虎御石ルート・・・1
足柄峠西坂地図 

ここでは虎御石ルートを足柄峠近くの寺庭城跡と呼ばれる付近から下り、地蔵堂川の川岸までの道と、地蔵堂川から竹之下一里塚の前を通っていた、かっての松並木道(現在は広い舗装道路)へ合流する廃道を紹介します。
左の写真は峠の芭蕉句碑の少し北側の舗装道路で写真の左手の林の中には大きな掘割地形が確認できます。平成17年9月にこの場所を訪れていますが、写真の道路右手は工事が行われていました。工事現場の削られた地層を観察してみましたが、何かの遺構と思われるような地層の相違は見られませんでした。

寺庭城跡
寺庭城は直路ヶ尾ルートでも触れたように足柄城五連郭の前衛的な城郭虎口遺構と考えられています。もともと寺庭とは峠からの舗装道路が大きく左にカーブするところの内側の平場をいうようです。この場所がなぜ寺庭と呼ばれるのかは今では知る人もなく、研究者の説では聖天堂の旧地とするものもあるようです。右の写真は寺庭の平場の西側の大堀切とよばれる窪地です。

寺庭城の大堀切は確かに寺庭の平場から大沢方面へ延びる支脈の尾根を堀り切っているようなので堀切とも考えられますが、ホームページ作者は古道の跡とも考えられるのではないかと感じています。現状の堀切の地形や堀切が向かう方向などから考えて、これこそが足柄城の築かれる以前の道跡ではないかと想像してみるのも楽しいものです。

左の写真は寺庭城大堀切が舗装道路を横断したところの先に見られる掘割地形です。

寺庭城大堀切の方向が舗装道路の対面で掘割地形を形成し、その先は沢へと下って行っています。更に沢へと落ちて行く付近の舗装道路すぐ脇に、別の掘割地形が道路に並行して見られます。この舗装道路に並行する掘割地形を『足柄城現況遺構調査報告書』では古道跡としているようです。ホームページ作者は寺庭城大堀切はその先で舗装道路と並行する掘割地形へと繋がっていたのではないかと推測しています。
掘割道跡が自然の沢へと落ち込んで行く例はよくあります。またその少し離れたところに別の掘割道跡が続いて見られることもよくあります。
何百年という長い時間の経過の中で、廃道となったところが、自然災害などで一部が沢へと流れ込み道跡が途切れてしまったという想像ができます。或いは峠の城の造築に伴い、道の付けかえが行われていたことも考えられます。

左の写真は虎御石ルートの山道へ入る手前の舗装道路で峠側に向かって撮影しています。写真の舗装道路の右手林の中には土塁状の地形が続いて見られます。この土塁状のものは、上の写真の道路と並行していた掘割地形が途中から舗装道路を跨いだものと思われるのです。この峠から北へ延びる尾根には以前は木がほとんど無く、草原状の尾根道が続いていたと地元の方から聞いています。虎御石ルートの入口から先の尾根は「通り尾」と呼ぶようですが、地元の方はその辺りを「沼代平」と言っていました。

いよいよ舗装道路から分かれて虎御石ルートへ入って行きます。虎御石(とらごじ)は虎古志山(又は虎小志山)からの変化した名前と思われますが、このルートの途中に曽我十郎の愛人である虎御前の伝説が残る虎御前石があり、そこから虎御石の名前が付いたとも思われます。舗装道路からルートへの入口は右の写真のような比較的に大きい掘割地形になっています。掘割壁の傾斜は自然形で、他のルートにはあまり見られない古そうな掘割地形です。どうやらこのルートは古代・中世古道跡の期待が持てそうな感じがしきます。

下り始めたところは急傾斜の道ですが、古道の雰囲気が十分に感じられるところです。

ここで古道の見分け方のアドバイスをしたいと思います。
古道は足下の路面だけを見ていては視野が狭くなり、感じられるものも少なくなってしまいます。古道か、そうでない道を見分ける一番のポイントは周りの景観なのです。全神経を景観に集中させれば、そこに古い道があったのか周りの景観が教えてくれるものです。特に古代・中世道ではこの景観から道の存在を感じとることが重要なのです。

歩いていて目に見える全てのものが古道を見分ける判断基準の材料となるのです。その中でも最も重視したいのが道の両サイドにあるものです。また、実際の古道は現在歩かれているところだけとは限らず、歩いているところの両側に変わったものはないかと注意して観察します。すると現在歩かれているところのすぐ隣に、不思議な窪地が存在していたりします。そのような窪地があった場合はそちらが本物の古道である可能性があったりします。
右の写真の場合は道脇の塚のような高まりが人工的なものを感じさせてくれます。

足柄古道を研究されている方々の資料には足柄の古道と想定する幾つかのルートを歩き報告書などを作成されています。ホームページ作者はそれらを足掛かりに探索をさせて頂いています。
足柄峠の西坂ではこの虎御石ルートが中世古道の山岳地帯的な景観を一番よく伝えているように思えます。道の探索中は、この景観がどこまで続いているかが重要な問題です。古道幅の大きさは今歩いている路面の幅では判断にはなりません。何百年も経っていて、ましては地形変化の激しい山岳地帯ですから、造られた当時の道の姿がそのまま残っているほうが不思議なくらいなのです。道幅を想定できるものとしては、道の両側に土手が残っていれば、両土手間が道幅の目安になります。

舗装道路からの急坂を下る途中で歩行路の左手に大きな窪地が現れました。右の写真の左手の藪中がその窪地ですが、写真ではわかりずらいようです。この窪地をホームページ作者は道跡の可能性があると見ました。隣の直路ヶ尾ルートには見られなかった直線的な窪地です。果たしてこの窪地はどこまで続いているのでしょうか。

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