますよね。泥棒探偵と早とちりの女性弁護士。彼らのやりとりもなかなかですし、後半部分に入って、なんとなく『緋色の研究』の構成を思い出しましたよ。パズルを楽しむというだけではなく、やはり人物中心なのが私がこの人の作品が好きな理由。ただ今までの作品と比べると、ちょっと落ちるかなぁ。キャラクター的に榎本氏がお気に入りなので、彼を主人公にした小説できないかしらん。

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