2003年02月

石に刻まれた時間(ロバート・ゴダード) 鎮火報(日明恩)
フライ、ダディ、フライ(金城一紀) 緋友禅(北森鴻)
第三の時効(横山秀夫) 街の灯(北村薫)
K・Nの悲劇(高野和明) 陽気なギャングが地球を回す(伊坂幸太郎)
「神田川」見立て殺人-間暮警部の事件簿-(鯨統一郎) 観覧車(柴田よしき)
リスク(井上尚登) 虚ろな感覚(北川歩実)
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石に刻まれた時間

著者ロバート・ゴダード
出版(判型)創元推理文庫
出版年月2003.1
ISBN(価格)4-488-29807-9(\1000)【amazon】【bk1
評価★★★★

ロンドンを出て、妻の望む田舎暮らしを手にいれてすぐに、妻が事故で亡くなった。失意の中で、励ましてくれる妻の妹と親友でもあるその夫の元に身を寄せることになったが、彼らが住んでいたのは、円形の概観を持つ不思議な建物だった。

外周から徐々に削るように中身が見えてくるゴーダドっぽい話運びながら、今回はその徐々に見えてくる真相が気味悪いという、少々雰囲気の異なる作品。面白いながら、のめりこんで読んでいたら、ラストはものすごーく怖かった。

この本の中心となっている、田舎の素敵な一軒家。私はこういう隣の家まで車でいかなくちゃいけないような、怖い(静かとも言う)場所には絶対に住めません。やっぱり車の音がうるさいぐらいがちょうどいいですよ。誰もいないという真の闇はやっぱり怖いですよね。

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鎮火報

著者日明恩
出版(判型)講談社
出版年月2003.1
ISBN(価格)4-06-211729-0(\1800)【amazon】【bk1
評価★★★☆

消防士の大山雄大の目下最大の目標は、一日も早く事務職にありついて、楽な生活を送ること。そんなやる気のない彼の勤める消防署に、早朝から出動命令が出た。初めてのまともな火災。そして被害者。しかも、その火災は妙な特徴があった。

全体としては面白いと思うのです。なぜ大山は「やる気のない」消防士になったのか、そして毎日われわれの平和を守っている消防士という仕事、サブストーリー的な部分も充実していて、消防士ってそういえばあんまり小説で中心になって出てこないなあと思った次第。でも長い。この場合本当に無駄な部分が多くて長くなってしまっているのがもったいない。重複部分を削れば、もっとすっきりして、ラストまで楽しく読めたと思うのに。これって書き下ろしなんですよね?この半分とまでは言わずとも、2/3くらいまで絞ったら、絶対★4つつけてました。ストーリーは面白いと思うので、次の作品に期待。

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フライ、ダディ、フライ

著者金城一紀
出版(判型)講談社
出版年月2003.1
ISBN(価格)4-06-211699-5(\1180)【amazon】【bk1
評価★★★☆

鈴木一、47歳。家に帰ると、すべての電気が消えていた。妻は?娘は?慌てて家に入ると、そこには「病院に行っています」という妻の書置き。今度は慌てて病院に向かうと、殴られたという娘の無残な姿があった。そして、その犯人は・・・。

47歳のサラリーマンが、「ひと夏の冒険」に入るまでのエピソードが唐突なのを除けば、ノリのよさで楽しく読める作品。このくらいの長さだから許容範囲。うーん、でも文庫でもよいかもなあというのは失礼ですか、そうですか。

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緋友禅

著者北森鴻
出版(判型)文藝春秋
出版年月2003.1
ISBN(価格)4-16-321580-8(\1476)【amazon】【bk1
評価★★★☆

旗師冬狐堂シリーズ第3弾。冬狐堂・宇佐見陶子の元に現れるさまざまな古美術品と、それにまつわる人間模様を描いた連作短編集です。

骨董っていうのは値段があってないようなもの。それに値段をつけるのが執着心であったり、見栄であったり、あるいは市場という装置であったりするわけで、人間のいないところには、骨董という「貴重品」はないわけですよね。面白い世界です。今回出てきた古美術品の中で、私が面白いと思ったのが萩焼。いままで器っていうのは、美術館や博物館でみてもふうん、という感じでしたが(どっちかっていうと、古美術よりも発掘物のほうが面白いし)、次みたときはもう少し興味をもって見られそう。ミステリーとしてはまあまあかなというレベルですが、その周りを取り囲む骨董品の世界に☆1つ。

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第三の時効

著者横山秀夫
出版(判型)集英社
出版年月2003.2
ISBN(価格)4-08-774630-5(\1700)【amazon】【bk1
評価★★★★

F県警捜査一課にある三班はどの班も優秀だった。手がけた事件はすべて解決している。しかし3班の仲は決して良いとは言えない。どの班長も食えない男であり、しかも互いに異常なライバル意識を燃やしていた。そんな彼らのもとにまた事件が・・・

刑事もの連作短編集というと、どうしても短編でおさまるような事件を作り、それを解決していく、というような単調なものになりがちですが、この人の本は事件そのものよりも犯人、そしてそれを捕まえようとする刑事たちそのものをテーマにしていて、連作短編集でも最後まで面白くよめます。もちろん決してミステリ部分がつまらないというわけではないのですが、それでもこの刑事たちの魅力には敵わないといったところでしょうか。続けて2作読んだときは、ちょっと飽きるかなと思ったのですが、女性を主人公にした『』を読んだからかな。男を描いた作品は結構いいですね。きっとこのミスで1位をとった長編も面白いんでしょうけど、でももう少し冷めてからにしよ・・・(笑)

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街の灯

著者北村薫
出版(判型)文藝春秋
出版年月2003.2
ISBN(価格)4-16-321570-0(\1762)【amazon】【bk1
評価★★★☆

昭和7年東京。花村家では正運転手が辞め、新しい運転手が入ってきた。驚いたことにその運転手は女性だった。主に令嬢の「わたし」の運転手を勤めることになったベッキーこと別宮みつ子は、運転ばかりでなく、さまざまな技術を身につけていた。

昭和初期の銀座とかって、どんな感じだったんでしょうね。この時代からもう70年以上経ちますけど、きっともっと時間の流れが緩やかだったんじゃないかと、この本を読むと思います。彼らからみると、今の世界は魔法のような世界だと思いますが、われわれから見ても当時の世界というのは日本であって、日本ではないような不思議な世界です。そういえば、ちょうど祖母が同じくらいの歳でした。今度昔の東京の話でも聞いてみよう。

しかし、この謎のベッキーさん、ラストには正体がわかるかと思ったのですが、全然出てこない。この作品はシリーズ化して続きが出るのでしょうか。うーん。それが心残り。

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K・Nの悲劇

著者高野和明
出版(判型)講談社
出版年月2003.2
ISBN(価格)4-06-211713-4(\1700)【amazon】【bk1
評価★★★☆

著作が売れ、今までとは比べ物にならない高級マンションを購入。順調な結婚生活に夏樹夫妻は幸せの絶頂にいた。が、そこへ妻が妊娠。先のあてのない収入にマンションのローンの返済を考えると、堕胎せざるを得ない。苦渋の選択をすることになった夫妻に不思議なことが起こり始めた。

1年間に妊娠する女性が約150万人、そのうち約34万人が中絶するという記述には驚きました。20%以上が子供を堕胎してしまうんですよ。もちろんそういった中にはさまざまな理由があるのでしょうけれども、20%っていうのは多すぎる。当然これには死産は含まれないんですよね?人工妊娠中絶がこの数。もちろん1人の子供を育てるのに数千万といわれる時代ですから、社会的な要因が中絶数を上げているということもあるのでしょうけれども、この20%のうち、半分でも3分の2でも出産すれば、出生率はかなり回復するのでは。子供を作ろうと思わない人に子供を作らようとするんじゃなくて、妊娠した人、出産した人に手厚い社会保障をするほうが効率的ってことかもしれません。一方で、子供を望んでもできないで、不妊治療に多額のお金を使う人もいるのに。

ストーリーを読むというよりも、中絶、夫婦の問題などの社会問題を考えさせられる小説。好き嫌いはあるでしょうけれども、読みやすいのでそこそこおすすめ。

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陽気なギャングが地球を回す

著者伊坂幸太郎
出版(判型)ノンノベル
出版年月2003.2
ISBN(価格)4-396-20755-7(\838)【amazon】【bk1
評価★★★★

人間嘘発見器の成瀬、正確な体内時計を持つ雪子、天才掏りの久遠、そして演説の達人響野。強盗は2人より3人がよく、3人よりも4人がいい。偶然集まった彼ら4人が、今日もまた銀行を襲う。

爆笑。伊坂幸太郎ってこういう本書く人だったっけ?と思いました。雰囲気は「オーシャンと11人の仲間」。それぞれの特技を生かした怪盗集団が、あざやかに金品を奪っていくという話は、すかっとしますね。しかもその強盗たちのやりとりが笑える。抱腹絶倒というよりも、思わず噴出してしまう面白さです。ギャグ小説大好きな方におすすめ。

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「神田川」見立て殺人-間暮警部の事件簿-

著者鯨統一郎
出版(判型)文芸ポストノベルス
出版年月2003.2
ISBN(価格)4-09-379617-3(\905)【amazon】【bk1
評価★★★

元警視正の大川が開いた探偵事務所に、今日も「本当はこいつが犯人なんだ」と主張する依頼人が現れた。助手である小林とひかるは調査へと向かう。そこに現れたのは美声の持ち主・間暮警部と谷田貝刑事。その間暮は「これは見立て殺人だ」と言い、突如歌を歌いはじめる。

アホアホ刑事が活躍する連作短編小説。しかも全然「ヒット曲の裏側に隠された真実が、ここに明らかにな」・・・ってないよ。ヒット曲は単に使われただけ。そしてひとつ、私はビデオテープの謎がどうしてもおかしいと思うのですが、読んだ方どうでしたか。うーん。ミステリーとして読むよりも、ちょっとした癒し系小説として読んだほうがいいのかな?

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観覧車

著者柴田よしき
出版(判型)祥伝社
出版年月2002.2
ISBN(価格)4-396-63221-5(\1700)【amazon】【bk1
評価★★★

探偵であった夫が失踪した。夫が帰ってきたときに、この探偵事務所が無かったら戸惑うだろうと、事務所を継いで、自分が探偵として働く下澤唯。口の悪い刑事や、同業者に助けられながら、なんとか探偵を続ける唯だったが。

紆余曲折があって、最初の短編から最後の短編まで時間がかかったということなんですが、それほど最初のが稚拙ということも、最後のほうが全然印象が違うということもなく、この著者は結構最初のうちから自分の文章とか雰囲気とか確立してたんだろうなと思いました。なんとなく、最初はすごく身近なところ(確か京都在住でしたよね)を題材にしているのに、だんだん範囲が広がっているのが、この人が徐々に売れて、あちこちに取材にいける余裕が出てきたってことなのかなと思ったりもして。失踪した夫を10年も待ち続ける女性という設定の部分は気に入ったのですが、この結末は・・・。続けて書くといったことが書かれているので、今後に期待。柴田ファンにはおすすめかな。

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リスク

著者井上尚登
出版(判型)世界文化社
出版年月2002.12
ISBN(価格)4-418-02530-8(\1300)【amazon】【bk1
評価★★★☆

投資のリスク、家を買うリスク、そしてリストラというリスク。さまざまなリスクに直面した人々が、悩んで悩んで道を切り開いていく短編集。

ちょっと変わった出版社だなあと思ったのですが、男性向け情報誌に掲載されていた小説なのですね。多分本来のターゲットが30代-40代くらいの男性じゃないかと思うのですが、家を買うことの意味という話は「椰子の実通信」にも書きましたし、この歳でもいつまで勤められるのかという不安は誰もが持ってるし、貯蓄は多少あるけれど、あまりの低金利と不安な社会保険に、投資と言う選択はちょっと興味あるし、ということで私も面白く読めました。小説という皮をかぶったエッセイのような感じ。ラストの「十五中年漂流記」だけは井上尚登らしい雰囲気が出ていて、これを膨らませてほしいかなあと思ったのですが・・・あ、それが『キャピタル・ダンス』になったのかな。いや、ちょっと違うか。投資・家・リストラというキーワードが琴線に触れた方にはおすすめ。

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虚ろな感覚

著者北川歩実
出版(判型)実業之日本社
出版年月2003.2
ISBN(価格)4-408-53432-3(\1700)【amazon】【bk1
評価★★★★

どこか違う。何かが違う。いったいどっちが本当のことを言っているのか。狂った感覚を扱った連作短編集。

うまい。「本当のこと」とか、「まともである」こと、「普通であること」を定義するのは難しいですが、多分多くの人が共通感覚として持っている何か。それを微妙に逸脱したとき、どうなるのか。この小説の面白いところは、どちらも真実を言っている、あるいは正しいことをしているつもりであること。現実とは何なのか、正しいとは何なのか、持ってたはずのそういう意識が、この本を読んでいたら音を立てて崩れていくような気がしました。

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