2003年05月

キッドナップ(大石直紀) 空を見上げる古い歌を口ずさむ(小路幸也)
コンタクト・ゾーン(篠田節子) The end of the world(ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド)(那須正幹)
お母さんの恋人(伊井直行) 神々のプロムナード(鈴木光司)
アンクルトムズ・ケビンの幽霊(池永陽) そのケータイはXXで(上甲宣之)
繋がれた明日(真保裕一) 被害者は誰?(貫井徳郎)
とんち探偵一休さん謎解き道中(鯨統一郎) 分岐点(古処誠二)
おれは非情勤(東野圭吾)
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キッドナップ

著者大石直紀
出版(判型)光文社文庫
出版年月2003.4
ISBN(価格)4-334-73471-5(\590)【amazon】【bk1
評価★★★☆

数分で多額の取引を行い、一国の経済をも壊滅させるヘッジファンド。そんな巨大ヘッジファンドの元幹部であった仁科の息子が誘拐された。一体何者が、何を目的に?ベルギーから北アフリカへ、身代金を持ったまま犯人に振り回される仁科だったが、マラケッシュの市場で忽然と姿を消してしまった。犯人は誰なのか。

ヘッジファンドが思いっきり絡んでいそうで、意外な人間模様にもだまされてという、うまい二重構造の誘拐小説。衝撃という雰囲気はありませんでしたが、普通に面白いという印象でした。文庫でちょうどよい内容かな。テンポのよさ、内容の堅実さという意味では、この著者は職人ですね。ただせっかくヘッジファンドをここまで絡めたんだから、もう少しそれを前面に出した設定にしてもよかったかなあというのは欲張りすぎでしょうか。

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空を見上げる古い歌を口ずさむ

著者小路幸也
出版(判型)講談社
出版年月2003.4
ISBN(価格)4-06-211842-4(\1600)【amazon】【bk1
評価★★★★

みんなの顔がのっぺらぼうに見える。突然息子がそう言い出した。大騒ぎする妻をなだめながら、ふと思い出したことがあった。子供の頃に家を出てしまった兄が、周りに顔がのっぺらぼうに見えるという人がいたら、俺を呼べと言っていたことを。

最初の思っていた方向性と微妙に違う方向へ向かって、良い意味で裏切られました。ミステリではなくファンタジー要素の強い小説です。何かに前書きましたが、こういう一から作る世界って、やっぱり難しいんでしょうね。ちょっと気になるところがあったりしたのですが(私の中で一番の疑問に思ったのは2次元が結局どう見えるのかということか)、全体の流れとしては面白かったです。著者のサイトにも書かれていますが、次作もすでに用意されているそうで、まだまだこの世界は始まったばかり。なんとなく提示されたまま消化されてない線もあるので、今後の広がり、そして着地に期待。メフィスト賞の選評に大人のための童話というような書かれ方がされていたように思うのですが、言い得て妙。こういう童話的要素の強い小説って、子供ばかりではなく大人にも必要とされているのかも。時代設定からすると、もう少し年上の方のほうが、ノスタルジーを感じるのかな。もちろんおすすめ。次作は秋の発売だそう。もちろん宣伝(笑)。

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コンタクト・ゾーン

著者篠田節子
出版(判型)毎日新聞社
出版年月2003.4
ISBN(価格)4-620-10669-0(\1900)【amazon】【bk1
評価★★★☆

日本での退屈な仕事を終わらせて、ようやくとった休暇。30も半ばを過ぎた独身女3人がバヤンリゾートへやってきた。バヤン島のあるテオマバルは世情不安にも関わらず、逆にそれを狙ったかのようにやってきた彼女たちは、ゴルフに買い物にと贅を尽くしたバカンスを過ごしていた。しかし、突如勃発した内戦。リゾートでは大虐殺が行われ、誰と誰とが争っているかもわからないまま、彼女たちは命からがら島を脱出した・・・はずだった。

表面的にはいかにもパープリンで平和ぼけした彼女たち、意外とそうでもない。ものすごくたくましいし、基礎的な素養も備え、かつ自分の身は自分で守れる知恵も持っているのです。さすが女一人で世間を渡ってきただけあって、自分の意志はきちんと主張するし、自分の信念もしっかり持っている。そんな3人が島の山の中に昔から住む土着の人たちに救われるというサバイバル小説。こういう争いというのは、テレビがこうした山の中にまで入り込み、西洋の物質文化が世界中あちこちに広まってしまっている世の中では仕方の無いことなのかもしれません。多分古い文化をそのまま守っていったほうが平和に暮らせるのに、というのも西洋文明に毒された私の奢った考え方なのでしょうし、かといってそんな非文化的な一刀両断にして、英語を覚えさせようとか、西洋医学を持ち込もうというのもエゴにすぎないと思うのです。結局その国のことはその国の人に考えさせるのが一番なのでしょう。ただそういうのが少し散漫な感じで描かれているのが残念。次々とおそってくる困難やそれを乗り越えるエピソードは面白かったのに、全体としてもう少し首尾一貫したストーリーを希望。連載だから仕方ないのかな。

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The end of the world(ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド)

著者那須正幹
出版(判型)ポプラ社
出版年月2003.4
ISBN(価格)4-591-07693-8(\1200)【amazon】【bk1
評価★★★★

もうラジオに誰も答えない。シェルターに避難して核戦争を回避していたぼくの家族だったが、ぼくらの他に、誰か生き残っている人はいるのだろうか。様々な生と死をテーマにした短編集。

那須正幹の名前を文芸ハードカバーの棚に見つけて、思わず手にとってしまった1冊。私はこの著者の「ズッコケ三人組シリーズ」が大好きで、ファンクラブにも入ってたんですよ。小学生の頃、1度先生に年賀状を出したところ、なんと年賀状を返してくれたことも覚えています。『ズッコケ山賊修行中』、『ズッコケ財宝調査隊』、『うわさのズッコケ株式会社』とか大好きでしたよ。というわけで、この本。かなり趣は違いますが、やっぱり今読んでも面白いということは、この著者の作品は本当に面白かったんだなあと改めて思ったのでした。おすすめ。

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お母さんの恋人

著者伊井直行
出版(判型)講談社
出版年月2003.4
ISBN(価格)4-06-211808-4(\1700)【amazon】【bk1
評価★★★☆

流れの速い川が真ん中を流れている町。お母さんとお父さんはそこで出会った。貧乏な右岸と裕福な左岸を分ける川にかかる奇妙な橋。その橋のたもとでお父さんはお母さんを見た。お父さんは17歳だった。

淡々と進む話が、ストーリーの唐突さをやわらげている印象。私は結構好きですね。面白いっていうのとはちょっと違うのですが、こういう高校生いいなあ、と思ったのでした。今見えてる道しかないんだと思いこんでるところとか、その道を突き進むのに一生懸命なところとか。ジェットコースター小説に飽きたときの清涼剤としておすすめ。

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神々のプロムナード

著者鈴木光司
出版(判型)講談社
出版年月2003.4
ISBN(価格)4-06-211856-4(\1900)【amazon】【bk1
評価★★★

友人の松岡が失踪した。松岡の妻からの電話で知った史郎は、1ヶ月ほど前にかかってきた松岡からの電話を思い出す。

ストーリー自体にそれほど文句はないのですが、どうもこの深雪という女が私はダメ。というか、鈴木光司の描く深雪という名前のついた女がいまいちでした。結婚し、一人の子供を産み育てている女性が、こんなに弱いものでしょうか。どうも納得できない。生活できないからといって巡らす考えが、あまりに狭い範囲すぎる。多分女性である私からみるから、違和感に嫌になってしまったのかもしれませんが、読んだ方どう思われました? それに、この史郎という男性もあまり好きではないのです。どうも最初から最後までそこがひっかかってしまって、楽しめなかったのでした。

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アンクルトムズ・ケビンの幽霊

著者池永陽
出版(判型)角川書店
出版年月2003.5
ISBN(価格)4-04-873472-5(\1300)【amazon】【bk1
評価★★★★☆

鋳物工場で働く西原は、ある悩みを抱えていた。不法就労のタイ人3人を入管に通報して追い払えと社長から命令されていたのだ。確かに半人前、すぐにサボるといった問題はあったものの、気の良い彼らとは仲間でもあったし、特に3人のリーダー格であり、筋もよいチャヤンには、西原も目を掛けていた。社長は彼らが強く言わないことをいいことに、給料も当初の半分しか払っていない。しかし彼らに給料を払っては、工場自体が危なくなる。様々な思惑、そして想いに板挟みになった西原だったが。

人種問題、特にアジア人に対する日本人の蔑視問題をテーマにした小説ですが、その重いテーマを通して、見事私のツボをとらえたラストに持って行かれたときにはやられた、と思いました。実を言うと、途中少々だれる雰囲気はあったんです。高校時代、こういうアジアの女性に対する差別や、アジアでの日本人の問題にものすごく敏感な先生がいて、松井やより氏の本なんかをさんざん読んでいた私は、はっきり言って食傷気味だったのです。もちろんそういった話は同じ日本人として恥ずかしいことですけれども、そればっかりだと小説にはならないんですよね。でも、この本はそうした問題を取り入れながらも、それに対して作者の視点から何か意見を述べるのではなくて、一人の男の人生を通したストーリーになっている。そこを評価。テーマ的に受け入れられるかどうかはあると思いますが、私はおすすめ。

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そのケータイはXXで

著者上甲宣之
出版(判型)宝島社
出版年月2003.5
ISBN(価格)4-7966-3302-2(\1600)【amazon】【bk1
評価★★

友人の愛子と共に傷心旅行に出かけたしおりは、山中の温泉へとたどりつく。しかしその町は何か妙な雰囲気に包まれていた。しおりは宿で携帯を拾うが、突然かかってきた電話が「その町をすぐ出ろ」という。

うぉーこんなのってあり?何かこの突飛な状況は読者を攪乱する仕掛けであって欲しかった・・・。本気だったのか、とわかったとき、この本が大賞を取らなかった理由がよーくわかったのでした。この本をハードカバーで出した宝島社さんに敬意を表します。お見事なバカミス。地の文に漫画のように擬音が出てくるのも何とも言えません。

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繋がれた明日

著者真保裕一
出版(判型)朝日新聞社
出版年月2003.5
ISBN(価格)4-02-257838-6(\1700)【amazon】【bk1
評価★★★★☆

自分の彼女にちょっかいをかける三上に一言言ってやろうと、酒場に刃物を持って行った。手を出したのは三上だった。しかし持っていた刃物で三上を刺し殺したのは自分。有利な目撃者は現れず、5年以上7年以下の懲役刑が科せられる。出てきた彼を待っていたのは、「人殺し」を見る世間の冷たい目だった。

最近こういうのはやりですかね。ちょっと前の東野圭吾の『手紙』も受刑者の家族を扱う話でしたし。こういうのって書き手も難しいと思うんですよね。身内や大切な人を殺された人にしてみれば、それがいかなる理由であれ、殺されてしまった人はもう戻らない。一方で犯人は税金によって生かされ、ある程度の時間が経てば世間に出てくる。それに対する理不尽さというのは筆舌にしがたいところはあるだろうし、まして理由も無く、あるいは一方的な理由で殺されてしまったなんてことがあったら、同じように殺して後悔させてやりたいというのが人情というものでは。だから、被害者ではなく犯人側を主人公にするのって、ものすごく勇気がいることだと思うのです。日本の刑罰の手法は矯正するという考え方だそうで、「人生はやり直しが効くのだから、更正してがんばれ」ってことなんですよね。こいつは更正が効かないだろうというのだけが死刑になる。理想的な考え方だとは思うのですが、やはり被害者のことを考えると、微妙ですね。

考えがあんまりまとまりませんが、とりあえず難しいテーマをよくここまで書いたなあと思った傑作です。おすすめ。

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被害者は誰?

著者貫井徳郎
出版(判型)講談社
出版年月2003.5
ISBN(価格)4-06-182317-5(\820)【amazon】【bk1
評価★★★★

容姿端麗、頭脳明晰。そしてベストセラー作家。そんな吉祥院先輩のところへ、桂島刑事が難事件の意見を聞きにやってきた。

こういう提示されたヒントから、推理して謎を解くっていうタイプの本は、たまに読むとやっぱり面白いですね。特に表題作「被害者は誰?」は、犯人はわかってるのに、白骨化した遺体が誰だかわからないという謎も魅力的。そして犯人が家に残していた手記から、被害者を割り出していくという課程もなかなか。みなさんは騙されずに「被害者」を当てることができるでしょうか。

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とんち探偵一休さん謎解き道中

著者鯨統一郎
出版(判型)ノンノベル
出版年月2003.5
ISBN(価格)4-396-20763-8(\819)【amazon】【bk1
評価★★★★

建仁寺の小坊主・一休は、彼を師匠と仰ぐ武士の蜷川新右衛門と、建仁寺に寄宿する茜と共に、茜の両親を捜す旅に出た。あちこちで奇妙な事件に巻き込まれながらも、徐々に東へと向かう彼らだったが。

東海道中膝栗毛と一休のとんち話を足して2で割ったような作品。どっちも大好きなので、楽しく読めました。密室あり、謎の消失事件ありのミステリ仕立てで、東下りをする一休たちを待ち受ける結末とは何か?一休さん好きにはおすすめ。

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分岐点

著者古処誠二
出版(判型)双葉社
出版年月2003.5
ISBN(価格)4-575-23457-5(\1700)【amazon】【bk1
評価★★★★

ラジオや新聞では連戦連勝が伝えられる皇軍だったが、本土では連日のように爆撃され、人々は、口に出さずとも日本の不利な状況を体で感じていた。そんな中で、中学生の対馬ら中学生は動員され、故郷を離れた場所で前線基地を作らされることになった。そこで事件は起きる。

この著者は日本の軍隊史や戦争史に特別な思い入れがあるんでしょうか。そう言われてみると、デビュー作から自衛隊が部隊でした。『ルール』でいきなり戦時中の話で意外な気はしたのですが、戦争・軍隊のくくりで見れば同じ範疇なんですよね。ただ謎解き・トリックに主眼を置いた自衛隊シリーズよりも、戦時中の人間の心に主眼を置いたこちらの作品のほうが私は好み。

太平洋戦争末期の日本って、人々は何を考えて生きていたんだろう、とこういう本を読むと思います。現在でもイラクなんかを報道する番組を見ていても、空襲はあったとしても国民の生活はあり、フセイン政権打倒を望む声もあれば、アメリカ非難の声もある。日本も自由にモノが言えなかったとしても、同じように生活をし、心の中では戦争なんてやめればいいのにっていう声と、女子供まで無差別に殺すアメリカを避難する声と、いろいろあったんだと思うんですよね。結局原爆が2度落とされて、日本が降伏することになったとき、日本人の心にあったのはどういう思いだったのか。そんな気持ちを中学生の心を通して描いたのがこの作品。面白いというとなんだかちょっと違うと思いますが、一気読みでした。おすすめ。

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おれは非情勤

著者東野圭吾
出版(判型)集英社文庫
出版年月2003.5
ISBN(価格)4-08-747575-1(\476)【amazon】【bk1
評価★★★☆

先生の一時的な休暇の代わりに小学校で教える非情勤先生・「おれ」が出会う数々の事件。

『5年の学習』に掲載されていたというこの作品。小学生5年生ってすごく小さい子という気がしますが、もう11歳とかなんですよね。多分大人が考えるよりもずっといろいろなこと考えているんじゃないかなという気が。ついつい自分が10歳だった頃とかって忘れてしまうんですけど、子供は子供でも、何もわかってないというレベルじゃないと思うんです。そんな小学生の複雑な雰囲気をよくとらえた描き方がされているように思います。対象が対象だけに、ミステリとしてはまあ面白いレベルですが、読んで損はないかな。

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