「青春小説」創作ノート後半の2

2006年02月

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02/01
早稲田大学文学部、卒論口述試験。要するに卒論についての口頭試問である。昼間部と夜間部の両方がある。前者は午前10時、後者は午後6時。で、昼の部の試験が終わってから夜の部まで、およそ7時間ほど、研究室に滞在した。明け方、「友だちの恋人」(仮題)の草稿チェックがようやく終わった。あとは赤字の入力だけである。研究室は立派な机があるので、プリント原稿を見てパソコンに入力という作業をするには便利である。そこで、この7時間でやりとげるという強い決意のもとに、パソコンに向かう。きっちり7時間で作業完了。2時間ほどしか仮眠していないが、眠くはない。7時間パソコンを打ち続けたので、肩がコッている。正確にいうと、7時間、ぶっ続けではない。途中でマクドナルドにビッグマックを買いにいった。いつもビッグマックを1個だけ買う。本日はエビちゃんのポスターの前で、しばらく迷った。エビちゃん(エビちゃんを知らない老人はバカにされる)が推薦するエビバーガー(正確な名称は知らない)は魅力的だが、ビッグマックより20円も高く、それほどの値打ちのあるものかと疑問に思う。それで5分くらいポスターの前で考えていた。それと研究室でビッグマックを食べながら、やはりエビバーガーの方がよかったかと反省したりしていた時間を差し引かないといけない。ともあれ、作品は完成した。これで明日の飲み会は楽しく飲める。

02/02
NPO文藝著作権センターの打ち合わせ、および新年会。同センターは文藝家協会の中に間借りしているので、文藝家協会の著作権管理部ともうちあわせ。その後、センターのスタッフ4名とともに近所の居酒屋へ。昨日、書き下ろし小説が完成しているので、本日は安心して飲める。

02/03
文藝家協会常務理事会。本日の議題は著作権に関するものが多く、説明に疲れた。皆さんのご意見を伺い、対処する。一昨日送った原稿は、担当者、および上司の編集者から、よかったという感想をいただいた。自分でもいい作品だと自画自賛しているのだが、まあ、よかった。これで「いちご同盟」「春のソナタ」に続いて、青春小説が三つ並ぶことになる。三冊全部、まとめて読んでほしい。

02/04
妻の運転で浜松の仕事場へ。ここは以前は静岡県引佐郡三ヶ日町というところだったのだが、合併で浜松市になってしまった。何となく残念な気がする。土曜日なので沼図までは道路が混んでいたが、渋滞で止まるほどではない。快晴で都内から富士山が見えた。正月はスペインに行ったので、秋から来ていない。湯沸かしのコンセントがはずれていてすぐに湯が出ないなどのハプニングはあったが、とくに問題はない。だがとにかく寒い。石油ストーブ二つに電気ヒーターも加えたが、まだ寒い。木造築25年なので、隙間風が入ってくる。この仕事場は、気分転換になる。電話がかかってこないので気分が落ち着くのだ。

02/05
日曜日。イオン市野店に行く。浜松には志都呂店という大きなイオンがあるのだが、この市野店もかなり大きい。一つの商店街がそっくりビルの中にある。日曜日で混んでいたが、建物の隅にあって人気の少ないゾーンがあり、妻が買い物をしている間、のんびりと大ジョッキを飲む。次の青春小説第2弾のプランを練る。テーマと狙いは確定しているのだが、どういう順番で語っていくかが難しい。主人公の男に、高校時代のガールフレンドと、大学になってからのガールフレンドが絡む。つまり男1人に女2人の三角関係の話ではあるのだが、恋愛小説ではない。いかに生きるかという哲学的テーマを折り込んだやや暗い話になる。しかしそれでは売れないので、文章をシンプルにして、恋愛小説のタッチを残さないといけない。ラストシーンの近くから語り始めて、高校時代のエピソードは回想で語るということも考えたが、時間軸に沿ってシンプルに語るべきだという結論に到達した。自殺願望も絡んでくる話なので、話が最初から暗くならないように、明るく元気な青春を最初に語っておきたい。

02/06
早起きをしてスーパーボウルの中継を見る。9月からずっと見ていたフットボールの最終決戦である。はじめの頃はコルツのマニングを応援していたのだが、前半不調だったスティーラーズが驚異的な粘りで、最下位の六位でプレーオフにすべりこんだので、今年はスティーラーズかなという気がしていた。プレーオフではコルツ対スティーラーズの一戦があったが、その頃は気持ちがスティーラーズに傾いていた。このチームにはポラマルという驚異的なセーフティーがいるので応援していたのだが、練習で足を痛めたとかで生彩がなかった。前半はCホークスの方が押し気味で3点を選考され、前半終了前にようやくロスリスバーガーのQBのランという非常事態の作戦で7点をとった。ラッキーだったのは後半の開始直後にパーカーのまっすぐ走ったランを相手はまったくカバーしていなかったことだ。パーカーは横に走るランニングバックだし、スティーラーズはセカンドレシーバーにランドルエルという、リターナーもできるランニングバックふうの選手を入れているので、タイトエンドのミラーも含めて、短いパスを受けて走っていくという攻撃が多い。それでシーホークスのセカンダリーが左右のカバーに入って、正面がぽっかり空いていたのだ。そこを突いたのは作戦なのか偶然なのか。インターセプトから4点差に詰め寄られてムードとしては危なかったが、QBからランニングバックに渡ったボールが、さらにレシーバーのランドルエルに渡され、そこから前方にパスを投げる(キャッチしたのは第一レシーバーのウォードでMVPになった)という奇策が成功して試合は決した。これは監督のビルカウアーが好きな作戦で、昔、コーデル・スチュワートという、ランニングバックもQBもできる選手を活用して、ランニングバックがパスを投げるという奇策を成功させたことがある。ランドウェルはレシーバーに入っているけれども、リターナーもするし、ランニングバックみたいにボールをもって走ることもできる。ランドルエルが後ろに下がってボールをもった時は、パスを警戒しないといけないというのは、シーホークスのディフェンスも知っていたはずだが、疲労がたまった試合後半だったので、集中力がうすれていたのだろう。ということで、本日は試合の余韻でぼうっとしていた。

02/07
この三ヶ日の仕事場では、「お父さんの算数」の入稿前のチェックをするはずだったが、青春小説の余韻が残っているので、光文社の仕事(青春小説第2弾)の出だしを書こうと試みていた。しかし、どうやっても一行目が書けないので、ずっと先の仕事の「女帝論」を書き始めたら、すらすら書けた。序章を一挙に書いて、いい気分でいたら、夕方のニュースで秋篠宮のところに子供が生まれるというニュース。もし男の子だったら女帝議論は消えてしまうので、女帝論の企画も消えてしまうのではと思うと、やる気がしなくなった。

02/08
女帝論がダメになったので、また青春小説に戻ったのだが、ショックが追い風になったのか、本日はすらすら書けた。これでオーケーだ。出だしが書ければ、作品の半ばはできたようなものだ。タイトルは最初から決まっているので、これで青春小説第2弾、本格的にスタートしたといっていい。いい作品になりそうな手応えがある。

02/09
三宿へ帰る。東京もかなり寒い。さて、いよいよ本格的に仕事をしないといけない。とりあえず、三ヶ日で朝型になっている生活を夜型に変えないといけない。

02/10
NHKの番組「ブックレビュー」のスタッフと自宅で打ち合わせ。この番組には年に一回くらい、書評ゲストとして出演している。衛星放送なので、若い人はあまり見ていないと思われるのだが、業界の編集者や、書店の責任者みたいな人はよく見ている番組なので、時折出演して、当方がまだ生きていることを示さないといけない。今回は書評ゲストではなく、特集のコーナーで『空海』を紹介してくださるとのことで、わたしも出演して自分の作品について語ることになる。書評ゲストの時は、他人の作品を褒めないといけないので、褒めることにやぶさかではないけれども、何となくストレスがたまるような気分になることもあるのだが、今回は自分の作品について語ることができるので嬉しい。この作品を読んで採り上げてくださるスタッフの皆さんに感謝。
その後、麹町の文藝家協会に出向いて、映像ソフト協会と打ち合わせ。これは要するに著作物使用料に関する交渉なので、まともにぶつかるとケンカになるので、大局的な視野で考えていただきたいといったことを最初に説明すると、ご理解をいただいて、穏やかな会議になった。自分の損得でやっている仕事ではないので、何事も穏やかに話を進めたい。こういう仕事を重ねてきたことが、『空海』の執筆にも役に立っていると思う。

02/11
土曜日。明け方、オリンピックの開会式の中継を見る。妻が起きてきたのでいっしょに見ていたが、そのうち眠くなったので寝た。とくに急ぎの仕事もないので、のんびりしている。青春小説第二弾は、ファーストショットは書けたが、次の展開については何のアイデアもない。主人公とヒロインと、まだ家族などの設定ができていない。これから考える。

02/12
日曜日。三軒茶屋に散歩。のんびりとオリンピックを見ている。

02/13
会議2件。一日に会議が2つあると疲れる。

02/14
妻と浅草橋にヒナ人形を買いに行く。スペインの二人目の孫に送る。大学を卒業して初めての仕事の職場が浅草橋だった。三十数年前、まだ青年だったわたしがこの街を走り回っていた。

02/15
集英社の編集者と三宿で飲む。入稿までにまだ時間があるので、若い編集者の意見を聞いて最終的なチェックをする。だが気分はもう祝杯である。作品の根幹はできていて、あと数カット、追加すればいいだけだ。一つの仕事が、終わろうとしている。すでに次の仕事に取りかかっていて、こちらは五里霧中で苦しんでいるのだが、終わった仕事を見ればよくやったという気がする。その落差はけっこう大きい。しかし作家というものは、いつもこういう状態だ。「空海」はすでに本になっているので、いまさら書き換えることはできないで、読者が褒めてくれるのを待つだけだ。青春小説第1弾は、草稿ができていて、最後の詰めの段階で、プレッシャーはあるが、ほぼ間違いなく勝てるという気分である。で、書き始めたばかりの第2弾は、まだ絶望的な不振の中にいる。この3種類の状態が同時進行している。そろそろ算数の本の仕上げにも取りかからないといけない。

02/16
小雨が降っているので散歩は休み。昨日担当編集者と話し合ったので、入稿前の最終チェックをする。そのためにまず原稿をプリントする。パソコンで読んでもいいのだが、縦書きにして読んだ方が読者の立場になって読めるし、ページをパラパラるくるのも紙の方が早い。ページ数にして128ページをプリントすると、それだけで一仕事したような気分になる。

02/17
数日前に浅草橋で買ったヒナ人形をスペインに送る。いつも行っていた大手町の海外向け郵便局に行くと、砂町に引っ越したという張り紙。そんな遠いところへは行けないので、中央郵便局に回る。近くの郵便局から出すことも可能だが、専門の窓口のあるところの方が話が早い。三越に行ってジャケットを買う。こういうもの、自分一人では買わない。保護者(妻)の付き添いが必要である。それから大手町に戻って高校の同窓会に出席。運転手(妻)がいる飲み会なので、少し飲み過ぎたか。

02/18
土曜日。コーラスの練習。本日は7人しか集まらなかったが、これくらいの飲み会だと、全員で会話ができるので楽しい。昨日も今日も、少々飲み過ぎた。

02/19
日曜日。妻と三軒茶屋まで散歩。青空市で安い枕を売っていたので買う。千五十円。わたしは通信販売の雑誌に出て、枕の宣伝に一役かったことがある。一万円以上する枕で、確かに気持ちがよかったので推奨することにしたのだが、自分でお金を払って買うということになると、それだけの価値があるかどうかは、その人のお金に対する考え方とか、経済状況によるだろう。千円の枕でも快適なら、こちらの方がいい。ということで、試しに使うことにした。浜名湖の仕事場にもっていって使おうと思う。

02/20
月曜日。占いに詳しい知人に「大殺界」だといわれたので、本日は散歩にも出ずに自宅に閉じこもっている。冷たい雨が降っていて散歩に出る気分にもなれない。ずっとカーリングの中継を見ていて面白かった。

02/21
光文社の編集者と三宿で飲む。これから書く青春小説の担当者。青春小説だが、やや暗いものになる。いかに生きるべきかをちゃんと考えた深い小説になる。そんなものが売れるかどうかわからないのだが、マンガやドラマに対して、文学が優位性をもてるのは、深さしかない。そこに勝負をかける。そのことを説明して担当者の同意を得た。実物ができるまでは担当者もどうなるかわからないだろう。実は書いている本人も書くまではどうなるかわからない。だから文学は面白いのである。

02/22
昨日、担当編集者の飲んだので、元気が出てきた。生きることに行き詰まっている主人公と、その主人公以上に行き詰まっている第一ヒロイン、それから暗い兄を自殺させてしまった第二ヒロインという三角関係を中心に、青春ドラマを展開する(いかにも暗そうな話だ)。これだけでは息が詰まるので、主人公のかたわらに明るい友人を置く。さらにすべての登場人物の親のキャラクターをしっかりと考えて、構造的なものを中心に据える。とくに第二ヒロインの父親がキーパーソンになるだろう。というくらいのことを、昨日、女子フィギュアスケートを見ながら考えた。いままでアイデアに行き詰まっていたのだが、やる気になると次々にイメージが出てくる。ようやくエンジンがかかってきた。だが、集英社文庫と新潮新書の入稿前最終チェックがあるので、実際にエンジンがかかるのは、来月になるだろう。

02/23
これから書き始める青春小説は、難しいテーマを描こうとしている。簡単に言うと、人間は何のために生きるのか、ということで、もっとつきつめて言えば、生きていていいことがあるのか、ということだ。これは青春小説、教養小説の永遠のテーマでもあるのだが、実は、わたし自身も、答えのわからない問いである。わたし自身のことを言えば、生きていてよかったと思う。自分でも自信のある作品をいくつか書けたし、読者にも評価されている。大学の先生や、著作権の仕事を通じて、さまざまな人との出会いがあったし、妻と2人の息子との出会いがあった。亡くなった犬との15年のつきあいもいい思い出だ。息子の嫁さんや孫との出会いも楽しい。すべての出発点は妻との出会いだといっていいので、これはあるいは偶然の作用かもしれない。小説家になれたのは、わたしに多少の才能があったのかもしれないが、編集者との出会いもあるし、さまざまな偶然が重なった結果でもある。まあ、ラッキーだったと思う。だからひるがえって、そういう幸運がなかったら、自分の人生はもっとつらいものになっていただろう。いまよりももっとつらい人生だったとして、それでも、生きていてよかったという気持ちになったかどうかは、よくわからない。だから若い人に、とにかく頑張って生きろ、生きていれば必ずいいことがある、といった熱血教師のようなセリフは言いづらいし、小説に書く場合も、そんな熱血小説は書けない。かなり暗く、沈み込んだ作品になるはずで、それでも、生きているということは大切なことだという思いが、しみじみと読者に伝わるような小説が書きたい。でも、無理かもしれない。いまのところ、やってみるとしか言いようがない。「いちご同盟」という作品は、たぶん多くの読者に、生きているって素晴らしいという感動を伝えたはずだが、これはヒロインが病気で死ぬという禁じ手を使った作品だ。今回は禁じ手は使いたくない。どこまでできるかわからないが、これはわたしなりの挑戦である。

02/24
早稲田の先生の懇親会。専任の先生と、非常勤の先生の懇親会なのだが、わたしは客員教授という中間的な立場なので、妙な感じだ。早稲田は来年から新学部ができる。そのことによって、教員の移動が生じる。辞めていく人もいる。そういう問題が、にわかに見えてきた。わたしは4年間、大学から離れていたので、事情を知らなかったのだが、その間に、どうも抗争があったようで、それで辞めていく人も出てくるようだ。改革をすれば、よくなる面と、わるくなる面がある。ただ第二文学部の表現芸術系というところは、学生からの人気も高く、夢のような素晴らしいところだと思っていたので、結果としてそのユートピアのようなところがなくなるのは残念だという気がする。文芸部門は新しい学部に継承されるのだが、表現芸術系というところは、文学、演劇、美術がいったいとなって、クロスオーバーする楽しさがあった。結局、非常勤の先生方に頼らざるをえないところがあり、持続できないという判断があったのだろうと思う。ということで、ただの飲み会だと思って参加したのに、かなり深刻な現実をつきつけられたような感じがした。ところで、朝はずっとフィギュアスケートを見ていた。コーエンとスルツカヤの転倒は必然的なものだという気がする。最初から、いかにもコケそうな感じがした。荒川さんは、日本の予選がシビアだったので、無欲になれたのだと思う。実際に、最終予選では村主さんに負けたし、浅田という子供にも負けたのだし、人気では安藤さんに負けていたのだから、自分がやらねばというプレッシャーがなかったし、個人的な欲望はきれいに抑えることができていたのだろう。これは仏教的な境地だといえる。すごいことだ。

02/25
土曜日。昨年末から書き続けてきた青春小説第一弾。1月末に草稿が完成して編集者に一度見せ、意見を聞いた上で、修正の作業を続けていたのだが、ようやく完成。これでしばらく手が離れる。青春小説第二弾の方は、出だしの部分ができている。いろいろ迷ったのだが、この出だしの部分をそのまま活かして続きを書くことにしている。けっこういいファーストショットだと思っている。

02/26
日曜日。何ごともなし。

02/27
大学がないので生活にゆとりがある。昨日、青春小説第一弾の最終原稿を編集者にメールで送った。届いたという返事が来たので、作業は完了である。昔は原講をプリントして郵送したものである。これは高齢の編集者がパソコンを扱えなかったからだが、若い編集者の場合はメールで送るので、プリントする必要もない。つまり最終完成原稿はわたしの手元には存在しないことになる。もちろんパソコンの中にはあるのだが、これはデータにすぎない。これに校正の作業が加わるので、最終的な原稿は、印刷所のサーバーの中だけに存在することになる。何だかなあ、という気持ちである。

02/28
月末である。担当編集者からのメールで、青春小説第一弾(まだタイトル未定)は入稿されることになった。やれやれ。まあ、明日から気持ちを切り替えて、第二弾に集中したいところだが、まだ「お父さんの算数」のチェックがある。それから、数日前から「日蓮」の資料を読み始めている。次の歴史小説を何にするか、まだ決めたわけではない。「空海」のあと、時代の順番でいけば薬子とか、在原業平とか、紫式部など、書きたいテーマはいろいろある。編集者の提案は日蓮で、これでは時代が飛びすぎる。実はその時代のことはよく知らない。わたしがこれまでに書いたのは崇神天皇から源頼朝までで、日蓮はそのずっと先である。何年か前にテレビで北条時宗をやっていた。そこにいかにも俗物ふうの日蓮が出てきた。テレビを見たのでだいたいの時代背景はわかっているが、政治や経済の背景を調べないといけない。小説を書くのに必要なのは、その時代の生活の細部と、脇役となる人物のキャラクターだ。空海の場合、橘逸勢、勤操、坂上田村麻呂など、ユニークなキャラクターを描くことができた。頼朝の時は、西行と門覚という、主人公以上に面白い人物がいた。いつか西行を主人公にして書きたいと思っている。さて、日蓮の時代の人物は、時宗の他には、誰も知らない。親鸞は老人だったが、どうにか同時代を生きている。小説だから、親鸞と日蓮が対決するシーン、みたいなものを書くと面白くなるだろう。というようなことを考えていると、青春小説に集中できないが、いろいろなことを同時並行的に進めていきたい。明日(3月1日)夕方の5時からNHKのラジオに生出演する。テーマは犬なので、亡き愛犬について語ることになるのだろうが、泣かずにしゃべれるか心配である。


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