あてのあるようなないような旅


その6 3日め(温泉旅情に魅せられての巻 城崎)

 城崎の駅を降りた。
 「これが城崎かあ・・・。」
 僕にとっては山陰の神秘の温泉地であり、この不思議なトキメキは何か女の子の部屋に初めて訪れたかのような(何を偉そうに・・・)気分と言えないことも無い。
 最初のイメージでは、もっと鄙びた感じかと思っていたが、結構賑やかな感じであった。駅前には大きな観光バスが何台か停まっており団体客が訪れているようである。

 実は当初、城崎では温泉に入れれば良かったので、外湯を回ったら、あとは京都にでも戻ってそこで一泊しようなどと考えており城崎に泊まるつもりは無かった。
 山陰線のこの先の亀岡に以前出張で来たことがあったので、そこに行って見るのもいいか、などとも思っていた。
 もとより城崎で宿泊しようとしても当日飛び込みで予約したら、このような古い温泉街の旅館だと嫌がられるんじゃないかと勝手に思っていた。

 とりあえず夕方位まで街をめぐることにする。
 例よって荷物をコインロッカーに預けようと思い、小銭を出そうとしたところちょうど良く細かいのが無かった。
 この時点ですでに今日の方針の暗示は出ていたようであるが、その時は気づかなかった。
 駅の売店で千円を細かくするために地ビールを購入。外湯めぐりの後にでも一杯(一本)やろうと思いたつ。
 「但馬ビール」と称された、この地ビールは別名「カニビール」とも言うらしい。
 なぜカニなのかは、この辺の名産がカニなのでそれを品名に埋めこんでいるのであろう。

 荷物を預けた後、帰りの電車を確認しておくことにした。
 山陰線は例によって本数自体が少ないので逐一時間を確認するに越したことは無い。
 各停だと京都着が遅くなってしまってしまうので特急で帰ることにした。
 特急なら大体1時間に1〜2本位はある。ここ城崎ではこの時間なら特急のほうが便が多いくらいである。

 そうした心づもりで駅の窓口で切符を購入しようとしたところ、駅員さんの開口一番はなんと「今特急は遅れていていつ来るかわからへん」とのことであった。
 今日のダイヤはどうやらかなり乱れていたらしい。道理でここまで時間調整がやけに多かったわけである。
 それにしても、僕はここでハタと困った。
 「いつ来るかわからん、と言われてもなあ・・・」
 いや、まてよ・・・?
 さっきのコインロッカーを借りようとしてスムーズに小銭が出なかったこともそうだし、今朝の湯原温泉で予約がとれなかったこともそうだし、もしかして神は僕に「城崎に留まれ」とおっしゃっているのか・・・?
 ノリとしてはどうも「えー、城崎に宿泊の方向で、何卒ひとつ、お願い致します」という風に流れてきている。

 そうかもしれんな。
 僕は切符は不要の旨を駅員さんに告げ、駅を出た。
 ちなみに駅員さんは関西弁で、どこか以前オウム関連の番組に出ていた被害者擁護側の弁護団の人に似ている。
 さて、あとは肝心な宿の問題である。
 いくらノリは城崎に留めるような流れでも、宿が取れないことには始まらない。

 外湯巡りの前に、まず宿を当たって見ることにした。
 早速街の中心部に向かって歩きだす。
 城崎は大谿(おおたに)川という川に沿って旅館が立ち並んでいる。
 駅から300mほど行くと大谿川が見えて来る。

 さすがに旅館が沢山あるが、なんと「空室あり」の看板を掲げている宿も結構、いやかなりあるではないか。これなら選り取り見取りである。
 なーんだ、これなら今までの心配も取り越し苦労であった。
 ゴールデンウイークを少しずれていたことが幸いしたようである。
 逆にこれだけあると、今度は選択に迷ってしまうくらいである。

 その時前方のさる旅館から、若い女性が出てきた(ような気がした)。
 「若い女性」。この単語がモテナイ独身エトランゼの判断基準の重要な要素になり得ることは言うまでも無い。
 早速その旅館の前に行くと「空室あり」が出ている。これで迷わず当たって見ると、なんとあっさりと取れたのである。
 ここまでスムーズに行くということは、こっちの方針で正解だったということであろう。
 方向としては確かに「だから言ったでしょ、城崎に宿泊の方向で、何卒ひとつ、お願い致しますって・・・」という方向に来たようである。

 こうして何かに導かれるように今日の宿泊は、ここ「まつや」に決定。ほんの少し前までは全く予想だにしなかった展開であるが、こうしたノリも気ままな一人旅ならではのものかもしれない。
 宿泊料は1万5千円。こうした旅館で、この時期ならまあ妥当な値段であろうか。前金で1万を渡す。
 先程チラリと見えた女性は客では無く、この旅館のお嬢さんだったようである。

 早速部屋に通してもらう。
 気さくそうなオバチャンという感じの仲居さんが案内をしてくれる。
 今日は空いているせいもあって、4人用の広い部屋に案内される。一人でゆったりである。
 ここはご主人が14代目で創業100年にもなる結構由緒ある旅館だそうだ。

 これで時間を気にせず外湯めぐりができることとなった。
 その前に、荷物をコインロッカーに預けたままだったので面倒くさいが一旦駅まで取りに戻る。

 通常外湯では入浴料を取られるが、温泉旅館の宿泊者には旅館によって若干異なるようだが、外湯券をサービスで配布してくれるところが多いらしい。ここ「まつや」でももちろん無料の外湯券を用意してくれていて、更にボディシャンプーと下駄も貸してくれる。
 モテナイ独身エトランゼも下駄を借り温泉風情満載で出かけることにした。
 街へ出ると、外を行く人は結構浴衣を着用している人が多い。
 こういうことなら僕も浴衣にすれば良かった。ジーンズでは温泉風情満載とまではいかなかった。

 城崎には6つの外湯がある(1999年5月現在)。
 まずは、中で唯一の露天風呂があるという鴻の湯に行くことにした。
 鴻の湯は温泉街では割と奥まった所にあり、近くにはロープウエイ乗り場もある。
 城崎最古の湯だそうである。
 入り口で外湯券を渡して中に入る。中は綺麗で落ち着いた感じである。
 男性脱衣所にも平気でオバチャンの従業員が入って来る。
 街中にはそうでも無かったが、湯には結構人がいた。
 露天風呂はさほど大きくはないが、天気も良かったのでゆったりした気分で入れた。
 ちなみに城崎のお湯は、海が近いせいかしょっぱいのが特徴である。

 城崎の外湯巡りは6つ全部入れば、厄除けになるそうである。
 しかし普段あまり温泉慣れしていないモテナイ独身エトランゼは、外湯めぐりの加減をあまり心得ておらず、もう「鴻の湯」1湯入浴した時点でノボせてしまい、結構湯的には満腹してしまった。
 露天風呂であまりにゆっくりしすぎ、他の湯に入ることなど考慮外になってしまっていた。
 しかしせっかく「巡り」と称しているのだから、このまま引き下がってしまうのではあまりにもモッタイナイ。

 とにかく「モッタイナイ」の一念で、もう1外湯入ることにした。
 いずれにしろこの日全外湯を制覇することは現実的には不可能であった。
 というのも外湯の一つの「一の湯」は折しも改築中で休み、「まんだら湯」は金曜で休業日であった。従ってこの日制覇可能だったのは4外湯ということになる。
 差し当たって鴻の湯から一番近い「御所湯」に向かうことにした。
 「御所湯」は別名「美人の湯」らしい。
 僕自身は今さら美人になってもしょうがないが、何か美人にあやかってモテルようになれば、とここでもセコイ考えを起こしつつ入湯する。
 ここはいかにも市井の銭湯という風情のお湯である。お湯自体は例のしょっぱいお湯である。
 外湯には各湯それぞれ特色があるが、この「御所湯」はサウナがあった。
 僕ももちろん入る。しかしかなり熱くて数分ともたない。
 しかしまた「モッタイナイ」の一念で、何回か普通の湯との往復を繰り返し、サウナも何とか十分満喫する。

 「御所湯」のサウナのおかげで、もう本当に腹一杯という感じになった。
 もうこれ以上1外湯も行けそうに無い。もうダメ、もう限界。
 結局この時点で外湯巡りは打ち止めとすることにした。
 ちなみに、本日行ける可能性のあった残りの外湯は「柳湯」「地蔵湯」の2外湯であった。

 もし全外湯巡りたい場合は、定休日を平日にもってきてる外湯が多いので、土日を狙って行くのが良いようである。
 それから1外湯にかける体力配分を考えて、各湯サクサクと軽く入った方がいいようである。
 僕はその加減がわからず最初からかなりディープに入ってしまったので、2外湯が限界であった。

 宿に戻る頃にはちょうど夕食の時間になっていた。

 この付近は先程も述べたがカニが有名である。
 料理にももちろんカニの蒸したのが出て来る。
 それからちょっと珍しい、カニとゆずをまぶしたあんかけを使った茶碗蒸しが出てきてこれが大変上手かった。
 その他エビの天ぷらなどもイケていて、さすがに海が近い温泉街の旅館ならではの味を堪能できる。
 ちなみにビールを別に頼んだので、結局カニビールはその日飲まず終いであった(オレ食事の描写イマイチかな・・・)。

 ゆっくり料理を味わった後は、布団を敷いてもらう。
 仲居さんが敷いてくれるのを横で一服しながら待っている間チョットの間お話しをする。
 仲居さんによれば城崎は普段は天気の悪い日が多いそうである。そういえば昨日の朝電車で通った時は城崎辺りは曇っていた。今日みたいな快晴で天気の良い日は本当にラッキーであった。
 それから僕のような一人旅の客は意外なことに結構多いそうである。しかもなんと!女性の一人客も多いらしい。
 これは僕にとってはかなりの丸得情報であった。
 城崎に一人で来る女性かあ・・・、是非ともお会いしたいものだ・・・などと妄想も止まないモテナイ独身エトランゼであった。

 僕の部屋は表通りに面した2階の部屋で窓の外には通りを行き交う人の往来が良く見える。
 城崎は夜も湯淘客が絶えない。むしろ夜の方が結構賑やかな気もする位である。
 若い女性の嬌声も聞こえ、見るとどれも浴衣姿である。
 かなり温泉の風情を醸し出していて、モテナイ独身エトランゼの血糖値は益々上がる。
 オレ今温泉街に来てんだなあ、とシミジミ実感する。

 夜の10時頃になると、次第に静かになってきた。
 するとどこからともなくラーメン屋のチャルメラの音が哀愁タップリに聞こえてくる。雰囲気出過ぎ、これでもかって感じ。渋すぎるぜ、城崎。

 旅館の今日の客では僕の他には両隣に老夫婦がいる位で、他は静かである。
 この旅館にはもちろん内湯もあり、いつでも入れるようになっている。
 せっかくなので内湯にも入っておくことにした。
 案の定誰もおらず、一人で悠々つかり放題、王族気分を満喫。
 ちなみに内湯もしょっぱい。
 足がちょっと痛かったので見て見ると、少し靴ずれのような感じになっていた。
 普段履き慣れない下駄で擦ったようである。

 湯からあがる。
 フロントも閉まっていて、旅館の外からは時折下駄の音がカラコロと聞こえて来る程度に静かになってきた。
 部屋に戻ってテレビを付けると「ウンナンの気分は上々」をやっていた。
 今回の旅は天気といい、いろんな展開といい、最初はもたついたが以降はかなり順調にいけてモテナイ独身エトランゼの気分も上々であった。
 そういえば今日は今年最高の暑さとなったようだ、中でも城崎のすぐ奥の豊岡は日本最高の気温だったようである。

 それにしても明日東京へ帰るのかと思うと、そ〜と〜(相当)面倒くさい。 

続く。

●上記レポートを読む場合の推奨BGM
    ミルトン・ナシメント:「グアルダナポス・デ・パペウ(GUARDANAPOS DE PAPEL)」(「ナシメント(NACIMENTO)WPCR-973」収録) 

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