石棺の福島

sarcophugus

 

2011年3月11日発生の東北 地方太平洋地震と福島原発メルトダウンは事態を出来るだけ詳細に推理したもので、情報に飢える人々に歓迎された。しかし次第に終息に向かっている ため、人々の関心は今後どうするということ移ってきている。

破 壊された炉心から強烈な放射線をだす、熔けたデブリを取り出して容器に収めて永久保管する作業は結局、無理で石棺方式しか手はないと思っていたが、 2016/7/15に福島県知事が原子力損害賠償・廃炉等支援機構が第一原発の廃炉計画で熔けたデブリを原子炉建屋ごとコンクリートで封じ込める石棺に言 及したことに抗議したため、機構は技術戦略プランから石棺ということばを削除した。当面削除したのは政治的なごまかしで、それより原子炉建屋を地下水脈か ら遮断して地下水汚染防止が先ではないか?


真っ先に逃げる関東軍

事故当初、東電は当初当事者能力を喪失していたようだ。敗戦時の関東軍が市民を捨てて真っ先に逃げたのと同じ行動に走った。これは仲内のロジックだ。日本 の電力会社は業者依存で、業者が渋ればなにも出来ない烏合の衆である。政府スタ ッフは更に頼りない。保安院はさっさと現場から逃げてしまった。陸自のNBC(核・生物・化学)テロ対策専門部隊である中央特殊武器防衛隊ですら水素爆発 の落下物で犠牲者が出てから注水をやめて撤退したいと言い出したことがある。東電は総員職場放棄まで検討されたという。首相が東電が撤退するなら東電はこ の世から消えるであろうと警告したのもうなずける。独占権を与える価値のない組織なら解体し、電力市場を自由化しなければならない。

真っ先に 退却するのは 関東軍

勝海舟が「時代 の変わり目というものは恐ろしいもので、それまで学識豊かな秀才と思われていた人々がいかに無能であるか、ということが如実に分かった」と言っているが 、今はまさに時代の変わり目なのだろう。

外からみている東電はどうしようもない集団にみえたが実際にはそれは本社がどうしようもないということのようだ。私は一号機に窒素注入すると聞いてなんと 無駄なことをするのかと耳を疑ったが、東工大学出の吉田所長は本社とのTV会議で、窒素 注入は危険でやるべきでないなどと激しく対決、それに対し、本社がやってくれというと、「もうやってられない」と色をなし、以降、TV会談では、サングラ スをして出てきて、沈黙を続けているそうだ。所長は作業員や福島住民などの強い支持を受け、自分も免震重要棟に閉じこもり、難しい作業を指導してきた貴重 な人材。そのため、本社も最近は困り果てていたという。総理は、まだ、正式にゴーサインをだしてい ないといってきた本社「茶坊主」のご注進を無視、海水注入をつづける一方、本社には、つじつま合わせで、政府の合意が得られた時点から海水注入を開始した かのようなファックスを入れて糊塗していた。本社は、これに騙され、作業を中断したという情報を流し、野党幹部は、これは使えると、政局に持ち込もうとし た。ついに堪忍袋の緒が切れた吉田所長は、首をかけて、本社の報告は違うと暴露。組織論理からいえば、公然たる反乱で、企業の論理では、組織の掟を破った 人間として「処分」しなくては恰好がつかない。でももし処分すれば所長を辞任するという手がある。これは東電が避けたいところだろう。IAEAの調査団を 味方にする手もある。

米国も日本も電力会社の運転員の雇用契約には運転員の生命に危険が及ぶときに区域に飛び込んで操作する義務を負わせていない。したがって米軍は電力会社に代わって危険操作を担当する部隊をもっているとどこかで読んだ覚えがある。

日本の自衛隊にはそのような部隊があると聞いたこともないし、訓練してるとも聞いていない。只かっての関東軍のように満州の民間人を置いて逃げたことした思い出せない。

原子力村は今日も変化なく太平の夢うつつ。


マニュアル重視の文化

手順書違反とかの用語が良く出てくるのが、この言葉こそ運転員に考えることを断念させる本家本元だろう。このマニュアル麗さん文化が福島事故の主たる原因といっても過言ではない。要するに誰も何も考えていなかった。

プラントの設計者は設計時想定した運転プロシージャ―を運転会社(Royal Dutch SellとかBP)に提出するが、彼らはそれを読んで、自分のマニュアルを書く。この過程で考えるということが一番大切。

そもそもマニュアル、マニュアルと連呼するマスコミが愚かなのだ。人間社会は法と言うルールを定めないと利害がが衝突してうまくゆかない。だか らルールがつくられる。ところがプラントは自然現象を利用したものだ。人間同士の利害調整などと関係なく自然の原理に従って動く。

そもそもマニュアルなんて幾通りもある動かし方のほんの一つを書いたものだ。正解は今何が起っているかと全体を掌握しなければ次にどうすればよいかわ からないものである。全てを「事前に想定したマニュアルが書いたとしても全部読み切れなくなるだろうし、覚えていることも困難。

福島第一ではバッテリーや継電器が水につかってメクラになったため、何も出来なかった。というのが真実。

これはマニュアル以前の問題でエバスコの設計に瑕疵があったわけである。しかし事故後規制庁は制御電源にのあるバッテリー室には水密ドアをつけることした 要求していない。水がケーブル通過口経由でじゃじゃ漏れであることには目をつむっている。こういうのを役所の忖度というのだろう。こうして事故は必ず再発 する。


原発が示すボディーランゲージを読めない東電幹部

米国のNRCの水棺方式、窒素注入勧告も結局、東電の格納容器は健全であるとの判断に基づいているわけ。しかしその当時ですら現場に居ない私が、もれ出て くるすべてのデータを見れば格納容器はもう壊れている。と判断できたのだ。米国のNRCはあやまてる東電の判断で間違った勧告をしているわけ。NRCだっ てそんな程度。権威だってインプットが間違っていれば間違った答えを出す。

制御系が死んでいるプラントは何も語らない。だからプラントが無言で発するあらゆるボーディーランゲージを読み取り、頭のなかでプラントが透けて見えるよ うに再構築する感性をもたなければ単なる烏合の衆となる。この感性は医者と同じく、多数の実経験で鍛えられるものだ。吉田所長にそのような感性があるかは 私にはわからない。本社よりはましだが、あまりないのでは。というのが初期の感想であった。東電の職員がなぜこのような感性を磨くことができないか、推察 するに、世論操作のためあらゆる不都合を隠す文化があって、社内ですら、失敗を共有できないから学ぶ機会もないということではなのだろうか?

私は会社で失敗データベースを定期的に収拾して記録を後輩のために残す活動の責任者をしていたことがある。報告書を読んで「ここに描いてある原因は表向き で、実は本当はこちらではないか」などとやって いたら、「あそこは裁判所みたいだから失敗報告書は出すのをやめた」という声が聞こえてきてうろたえたこともある。透明な文化を作るのは簡単ではない。

というわけで水棺方式、窒素注入勧告は無意味としてHPに書いていたわけだがこれを読んだ3号機をつくった東芝の元原子力事業本部長殿がOB会を通じて私 のHPを見よと連絡してくれ た。でも何の影響も出ない。東電本社は全て世論操作のために動くから、やることなすことすべて局所最適化、プラントや国がどうなろうが福島の子供達が甲状 腺ガンになろうががどうでもよいの だ。自分の今の給料を出来るだけ長くもらえるかだけが関心事なわけ。


人災は人災だがその人災は何時の人災なのか

ベントの遅れや海水注入中断が政争に使われているが全くピントの外れた議論だ。これらはメルトダウン、圧力容器底抜け、格納容器破損の一連の事象が完了し たあとの祭りのことで斑目委員長がどんなデタラメを言おうが、管がヘリで飛ぼうが、「俺は聞いてない」と叫ぼうが、事態の改善にも悪化にも全く関係ない ニュートラルな事象である。(保安院用語が身についてしまった)

1号機が原発地震後数時間でメルトダウンをはじめたのはすべてバッテリーが水没するところに設置してあった設計の問題なのだ。現場では吉田所長の命令で社 員の自家用車のバッテリーをもってきて接続を試みたそうだが、システムが水没したため、何の役にもたたない。人災ではあるがその人災とは時の政府でも、時 の東電本社でもなく、ましてや現場でもなく、そういう設計を40年間も放置した原子力村の嫌なものは「見ない、聞かない、考えない」的態度でしょう。そう いう意味で人災である。こうなったことに関し、罪が重いのは斑目委員長だけではない。東大やその他国立大学の原子力工学科の教授すべてに共同責任がある。

管内閣の国家戦略室の玄葉光一郎担当大臣(福島3区)は原発推進堅持と決めたといいます。これが管下ろしの実態ではないかか?原発推進堅持を決めたという ことこそ、次ぎの事故が人災といわれる最たるもので、これこそ裁かれなければならない。原発も化学プラントもどう設計しようと想定外の事態が襲ってくる。 それが技術の宿命だ。自家用車でも殺人兵器になるように原発も事故をおす。違いはそれはもたらすコストが膨大であるところだけだ。


手抜きの政府

政府の丸描いてポンという荒っぽいやり方は官僚の典型的な行動様式だ。これをコントロールできない政治家は情けない。早くから米国エネルギー省のHPで汚 染マップが丸の外にはみ出しているのが公開されているのに、官房長官はいつも検討中で逃げ切った。ヨードの半減期は短いので数週間が勝負というのに検討中 もないものだ。もう勝負はついてしまった。福島市などで今後4年以内に小児甲状腺ガン被害者がでて社会問題になるのではないか?

それに全国にあるモニタリングポストは全てビルの屋上に設置されていて、地表の放射線は弱くなっているものを測定し、これをインターネットで公表している わけ。水戸だけ地表設置なのでホットスポットかと思ってい たら、水戸が正しく、全国の数値は少なめにでていたのだ。

管政権はダメとわかったが、野党は肝心の今回の事故に最も責任ある原発推進派の牙城だから次政権を担当する資格のある野党は日本に存在しない。政治が事態 を後追いしている構図。したがってダメ管しか居ないという不幸に日本はおかれている。管総理を引き摺り下ろしてだれが首相になるというのか。姿が見えな い。リーダーが出てこないなんて、なんともおかしな話だ。

放射線汚染物質の処理は国の責任になっていて地方自治体は動けない。然るに政府は3ヶ月間土壌汚染を調査もせず、除染も手付かずである。これは政治家の指 示がないこともあるが明らかに官僚のサボタージュである。この扱いはチェルノブイリ事故でソ連が行った処置にも及ばないひどいパーフォーマンスである。


原発の損得判断

東海地震が近いと予想されているのだから中部電力は浜岡原発の新設は無論、既設の原発も代替電源に急いで切り替えることを考えないと電力会社は補償金で自 滅するのではないか? 多分法的整理になだれ込むのではないかと思う。そうでないと不透明のままにダラダラと決着がつかない。代替エネルギーはLNG、地熱、揚水発電、風力・太 陽光と幾らでもある。地球温暖化説は間違っている可能性もあるのだから当面免罪させてもらっているうちに解決するかもしれない。地熱、揚水発電、風力・太 陽光は近未来にいずれも安全対策で高価になる原発の発電単価を下回ると予想されているのだ。再生可能エネルギーに後ろ向きだった政府・電力産業複合体が当 然のしっぺ返しを食った格好である。くわしくはグローバル・ヒーティングの黙示 録を。


福島の今後の展開

今回の一連の流れがどういう結末になるにせよ、チェルノブイリ程の炉心がむき出しになる破壊ではないが、圧力容器も格納容器も底が抜けて水漏れしているこ とと、水冷を止めるわけにもゆかず、かえってチェルノブイリより手こずりそうだ。地下水汚染が激しいので地下に遮水壁を構築し、地下ダムとして土壌汚染を 海に拡散させてはならない。上部構造物が壊れ、プールが露出しているので石棺はともかく、放射能飛散防止の覆いは必要となる。チェルノブイリとは別の意味 で大工事となる。チェルノブイリでソ連は崩壊したとされる。また回収した核ゴミは六ヶ所村で再処理できないため、発電所敷地内に保管せざるをえないのでは ないか。核ゴミ問題は他の原発でも同じということを意味する。一旦原発を受け入れてしまえば、処女を失ったと同じく未来永劫に寄り添わねばならないことを 原発推進派は始から考えていたことを意味する。これがいやといってもすでに抱え込んだ核ゴミは焼却しても無害化できない。それやこれやで、もう原発を受け 入れるところはないだろう。せまい日本は原子力なしに生きてゆくことを真剣に考えねばならない。

大 部分の人は多少のリスクなら家にとどまるだろう。20km圏からなにもケアなく退避させられて28名も死んだ。20名ほどは隠れて家に帰ってしまった。自 衛隊を差し向けても退避を拒否している。一律に20km圏というのは管理側が責任をまぬがれるための政治的なマジックにすぎない。汚染はその時の風と雨で 決まるし、汚染も一様でない。IAEAが指摘しているように20km圏外でも飯井館村のように永住に適さないところがでてきており、20km圏内でも汚染 の低いところはあるのだ。政府は測定の努力もせずに1ヶ月程小田原評定して結局、事実を無視できなくなり、20km圏外でも汚染の強いところは強制移住を 決めた。しかし汚染状況を詳細に測定していないため、20km圏内でも汚染の低いところがどこか確定できないで 、いまだに一律立ち入り禁止にしている。

東 京は福島から250kmあるからもう丈夫であろう。むしろ浜岡が首都圏に近く東海地震の震源地の真上にあるので心配だ。東海地震もいる発生してもおかしく ないという。考えてみても総員、東京退去など全く不可能。殆どの人は田舎に帰るところもなく、根無し草。第二次大戦後よりひどいことになる。菅首相は当面 の停止要請をし、中電はこれを受け入れたが、原発は地震が無くともやはり故障するものなのだ。他のプラントとなんら変わるところはない。

東電は日本の法律で既定されている年間100mSvという基準を満たすために200名を安全なところに待機させ、必要に応じて危険地帯に出かけるという体 制をとり、使える要員をやりくりして耐えている。ちなみに関電や原電敦賀での補修のとき、放射線を浴びてすぐ100mSvに達してしまうような作業に日本 人は使わず、大勢の米国人作業員が被曝承知で来日して作業に当たったという。多額の報酬と引き換えの決死隊だが、その作業では死なないことを知っての計算 された志願だ。今回の福島のケースは危険度は比べ物にならないし、そのような時間もない。そこで厚生省は泥縄式に250mSvまで引き上げた。

民主党は東電労働組合の支持を得ており、原子力推進だそうだが、自分たちは安全地帯に居て、被曝の危険性ある作業は日雇いに近い契約会社の派遣労働者と か、地元の貧農の人たちにさせていることに思いをいたすべきだろう。後年癌になったもこれらの人はこの作業が原因との証明ができないという問題に遭遇す る。法的にはなんら保護されていないのだ。要請があっても個人的にはそこら辺を考えてからにしてほしい。日当5万円で募集しても断る人が多いという。


東電の無能さの症状

非常用発電機が「原子炉建屋になく、電源タービン建屋においたのが間違いだった」という原子力のドンの豊田正敏元副社長の見解は半分そのとおりだが、半分 意味がない。たとえ原子炉建屋においたとしても燃料タンクと海水ポンプのモーターが流されたのだから、電力が生きていても役にたたない。非常用発電機を タービン建屋に設置することを提案したコンサル会社『エバスコ』に責任の押し付けてもなんの意味もない。気に入らなければそう指示すればよいだけのこと。 『エバスコ』は金を払ってくれる顧客のご意向のように設計する。米国のGEは機器供給のみで、エンジニアリングはエバスコ(Ebasco Services Corporation)にさせていた。スリーマイル島事故後、米国で原発建設がご無くなってEnergy Future Holdings Corpに身売りし、最終的にはRaytheon Engineersに吸収されたはず。ウェスティングハウスも消えてしまった。(東芝がゴミを拾ったが)血迷った東芝が買収したがお荷物になるのではない か?原発の真の姿は斜陽産業なのだ。 さて今回1号炉は配管図がなかったので手動であけなければならない弁がどこにあるかもわからなかったそうだ。これは現在ではCADであるが米国のエンジニ アリング会社はプラモデルから施工用のスプール図を直接作成していたため、そもそも当初から存在しないかったのだ。運転会社として改造もあるのだから(事 実アイソレーション・コンデンサーを撤去するという暴挙もしている)近代的ツールであるCAD化しておくべきだった。

そこで思い出したが、日本初のLNG受け入れ基地はベクテルが『エバスコ』の役目をはたした。私は顧客側の隠れエンジニアとして顧客のバッチをつけて当時 の日本橋の顧客本社に一室を構え、ベクテルの設計をチェックし、沢山の代案を提案した。顧客の担当者は私の意見を評価してフレキシブルでないベクテルのエ ンジニアを首にした。代わりのエンジニアがサンフランシスコからやってきたが、彼はただお飾りで満足した。結果は表向きはベクテルがしたことにして上層部 の了解をとりつけ、実際には私の構想のように物は作った。私を支持したエンジニア達は後日皆役員になった。東電はしかしエバスコにとやかく言わずそれを丸 呑みした。それはエバスコの料理が旨かったからであろう。あとで怖いつけが廻るとも知らずに。この社風の差は権威に対して個が確立しているか否かであると 思う。


日本政府の無能さの症状

さて現在稼動中の日本中の原発は日本政府がきめた同一の設計基準で設計されている。規準を変えれば原発全て停止して改修しなければならない。そうしたら日 本は消費様式を変えない限り、電力不足に陥る。そこで保安院は陰で工作して消防車と電源車を常時はべらすということで 直ちに停止しなくても良いということにした。ということは停電のリスクは減ったが、津波がきたら海水ポンプが使えなくなることに目をつむっているのだ。少 なくとも真水タンクと消防ポンプもはべらせればよいと思うのだがなぜかそこまでは要求していない。これも片手落ち。 管首相が地震の確率の高い浜岡を津波対策ができるまで止めるべきとしたことは正しい。 とはいえ地震以外でも故障するのだから全ての原発はメリットよりリスクが大きすぎる。まっとうな経営者なら止めるのがただしい。

いずれにせよ使用済み核燃料処分問題は再処理路線護持のため、いまだ端緒にもついていない。この解決なしに、原子力には先がないのだ。プールに溢れる燃料 棒や原発敷地内にある廃棄物をどうするつもりなのだろうか?ゲリラに襲われたら大変な惨状となる。使用済み核燃料処分問題は広大な土地を持つアメリカのオ バマですら解決できていない。まして狭い日本でできるわけがない。米国の大衆は恐怖に落ち込んでいる。こういう後処理費や軍事費など秘匿されたコストをい れると原発は最も高価なエネルギーになる。だから世界がフリーズしている。管内閣は今後の方向を決められないであろう。だれが出来る?日本では原発利権が 土建利権より深く浸透し、だれも変えられない。日本はこうしてずるずると深みにはまる。どん底まで落ちるというのが私の読み。小沢待望論があるが、旧内務 省の流れの官僚にブロックされて半身不随だ。それに彼はおいしい餌をまいてアホな選挙民をたぶらかし、選挙に勝つことしか考えられないサーカス野郎かもし れない。政策なんかこれぽっちも頭の中にないように見える。彼が去った後には巨大な負債が残るということにならなければよいが。

それより、今のままで東電が補償で破産したら、これに14兆円貸し込んでいる日本の銀行がおかしくなるだろうと皆、フリーズしている。で国家が東電と銀行 をたすけたら、日本が沈む借金の一押しになるかもしれない。 国が沈もうが兎に角、助けなければといずれ誰かが動く、日本国は中央集権が強い官愚の国だから絶望に沈むのだ。わたしはアメリカのような個が自立した衆愚 の国のほうにまだ希望があるように思う。 というか日本はお上命令型社会から自律型社会に変わらねばならぬということだろう。

東電の株や社債を間接的にもっていた年金生活者も真っ青。マー!先を読めなかったのだから自業自得。ここで一首。

原発や つけでのんだり 花見酒

「地球を征服した生物はその征服した手段によって己が滅びている」という「地史学の大原則」は日本の原発の地史からも読み取れる。

この無能なる日本政府は原発依存率50%を目標にかかげていたのだ。原子力村ではこれを80%に上げるという目標を掲げ ていた。現実は日本平均は30%だが関電は54%、九電は40%だという。


NHKスペシャル 「原発危機−事故はなぜ深刻化したか」

NHKのディレクターをやっていた友人がNHKの報道部はどうしようもないが、特集をやる連中は期待してもよいですよと言っていたがその通りであった。作 業員から匿名の証言を上手く引きだしている。これみていた女房がどこかで原発を再稼動するという声がきこえたらこの番組を地元の人に見せれば熱は下がるだ ろうとうめいていた。

斑目安全委員会委員長は軽い発言をする軽い人間だから常に本音を語る。したがって彼の知識も気持ちも想定範囲内で違和感なく聞いた。斑目教授は水素爆発は これぽっちも頭の中になかったと正直に告白した。ということは東大原子力工学科ではそういうことは教えないようだ。日本の軽水炉は技術導入だから東大原子 力工学科は原子炉を設計したこともない。創立者が全て応用化学科の学者だから、ジルコニウム金属が高温で水蒸気を反応して水素を発生することは化学反応な のだから教えてもよさそうなのだが。斑目教授は機械工学科の出身だから知らなかったのか。じつはかく言う私も門外漢ですから水素爆発に関しては斑目教授と 同じレベルでした。早速3号機を作った東芝の方に教えてもらったわけです。メーカーはGEから教えてもらって知っていた。しかし東大原子力科教授連は知ら ない。これが日本の大学の実態かも?

我々原発より複雑なプロセスプラントを設計し、命をがけで試運転指揮をとって来た人間からみて原発関連の人間や大学教授の右往左往はまるでコミックのよう に幼稚にみえる。薬缶で湯をわかして発電機をまわすような単純なことをしている連中に原発を動かすことができるのか昔から懐疑の念を懐いていたがやはりそ うであった。原発関係者はいまだ安全なプラントを設計できるはずという思いを懐いているが、それこそ無知のなせる業、そのような発想しかできない程度の低 い人間達であるわけ。これはチョットでもカオスというものを学べば容易にわかること。

斑目委員長や管首相が例の格納容器ベントのことで右往左往したのだがその時点で炉心は完全にメルトダウンし、発生した水素は格納容器を破壊して原子炉建屋 に充満していたわけ。よくもまあ決死隊が建屋に入って手動でベント弁を開けたものだと感心した。ただこの犠牲的行為も殆ど意味はなかったのだ。すでに漏れ 出た水素は建屋上部に溜まっていたわけ。もしこの犠牲的行為を多少評価するとすれば、ベントによって格納容器からの漏れが少し減らすことが出来たくらい で、早晩水素爆発は避けられなかったのだ。もしかしたら原子力建屋に運転員が入るために二重扉をあけた時点で新しい空気を持ち込んだわけで、水素の相棒を チャージして爆発力を高めたかもしれない。

バッテリー電源が失われれば遠隔操作弁はうごかず、圧力容器に穴があき、格納容器のコンテインメントが破れば、強い放射線で近寄れず、これはもうプラント 放棄しかないわけ。そのようになるかもしれないプラントを動かすことができるという思いあがりはやはり学者と技術者のレベルが非常に低いということしか考 えられない。まー入学試験の成績はよかったのだろうが、その後、学んでいない。米国で開発されたものは大丈夫だと思っていたのだろうか。ベクテルやフル アーの技術者、米国の大学教授多数とつきあったささやかな経験でも彼らが先輩から何らかの秘密を教わり、なにか優れたアイディアを持っているのではなく、 仕事から自ら学んで賢くなっただけであるという確信をもった。仕事に励んでいればそのうちにメジャーオイルに教えるレベルに達することができるということ も学んだ。日本の学者も原発関係者もそのような経験をしていない。マニュアル文化依存だ。マニュアル信仰は文系的発想で一つ一つ現実に学び判断するという 行動を許さない、掟の社会、法科的、トップダウンで愚民を導くという思想である。このような思想では人々に自ら考えて判断させ、失敗をとおして学ばせると いうことは禁じ手となり、本当に愚民を多量生産してしまう。したがって何が起こるかわからない原発を扱うことは無謀だということになる。東電の常務の発言 などなにも分っていない人間がトップにボーっとすわっているという図が図らずもクローズアップされた。

わたしはそういう意味で文系がトップにいる組織に原発を任せてはいけないと思う。ダメだけれどまだ民間企業のほうがましだろう。政治家は官僚をスタッフに つかうからおかしくなる。所詮官僚は自分の組織をかため、その権益を守ろうとするから国家のためには働くインセンティブがない。これも誰も広い視野はもっ ていない。それぞれの専門分野のなかでの最適な選択をするのです。これがシステムの特徴で、結果としてカオスが生 じると教えるところです。優秀なエンジニアを文系中心の官僚組織にいれても自分のことしか考えない沢山の斑目が副産されるだけとなる。一人の斑目でこりご り。問題は東大の原子力工学科が文系官僚の奴隷に成り下がっているの だ。これは下級武士の革命でできた明治政府がのこした構造的なもの。東大は日本統治のための人材を養成するために明治政府が作ったものだからだ。その卒業 生のインセンティブはなにも理解できない文系官僚のご機嫌をとって国家の利害はどうでもよい 、自分だけが高額の年間2,500万円の給与をできるだけなかくいただきたいというインセンティブしか働かなくなるものなのだ。もう救いようがない。 江戸時代とおなじ身分制を残したが、腹切りは不用というご都合主義なのだ。だからテレビにでてくる原子力工学科の教授たちのよどんだ目を見てください。学 者は困って学科の名前を姑息にもシステム量子工学科と変えて学生を騙そうとしています。これも認識操作の一つでしょうが、学生だってそんなことは百も承 知。学者はばかですね。

斑目教授は頭に浮かんだことを臆面もなく表明する。非常に正直ではある。結果として小出助教の指摘のように原子力問題の 根本には差別意識が根底にあるという指摘が、理解できないか、理解したくない人間であることをさらけだしている。政治家にとっては非常に危険な人物だ。長 年積み上げてきた虚構、即ち王様が裸ということを指摘するようなことを平気で言う。こういう人間を任命した人はだれであるか知らないが原発村にとっては自 殺行為であった。斑目教授の姿は貧しい田舎を捨てて、何代か前に東京にでて成功し、いまだ田舎で貧しさにあえいでいるかっての仲間をさげすんでいる悲しい 姿だ。というか田中角栄が始めて代々の自民党政府がやってきたこととそのまま隠そうともせずぺらぺらと喋っている。私はそういう意味で彼を表舞台で語らせ ることは自民政治の醜い姿を国民に知らしめる反面教師としてすばらしいアイディアだと思う。官僚と官学の教授連は自分達の利益追求のため、この欺瞞の路線 を突っ走るために小出教授を村八分にして陰惨に抑圧してきたのだ。自民党が管を引きずり下ろそうという真の理由はここにあるかもしれない。彼をすぐ罷免せ ずもっと真実を語らせるのは民主党の高等戦術かもしれない。いずれにせよ次期政権は斑目を真っ先に切るだろう。その理由は役立たずという意味ではなく、危 険人物だからだ。

小出助教の美しいお話ににもかかわらず、青森県知事選挙で現役が再選されのを目撃すると。斑目教授の指摘のように青森県 民は5倍の金で買収されたように見える。どっちもどっち。小出教授のような美しいストーリーもしぼんで現実のもろり頭がくらくらする。青森県民よ、グッド ラック!!そうぞご勝手に。我々は諸君に何の借りもない。酸ヶ湯から一気に下り、この目抜き通りをバイクでパレードしたとき、青森市の目抜き通りに電柱が ない美しい並木通りになっているのに気がついた。東京の中心部は兎も角、我が鎌倉でも見られないスーパーな風景であった。斑目教授の指摘はその寒々とした 心は兎も角、事実なことは確かである。

でも考えてみてください。もし六ヶ所村で中間貯蔵で漏洩事故が発生すれば、再選された三村知事といえども全国から引き受 けた保管している使用済み燃料をお持ち帰りくださいといえば、全国の原発を簡単にとめることができる絶大なパワーを持ったことになる。皮肉にも青森県民は この権力をつかってたっぷり全国民から金をせしめることだってできる。

優秀なエンジニアを文系中心の官僚組織にいれるとダメになるかは私の会社での忌まわしい体験から得られた結論だ。技術が 中心の企業は技術者がトップを勤めなければその下に技術者が将来社長になってこの会社をどうしようというビジョンをもて ない。ソニー、ホンダはこうして伸びたがそのドラ息子の文系がトップになるとジリ貧となった。このアナロジーから技術が中心の官庁は技術系がトップになら なければ機能し ない。建設省、通商産業省、農水省がそれだ。かっての建設省は理文交代制でしたがこういうばあい理系が狂って文系より害を及ぼすようになる。箱物行政はこ うして発生する 。そのうちに日本は道路だらけになります。(なぜか北海道と沖縄で顕著)ではどうするか?大学を文理に分けることを止めることでしょう。イラ管のかんしゃ く玉では無力、原爆(民衆の力、直接選挙の大統領制)が必要。

私が最も怒りを感じたのは150億円(なんでこんなに金がかかったのかも不思議。だれかおいしい思いをしたのだろう)もかけて開発したシステムが作成した 汚染予報図を公表しなかったことだ。4歳の子供連れの家族がなにも知らない町役場の指示にしたがい北西の方角に逃げろといわれて逃げた。ところが道路の渋 滞で4時間も最も汚染のはげしいところにハンケチ一枚で放置されていたという場面だ。ヤブロコフ・ネステレンコ報告を読めばこれは数年後に は大変悲惨な結果をもたらすとわかる。これが役人のやる常套手段。すべてパニック防止という統制側のロジックで国民を守るという視点はない。こんな連中が 国の中枢に座っていることに怒りを感ずる。とある大学の勉強会のあと内閣府の下っ端役人と何度も酒を酌み交わしたことがあるが、レベルの低い連中であっ た。どんな政治家がトップに座っても役人が意地悪すれば管さんのようになるということだ。首を差し替えても変わりはない。田中角栄は役人を上手くつかった といわれるが共存共栄のボサノバというところか。使う手は汚いということではないか?


長年の洗脳の成果

ケルン在住の望月さんがenergy rich japanと いうビデオを製作した。日本は原発なしにやってゆける自然エネルギーが豊富な国というものだ。まことにご指摘の通りだが、一般民衆は長年の文科省の洗脳教 育でエネルギーとは石油と原子力だけだと思い込んでいるのでこれみせても説得するのは困難であろう。このビデオをみただけでは風も太陽光もエネルギーはな く、自然現象だとしか認識できないのではないか?いや一般民衆はいうに及ばず、原子力村の住人にとってはなおさら理解不能なメッセージではないかと思う。

第二次大戦は軍部の独走が原因だとされた。その対策として戦後、英語でいうcivilian controlが重視された。これはミリタリーの対語で軍部優先にたいし人民主権における人民代表の政治優先という意味なのだが、これを文官優先と勝手に 誤解した文官がこの国を乗っ取ってきた。守屋某という文官がいた。彼ら文官は複雑な装置がどう動くか理解できない。文系は大学で法律を学ぶのが目的。しか しいきなり一気飲みをさせられて、未成年でも法律違反してもとがめられないことを学ぶ、法律は建前で、自分達はなにをしてもよい特権階級であることを教わ るのだ。そして殆ど遊んでいても卒業できるため、自堕落な生活をし、官庁にはいればキャリア制という身分制度に守られて、権力を与えられ、何もしなければ 失敗もしない。そして失敗さえしなければ結構な収入を保証されている人間がどうなるかかはアクトン卿を待たずとも、わかる。逆にイタリアの元首相、アンドレオッティが言っ たように「権力は、それをもたない者を消耗させる」のだ。キャリア制は英国のパブリック・スクールにならった旧制高校のようなエリート教育を受け、ノブレ ス・オブリージの精神を持ったものにのみ許される制度だ。ところが戦後教育は米国流にならい旧制高校のようなエリート教育を意図的に排除した。このとき、 キャリア制もやめるべきだったのだ。だから今の高級官僚や政治家に高潔な人物を探すことはむずかしい。私利私欲や保身が全ての人間だらけだ。というとすぐ 戦前のようなエリート教育をしたらよいという意見を持つ人がいるが、この制度のため、戦争に走ったことも事実だ。だから教育では無理、キャリア制をやめれ ばよいのだ。一生懸命働くヤツだけを組織の要に登用すればよい。マックス・ウェーバーは「国家は、一定の領土に対して 合法的な暴力を独占し、個人の出自でなく、能力に基づいて集めた恒久的な職業的官僚機構を持ち、支配する社会に浸透し、かつ一個の社会として成り立たせる だけの権力を持たなければならない」といっている。ここで個人の出自でなく、能力に基づいて集めたが肝心なところだ。出自とは家柄だとかに 誤解されているが、そん なものはすでに存在しない。東大法学部出という出自だけで国家を運営する権利を持たせることが間違いなのだ。権威に弱く、従順で、暗記物が得意だという特 性をもった人間 だからこそ東大法学部出になれるわけで国家を担うビジョンも、気概も、品格のないアンちゃんにすぎない。


帰納と追認の誤謬

タレブは「私たちは起こってしまったことを心配し、起こるかもしれないが起らなかったことは心配しない。だからこそ私た ちは『プラトン化』する。知っている図式やよく整理された知識を好む。そうやって現実を見るのに不自由になる。だからこそ私たちは 『帰納の問題』に陥り、『追認の誤り』を犯す。だからこそ。よく『お勉強』して学校の成績がよかった連中ほど、『お遊びの誤り』のカモになる。プラトン的 とは、天下りで、型にはまっていて、凝り固まっていてご都合主義で、陳腐化した官僚的考え方だ。非プラトン的とは、これの反対でたたき上げで開かれてい て、懐疑的で実証的な考え方だ。われわれが『プラトン化』しがちなのは『コルモゴロフ複雑性』の次元を抑制したいからなのだ。

自分自身が間違いを犯すことがあることを認め、それを掲げても、権威を認めてもらえたりはしない。人はただ、知識で目をふさがれないと気がすまないのだ。 私たちは、人を惹きつけるリーダーの後を追うようにできている。集団の中にいることのメリットが、一人でいることのデメリットに追い討ちをかけるからだ。 みんなと一緒に間違った方向に進むほうが、たった一人で正しいほうへ向かうよりも得るものは大きい」という。

官僚化という点では日本赤十字社もすごいらしい。折角義捐金を郵便局経由で送っても、2ヶ月経由しても被災者にはビタ一文渡っていないという。厚生省の キャリア、ノンキャリアの天下り先になっていて、人事権を握っている。社長の給与は事務次官級の2,500万円だという。皇室をいただいて金があつまりや すいことに胡坐をかいて、給料泥棒しているわけだ。


原発導入とアメリカの意思

中曽根という群馬出身の単純な政治家がアイゼンハワーがアトム・フォア・ピースの 方針を打ち出し、日本でそれを工作する政治家として元気な中曽根に白羽の矢は立ったということらしい。アメリカは周到でマスコミの協力は必要と考え特高警 察出身で読売新聞を三菱・三井の資金提供で所有していた正力松太郎 を選んだということのようだ。正力は戦前は内務省の警察官僚で特高担当であったが虎ノ門事件で免官。三井と三菱に出資してもらって読売新聞のオーナーとな る。戦後GHQによりA級戦犯指名を受けるが、CIAと手を結ぶことを条件に釈放された と米国資料館にある。1994年3月16日放映のNHK番組がその野望を赤裸々に描いている。 そうして米国の手先となって原子力推進キャンペーンを読売新聞と日本テレビを拠点に展開してゆくのだ。現在の視点からはまさに売国奴のように見える。森永 先生やその恩師の仁科博士の弟子、嵯峨根遼吉(長岡半太郎の後妻の子)、茅誠司などの物理学者は日本の原子力創世記の人物だが、原子力はヤバイと思って、 もし原子力をやるなら事故処理は老人決死隊で対処できるように準備しておくべきだと考えていたそうだ。ところが核分裂の恐ろしさなど何も理解しない応用化 学者の向坊隆がたまたまワシントンにサイエンス・アタッシェとして駐在していて日米原子力協定のとりまとめにあたった。彼は帰国後、これも応用化学者の大 島恵一とともに東大に原子力工学科を作ってしまった。森永先生によれば向坊なんて学者としてはなんの業績もない、単なる政治家だという。たまたま英語がう まかったからアッタシェになることはでき、歴史の皮肉で日の当たる場所にでたに過ぎない男だとくそみそ。このどちらかというと理系というより文系的な思考 様式の向坊と大島両人の教え子達が安全神話を構築していったのかもしれない。デザインを学ぶ姪によると、東大原子力工学科にはPR講座 (東電寄附講座?)もあるという。ここがアーティストを取り込む目的のコンペ を毎年開催していてさそわれて応募したことがあるそうだ。内心懐疑心があったので見破られ、受賞できなかったという。今年もこのコンペがあるか大変興味が あると言っていた。賃金カットもするわけだから寄付講座もカットされのでは?このPR講座も工科というより文系的カリキュラムだ。安全神話科というのもあ るのかもしれない。そもそも工学部に火力工学科とか水力工学科というのはないのだ。最近できたバイオXXX大学というのもおかしなものだが、ドンドン間口 を狭めて広く教養も授けれられず、細分化された産業分野に理系人間を封じ込めたのだ。これら工学科の卒業生は原子力分野で働くしか道は無く、必死に政治家 や役人に取り込んで、生き抜こうと考える。結局、視野の狭い人間に国の将来をゆだねるようになったのだ 。

そうして福島県という貧しく、純朴な人々を金で釣って迷惑施設を作った。福島県出身のわが友人は平凡社刊「知事抹殺ーつ くられた福島汚職事件」を読めという。佐藤栄佐久元福島県知事は1988年当時は原発容認であったが、MOX燃料のデータ改ざん、福島原発の点検・トラブ ルデータ隠蔽等の不透明な行動に激怒して2002年9月には東電の原発すべてを停め、プルサーマルの事前了解も白紙撤回した。結果として、東電はプルサー マル凍結、経団連会長を務めた社長を含め 、社長以下4人が引責辞任をした。こうして原子力ムラ住民の東電、経産省、学者から原発普及の天敵として睨まれた。木戸ダムに係る収賄事件で弟の祐二氏と 一緒に2007年起訴され、一審有罪で控訴、2009年10月再び有罪判決を言渡され、現在最高裁に上告中である。特別捜査部検事として捜査に参加した前 田検事は、2010年の障害者団体向け割引郵便制度悪用事件において捜査資料のフロッピーディスクを改竄し、逮捕・起訴され(証拠隠滅罪)、懲戒免職処分 を受け退官した張本人である。この本には東京地検特捜部の”天の声”シナリオによる収賄罪捏造の経過が冷静にしかも実名で記述されている。物証はなく、密 室での長時間取調べにギブアップした老齢の知事が検察作成の自白調書にサインしたものだけが証拠となっているのである。我々はずさんな検察調書をもって有 罪とする司法しか持てなかった不幸を感ずる。これは冤罪の可能性大である。日本の司法は一旦検察が起訴すると99.9%有罪にしてしまう恐怖のマシーン で、統治者の権力の後ろ盾になる暴力装置だ。こうして司法も福島メルトダウンに至る権力側の暴走に荷担した共犯者になっているのだ。最高裁が目を覚まして どのような判決を出すか興味あるところだ。現知事は隠れ推進派でメルトダウン後、立場上アンチ東電の見得を切っているが心の中は別の人間のようだ。

写真家広河隆一著1995年刊岩波ジュニア新書251『チェルノブイリから広島へ』で放射線影響研究所長重松逸造の加害 者寄りの判定を告発している。水俣病の調査責任者となり、水俣病被害者とチッソの因果関係はないと発表した。広島市共同設置の「黒い雨に関する専門家会 議」の座長として「人体影響を明確に示唆するデータは得られなかった」との調査結果をまとめた。(1991年5月14日付毎日新聞)「イタイイタイ病につ いて環境庁の委託で原因を調査していた「イタイイタイ病およびカドミウム中毒に関する総合研究班会長として、イ病の発症過程を解明するに至らなかった。 (1989年4月9日付読売新聞)厚生省スモン調査研究班々長重松逸造はスモン調査の責任者であったが、キノホルムの因果関係はないと発表していた。 1993年1月13日、岡山県の動燃人形峠事業所が計画している大規模な回収ウラン転換試験の安全性を審査していた環境放射線専門家会議の重松逸造委員長 はゴーサンを出した。このようにじつにあらゆる公害問題においての政府・企業の利益になる決定に、重松氏が責任者となっているのが分かる。この人間が 1990年から91年にかけて、国連のIAEA(国際原子力機関)が国際諮問委員会(IAC)に委託したチェルノブイリ事故の被害の調査委員長をつとめ、 その結果を91年5月に発表した。この発表はチェルノブイリ事故の後遺症は終わったのだという印象を与えた。じつは都合の悪いところは故意に調査していな いのだ。日本政府はこんな人間に税金を使って正義をなおざりにした罪は重い。日本は正義というものを踏みにじる国家で中国と実質大差ないのではと思う。


警察国家の再来か?

4月6日に総務省総合通信基盤局局長は「東日本大震災に係わるインターネット上の流言蜚語への適切な対応に関する要請」 というものを出した。これはすぐフランス語に翻訳されて《日本で特高警察の再来か》というタイトルでヨーロッパでも流布しているという。佐藤栄佐久事件と いい、小沢事件といい、旧内務省系の文系役人が力を回復しつつあるのかもしれない。嫌な予感だ。 清水幾太郎によれば流言蜚語とは「知識の断片と断片との間に溝があり矛盾があって、到底それだけでは首尾一貫した報道として万人を満足させることができな い状況においてその溝を埋めようとするセメントとして生み出される」としている。もしインターネット上の流言蜚語を全て削除すればそれは結局のところ火に 油を注ぐことにしかならないであろう。


陰湿な社会

ツイッターで10満人のフォロワーがいる俳優の山本太郎氏は4月にツイッターで「原発発言はCheckされ必ず仕事干さ れる(中略)だからって黙ってテロ国家日本の片棒担げぬ」と宣言し、反原発デモに参加。5月25日に 所属するシス・カンパニーのマネジャーから原発発言が原因で夏のドラマを降板になったことを聞いたとつぶやき、ネット上で騒ぎとなった。5月29日に「迷 惑をかける」と芸能事務所を退社した。

東電は広告スポンサーとして膨大な影響力をもっていたのは有名ですが、この時期にまだ広告費を持っているのでしょうか? 所属事務所はこれを否定している。この時期に東電が動くほどバカではないでしょう。真相は多分危ない橋は渡らないという所属事務所の自己防衛本能による自 己規制でしょうか。それを知って山本はを退社したと思います。まー!芸能界は暴力団に弱い。このように日本は足と引っ張り合う、長いものには巻かれろ式の 陰湿な社会です。そのうちにほうんとうにナウシカの腐海に取り囲まれるのでしょうか?

訪問販売する行商人は会社から絶対に原発問題につき応答していけないと教育されているそうだ。


裁判所よ、おまえもか?

政治家と官僚と裁判所(皆、文系の牙城)が好き勝手しようとしても自然はそれをゆるさない。原発も石油・化学・製鉄工場と同じく複雑な装置で必ず一定の確 率でどこかが壊れる。津波で福島が壊れれば、役人はただ津波!津波!津波!とさけぶだけ。マスコミも文系人間が中心だから申し合わせたわけではないが結果 的にグルになって自然エネルギー利用を理解できないように無意識的にブロックする。それから、これも知ったかぶりをする高名な寺島実郎などの評論家諸君も 原子力なくして日本の将来は無いというような一つ覚えの信念を繰り返すので一般日本人を「自然エネルギーで大丈夫?」と不安に陥れる。マスコミがテレビに 引っ張り出す、XX大学の原子力工学科の教授連は私のような複雑の装置の設計から建設、試運転まで行ってきた人間の眼からみれば何も知らないノー天気な人 間としかみえない。なにも津波だけが原因なのではない。

とはいえ、中には立派な裁判官もいる。志賀原発2号機の原発運転差し止め判決をだした井戸謙一氏だ。国策に背く判決を書 いたときは汗噴出し、眠れなかったという。本当の意味の司法の独立を守った立派なひとだ。左遷人事などはなかったという。今は依願退職し彦根市で弁護士を している。


不都合は隠蔽し、なにも学ばない原子力村

事故の1年前、福島第一では炉心の水位が正常位置より2mも下がり、露出寸前だったと国会でも問題になったとインター ネットで告発されているが、その原因は原子炉冷却水浄化系のろ過器入り口温度高でポンプトリップさせる回路で ポンプ入り口弁が先に閉まる設定にしたために生じたサージング、キャビテーションによる故障らしい。東電の原発には同様の事故は沢山生じているとのこと、 エンジニアリングセンスあるとはとても思えない。

原発はなにも津波だけで壊れるのではない。設計者や運転者は事前に予測できたことはほぼ防止できる。しかし予想しなかっ たことで足をすくわれるのだ。安全審査にはよく障害樹分析(FT分析)が使われるが想定外の確率計算は入らない。実際のところ 、原子力発電は「裸の大様」である。本当は裸であるにもかかわらず、多重防護の服を何枚も着て、「安全」であると、「大人」と思っている人々は安全神話を 流布させた。大部分の大人はそれを気にもしなかったが、裸だと指摘した「子供じみた」研究者は、冷飯を食わされている。今後、日本では津波で事故を起こす 原発は皆無であろう。問題はだれも気がつかなかったことが次ぎの事故の原因となるのだ。神ならざるものの宿命であろう。だから賢明なる君子はこのようなも のをもてあそばす、日本にふんだんにある、風力、太陽光、地熱と戯れるのが賢いのだが、衆愚ならぬ官愚の国はこれが分からぬようだ。

炉 壊れて山河あり、王 盲目の民を率い 進む次なる壊滅
我が目指すは諸君の心、いかにわが行く手を守るべし


毛 結構; 詠

君、原発で死にたもうことなかれ
親は人を殺せと教えしか
国を滅ぼせと命じしか


予算野 秋子;詠

このように福島事故は事前に防げた人災であり、日本政府と電力会社経営者、それを米国発のFT分析などというエセ理論で支持した御用学者達に責任が ある。A級戦犯は歴代自民党政権の面々、そして原発推進を旗印にする民主党だ。それに積極的に従ったり、悪乗りして煽った官僚、そして向坊とか大島が作っ た東大原子力工学科に代表される視野狭窄の教授連だろう。原発導入にかかわった初期の人々はまだ謙虚だった。ユリウス・カエサルが「どれほど悪い事例とされていること でも、それがはじめられたそもそもの動機は善意によるものであった」といっているように始めた当初に悪意はない、だが途中でいわゆる原子力村というものが 出来始めてからこのメカニズムは暴走を始めるのである。反対する住民をだますために無誤謬ドグマを展開し、次第に自らもこのドグマを信じるようになり、一 緒になって転んだという図だ。神戸地震、柏崎地震でも金のかかる改造が必要となる見直しをせず、殆ど金をかけずに古い原発を使用しつづけることができる設 計条件を設定してOKした政府の責任は重い。B級戦犯はお調子にのって原発推進の応援をしてきたマスコミや御用評論家。そしてC級戦犯は選挙で原発推進路 線の政治家(といっても殆どが推進派)を選んだ我々自身だ。


無意味な定期検査でいじり壊す保安庁

原子炉の燃料棒は4年で燃え尽きるように設計されていて、2年毎に開放検査するときに取り出し、半数を新品と交換している。然るに日本の監督官庁は安全神 話を構築する過程で1年毎に開放検査するからと無知な住民に無意味な対策で勘弁してもらってきた。これはたった1年しか燃してない新鮮な燃料を全てとりだ して燃料プールに一時保管することになってかえって危険なことが分ってしまった。4号機の燃料交換デッキーが水素爆発で吹き飛んだときに米国人は大変に危 険なことをしていると驚いて飛んできた。安全神話構築のためにあえて危険なことをする不条理な日本を米国は理解できないでいる。


アンチ原発派の村八分

国民の半分は原発はまずいと思っているが、それを口にだすことはない、日本のような利害関係が重複している国ではどこにnuclear- affiliated groupがいるか分からず、うっかり口にするとblackballingされ、渡世の妨げになる。したがって心ある人が発言し始めるのはこの私を含め、 完全引退した後となる。現役で勇気ある人々はそう多くはない。京都大学原子炉実験所には 「熊取6人組」と呼ばれる勇気ある人々がいた。今中哲二助教(60歳)、小出裕章助教(62歳)など6名だ。「熊取」とは、京都大学原子炉実験所の所在地 である大阪府泉南郡熊取町に由来する。助教とは昔風にいうと助手なのだが、アンチ原発の姿勢のため 、万年助手で終わった人々だ。中央から少しはなれた京都大学だから昇進はできなかったが追い出されずにすんでいる。2001年から2003年に相次いで定 年退職したのは、海老澤徹氏(72歳、助教授)、小林圭二氏(71歳、講師)、川野真治氏(69歳、助教授)。そして、1994年にがんで亡くなった瀬尾 健氏(享年53、助手=現在の助教)である。

さて「熊取6人組」の一人、小出裕章助教に聞くというビデオインタビューは大変分かりやすいと評判なのでリンクを張った。100%賛同ではないが、納得ゆ く話である。小出裕章助教はK氏という名でツイッターで話題になっていて未確認情報だが、東電広報部は小出氏は手ごわい相手と認知し、各週刊誌に助教の金 銭がらみのスキャンダルを売り込んでいるという。週刊新潮とポストが話に乗って取材を始めたらしいとか。この2紙は東電の広告で採算を維持しているらし い。blackballingされた人は小出助教に加え増えつつある。鬼籍に入られた名古屋大学教授の故山本定明、京都大学工学部原子核工学科を卒業して いる 原子力の専門家で政治家(共産党)の吉井英勝、社民党の福島みずほ、自民党の河野太郎、バンクーバー在住の化学者の落合栄一郎、元 原子力委員会専門委員で中部大学教授武田邦彦、日立を辞めてコンサルタントになった大前研一、環境エネルギー研の飯田哲也、 作家の田中優と広瀬隆である。城南信用金庫の吉原毅理事長は脱原発への金利優遇を開始した。なかでも田中優氏の意見は一考の価値ありと思った。それという のも今回の補償金支払いのための融資の質草として電力網を東電から取り上げ、日本縦断の送電会社の基礎として発送電分離とし電力を自由化する案だ。電力の 地域独占が原子力村に栄養補給している構図である。2002年通産次官になった村田成二氏(現NEDO理事長)以降2004年頃までは電力自由化の一群の 人々が経産省にいたが村田成二氏が退官してからはこの動きは途絶えた。

特に差別されたわけではないが1954年のビキニ環礁の水爆実験のとき放射能が地球規模で拡散することを始めて実測で示した猿 橋勝子博士は、貢献者だ。 日本政府の許容値20mSv/yとしたことに関し、内閣官房参与に任命されていた小佐古敏荘東大教授が学校の校庭の汚染度規準として20mSv/yとした のは行きすぎであり、SPEEDIの結果公表を遅らせたことに抗議し辞任したことも賞賛に値する。かれを辞任させたことは管内閣の最大の汚点であろう。

35年間、技術者として福島第一や柏崎刈羽等の原子力発電関連業務に携わり、柏崎刈羽原発の閉鎖を訴える科学者・技術者 の会に参加した小倉志郎。東芝で原子炉格納容器の設計に携わった工学博士で柏崎刈羽原発3・6号機、浜岡原発3・4号機、女川原発3号機の設計に携わった 後、2009年、東芝を退社した後藤政志。バブコック日立で福島第一原発4号機などの原子炉圧力容器の設計に携わり、1977年退社、著書に『原発はなぜ 危険か』(岩波新書) などを書いた田中三彦らは長らく覆面で告発してきたが今回の事故でベールを剥いだ、元GE技術者・福島第一原発 施工管理者で作業員が格納(圧力)容器の底で立小便しているのを見た菊池洋一氏はインタビューで、 浜岡、伊方、川内3原発は即刻停止すべしと言っている。先日お会いした日立製作所のA名誉顧問も全く同じことをいっていた。4号機に関わりもっとも良く原 発を理解している人のいうことは、利権に目のくらんだ亡者達の海でどこかで希釈され大海の藻屑となって消えうせてしまっているのであろう。3号機に関わっ た東芝のIさんも多分同じことを考えておられるようだ。エンジニアリングなんて所詮同じ原理で動いているわけだから、同じ結論になるのだなと妙な感銘をう けた。

原発安全神話と地震予知幻想を振りまく権力の犬である科学者らを尻目に原発安全神話への協力をキッパリとことわった立派 な地震学者がいる。地震予知幻想などと無縁のJRはS波で新幹線を止めて成果をあげているがなぜか電力業界はS波で原発を止めることをしない。まったくお かしな危険きわまりない行動だ。


社会の一様化の危険

1950年代の産業別組合が破れ企業別組合になってから労使癒着になった。これでチェック機能の完全喪失となった。この 閉ざされた空間のなかで縦に上昇する競争システムが組み込まれたことが原子力暴走の原因になったとの木下武男の考察が参考になる。


海外の目線

NY TimesのAsia Pacificの4月26日号に「Culture of Complicity Tied to Stricken Nuclear Plant」という記事が掲載された。内容は原発懐疑派をblackballing(排斥)し、不都合なことはcover-up(秘匿)するなど、 nuclear-affiliated group(原子力関連グループ)に属する政治家、官僚、電力企業はcomplicity(共犯)関係にある。彼らは規制レベルをwater down(下げ)し、手心加えた見返りにdecent from heaven(天下り)してto land cushy jobs(快適な地位)を得る。一方電力企業はcompany errand boy(会社差し回し人)を政界に送り込み、いわばascent to heaven(天上がり)してconviction(確信)を持って原発70%にするという国家戦略を策定する。そしてhost communities(原発受容自治体)を税金を使って黙らせる。これらの背後にいるのがbusiness lobby(経団連)だという。日本国家は中国以下のひどい国というイメージだ。そしてその主役が実名入りで登場する。ところがこれが全部事実だから始末 におえない。

海外では「日本は泥棒に占拠された国家」と言われているという。

「原発依存を助長する日本の文化」というNYタイムズの記事を読んだ。これは電源三法がいかに原子力行政をゆがめてきたかのひとつの例証である。中国電力 が島根原発を島根の漁村鹿島に40年以上前にこの地に計画されたとき、この田舎の港町は激しく抵抗し、原発を経営する予定であった中国電力は、ほとんどそ の事業計画を廃棄するところだった。怒った漁民は、何世代にもわたって魚と海藻を漁獲してきた場所を守ると誓った。ところが20年後、中国電力が三番目の 原子炉の設置、拡張を検討したとき、鹿島は再び素早い行動に出た。今度は賛成で結集したのだ。地元の漁協に促され、町議会は賛成15、反対2で、40億ド ル(3千200億円)の原子炉を建設するよう公にアピールを出すことにしたというもの。NYタイムズの報道は岡目八目。田中角栄はこうして日本を泥棒に盗 まれた国家にしてしまったと思う。私自身地方出身者でしてこの格差は痛いほど分かる。だから青森県の現職の三村知事が再選されるのだ。

元CNRS(国立科学研究庁)主任研究員Jean Pierre Petit 氏が「福島原発事故の深刻性」という一文で「日本人は誰も犯罪者を追求しようとはしないことだ。此の悲劇のすべての責任は核関連の官僚と政府にある。日本 人はそのことを本当に理解しているのだろうか。」と書いてきた。私としては「核関連の官僚と政府と産業界は鉄の団結でフランスと米国に対抗して競争力を維 持ようとしているため、愚民政策の対象としての市民は手も足も出ない。まずフランスもドイツに習って脱原発をして欲しい。そうすれば日本の官僚も慌てふた めくだろうし、米国の市民も動くだろう。どうしてJean Pierre Petit氏は日本人を責めてフランス政府に働きかねないのか?」と切り替えした。

チャンネル権をもつ女房はNHK報道は見たくないといい、朝日TVともっぱらCNNばかりみている。CNNはNHKが報道しない、地方の反対デモを報道し て日本国民はNHKに意識操作されてていることがよくわかる。岸田純之助主筆のような原発推進派が居なくなってから朝日新聞などかなり真ん中に来たし、他 のマスコミはいろいろで、無論読売など最右翼だがNHKの報道はかなり行政よりで偏向している。


IAEA調査報告書

6月1日の福島事故のIAEA報告書は大変甘いものであった。津波対策×、深層防護×、安全規制制度×、複合災害対策×、災害対策センター×、水素対策 ×、緊急時の初期対策×、情報公開○、現場の初期対応○、住民対応○、復旧への工程表△で○は30%もあるが、国内からみると全て×だ。日本政府はいかに 外面をつくろっているかということだ。


認識操作

2011年4月30日付けの日経の検証記事に某政府高官が「結局、東電こそが原子力行政そのものだった」とぼやく姿をリポートしている。このように原子力 村という共同体が癌のように政財学界に巣くって国民の世論を買い占めている。佐高信のいう「認識操作」 (perception management)というやつだ。このままでは政治がしっかりしないと何も改革されず、電力業界の利益追求につき合 わされ、原発を使い続けてゆくことになりそうな予感がする。たしかに産業もない過疎地帯の住民はやはり巨額の一時金がほしい。それが償却期限をすぎれば無 一文になるとしてもだ。どうせ年寄りしかいないし、死ぬまで快適にすごすことができればそれでよい。美しい自然、そんなもの金にはならない。放射能が怖い というのはどうも反対派の宣伝だそうじゃないか?などと心が乱れて悪魔に魂を売り渡すのだ。そして歴史はめぐり再び事故を起こし、首都圏定住不可となる可 能性大である。「想定外」という法的な免罪符を手にした「社畜」を見ることになるのだろうか? 認識操作の最右翼は無論、正力の読売と日テレだが、NHKや朝日も自己検閲してきたから同じ穴の狢のようなものだ。


言葉狩り

ルイス・ガースナー氏は「巨象も踊る」でIBMが当時持っていた問題は2つあった。一つは「圧倒的な地位によって、内向きな世界が形成されたこ と」、そして二つ目は「言葉狩り」だという。独占禁止当局の批判をかわすために「市場シェア」、「競争相手」、「勝つ」などの言葉を社内の文書や会議で使 うことを禁じた。ことばだけならよかったが、次第にIBM社内の考え方にもおよぶようになった。ガースナー氏は「やるべきことを決めるのは市場だ」を原則 に掲げてIBMの復活を図ったのである。この言葉狩りは日本政府や電力会社の言葉狩りを連想させる。「原子力は危険だ」を禁じ「原子力は安全だ」に言い換 えた。そして「原子力は安くない」を「原子力は安い」に言い換えた。そしてみずからつまずいて「原子力は危険だ」と「原子力は安くない」を証明してしまっ た。まるでピエロのような行為だ。この言語操作は文系の役人や企業経営者の唯一の武器だが、それが使い物にならないことが実証されたのだ。 朝日新聞の素粒子は原子力村用語辞典を編纂した。

安全 危険が発覚しないこと
科学的合理性 学者が理解できる範囲
核燃料サイクル 原発を永続させる呪文
想定 限界強度に収まること
送電網 電力会社のなわばり
損傷 熔けて崩れて落ちること
定検 隠れてする修理や交換
爆発的事象 ようするに爆発
保安院 広報担当の協力会社
放射線 健康を増進するもの
立地 土地にカネを注ぐこと

1月前の高円寺の1万人のデモは日本のマスコミに完全に無視された。取材しているのは海外メディアだけ。それがまた異様な風景だった。しかし5月7日 (土)の原発やめろ渋谷・超巨大サウンドデモはNHKを取り囲 むデモだったためか無視できず、放映された。ここら辺にも臆病で認識操作に無意識に荷担している日本のマスコミの姿勢が見て取れる。我が友人でNHKで ディレクターをしていたOが報道部門は臆病だが、文芸部門は社会の問題摘出には積極的だという。察するところ報道部門は官庁を敵にしてしまうと情報が流れ なくなるのを恐れているのだろう。しかしこれでは上意下達の江戸時代の街角にあった高札にすぎない。視聴料を支払う価値はない。ニュースはもうインター ネットで探すことができる。NHKニュースをやめて視聴料を半額にしてほしい。

認識操作に動員された人々の実名入りの記事「ふくしまへの道を掃き清 めた人間達(その一部)」があるので紹介する」。地方紙の論説委員が狙い打ちにされている。このリストから見えてくるのは、perception managementしようという明確な意図である。国を乗っ取った文系官僚が税金つかって好き勝手していることが手にとるように分かる。日本では原発の 危険性がなぜか文系が中心を占める政治家や官僚に理解できないのかと同業のカルフォルニアの友人に歎いたところ、事態は米国でも全くおなじという返書がきた。英国でもスノ ウが第二次大戦に勝利したのは科学者のおかげだが、英国の文系リーダーはその真の理由に気がついていないという趣旨の「The two cultures and a second look」本を書いている。私はこれは文理分離の教育システムに原因があるとにらんでいる。旧弊な思考体系から抜け出 しえない文系支配の国や大企業はこの文系支配の足枷によって衰退に向かっている。米国ではそれらの足枷のない理系中心の産業分野が世界に突出して米国を 引っ張っているから米国にはまだ希望がある。しかし日本には文系支配の政府、金融、経団連、大企業しかないので絶望的である。ソニー、トヨタ の没落を見れば分かる。中小企業は伝統ビジネスに限定され、最先端の技術を開発しているところには、金融が文系支配のため、資金が廻らず育たない。カル フォルニアの友人からBunkeiということばを使ったのは英語でBunkというスラングがabsurd, ridiculous, nonsenseという意味だと知っていたのかと大喜びするメールをもらった。そしてスノウの「二つの文化」は大変有名で彼が英国で学生生活を送っている とき、何度も読み、友人と討論して、結局英国をすてて、カナダ 、そして米国に移住した主たる理由となったと告白した。日本と英国は文系優位という面で非常に似ていて米国はその差別は少ないからということであった。

文系優位の官僚はポピュ ロフォブ(大衆嫌い)の思考に陥る。庶民には何も分からないという考えだ。そして 愚かな民を自分の権益に有利になるように変えようと認識操作に精を出す。 しかし原発は安全だという認識操作に自縄自縛となり、原発事故補償裁判権にかかわる国際賠償条約(パリ、ウィーン条約、CSC条約)に未加盟という。

経団連なども原子力を支持した最右翼であろう。いまだに既存産業保護を訴えて新しい産業が勃興することを防止して国家の繁栄を防止している。原子力有用論 に立っているが、原子力の何たるかを理解しているとはおもえない。日本の化学産業のは金融資本に抑え られて居るから、国民の幸福ではなく、既得権の擁護だけがその目的となっている国民の敵である。その住友化学のトップ米倉弘昌が経団連を代表して盛んに既 存産業の維持に腐心している。世も末である。 楽天の三木谷氏が経団連を脱退しようかといっているが、メガソーラーにかける孫氏とともに次世代産業のリーダーたる面目躍如だ。がんばれ!!

福島メルトダウン後、オバマが原子力継続といい、原子力をクリーンエネルギーと言い張るのはまさにperception managementそのものであろう。 オバマは文系政治家でドイツのメルケルのような量子化学者でないから、原発の本当の怖さが分からないためかもしれない。うがった見方をすれば中国やインド に原発を使わせようと仕向けているようにも取れる。原子力がヤバイといえどもせいぜい半径300km以内だけ。そして自分達は安全なアン・コンベンショナ ル・ガスを使うのだ。米国の電力会社は純粋な民営のため、政治家がなんと言おうと一旦事あると補償額が天文学的になる可能性のある原発には手をださない。 現に東芝に発注した原発は契約破棄になった。カルフォルニアの友人が米国では急に自然エネルギーが普及しつつあり、2009年には

Coal:                        20%
Natural Gas:              41%
Wind:                        18%
Hydraulics & Nuclear:  21%

だという。今後はPVが伸びて30%に達するらしい。


認識操作の成果

6月5日の青森県知事選挙は現状維持派の現職知事が再選された。新設反対派と原子炉廃止派は落選。まさに実弾を伴う認識操作の成果だ。現職知事は安全見直 しを主張しているが、そんなことは原理的に出来ないということを問わねばならないのだ。事故の損失と原子力産業から得られる利得を比較してどう天秤にかけ るかということを主張すべきなので、これでは振り込め詐欺とおなじ。自動車は人を殺す道具ともなるが、保険制度に守られて使うことを社会が受け入れている わけ。原発も例外でない。無論できるだけ安全な自動車にしなければならないが、その分高価になる。だから保険と処罰で折り合いをつけているのだ。しかし原 発は保険制度が成立しないから税金か電気料金で支払うわけ。青森県民が原発の是非を決めることは僭越ということになる。今後、青森で事故が発生しても私は 義捐金を支払う気にもならない。どういうことがおころうが自業自得なわけ。青森県民はそのくらいの気概を持って投票しているのだろうか?多分浜岡は防潮堤 中の取水池も防潮堤で囲むということにならざるを得ず、改造費が高額になって頓挫すると私は読んでいる。それならLNG火力を作るほうが安い。遠州灘に浮 かべる浮上式LNG基地は韓国の造船所で流れ作業で建造してくれる。先日見学してきた。


国際的な駆け引き

資源争奪は歴史的に戦争になることがわかっている。だからヨーロッパの手なれた政治家(サッチャー)が温暖化という理屈を利用して戦争なしに日本に続くア ジア新興国の消費を抑えようと考え出した。これもPerception managementと認識すれば物事のナゾが氷解する。

ただフランスの継続動機は日本と非常に良く似ている。国立エリート校出が国のコックピットに座っている。この体制はナポレオン以降延々と継続しているので 当然腐敗している。原発継続はだから彼らの利権をまもるためであろう。確率論からして次ぎはフランスで事故がおこると考えるのが妥当であろう。フランスで は殆どの原発はセーヌ河1、ロワール河4、ガロンヌ河2、ローヌ河4沿いにある。事故が起これば河沿いの都市の被害は張り知れない。しかし、 日本とちがい彼らはちゃんと準備している。格納容器には砂を充填した巨大な吸着塔を用意しているからシビアアクシデントがあってもちょっとやそとでは広域 汚染が起こらない?それに全てPWR型だからBWR型のように炉の下部に制御棒駆動装置の穴は開いていないという強みがある。フランスのエンジニアは自分 で設計しているから少しずつ改良している。アメリカのサル真似ではない。だから多少有利。しかし所詮、核分裂生成物が炉内に4トン詰まっているのだから、 いつかやる。フランスのノルマンジーやリヨン近郷の農地の半分が使えなくなるということで終わるのではないか? 福島メルトダウン直後、サルコジがアレバのCEOを連れてやってきた。アトミック・アンヌといわれたアンヌ・ロブションはフランスの超エリート校、エコー ルノルマルで物理学を学んだカミソリ女と言われた切れ者だ。しかしサルコジに「ノン」を言って不興を買い6月で首になった。フィンランドで建設中の新型原 子炉EPRの工期と建設費用がきわめて大幅に予定を超えたことも彼女のマイナス点とされている。フランスのエリートがどちらに向いていようと庶民は脱原発 になったしまった。IMF専務理事だったストロスカーンが陰謀にひっかかってニューヨークで逮捕されたが暴行したとされる女性供述に疑念がでて釈放される ようだ。釈放されればフランス大統領選に打って出るという。社会党は福島事故を契機に脱原発に方向転換しているからフランスも大きく動くかもしれない。

ドイツは個人個人のレベルが高いし、伝統的に小王国の集合体だから地方自治が強く、科挙制によって中央で国を操縦する特権階級がいない。電力市場は自由化 されている。2010年の意識調査でも77%は脱原発、11%が反脱原発であった。メルケル首相はやはり原発はしばらくつなぎで必要と思っていたのだが 、福島が爆発する瞬間をTVでみてすぐ「”It’s over”  “Fukushima has forever changed the way we define risk in Germany”」と断言し、17基の原発停止に踏み切ったのは量子化学者だからこそであろう。原発の本当の怖さを正確に理解したのだ。

英国は90年に電力小売りを自由化し、発送電分離を進めてきた。このため原発の新規建設は87年でとまったままだ。再生可能エネルギーも発想電分離で不利 となり、フィードインタリフ制で保護しなかったため、普及していない。安価な天然ガス発電で済ましている。北海の炭化水素がまだ残っているから原発依存度 は低く、のんびりと王子さまの結婚を楽しんでいる。そして観光業で稼ぐつもりであろうか。北海で働いた人々の次の職場として海洋風車建設に乗り出すよう だ。 ただ小規模ではあるが動きがある。生活共同組合が風力、中小規模水力と電力仕入れ契約を結びIPPを開始して成功している。

イタリアは国民投票であっさりと脱原発を決めてしまった。自民党の石原などこれを集団ヒステリーとコメント。どちらが正気かは明白だろう。

日本は絶望的。 自衛隊ヘリによる散水はオバマが日本の米国人総引き上げを考えねばとつぶやいたオーバル・ルームでの発言が外務省経由で伝えられ、それではと無意味なこと を知りながらした演技だったと今日の朝日に報じられている。管首相のヤブから棒の浜岡停止要請も、もし停止しなかったら米軍を安全なところに移設しなけれ ばと外務省経由大統領の意見が伝えられたのかもしれない。政治家にリーダーシップがない。 地方の首長は痴呆状態で唯々諾々と中央の意向にしたがう。これを黙認した住民は自己責任だと思われているのも気がつかない。外圧依存。先ず科挙制廃止とい うことから始めねば。それに官僚の腐敗防止のための身分制度であるキャリア制も一緒に廃止しないと無気力な士族気取りの特権階級が霞ヶ関城で省益追及に精 出しているだけで主権在民の原理が中央に作用しない。裁判所も住民の運転差し止め請求も原発の真の危険を理解できず、行政側の肩を持つ。結局、立法・司 法・行政全て同じ穴の狢で国民の共通の敵なのである。かわいそうな国民よ。

ようやく日本弁護士連合会は宇都宮健児会長名で2011年3月25日、「国、電力会社その他原子力関係機関は、二度とこのような原子力発電所事故を繰り返 さないために、原子力発電所の新増設を停止し、既存の原子力発電所については、電力需給を勘案しつつ、危険性の高いものから段階的に停止すること」との声 明を出した。

ケルン在住の望月氏によればアメリカ=「原発はクリーンエネルギー」、ドイツ、オーストリア、イタリア、アイルランド、ラトヴィアおよびノルウェー=「原 発は持続可能エネルギーではない」、日本=「原子力は最も安い電力で不安定な風力・太陽光エネルギーは日本のエネルギー需要を支えられない」ということに なる。このように3つ 並べればアメリカと日本がPerception managementをしていることは一目瞭然。


政府のウソ

経済産業省の「原子力は最も安い電力で不安定な風力・太陽光エネルギーは日本のエネルギー需要を支えられない」は真実を秘匿し、真っ赤なウソをついている ことになる。廃炉費、廃棄物 再処理費、最終処分費が全く算入されていないし、80%の稼働率を前提にしていて、実態は60%台なのだ。Perception managementは秘匿、ウソの公表(上品な専門用語ではcover and deception)を流すのが中心的手法だ。むろんウソと指摘されても困らない言い訳を用意してある。例えば再処理費用はまだ再処理プラントが稼動して いないので不明と言い逃れするのだ。そして原発は最も安いと公然とウソを公表し、おバカな一流紙がそのまま輪転機にかける。立命館大学の大島堅一教授が電 力会社の有価証券報告書と発電実績から発電単価を逆算した報告でも証明されている。そして河野太郎議員が東電の原価試算書を請求しても 公務員の秘守義務を楯にとり黒塗りの資料しが議員に渡さない。だから六ヶ所村の再処理プラントに2兆円使っても技術的トラブルで動かないほうが好都合なの だ。六ヶ所村の価値は単なる使用済み核燃料のゴミ捨て場であるという事実を秘匿することにあると某電力会社の幹部はつぶやく。世界を対サダム戦に動員する ためにとった、大量破壊兵器がこのウソ情報であった。東大の教授連が風力は不安定だから高価なリチウムバッテリーが必要といって風力コストをかさ上げして 電力の肩をもち 、風車に死刑宣告した張本人だ。なまじ権威があるので困ったもの。風力のバックアップは火力で行ったほうがはるかに安い。リチウムバッテリーは消費者側が オフグリッド運用に使えば、グリッドの送電線コストを負担する義務から解放される。グリッドの送電線コストでバッテリーコストを賄える。かつ今回の原発事 故後の処理費を負担しないですむ。東大や東工大の教授連は、電力会社からの研究費あるいは電力提供講座の椅子欲しさに経済的には無意味な配電網に組み込む バッテリーの研究をしている。

始めはちっちゃな嘘なんだ。ちっちゃな嘘ついて、それがバレそうになると、だんだん嘘を大きくしてゆくんだな。しまいにその嘘をほんとだと自分で 思っちゃうんだ・・・白洲次郎

揚水発電はいつのまにか原発を夜間もとめないで動かすためのものという東電内の固定観念ができてしまって、夜間も火力を動かして、昼のピークに使うという 発想がなかった。だから地震直後の計画停電になったとされている。やっとそれに気がついて、夜間も火力をまわして水を山の上に蓄えて、昼落とすということ で今では停電がなくなった。

風車のバックアップだって揚水でできるのだが、問題は揚水が自動化されていなく、山の中に電話をかけやれ動かせ、やれ止めろと指示だしているお粗末さなの だ。たまたま見学していたとき、新橋の中央司令室から電話がかかっていた。弁開度何度で何分にスタートせよとかなんとかスピーカーに流れていた。おごりが あるの だろうか、単なる怠け心なのか。中央から遠隔操作できないのが殆どだから風車のバックアップなど考えられないのだ。ドイツとの落差がおおきい。 米国からスマートグリッドを揺さぶりかけられても、経済的に意味のないバッテリーに走る。どうしたらよいかわからぬらしい。

保安院は必要でもないのに住民懐柔のため、毎年原子炉を開放点検させいるから今年の夏までに54基中42基がとまるそうだ。そして再スタートに地元の力が 作用するので動かせない。菅さんが怠けていても一年以内に全ての原発がとまるのではないだろうか。 ところが2010年の稼働率64%だから全部原発うしなっても停電もなく、うまく廻るとおもう。日本から工場が逃げ出してもぬけのからであったということ に気がつくのではないだろうか?ナーンだ原発なくたってイーじゃん!てなわけ。いままで原子力村の住民はなに騒いでいたのだろうか?もしかした ら、彼らの最高機密は原発なくても問題ないということが発覚することだったのかもしれない。

「福島後」というシュナイダー論文を読んだがこの論文は日本ではすでにPerception managementのdeny selected informationとdeception手法で防疫されていて感染しないだろう。Perception managementの結果、日本には3種類の人間が存在する。

@Perception managementをしている人で電力、役所、政治家、学者、マスコミなどの原子力村の住民で権益で強く結ばれた人間で10%位か?

A判断能力がないが暗示にかかりやすくPerception managementで洗脳されている人(戦争中非国民ということばを連呼した人々と同じ類の連中)で40%

Bそのときの空気にしたがってふらふらする人で50%

地震直後の福島県民の世論調査では原発は今後も必要と回答した人が50%くらいいた。Perception managementは伝統的権威に従う日本人の特性によく適合した戦略ということがわかる。また日本の警察は中国なみのインターネット検閲を始めてい る。Googleが在米日本大使に抗議の文書を渡している。政治家がもたもたしているので旧内務省系の官僚がこの機に自らの権力を増大させるチャンスと読 んだようだ。

フランスでは、福島後に行われた世論調査の回答者の70%が脱原発に賛成だそうだが、彼らが2012年の国政選挙で強固なフランスの原子力村を解体できる のかどうか興味のあるところ。なにせフランス革命をした個人主義の強い国民のことだから。

民主主義、議会制には投票のパラドックス(Paradox ofVoting)が適用される。新古典派経済学を批判したケネス・アローが発見したように「不可能性定理(impossibility theorem)」と命名された原理が働いているからである。すなわち「(政治過程を通じて)集団的に為される意思決定は決して合理的ではありえない」ま たは「投票者主権の原則は集団的合理性の原則と両立しない」。投票のパラドックスまたは不可能性定理を回避する方法は2つしかない。

(1)独裁者に任せる(ファッシズム)
(2)二者択一で投票する

である。ということは現状の日本の内閣制度では正しい決定はされないということになる。強力な権限を一人に一定期間付与 する直接選挙による大統領制が一つの解決法となろう。立憲君主制にそぐわないと言っていられることでもなかろう。

明治開国以来の官僚の指揮の下に全員一致体制ではこれからの国家の未踏の領域を乗り切ることはできない。まず政治におけ る巨大な官僚の権限を分散させなければならないだろう。東京一極集中も分散、電力の独占も分散、ドル一極体制からの分散、経営の分散をしなければならな い。そして人々はそれぞれの個性を磨けばだれから突破口を見出してくれる。


文系亡国論

本論文でノブレス・オブリージュ論を展開したが、これを読んだNHKでディレクターしていた友人Oが「最近読んだ『丸山 眞男 人生の対話』(中野雄・文春新書)には、『イギリスのエリート教育における”精神の貴族性”が我が国に無い理由は、帝大、東大の入試が(彼の国とは違っ て、出自・家柄に関係なく)公平・平等に行われたために、新たな身分制度を作ってしまったからだ 』という丸山の分析がありました。貴兄の『文科系亡国論』にはいささかの反論がありますが、上記の分析にはうなづけるところがあります」と書いてきた。

さすが丸山眞男だ。なかなかするどいというか逆説的なひねりが効いて毒がある。多分それゆえに正しい認識だと思う。こういう表現はなかなかできない。深い 思索のたまもの。

「文系亡国論」は読者に不快な思いをさせるのは知っていてあえて繰り返しているのだ。「よく人種差別主義者と間違われるが、そうではなく、文系・理系を分 ける教育制度と社会の文系優位の仕組みに異議を唱えているわ け。私のこの主張は私がお世話になった企業の栄光と挫折と指導層の出自・教育との関係とを渦中にあって観察して得たものだ。

それでも 我が文系亡国論を喝采してくれたのは2人と総合知学会会員だ。

一人は東大物理学科卒業の森永先生だ。先生は茅 誠司もおなじことを言っていたと。先生は文系官僚が大嫌いでこれがいやで東大助教授を投げ出し、米国に渡り、最終的についにドイツ国立大学の正教授になっ た人で、いまだにアンチ文系官僚で日本半分、ドイツ半分という生活をしている。夏はドイツの自宅、冬は日本と優雅な生活そしながらもともと原発には興味な どなかった私をマインドコントロールして反原発言論を展開させているのだ。 先生は好んで米国の初代原子力委員長リリエンソール回顧録に収録された「シラードの証言」を引用する。

二人目は英国出身の私と全く同じ職歴をもつケミカル・エンジニアで英国を捨てて米国に帰化した友人ロンだ。互いにMHIのコンサルタン トだったときに知り合い、以後友人となった人だ。彼は英国の文系優先国家が嫌で米国に移ったと告白した。この文系優先が英国の没落の一因でもあるわけ。そ して米国でも同じ傾向がでてきたからこれが米国の没落の原因となるであろうと。

総合知学会は理系の大学教授達のあつまりで私も誘われてメンバーになっている。互いに理系バカを脱して文系分野を飲み込んでやろうという野心的な連中だ。 ただもう歳だから野望はならないだろうけれど。一番若いのが東北大の物理をでた現役の千葉大の教授でエージェントモデルを使う物理経済学で既存の バブル現象も記述できない役立たずの文系経済学をぶっ飛ばすという野心を持っている。月1回会合を開き、まだ未公開のブログとwikiを製作中で秋には学 会を開催しようとしている。

というわけで、私は日本という国家は「文系亡国論」で予言されるように失敗すると踏んでいる。理由は原発論争、電力の自由化論争をみていても固定観念から 開放されない原子力村の住民 (ほとんどの政治家と役人)の意識を身近でみているからだ。


原発を能動的に抱き込んだ辺境の地ー中央と地方の貧富の差

ここまでで原子力村とはこれを国家の方針として推進する政治家、官僚、学者、企業経営者、労働組合、関連企業の産官学複合体のことを意味したが、実 はそれだけではない。立地自治体の首長、住民が一体となってこれを支持していたのである。初めは疑心暗鬼であったが、自治体には固定資産税も電源三法の助 成金も入る、そして住民には職場が与えられ、建設業には下請け仕事が発生し、商店街は潤った。こうして彼らは産複合体に取り込まれたのである。

福島県出身の東大大学院生開沼博の「フクシマ」論ー原子力ムラはなぜ生まれたのかによれば「出稼ぎ行って、家族ともはなれて危ないとこ行かされるのなんか よっぽといいんじゃないか」と思って自ら能動的に原発を「抱擁」(受容)して幸福感にひたってきた。

作家の水上も郷里の若狭になぜ原発が集中するのかと元小学校長の知人にたずねると「次男三男・子女」を「都会奉公」に出してきた「貧困な農漁民」が「世間 なみのくらし」を求めて一手に引き受けてしまったという。

もんじゅ見学のとき、地方の首長は表向きは 原発には厳しい姿勢で臨むが、本心は交付金が欲しくて原発を誘致する。そして固定資産税が減価償却でなくなれば使用済み燃料保管税なるものを発明して資金 を得ようと智恵をしぼるという意外な事実を聞いた。

ところが固定資産税というものは減価償却が終わればゼロになる。そこでまた増設を切に願うようになるのだ。これは麻薬とおなじ。そこで使用済み燃料保管税 などいろいろ発明して税をとるようになる。

フクシマと若狭をしることは深いところでつながっている。田舎をすてて都市生活者となった者は。自分が捨てた、辺境の寒村は、放射能まみれになっていると いうのに、快適で優雅な文明生活をすることができるというのか。


解決法

自民党も民主党も原子力村の汚染が激しく、脱原発の政策を掲げることはできそうもない。国民投票をするか、みんなの党、 社民党、共産党など原子力村の汚染が少ない政党を選び、彼らが大きく成長するのを待つしか方法はないのだろう。

559■真実

助けてください

福島県南相馬市の

女子高校生です

 

わたしは友達を津波で

なくしました

私の友達は

両親をなくしました

私の無二の大親友は

南相馬でガソリンが

ないため避難できずにいます

 

電話やメールでしか

励ますことしかできません

 

親友は今も放射能の恐怖と

戦ってます

 

だけどもう、諦めてました

 

まだ16なのに

死を覚悟してるんです

じわじわと死を感じててるんです

 

もし助かったとしても

この先放射能の恐怖と

隣り合せなんです

 

政治家も国家も

マスコミも専門家も

原発上層部も全てが敵です

嘘つきです

 

テレビでは原発のことが

放送されなくなりつつあります

同じ津波の映像や

マスコミの心ない

インタビュー

口先だけの哀悼の意

被災を『天罰』と言った政治家

 

政治家はお給料でも

貯金でも叩いて助けて下さい

 

彼らの贅沢をやめて

被災者を生きさせて下さい

 

命令ばかりしないで、

安全な場所から見てないで、

現地で身体をはって助けてください

 

私達は・・・見捨てられました

おそらく福島は隔離されます

 

完全に見捨てられます

国に殺されます

 

私達、被災地の人間は

この先ずっと

被災者を見捨てた国を、

許さないし恨み続けます

 

これを見てくれた人に

伝えたいです

 

いつ自分の大切な人が

いなくなるかわからないです

今隣で笑ってる人が

急にいなくなることを

考えてみてください

 

そしてその人を

今よりもっと大切にして下さい

今、青春時代をすごす

学校が遺体安置所になってます

体育や部活をやった

体育館にはもう二度と

動かない人達が横たわってます

 

どうしたら真実を

一人でも多くの人に

伝えられるのか・・・

一人でも見て貰えれば幸いです

考えた末、勝手ながら

この場をお借りしました

ごめんなさい、そして

ありがとうございます

す み

 

あとがき

原発メルトダウンは2011/4までに推定20,000人が読んで下さったが、その後、本石棺ページを独立させてGoogle Analyticsでカウントしてみたところ、6月初旬までに10,000人の読者を得た。合計3万人となる。時々現れるピークは東電が新たな事実を告白 した時と重なる。

軽水炉事故ダイナ ミック・シミュレーター

原発メルトダウン

福島の放射能汚染

石棺を越えて

ヤブロコフ・ネステレンコ報告

原子力から再生可能エネルギーへ

グローバル・ヒーティングの黙示 録 ー政策研究所・マスコミの一歩先を行く予測

原子力村紳士録ー原発メルトダウンのA、B、C級戦犯ー

原子力へ

to Fukushima Meltdown

March 11, 2011

Rev. March 13, 2018

 


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