プッチーニ:『蝶々夫人』
第3章 ミラノ・スカラ座での世界初演版

ロジーナ・ストルキオ(1904年)
「(手紙を手に取り)唇に・・・(第2幕:左)。」(Teatro del Giglio 2004-5より)
「名誉を守って生きることができない者は、名誉をもって死すべし(第2幕:右)。」
ディーター・シックリングは次のように書いています。
「プッチーニは1903年12月27日に楽譜を完成させました。その数週間前、リコルディ社は歌手が各自のパートを覚えるために必要なヴォーカル・スコアの浄書作業に着手しましたが、その完成は1904年1月末にまでずれ込んでしまいました。そのため長い間、リハーサルは個別の印刷譜を用いて行われていたのですが、それらの中には不正確な箇所もいくつか見受けられたのでした(
“The So-Called Versions of 'Madama Butterfly'” by Dieter Schickling and
Robert Vilain )。」
1904年2月17日にスカラ座で世界初演されたオリジナルの2幕版(第1版)は、初演が大失敗に終わったことで予定されていた上演は中止となりました。プッチーニはこの譜面を回収したとされています。この第1版(オリジナル版)は近年復元作業が行われ、いくつか録音もされていますので、初演時に『蝶々夫人』がどんな形だったかを知ることができます。リコルディ社のホームページにはオリジナル版の復元作業を依頼された音楽学者ジュリアン・スミスへのインタビューが掲載されています(2016年11月28日付)。オリジナル版と改訂版の違いは何ですか?という質問に対して次のように答えています。
「全てを挙げると時間がかかるのですが、ミラノ公演とブレシア公演の最も重要な違いの一つは蝶々さんの登場曲で、これは第1幕の愛の二重唱のフィナーレでも再利用されています。この曲の中でプッチーニは意図せず『ラ・ボエーム』第3幕の四重唱の数小節と非常によく似たフレーズを使ってしまったのです。初演の観客と批評家はこれに気づき、プッチーニはそれを変更せざるを得ませんでした。また、他の箇所でもこのフレーズが再び出てくるためそこも修正しています。さらにプッチーニは酔っ払ったヤクシデ叔父が歌う短いアリアも入れていましたが、ミラノ公演後にこれをカットしています。第2幕第1部の終盤でプッチーニは一部カットを加え、幕を下ろすためにハミングコーラスの終わらせ方を変更して間奏曲へと移行しています。ミラノの初演では、第2幕は幕が上がったまま約80分間続くのですが、その間、蝶々さんはほぼ全幕舞台上にいることになっていたのでした(オリジナル版の第1幕は約55分です)。
オリジナル版の第1幕と第2幕の長さは、当時のイタリア・オペラとしては異例でした(ヴェルディ自身、『オテロ』第1幕が42分とは長すぎると考えていたことを思い出してください!)。オリジナル版と「通常」版のもう1つの重要な違いは、ピンカートンと、程度は低いもののケイトの人物像にあります。最初のバージョンでのピンカートンは日本人に対して無礼で傲慢です。彼は蝶々さんの召使いを侮辱しています。さらに結婚式の招待客に振る舞われた日本料理を嘲笑し、概して粗野な振る舞いを見せています。さらに、蝶々さんと対面するケイトは、子供を手に入れることしか頭にありません。最初のバージョンでは、ピンカートン夫妻は必ずしも伝統的なアメリカの価値観を体現しているわけではありませんが、1906年のパリ公演までのプッチーニの改訂によって、彼らの性格は和らげられています。」
現在ではワーグナーの楽劇などひとつの幕で1時間半を超えるオペラは沢山ありますので、長いからダメなオペラだと決めつける人はないでしょう。『蝶々夫人』にしても、現在では第2幕と第3幕の間に休憩を入れずに続けて演奏される方が多いかもしれません。
なお、この復元作業によって完成されたオリジナル版(第1版)の世界初演は、1982年末にヴェネツィアのフェニーチェ劇場で行われています。スミス氏は残された自筆譜などから修復作業をしているため、どの時点で削除したものか確定できない(つまり、第1版から削除したか、第2版から削除したかなど)こともあったようです。第1版のCDには下記の録音があります。
■ チャールズ・ローズクランス指揮ハンガリー国立管弦楽団、マリア・スパカーニャ(S:蝶々さん)1995年
*3種の版による全曲演奏が収録されています(初演版、ブレシア版、パリ版)。
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ギュンター・ノイホルト指揮ブレーメン州立フィルハーモニー管弦楽団、スヴェトラーナ・カチュール(S:蝶々さん)1997年
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リッカルド・シャイー指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団、マリア・ホセ・シーリ(S:蝶々さん)2016年
リッカルド・シャイーは、2016年12月7日にミラノ・スカラ座で映像収録していますが、1904年の初演の際に用いたこの初演版(第1版)での上演に対して大ブーイングを浴びせたスカラ座が112年ぶりにその版を使用して演奏したことになります。シャイーはこの初演版を採用することについて次のように語っています。
「それら(第1幕のカットされた部分)は、多くの場合、日本人を描写するような役割を果たしていますが、それを取り除くとオペラのドラマ性が大きく損なわれてしまいます。ピンカートンの日本人に対する冷笑的な態度は、オリジナル版の方がはるかに明確です。しかし、それだけではありません。酔っぱらいの叔父であるヤクシデが演じる短い抒情的な歌曲を復活させたのには、正確な目的があります。それはボンゾが登場して、家族全員から勘当された蝶々さんを罵るシーンとは対照的な、ひとときの明るさを提供することです。これは劇的な色彩の変化であり、最も明るく遊び心のある瞬間から最も悲劇的な瞬間への転換なのです。」
「第2幕の最後で、悲劇を知らず知らずのうちに引き起こしているアメリカ人妻ケイト・ピンカートンは、その後のバージョンで登場するような傍観者ではなくなっています。ケイトが子供の世話を申し出る蝶々さんとの出会いで、彼女は力強いドラマティックなリアリズムを獲得しています。ケイトの積極的な存在は、ピンカートンの臆病さを強める役割を果たしているのです。」
「オリジナル版の2幕構成でピンカートンが後悔の念を歌うアリアが省かれたことで、より残酷なドラマが生まれます(以上、シャイー指揮の『蝶々夫人』DVDの解説)。」
しかし、シャイーはこの第1版と通常演奏される版の優劣を論じることはせず、「私はこのバージョンには満足しています。また信じています。しかし、2つのバージョンはどちらも同等に優れており、彼の天才の唯一無二性を証明しているのです。」とも述べています(2016年12月6日付
The New York Times)。
*参考文献の一覧は≪目次≫をご覧ください。
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