期間経過後の相続放棄

弁護士(ホーム)遺言、相続法律相談
2015.5.26mf更新
相談:3か月経過すると相続放棄できないか
私の父は、約30年に前に家を出て、他の女性と暮らしていました。私と弟は、市役所で働いた母に育てられ、成人しました。母は、父と離婚もせず、私たちを育ててくれました。
私たちは、父の噂は聞いていましたが、没交渉できました。昨年、父が亡くなったとの話がありました。
1週間ほど前になり、銀行から内容証明郵便が送られてきました。それによると、父は約1億円の保証人になっているとのことでした。父の遺産は、マンションの持分(時価約2000万円)だけです。このマンションの持分は、生前、父は、同居している女性に贈与しています。
私は、相続放棄をしたいのです。市役所の法律相談では、「父の死亡および自分が相続人であることを知ったときから、3か月を経過しているので相続放棄ができない」と言われてしまいました。

回答:例外がある
あなたの父の法定相続人は、あなた、あなたの母、あなたの弟の3人です。債務はこの法定相続人に承継されます。
これを免れるには、父の死亡および自分が相続人であることを知ったときから、3か月以内に相続放棄ないし限定承認をする必要があります(民法915条1項)。
先順位の相続人が相続放棄をしたために相続人となった後順位の相続人は、先順位の相続人の相続放棄により自分が相続人となったことを知ったときから3か月間相続放棄できます。この期間を熟慮期間と言います。
3ヶ月を経過すると相続放棄できません。しかし、この規定を厳格に 解釈すると、非常に過酷な結果となります。本件の場合がそうです。
これを緩やかに解釈する判例が現れています。最高裁は、「@相当な理由がある場合には、民法915条1項所定の期間は、A相続人が相続財産の全部若しくは一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべかりし時から起算する」と判決しました。
条件は、2つあります。 以上の場合は、被相続人の財産(債務)を知った時点から3か月の期間は進行します(なお、相続放棄ができる)。 離婚などのため被相続人と疎遠になっていたことが相当の理由になることが多いです。被相続人の財産を知らなかった点についても、全く知らなかった場合は、条件を満たす(なお、相続放棄を認める)ことが多いです。
しかし、遺産の一部を知っていた場合は、どうか、さらに、相当な理由とは何かなどについて、説もわかれ、判決も統一されていません。
そこで、あなたのケースでは、今からでも相続放棄が認められる可能性があります。債務の存在を明らかにした内容証明郵便が届いた日から計算できるかも知れません。
すぐに家庭裁判所に対し、相続放棄申述をするとよいでしょう。家庭裁判所で、却下されたら、2週間以内に高等裁判所に対し即時抗告するとよいでしょう(家事事件手続法86条1項)。
下に挙げた判例でも、家庭裁判所は相続放棄の申述を却下したが、高等裁判所は認めてくれました。あなたの場合、今からでも、相続放棄が認められる可能性はあります。 管轄裁判所は、被相続人の住所地の家庭裁判所です(家事事件手続法201条1項)。
そこで、駄目で元々の気持ちで、家庭裁判所に相続放棄の申立をして、却下されたら、高等裁判所に即時抗告してください。認められる可能性があります。
錯誤で自分が相続人であることを知らなかった場合も、錯誤解消時から、3か月の期間は進行するとの判決もあります。 すぐ弁護士に相談してください。ただし、相続放棄申述は、一応の基準で受理されますので、後で、裁判で、相続放棄の受理が無効とされる場合があります 。
なお、熟慮期間内であれば、相続放棄期間延長申立はできます。

民法
第915条 〔承認・放棄の期間〕
相続人は、自己のために相続の開始があつたことを知つた時から3箇月以内に、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。但し、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によつて、家庭裁判所において、これを伸長することができる。
相続人は、承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる。
第916条 〔同前〕
相続人が承認又は放棄をしないで死亡したときは、前条第1項の期間は、その者の相続人が自己のために相続の開始があつたことを知つた時から、これを起算する。


3か月経過後の相続放棄についての判例
  1. 最高裁昭和59年4月27日判決(判例タイムズ528号81頁 )
    熟慮期間は、原則として、相続人が前記の各事実を知つた時から起算すべきものであるが、 相続人において相続開始の原因となる事実及びこれにより自己が法律上相続人となつた事実を知つた時から3か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかつたのが、相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、このように信ずるについて相当な理由がある場合には、民法915条1項所定の期間は、相続人が相続財産の全部若しくは一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべかりし時から起算するのが相当である(判例時報1116ー29) 。
  2. 東京高裁昭和63年1月25日決定(東京高等裁判所判決時報民事39巻1〜4号1頁)
    右認定の事実によれば、抗告人は、卯平の死後その相続すべき積極財産については他の共同相続人と連絡をとるなどしてその有無、状況並びに抗告人において相続でき るものであるかどうかを容易に調査することができたものといえるが、消極財産については卯平の本件保証債務は第三者間の求償金債務についてのものであり、かつ抗告 人は卯平からその生前右債務の存在を知らされていなかったこと、同人と抗告人は平素疎遠な状態にあったことなど諸般の事情からみて、昭和60年2月下旬栃木県信用 保証協会の係員から卯平に対する本件保証債務の存在について説明を受けるまで、あるいは同年4月6日本件訴状副本の送達を受けるまではその存在を調査しこれを認識 することが著しく困難であって、抗告人において消極財産(相続債務)が存在しないと信ずるについて相当な理由があったと認められるから、民法915条1項本文に規 定する3か月の熟慮期間は、遅くとも抗告人が本件訴状副本の送達により本件保証債務の存在を認識しうべかりし時であった昭和60年4月6日から起算すべきものと解 するのが相当である。
    しかしながら、抗告人の本件相続放棄の申述は、右熟慮期間を徒過した後の昭和61年5月13日になされたものであるから不適法であり却下を免れないといわなけれ ばならない。
  3. 広島高裁昭和63年10月28日決定(家庭裁判月報41巻6号55頁)
    被相続人の死亡の事実及び自己が法律上相続人になつた事実を知つたときから3か月の熟慮期間経過後にされた相続放棄申述受理申立てを却下した審判に対する即時抗告審において、申述人らは被相続人と別居後その死亡に至るまで被相続人との間に全く交渉がなかつたこと及び被相続人の資産や負債については全く知らされていなかつたこと等によれば、申述人らが、被相続人の死亡の事実及びこれにより自己が相続人となつたことを知つた後、債権者からの通知により債務の存在を知るまでの間、これを認識することが著しく困難であつて、相続財産が全く存在しないと信ずるについて相当な理由があると認められるとして、原審判を取り消し、申述を受理させるため事件を原審に差し戻した
  4. 仙台高等裁判所平成7年4月26日決定(家庭裁判月報48巻3号58頁)
    続放棄の申述は,被相続人の死亡後1年9か月余りを経過した後のものであることは明らかである。
    しかしながら,上記事実によれば,抗告人らは,被相続人の生前から,被相続人名義の不動産の一切を長男一基が取得することで合意していたものであって,被相 続人の死亡後も,当然にその合意のとおり長男一基に権利が移転するものと考え,自らが取得することとなる相続財産は存在しないものと考えていたことが窺えるのであ って,「相続分不存在証明書」はその手続のために用いられたに過ぎないものというべきであるから,抗告人らにおいては,被相続人の死亡により,被相続人名義であっ た不動産が相続の対象となる遺産であるとの認識はなかったもの,即ち,被相続人の積極財産及び消極財産について相続の開始があったことを知らなかったものと認める のが相当である。
    そうすると,抗告人らは,大山信用金庫を原告とする上記事件の訴状の送達により,相続人として,相続の対象となる被相続人の債務の存在を初めて認識するに至 ったものであるから,同訴状の送達の時をもって「自己のために相続があったことを知った時」と解するのが相当であり,抗告人らの相続を放棄するか否かの熟慮期間は,同訴状の送達を受けた日から進行するものというべきである。
  5. 名古屋高等裁判所平成11年3月31日決定 (判例タイムズ臨時増刊1036号190頁)
    本件は,抗告人の父冬木健吾(以下「被相続人」という。)が平成5年2月24日死亡し,その三男でかつ相続人である抗告人は,その当日右死亡 の事実を知り,また当時遺産として不動産が存在することも知っていたが,自分は生前贈与を受けており,かつ被相続人の死亡後ではあるが共同相続人の間で,二男の冬 木理が跡を取り,被相続人の妻冬木貞子の面倒もみる旨の話し合いがなされたこともあって,自己が取得すべき相続財産はないものと考え,相続に関してはすべて理にま かせていたところ,その後5年以上経過した平成10年10月13日頃になって債権者株式会社甲から,催告を受けて,初めて被相続人が有限会社乙商店(代表者は理) のために多額の連帯保証をしていることを知ったと主張して,平成11年1月6日本件申述をしたが,原審は,抗告人は死亡の時点で,被相続人の不動産の存在を認識し ていたから,熟慮期間は右積極財産の一部の存在を知った被相続人死亡時点から起算すべきであり,本件申述は熟慮期間経過後の申立であるから不適法であるとしてこれ を却下する旨の審判をした事案であると認められる。
    しかし相続人が被相続人の死亡時に,被相続人名義の遺産の存在を認識していたとしても,たとえば右遺産は他の相続人が相続する等のため,自己が相続取得すべき遺 産がないと信じ,かつそのように信じたとしても無理からぬ事情がある場合には,当該相続人において,被相続人名義であった遺産が相続の対象となる遺産であるとの認 識がなかったもの,即ち,被相続人の積極財産及び消極財産について自己のために相続の開始があったことを知らなかったものと解するのが相当である
    そうすると,右の点についての判断をせずに,直ちに本件(相続放棄)申述を却下した原審判は相当ではないというべきである。
  6. 東京高等裁判所平成12年12月7日決定(判例タイムズ1051号302頁)
    抗告人は、自らは被相続人の積極及び消極の財産を全く承継することがないと信じ、かつ、このように信じたことについては相当な理由があったのであるから、抗告人において被相続人の相続開始後所定の熟慮期間内に単純承認若しくは 限定承認又は放棄のいずれかを選択することはおよそ期待できなかったものであり、被相続人死亡の事実を知ったことによっては、未だ自己のために相続かあったことを 知ったものとはいえないというべきである。
    そうすると、抗告人が相続開始時において本件債務等の相続財産が存在することを知っていたとしても、抗告人のした本件申 述をもって直ちに同熟慮期間を経過した不適法なものとすることは相当でないといわざるを得ない。なお、抗告人は、後に、相続財産の一部の物件について遺産分割協議 書を作成しているが、これは、本件遺言において当然に一郎へ相続させることとすべき不動産の表示が脱落していたため、本件遺言の趣旨に沿ってこれを一郎に相続させ るためにしたものであり、抗告人において自らが相続し得ることを前提に、一郎に相続させる趣旨で遺産分割協議書の作成をしたものではないと認められるから、これを もって単純承認をしたものとみなすことは相当でない。
    そして、抗告人は、平成12年6月17日に至って住宅金融公庫から催告書の送付を受けて初めて、本件債務を相続すべき立場にあることを知ったものであり、上記認 定の経過に照らすと、それ以前にそのことを知らなかったことについては相当な理由があるものというべきてあるから、同日から所定の熟慮期間内にされた本件申述は適 法なものである
  7. 高松高裁平成13年1月10日決定(家庭裁判月報54巻4号66頁)
    抗告人は,平成12年11月20日まで被相続人に高額の相続債務が存在することを知らず,そのことに相当な理由があるから, 民法915条1項所定の熟慮期間は同日から起算すべきである旨主張する。
    しかし,民法915条1項所定の熟慮期間は,遅くとも相続人が相続すべき積極及び消極財産(相続財産)の全部または一部の 存在を認識した時または通常これを認識しうべき時から起算すべきである(最判昭和59年4月27日・民集38巻6号698頁)。
    そして,前示1引用の原審判理由説示及び一件記録によると,抗告人は,被相続人の死亡をその当日に知り,それ以前に被相続 人の相続財産として,宅地約68.83平方メートル,建物約56.30平方メートル,預金15万円があることを知っていたといえ るから,抗告人は被相続人の死亡の日にその相続財産の一部の存在を認識したものといえる。
    そうすると,民法915条1項所定の熟慮期間は,被相続人の死亡の日である平成9年3月6日から3か月であるといえるから, 同期間経過後になされた本件相続放棄の申述は不適法である。
  8. 大阪高裁平成13年10月11日決定(判例時報1770号106頁 )
    抗告人らは、遅くとも平成12年8月18日又はその後の数日中に、被相続人について相続開 始の原因たる事実及び自分たちが法律上相続人となった事実を知ったものと認められる。
     イ 次に、抗告人らの被相続人に相続財産(債務)があることの認識について検討するに、抗告人らは、遅くとも、平成12年8月18日に受領した乙田株式会社からの前記通知書によって、被相続人に債務があることも知ったというべきである。
     抗告人らは、高齢であり、法律知識にも疎いなどと主張する。しかし、被相続人が丁山及び戊野から金員を借り受けた際、連帯保証 人となったことがあり、その債務額を自らが確認し弁済をしたことがあるのである。したがって、乙田株式会社からの上記通知の内容 を理解できなかったとは考えられない。
     ウ そうすると、相続放棄の期間は、乙田株式会社からの通知書を受領したときから起算すべきであり、このときから3か月以上を 経過した平成13年3月26日にした本件相続放棄の申述は、抗告人らのその余の主張について判断するまでもなく、不適法であって 却下を免れない。
  9. 東京高等裁判所平成14年1月16日決定(家庭裁判月報55巻11号106頁)
    相続の承認又は放棄に係る3か月の熟慮期間は,原則として,相続人が相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事 実を知った時から起算すべきものであり,相続人が上記各事実を知った場合であっても,その時から3か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかった原因が,被相続人の 生活歴,被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の事情からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって,相続人にお いて自己が相続すべき遺産がないと信じたためであり,かつ,そのように信じるについて相当な理由があると認められるときには,当該熟慮期間は相続人が自己が相続す べき財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である(最高裁判所昭和59年4月27日第二小法廷判 決・民集38巻6号698頁参照)。
    これを本件についてみるに,抗告人らは,被相続人が死亡した直後である平成10年1月9日ころ,被相続人が所有していた不動産の存在を認識した上で他の相続人 全員と協議し,これを長男である抗告人及川陽一に単独取得させる旨を合意し,同抗告人を除く他の抗告人らは,各相続分不存在証明書に署名押印しているのであるから, 抗告人らは,遅くとも同日ころまでには,被相続人に相続すべき遺産があることを具体的に認識していたものであり,抗告人らが被相続人に相続すべき財産がないと信じ たと認められないことは明らかである。
    抗告人らは,要するに,相続人が負債を含めた相続財産の全容を明確に認識できる状態になって初めて,相続の開始を知ったといえる旨を主張するものと解されるが, 独自の見解であり,採用することはできない。
    (3) そうすると,本件において,抗告人らは,遅くとも,遺産分割協議をした平成10年1月9日ころまでには,被相続人の遺産の存在を認識し,自己のために相 続の開始があったことを知ったといわざるを得ないから,民法915条所定の3か月の熟慮期間は,同日の翌日を起算日として計算すべきであり,抗告人らがした平成1 3年10月24日付けの本件各相続放棄の申述は,明らかに熟慮期間を経過した後にされたものである。
  10. 東京高等裁判所平成19年8月10日決定(家庭裁判月報60巻1号102頁 )
    抗告人は,平成5年×月×日,抗告人の夫Cの死亡に伴い遺産分割協議をし,被相続人が本件相続財産及 び現金100万円を取得したことを知っていたもので,平成17年12月17日の被相続人の死亡という相続開始の原因たる事実を知 った時点で,自己が相続人となったこと及び被相続人には本件相続財産が存していることを知っていたとみられる。
    しかしながら,相続人において相続開始の原因となる事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知った時から3か 月以内に限定承認又は相続放棄をしなかったのが,相続財産が全く存在しないと信じたためであり,かつ,被相続人の生活歴,被相続 人と相続人との間の交際状況その他諸般の事情からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情が あって,相続人において上記のように信ずるについて相当な理由がある場合には,民法915条1項所定の期間は,相続人が相続財産 の全部又は一部の存在を認識した時又はこれを認識し得べかりし時から起算するのが相当である(最高裁昭和59年4月27日判決・ 民集38巻6号698頁)。
    そして,上記判例の趣旨は,本件のように,相続人において被相続人に積極財産があると認識していても その財産的価値がほとんどなく,一方消極財産について全く存在しないと信じ,かつそのように信ずるにつき相当な理由がある場合に も妥当するというべきであり,したがって,この場合の民法915条1項所定の期間は,相続人が消極財産の全部又は一部の存在を認 識した時又はこれを認識し得べかりし時から起算するのが相当である。
    これを本件についてみるに,抗告人は,平成17年12月17日の相続開始の時点で,被相続人には本件相続財産が存していること を知っていたが,本件相続財産にほとんど財産的価値がなく,一方被相続人に負債はないと信じていたものであり,かつ抗告人の年齢, 被相続人と抗告人との交際状況等からみて,抗告人においてそのように信ずるについては相当な理由があり,抗告人が被相続人の相続 債務の存在を知ったのは,早くとも平成18年4月20日以降とみられるから,本件の場合,民法915条1項所定の期間は,同日か ら起算するのが相当である。
    そして,抗告人は,平成18年6月20日,本件相続放棄申述をしたものであるところ,上記申述は,上記の同年4月20日から 3か月の熟慮期間内に行われたものであるから,適法なものというべきである。
  11. 仙台高等裁判所平成19年12月18日 決定(家庭裁判月報60巻10号85頁)
    相続人は,自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月以内に単純若しくは限定の承認又は 放棄をしなければならないが(民法915条1項本文),相続人において相続開始の原因となる事実及びこれにより自己が法律 上相続人となった事実を知った時から3か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかったのが,相続財産が全くないと信じたため であり,かつ,このように信じるについて相当な理由がある場合には,民法915条1項所定の期間は,相続人が相続財産の全 部若しくは一部の存在を認識したとき又は通常これを認識しうべかりし時から起算するのが相当である(最高裁判所昭和59年 4月27日第二小法廷判決・民集38巻6号698頁参照)。
    また,相続人が未成年者の場合にあっては,財産管理能力のない 未成年者を保護する見地からして上記熟慮期間の起算日である相続人の認識については法定代理人の認識によって判断するのが 相当である。
    しかるところ,上記1で認定した事実によれば,抗告人の法定代理人であるCは,被相続人の基金に対する保証委託債務 を連帯保証していたものであり,平成19年1月×日ころには基金から連帯保証債務の履行を求められているのであるから,そ のころには被相続人が住宅ローンを完済しないまま死亡した事実を認識することができたとみる余地もないわけではない。
    しかし,Cは,連帯保証債務の履行を求められても,基金に問い合わせなどもしないまま放置しており,本件通知を受け るに至って,初めて,抗告人の親権者として相続放棄の申述受理の申立てをしているところ,Cがこの時点で抗告人につき相続 放棄の手続をしたのは,Cにおいて,被相続人と離婚した後は本件家屋はB家が実家として維持していくものと考えており,被 相続人の生前に本件家屋が競売によって売却されたことも知らなかったし,仮に住宅ローン債務が残っていたとしてもこれは住 宅ローンを組んだ時点で被相続人が加入した団体生命保険によってすべて完済されていると考えていたためであったことが認め られ,そうすると,Cは,抗告人の法定代理人として本件通知を受領したことにより,初めて抗告人が相続する被相続人の債務 があることを認識するに至ったものと認めるのが相当である。
    そして,Cは,定職に就かず酒を飲んではCに乱暴することなど が原因となって被相続人と離婚し,その際の離婚協議書の作成により,離婚後は子ども3名を含め,完全にB家とは切り離され たものと考え,被相続人を含むB家の人間と接触せず,住宅ローン債務はB家で処理することになっていたことなどを勘案する と,本件通知を受領するまで抗告人が承継する被相続人の債務があることなどについて十分な調査をしなかったことにはやむを 得ない事情があったものというべきである。
    以上検討したところによれば,抗告人の法定代理人であるCが,平成19年6月×日ころ基金から本件通知を受けるまで は被相続人には何ら相続財産がないと考えていたことについては相当な理由があったものというべきであり,したがって,本件 通知の受領から3か月以内にされた本件相続放棄の申述は受理するのが相当というベきである。
  12. 高松高等裁判所平成20年3月5日決定(家庭裁判月報60巻10号91頁)
    これを本件についてみると,前記のとおり,Dは,被相続人死亡後間もない時期に本件農協○○支所を訪れて被相続人の本件農 協に対する債務の存否を尋ね,同債務は存在しない旨の回答を得,そこで,抗告人らは本件農協における被相続人名義の普通貯金の解 約や出資証券の払戻しの手続を執るなどしたものであるが,それは,抗告人らにおいて同債務が存在しないものと信じたことによるも のであり,それゆえに,抗告人らは被相続人死亡時から3か月以内に限定承認又は放棄の申述受理の申立てをすることもなかったもの と認められる。
    こうした事情に照らせば,抗告人らは本来の熟慮期間内に被相続人の本件農協に対する債務の有無及び内容につき調査を尽くし たにもかかわらず,本件農協の誤った回答により同債務が存在しないと信じたものであって,後に本件農協からの通知により判明した 被相続人の本件農協に対する保証債務の額が残元金7500万円余という巨額なものであることからすれば,上記のような抗告人らの 被相続人の遺産の構成に関する錯誤は要素の錯誤に当たるというベきである。
    そうすると,抗告人は,錯誤を理由として上記財産処分及び熟慮期間経過による法定単純承認の効果を否定して改めて相続放棄 の申述受理の申立てをすることができるというべきであって,抗告人が平成19年9月×日ころに本件農協からの通知を受けて被相続 人の債務の存在を知った時から起算して3か月の熟慮期間内にされた本件の相続放棄の申述受理の申立ては適法なものとしてこれを受 理するのが相当である
  13. 大阪高等裁判所平成21年1月23日判決(判例タイムズ1309号251頁)
    上記認定事実によれば,控訴人は,春男が死亡した平成15年3月25日には,相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知 ったと認められ,その後,夏子や冬男に聞くなり,自ら調査することによって,春男の相続財産の有無及びその状況等を認識又は認識することができるような状況にあっ た(少なくとも春男に相続財産が全くないと信じるような状況にはなかった)というべきであり,したがって,熟慮期間内に相続放棄又は限定承認をすることが可能であ ったというべきである。
    のみならず,控訴人は,熟慮期間経過後の平成15年12月25日,夏子や冬男に言われたとはいえ,本件遺産分割協議に応じて,春男に積極財産及び消極財産(約7 623万5200円の債務)があることを認識して,これらの一部を相続した上,本件土地について相続登記を経由し,夏子の管理の下とはいえ本件マンションの賃料を 収受したほか,控訴人の固有財産からも相続債務の弁済をしていたものである。
    そうであれば,控訴人が被控訴人の本件訴訟提起まで本件債務の存在を知らずにいて,かつ,本件債務を加えると控訴人が本件遺産分割協議によって相続した消極財産 が積極財産を上回り,当事者間で本件遺産分割協議が無効になったとしても,控訴人は,遅くとも本件遺産分割協議の際には,春男に積極財産のみならず多額の債務があ ることを認識し,これに沿った行動を取っていたといえるのであって,このような事情に照らせば,控訴人について,熟慮期間を本件訴状が控訴人に送達された日から起 算すべき特段の事情があったということもできない。
    (4)したがって,控訴人がした相続放棄の申述は相続開始から3か月を経過した後にされたもので,その受理は効力を有しないものというべきである。
  14. 東京高等裁判所平成22年8月10日決定
    しかし,抗告人の上記回答によると,手紙は面識もない人からというものであり,その内容も,被相続人が死亡したということを聞いたというものであって,相 続財産についての認識があったというものではない。また,関連事件(東京家庭裁判所平成21年(家)第×××号)の記録によれば,Hは,抗告人とともに別件訴訟の 被告となっている者であり,抗告人の相続放棄の申述の受理を認めるか否かについて利害関係を有する者であるから,同人が原審の裁判所事務官に述べた内容が真実であ るかどうかは,慎重に判断されるべきものであるし,抗告人の上記回答内容の信ぴょう性についても,抗告人と被相続人との間及び抗告人とHとの間の交友関係が従前ど のようなものであったかなどについて明らかにした上で,判断すべきである。これらも,別件訴訟等において審理判断されるべき問題である。
      (3) したがって,抗告人の相続放棄の申述を却下すべきことが明らかであるとはいえず,本件申述は,これを受理するのが相当である。
2000/9/8
港区虎ノ門3丁目18-12-301(神谷町駅1分)河原崎法律事務所 弁護士河原崎弘 3431-7161