2022年9月、思いもかけない病のために中断してしまった「文学者掃苔録」でしたが、ようやく体力気力も4、50%ほどには戻ってきました。それでも以前と比べればまだまだ遠い道のりですが、年齢も考慮しながらぼちぼちと「掃苔」の道へと再び踏み出していきたいと思っています。願いが残っている限り、どこかの誰かの胸の中で埋火のように生きながらえていたいのです。 
                     あちらこちらで腰掛け小休止しながらでも小刻みに繋いで、3年後に30周年を迎えることができるならば、それこそが私にとっては望外のゴールといえるのでしょう。 
                   
                    朧げに揺れ動く人の世の習いのうちに 
                      ささやかな命をもらった小さなひといき 
                      小鳥のさえずりや 
                      葉と葉の隙間からこぼれ落ちる仄かな光 
                      夏の香を残して 
                      黄色に染まり 
                      赤に染まり 
                      一瞬一瞬の訪れを蘇らせた木々の影 
                      ざわめかす風 
                      知らず知らず生きながらえてきた 
                      季節の巡りの中で 
                      あの場所の石塊の墓の上に 
                      ありありと浮かんでは 
                      悄々と消え去っていった無数の終焉を思う 
                    野面の彼方 
                      青白く霞んだ山嶺の上に 
                      見えるものと 
                      見えないものが緩やかに積み重なって 
                      冷たい霧雨の湿り気が喉元深く忍び入ってくる 
                      人の声も 
                      喜びも 
                      悲しみも 
                      怒りも 
                      今は生も死も 
                      余韻を孕んだ私の定めのうちに 
                      しばらくは止まって 
                      間道の外れの竹林の中 
                      庵を結ぶが如く密かにうずくまってあるのだった 
                    
                   新年が明けたばかりのある寒い朝、ベランダに置かれた鉢植えの山椒の木に絡まって、誰が植えたのでもないのに橙紅色のそれは小さな蔦花が一輪咲いていました。写真を撮って調べてみると「丸葉縷紅草」(マルバルコウ)、別名「縷紅朝顔」(ルコウアサガオ)または「蔦葉縷紅」(ツタノハルコウ)という名だそうです。北アメリカ原産のヒルガオ科サツマイモ属のツル性の一年草で、日本には、江戸時代に観賞用として渡来して、今では畑や道端、空き地などで自生していますが、もしかしたら昨秋に山椒の木に止まっていたアゲハ蝶が運んできた種から育ったのかも知れません。葉の枯れ落ちた山椒の木に絡まって可憐に咲く花径1センチほどの鮮やかな小花に心癒されて嬉しくなりました。たったそれだけのことなのですが、日々うつらうつらと、こともなげにやり過ごしていると、そんな小さな出来事にもときめきが胸の内を流れていくものです。 
                    秋は深まり 
                      木枯らしが一層高く鳴いた 
                      その後には冷たく澄んだ空いっぱいに 
                      星々は煌めいた 
                      季節が移ろい 
                      また春が過ぎた 
                      若葉を湿らせた雨も静まり 
                      山や野や大地をはっきりと際立たせてゆく夏がくる 
                      美しすぎるほど熱を帯びた風は四方に散って 
                      緑と紅の織りなす季節が驚くほど早くやってくる 
                      風は冷えて 
                      さらに冷えて鋭くなった 
                      幾たびか巡ってきた季節 
                      次に来る季節を待ってようやく訪れた季節 
                      思うように動かない身の不自由さから少しづつ解放され 
                      思いつくままにひとつ 
                      またひとつ 
                      誰彼の墓を訪ねていると 
                      以前の感覚がわずかながら呼び起こされてきて 
                      置き去りにされた徒然のことがようよう浮かび上がってくる 
                      移ろいゆく日々は折々につながり 
                      私は今日も石塊の前に佇んでいる 
                   またいつかどこかの地点で休憩するような羽目になるかもしれませんが、それでも前だけは向いて、あれやこれやの墓原の墓の前に膝まづき、先人と対話しながら、その思いを胸に刻んでゆきたいと思っていますので、ごゆるりとお付き合いください。 
  
  
                    
                    
                    
                    
                    
                    
                    
                    
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