あてのあるようなないような旅


その5 3日め(予定は未定に魅せられての巻 山陰線)

 朝目覚めると、なんと鼻血が出ていた。
 よっぽど昨日は疲れていたようである。

 ところで三日目本日どこへ行くかの予定は未定であった。
 今回は温泉にも行ってみたいという気持ちがあった。
 それもモテナイ独身エトランゼにしては至上の地である混浴露天風呂などが最も良かった。
 混浴露天風呂は今まで1度しか訪れていなかったが、その時の至福の思いが忘れられず(ここ参照)、是非もう一度訪れて見たいものだと思っていた。
 山陰地方にももちろん混浴はある。
 岡山の湯原温泉などはかなり有名である。
 そこで今日の目的として、まず湯原温泉が第一候補としてあがった。

 一方モテナイ独身エトランゼにも、かろうじて詩心のようなものが残っていないでも無かった。
 山陰には城崎という有名な温泉地がある。
 僕らには志賀直哉の短編などでも知られた場所である。
 僕は過去2回、往復で4回、この山陰線を通ってきているが、毎回城崎は素通りしていたので、いつか一度はこの文学の香り高き温泉地城崎にも降りてみたいと思っていた。
 しかし城崎には混浴の露天風呂が無い。
 ここが最大のネックであった。
 当初モテナイ独身エトランゼとしては、是非!是非!混浴、混浴命!エロス優先、文学二の次、みたいな衝動に駆られまくっていた。
 とはいえ城崎という響きには捨てがたいものもあったことは確かである。
 城崎に混浴があればいいのになあ・・・。

 モテナイ独身エトランゼの心は大きく揺れた。
 城崎へ行くか湯原へ行くか。城崎or湯原?。詩情or欲情?
 詩情を取り城崎に行ってしまったら、湯原までまた戻るのは金銭的・日程的にきついので湯原は捨てることになりそうである。
 「欲情は抑えて抑えてドウドウドウ」(ここは是非五七五で読んで下さい)となる。
 湯原に行けば、距離的にも今日はそこに宿泊ということになる。温泉地の宿はビジネスホテルなどと違って料金も高めなのでたぶん明日城崎に連泊ということはきつい。
 只城崎は外湯がいくつかあるので、それを空いた時間で巡ってもいいかな、とも思った。それなら経済的にも何とかなりそうである。

 とりあえずこの案で行くことにして、朝早速ホテルから湯原温泉にある某旅館に予約の連絡を入れてみた。
 ところがである。電話に老婆が出てきて、自分のところは現在営業していないという返事が返ってきた。何やら訳ありのようだったが、とりあえず僕は了解した旨を告げ電話を切った。
 ここでふと思った。
 これは城崎へ行けということなのでは?・・・。

 そう思ったら行動は早かった。
 すぐに出発の準備にかかる。
 なぜ急ぐかというと、ここ松江から城崎へは直通の電車はほとんど無く、基本的には各停を地道に乗り継いでいく形になる。そんな中この近隣路線にも快速電車があるので、これに乗ると時間の節約にもなり、当然早く着ける。
 その快速の時間があと少しというところにせまっていた。これを逃すと次は1時間半後になる。
 湯原はまた今度ね、そう思いつつホテルの受付のネエチャンが随分素っ気無いのにやや不満も残しつつ、チェックアウトを済ませた後松江駅に向かった。

 電車の出発ギリギリの時間だったので、とりあえず切符の自販では安い適当な切符を購入してそのまま改札に駆け込む。
 10:02快速「とっとりライナー」に乗車。ライナーなどというと新型の新しい客車を想像するがちょっと古めかしい2両編成の電車であった。とっとりライナーなので終点は鳥取である。ひとまず鳥取に行き、そこからまた各停を乗り継いで城崎まで行く予定である。
 乗客には老人観光客とビジネスマンでほとんどを占める。僕のような私服の青年層は見たところいないようである。オジサンの整髪料の匂いがプーンと鼻をつく。
 そんなに混んではいないので海側の窓側に着席でき、当分は安泰。

 車内で城崎行きの切符に変えてもらう。
 米子までは30分程で着く。
 米子では乗客が沢山入れ代わる。
 斜め前方のボックス席(山側南側)から何か熱い視線を感じる。
 ショートカットの昔は結構美人だったと思わせる熟女の視線であった。
 おっ、もしかしてモテテイルのか!などと思ったが、ようく視線の先を追って見ると、僕では無く、窓外の日本海に向けられていたようであった。
 旅先での出会いには敏感になるが、とかく早合点もしがちである。
 それに気を取られるうちに僕の回りにはオジサンが集まりだして、ややうっとおしくなってきた。
 車両の真ん中あたりのボックスが空いているので移動したい。

 伯耆大山に着く。
 この辺りは何も無いけど、ユッタリしていてすごく良い気を感じる。
 沿線の畑に咲くレンゲが綺麗である。
 切符拝見の乗車員がやってくる。全員の検札が終わると大声で挨拶をする。教育が行き届いているようである。
 伯耆大山で乗ってきた白髪のスーツ老人が、他に席は空いているのに僕の前のボックスに座った。そこには老婆が座っていた。他に空いているのに老人はワザワザ老婆との相席をチャレンジしていた。老婆とはいえ確かにかつてはカワイかったと思わせる顔だちはしている。
 もしや老人、スケベ老人?。おぬしナカナカやるな。
 しかし老婆は次の停車駅の赤碕駅で降りてしまった。老人ガッカリ・・・か、どうかは定かではないが、ふとこの私モテナイ独身エトランゼの未来の姿を暗示させなくも無いことも無かった。

 ちなみに首都圏の方にはディズニーランド等でお馴染みの地下鉄東西線の「浦安」と全く同じ名前同じ読みの「浦安」という駅が山陰線にはある。ミニ情報でした。

 倉吉ではまた人が多少乗ってきた。しかし混雑という程では無い。
 天気は相変わらず絶好調。
 ふと全く脈絡無く今日の夢は安岡章太郎に何かを取り入っている夢だった、などということを思い出す。

 青谷(あおや)という駅では、駅の外から金網越しに家族が総出で誰かを見送っていた。兄と思われる青年らしい。ゴールデンウイークで帰省していたのだろう。父らしき人物がいなかったが平日で仕事だったのかもしれない。ちなみに妹らしき少女がいかにも地方の女の子らしい健康的なムチムチ感を醸し出していたので、モテナイ独身エトランゼは、また気分も上々になる。

 鳥取大学前では先述の視線の婦人が降りてしまい、ちょっと淋しくなる。
 変わって若い学生連中(もち男性)が乗って来てモテナイ独身エトランゼ的気分はややレヴェルダウン。
 まあ、それでももうすぐ終点だったので良しとする。総じて思ったより空いていてノンビリ行けたので良しとする。

 12:03終点鳥取到着。
 次は12:18発浜坂行きという各停に乗り換える。
 こちらは緑と白のツートンカラー。
 乗客は相変わらず老婦人を中心とした観光客風が大半を占める。
 この電車はワンマンカーで、入り口には整理券の発行の機械もある。
 車内アナウンスは女性の声のテープらしい。

 山陰に来ると電車の本数が少ないので、ダイヤには気を使う。
 乗り遅れないようになるべく発車時刻には余裕を持って対応しているが、そうするとどうも時間に追われてしまう傾向になりがちな気もする。
 そんな中時間を気にしていたモテナイ独身エトランゼの心をよそに、電車は定刻過ぎてもなかなか発車しようとはしなかった。結構大雑把である。
 どうやら単線なので、他の電車の通過待ちをしていたらしい。
 実は時間が遅れること自体は僕にとっては大した問題では無かった。
 一番僕をして恐れさせていた事態は、その遅れた時間の間に、自分の席の周辺に好ましくない乗客が乗ってきてしまうことなのであった。
 これが何よりも恐い。僕の今までの経験では、好ましからざる客は大抵最後の最後にやってくるのである。
 僕がもう大丈夫だ、と安心した頃を見はからったようにやってくるのである。
 今まで最後の最後に望ましい美しい女性がやって来てくれたという想い出はほとんど無い。

 そして僕の嫌な予感は的中した。僕の予感はこういう時はなんて良く当たるのだろうと思う。
 こんなことに鋭い感を授けてくれた天を呪う。
 出発時刻を過ぎ乗降も一段落着いたと思われた電車の入り口を見ると、なんか濃い色のスーツのようなものを来て、何かの会に参列した帰りのようなオジサンが車内を嘗め回すように見ているのが目に入ってきた。空席を探しているのか?、はたまた獲物を物色しているか?、酔っぱらっているかのようにも見える。何か人を威圧するような傲慢な感じにも見える。良からぬ上品とは言い難い気配をビンビンに漂わせている・・・。
 こういう場合のこのような種族の御方の僕の隣への着席率は、かなり高い数値を今まで示してきた。
 僕の座っているボックスには僕しかおらず、後から来た人は堂々と座っても良い席である。
 せっかく窓際の良い席を取ったのに、最悪は移席ということも考えるが、他のボックスは誰かしら座っていて、今さら移りにくい気もする。

 僕の心配をよそについにオジサンがノッシノッシとこちらに向かって来はじめた。
 わー!どーしよーっ!まだ城崎まではしばらくあるのにいっ!、こんなとこで玉砕かっ!
 ダーン・ドーン・ダーン・ドーン(注:大魔神が歩く要領で)・・・どんどん近づいて来るっ!ヤバイっ!
 何か嗅いだことのないような妙な香料の香りをまきちらしながらやってくる。その香り共々ドンドン近づいて来る。
 ダーン・ドーン・ダーン・ドーン?
 ダン?
 ドン?(僕の脇で停まる音)。

 ダーン・ドーン・ダーン・ドーン・ダーン・ドーンダーン・ドーン(遠ざかる)。
 行っちゃったあ・・・・。
 どうやら助かったようである。命拾いをした。
 やっぱり酒を飲んでいて本能が先行していたのか、女性をターゲットにし、そちらに導かれていったようである。誰か知らんが女性の人、生贄になってくれてアリガトー、と天を仰ぐ。こんな時で恐縮だが、つくづく女性は偉大だと思う。

 僕の隣のボックスは、老婆と黒い服の中年婦人が座っていた。
 老婆が一方的に喋って会話の主導権を握っている。
 中年婦人は聞いているだけである。
 しかし列車の発車と共に次第に口数が減って来て、そのうち静かになったので老婆を確認して見ると、静かに目を閉じていた。喋るだけ喋って疲れたので寝たらしい。
 良くこうした老婆を見かけるが、電車の行程に合わせて随所に会話を挟んでいき、全工程に満遍なく会話を挟んでいく、ということはしないのだろうか?とふと思った。
 大抵冒頭に機関銃のように喋り、後は静かになり、最後の方でまた喋る、といったような光景が展開されることが多い。
 彼女達にとって、会話は冒頭とエンディングにだけあればいいのだろうか?
 冒頭とエンディングを飾る単なる儀式のようなものであれば良いのだろうか?
 冒頭とエンディングはいいが、じゃあ真ん中の立場は・・・?
 ・・・などと、そんなどうでもいいことを考えてしまう今日この頃であった。

 発車してすぐに乗車券の検札がある。
 大岩という無人駅があったが、無人駅なので沿線も何もないと思っていた。
 しかしよーく見るとコンビニがあった。地方に行くと、店などがすぐ閉まってしまったりする光景に出くわすことがあったが、ここは沿線に24時間コンビニがあって、意外な印象であった。都市化の波は少しづつであるが全国に浸透しているのだなあと実感。

 岩見という駅でまた連絡待ち。単線なのでこれは仕方ない。連絡待ち、時間調整は、各停の宿命である。
 ちなみにこの沿線は昨日の朝も通っているのであるが、朝と昼の光の当たり方の具合が全然違う場所のような印象を与えて、また新たな気分を演出してくれる。

 浜坂に到着、次の各停に乗り替え。次の電車も緑のワンマンカーである。この電車も空いてた。どうやら城崎までノンビリ行けそうである。
 発車までには時間が結構あったので(13:38)、駅の便所へ駆け込む。
 便所は汲み取りで、荷物を引っかける金具があるが恐ろしく古びていて、不意に落下しやしないか不安。
 かたや排便作業の方は屁ばかりが出てあまりうんこがでない。ちとすかされる。
 気を取り直し、駅の自販でアクエリアスレモンを購入し一服する。
 駅舎の周りにつばめが飛びかっている。つばめなんて見るのは何年ぶりだろう。

 出発時間になったが、ここでもまた出発が遅れているようであった。
 どこかが遅れていると、単線だから皆遅れてしまうだろうな、などと軽く考えていたが、このダイヤの遅れが後の展開に影響を与えることとなろうとは、その時は知る由もなかった(なんか大げさな言い回しね)。
 回りは本当に熟年旅行者ばかりである。それも夫婦つれが多い。夫軍団の整髪料の匂いがプーンと立ち込めて来る。ここぞとばかり決めて来ているのであろうか。
 程なくしてようやく出発。

 香住で結構人が降りる。香住にはユースホステルやレンタサイクルもあるようである。
 天気は絶好、沿線の景色も僕には心地よい山陰の自然の絶妙な色合いを提示してくれている。
 但馬では複線化を願う住民の立看板が立っている。確かにな・・・僕も及ばずながらちょっぴり願う。
 竹野でまた時間調整待。そういえばさっき特急「はまかぜ」に抜かれた。
 そして14:41いよいよ城崎へ到着。
 島根〜鳥取〜兵庫の3県に渡る、5時間弱の各停の旅であった。 

続く。

●上記レポートを読む場合の推奨BGM
    トゥーツ・シールマンス(withイヴァンリンス):「セー(CE)」(「ブラジルプロジェクトVol.2 BVCN-714」収録) 

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