山崎豊子作品のページ


1924年大阪市生、京都女子専門学校(現京都女子大学)卒。新聞社勤務を経て作家。代表作に「白い巨塔」「不毛地帯」「大地の子」あり。2013年09月死去。


1.
沈まぬ太陽(一)(ニ)−アフリカ篇−

2.沈まぬ太陽(三)−御巣鷹山篇−

3.沈まぬ太陽(四)(五)−会長室篇−

4.運命の人(一)(ニ)

5.運命の人(三)

6.運命の人(四)

7.約束の海

   


   

1.

●「沈まぬ太陽(一)(二)−アフリカ篇−」● ★★☆


沈まぬ太陽画像

1999年06月
新潮社刊
上下
(1600円+税)
(1700円+税)

2001年12月
新潮文庫化
(上下)

  
1999/08/11


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本作品は、全5巻となる長編。
その第一部となるこの「アフリカ篇」は、日本を代表する企業において、現代の流刑とも言うべき報復人事が行われていたことを暴いた作品です。

主人公・恩地元は、日本のフラッグ・キャリアである国民航空の組合委員長を勤めた人物。彼は委員長として、航空安全管理および社員の待遇改善のため、ストも辞さず果敢に会社との交渉にあたる。しかし、その結果として委員長辞任後に彼が受けた扱いは、カラチ(パクスタン)、テヘラン、ナイロビと10年にもおよぶ僻地勤務でした。それも僻地勤務は2年限りという内規を無視した、流刑と呼ぶにふさわしい異常な人事です。恩地自身だけでなく、恩地の妻・子供たちも理不尽な行為の犠牲にならざるを得ません。

この左遷人事は決して架空のものではなく、山崎さんがケニアの現地で世話を受けたO氏の事実談だと言います。それも、日本を代表するべき大企業において平然と行われた事実に、空恐ろしさを感じます。
本来、その立場によって相互に議論が展開されるのは、当然のことでしょう。しかし、日本における多くの場合、議論がその場だけのものとして理解されず、人格への誹謗や組織による弾圧に飛躍してしまう傾向があるのではないでしょうか。
企業に所属する個人の無力さを思うとき、同じサラリーマンとして、企業の恐ろしさを感じざるを得ません。

   

2.

●「沈まぬ太陽(三)−御巣鷹山篇−」● ★★

  
1999年07月
新潮社刊

(1700円+税)

2002年01月
新潮文庫化

1998/08/12

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15年前に実際に起きた、 日本航空の御巣鷹山墜落事故を描く一冊。
主人公・恩地元は、帰国後も10年以上窓際族として据え置かれ、今回は遺族世話係、ついで補償交渉係を命じられます。

本篇は「アフリカ篇」にて主人公らが最も危惧していたこと、利益優先の経営方針から生じた必然的結果としての、幾つもの航空事故を象徴する事例として描かれます。
実際に起きた大事故であるだけに、残された遺族の慟哭は胸に迫るものがあり、決して他人事と済ませることはできません。
しかし、この長編の中における位置付けとしては「アフリカ篇」「会長室篇」をつなぐ、付加的なものに過ぎないように思います。

   

3.

●「沈まぬ太陽(四)(五)−会長室篇−」● ★★☆


沈まぬ太陽画像

1999年08月
1999年09月
新潮社刊
上下
(1700円+税)
(1600円+税)

2002年1月
新潮文庫化
(上下)

  
1999/09/26

 
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御巣鷹山事故後、経営刷新という理由で、総理に請われ関西紡績の国見が会長として国民航空入りします。そして、恩地も国見に直に請われ、新設された会長室のスタッフとして加わります。
国見を中心に、真に会社を憂い、体質改善を願う人々の戦いのストーリィを描いたのが、この「会長室篇」

しかし、国見らが努力するほど、利権を握って離さない幹部たち、官僚、政治家と癒着した体質が改善を阻み、厚く立ち塞がる現実が露わになっていきます。主人公たちの奮闘は、まるで蟷螂の斧のように感じられます。
事実として当時、鐘紡から伊藤会長が日航の会長に就任するニュースを知った時、非常に唐突で、異様な印象を受けたことを覚えています。大丈夫なのかな、という懸念を感じましたが、その後伊藤氏は短期間で追われるように日航会長を辞任しました。その背後の事情を当時知る由もありませんでしたが、どこまで事実なのか判断つかないものの、本ストーリィを読むと腑に落ちるものが多くあります。
本書では何人もの有力政治家等が登場しますが、仮名であってもすぐそれと判る人物ばかりなので、非常に現実感があります。その中で、総理のブレーン・龍崎一清という人物については、正直言って、またも出くわしたかという気持ちです。

航空、鉄道と、元々政治家の思惑に左右される業界ですが、それにしても主要幹部が多く利権に手を染めている実態は、想像を絶するものがあります。半官半民、独占企業、それらが、会社に対する責任より自分の利益を追求する体質を生み出していることは明らかです。
「世界で最も危険な動物」、人間を評してのこの言葉は鋭く本篇を貫いていて、脳裏から離れません。

    

4.

●「運命の人(一)(二)」● ★★


運命の人画像

2009年04月
文芸春秋刊

(各1524円+税)

2010年12月
文春文庫化

  

2009/05/18

 

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昭和46年、日本と米国との間で締結された沖縄返還協定
沖縄の日本国復帰という戦後における大きな節目であり、当時の佐橋政権が大きな功績として謳った出来事の裏に、実は大きな秘密が隠されていた。
米国が負担すべき軍用地復元補償費4百万ドルの支払を米国は拒否し、米国が残す資産の買取費として日本が支払う3億2千万ドルの中から信託基金として補償費は支払われるという事実。
その合意内容を佐橋政権は一切秘し、補償費もきちんと勝ち得たということで外交成果を強調した。
その秘事を、人脈、勘の全てを駆使してつかんだ一人の政治記者がいた。毎朝新聞のベテラン記者、弓成亮太

ニュースソースを守るため慎重な記事掲載を崩さなかった弓成だったが、ふとしたことからそれは“外務省機密漏洩事件”として大きな波紋を広げ、自らおよび外務省の女性事務官が逮捕、起訴されるという大きな社会事件に至る。
全4冊となる本作品の第1・2巻は、長年にわたる人脈作りがあって初めて成る政治記者の取材活動がまず語られ、そして逮捕・起訴によって完膚なきまでに叩きのめされ、人間としての誇りも仕事も、家族の平和さえも失わせられる政治記者の姿が描かれてます。
まず冒頭に掲げられた一文、「この作品は、事実を取材し、小説的に構築したフィクションである」に厳粛な重みを感じます。
弓成記者と女性事務官は、外務省の重要な機密を漏洩したとして罪に問われます。
しかしその機密とは何なのか、本来国民に知らすべきことを知らせず、隠していた事実に他ならないのではないか。
弓成記者は何故こうまで徹底的に痛めつけられたのか、それは自らの功績を傷つけられた佐橋総理が怨念を晴らそうとしたことに他ならない。
国家対政治記者、権力対一人の人間、というストーリィ。

沖縄返還という日本にとって喜ばしいニュースは勿論、私にも覚えがあります。しかし、政治経済には当時未だ興味がなかった所為か、本事件については何も記憶がありません。
それでも、佐藤政権後の総理総裁を争った三角大福を初めとする有力政治家がすぐそれと分かる仮名で次々と登場しますので、歴史的な政治ドラマを読むという興奮あり。
そして、捕らえた人間に対して何故こうまで国家権力は残酷になれるのか、また取材・報道はどこまで許されるのか、許されなければならないのか、という問題を考えさせられます。
第2巻では、人間としての誇りを失わされた弓成記者と、彼を守ろうとする弁護団、その外で傷つく弓成の妻、という3者の姿が各々印象に残ります。

それでも第1・2巻は未だ始まりにしか過ぎない筈。この後、もっと大きな物語に発展していく気配が感じられます。
読む前は特に期待していたという訳ではなかったのですが、第2巻を読み終えた今、やはりこれは読むべし!、と思います。

(一)1.外交官ナンバー/2.パリ会談/3.機密文書/4.出頭
(ニ)5.逮捕状/6.起訴/7.潮騒/8.証人

   

5.

●「運命の人(三)」● ★★


運命の人画像

2009年05月
文芸春秋刊

(1524円+税)

2011年01月
文春文庫化

 

2009/06/23

 

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第三巻は裁判が舞台。
第一審、控訴審、そして上告へと、弓成記者の女性事務官=三木昭子への倫理上逸脱した取材行動が“そそのかし”罪に該当するかどうかが争われます。

法廷における弁護側・検事側の論争がかなりの部分を占めますので、ストーリィとしては動きの少ない巻。それでも一応大学で法律を専攻した身ということもあり、法廷論争もそれはそれで面白く読みました。
結局、世間に訴える見掛けと違って裏表の大きい三木昭子という女性の投じた一石によって、弓成は足許をすくわれた結果となります。
そして、父親の死去、稼業の不調という不幸も重なり、自分の居場所を失い自分自身をも見失った弓成はどこまでも落ちていく、という巻。
その弓成に何の詫びも説明もなく放りっぱなしにされた観のある妻=由里子は、家庭の崩壊という苦しい状況の中から自分の道を見い出していく。それを思うと、弓成の振舞いは自分勝手とも、意気地がないとも言えそうです。

いずれにせよ、事件の発覚を描いた第1・2巻と、弓成の再生を描く第4巻を繋ぐ巻であれば、こうした展開はやむを得ないものでしょう。
人間の再生ドラマが描かれる筈の、第4巻へ期待を繋ぐ巻でもあります。

8.証人/9.春遠く/10.明暗/11.控訴審/12.最高裁

  

6.

●「運命の人(四)」● ★★


運命の人画像

2009年06月
文芸春秋刊

(1524円+税)

2011年02月
文春文庫化

  

2009/07/27

  

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最高裁での敗訴、父が一代で築いた家業の廃業と、全てを失い、家族を捨て、最後に宮古諸島の伊良部島へと至った弓成亮太が、島民の温かさ、沖縄の知人に励まされ、再生への道を歩んでいく最終巻。

とはいうものの、本書第4巻の主人公は、弓成というより沖縄と沖縄の人々というべきでしょう。
戦中のみならず戦後も、そして本土復帰後もなお引き続き味わってきた沖縄の悲劇が、本書では脈々と描かれます。
戦後苦労の果てに再び生き返らせた農地を、強制収用の名の下に米軍によって踏みにじられ、農地として破壊されていく様子を目の当たりにする失意、悔しさは、余りに生々しい。
沖縄の人の温かさに慰められ、沖縄の歴史に関心をもつようになった弓成は、やがて戦中〜戦後〜今なお沖縄の人々が味わっている悲劇を取材しノートに書き留めていく。
弓成元記者は、本書においては聞き取り役という役回りです。

ちょうど日系二世部隊の苦闘を語った棄民たちの戦場を読んだ直後の所為か、沖縄の人々もまたもうひとつの“棄民”だったと言うべきではないか、と感じました。
戦争がもたらす傷は、戦争が終わった後もなお長く後を引きずるものであるということを、改めて感じた次第です。

13.沖縄/14.チビチリガマ/15.鉄の暴風/16.OKINAWA/17.土地闘争/18.少女事件/19.ヌチドゥ宝/20.米国立公文書館/21.大海原

      

7.

「約束の海」 ★★


約束の海画像

2014年02月
新潮社刊

(1700円+税)

2016年08月
新潮文庫化

  

2014/03/19

   

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先日逝去された山崎豊子さんの遺作となった未完大作の、完結していた第一部。
1988年、海上自衛隊の潜水艦と遊漁船が衝突し、多数の犠牲者を出した実際の事件を題材に、若き潜水艦乗り=
花巻朔太郎二尉、28歳の苦悩と成長を描いたストーリィです。

本作品の骨子は何かというと、一つは志望大学に落ちて防衛大学には合格していたという単純な動機で入隊した花巻二尉が思いもせぬ海難事故に遭遇して、国を守るということの覚悟を試されるストーリィ。そしてもう一つは、それまで自衛隊に何の関心もなかった民間女性=小沢頼子が、花巻と知り合い、また海難事故の報道を知って自衛隊という存在とはそもそも何なのか?と考えようとするストーリィ、の二重構成。
そして上記の小沢頼子と対照的に、一方的に自衛隊=悪と最初から決めつけて臨む人もいます。いや、むしろその方が大勢なのでしょう。
実際に起きた
“なだしお事件”は、その象徴的なものだったのでしょう。もう20年以上も前の海難事故ですが、山崎さんが冒頭にこの事件をもってきたのは至当のように思えます。

自衛隊とは日本、そして日本国民にとってどんな存在なのか。そもそも自衛隊自体が正しく認識されていない。もっと遡れば、“戦争放棄”という憲法上の言葉だけが独り歩きしていて、戦争の放棄、武力の存在という意味がどういうことなのか、逃げるだけできちんと考えようとしてこなかったことが全て、と思います。
本書で山崎さんは、
「この日本の海を、二度と戦場にしてはならぬ」という強い言葉を記していますが、その為に「戦争を起さないための軍隊」=自衛隊の存在がどれだけ重要か、ということを訴えようとしていたように感じます。
本書末尾に、本書に続く
第二部、第三部の構想が紹介されていますが、それを読むと本書第一部を、過去の作品をも遥かに超えたスケールの大きな物語を山崎さんは構想していたようです。つくづく未完に終わったことが惜しまれます。

※本書を読んで自衛隊に関心を持たれた方にお勧めしたいのは、杉山隆男“兵士シリーズ。それらを読むと、自衛隊だからこその涙ぐましい努力も感じられます。常にその姿勢を問われているからこそ、世界の中でも稀に見る模範的な組織になっているのではないでしょうか。
※ちなみに「戦争放棄」とは何ぞや。侵略戦争がその対象であることは当然のこととして、でも自衛のための戦いまでも放棄している訳ではないと私は思います。端的に言えば、武力を以ての紛争解決を放棄する、ということではないかと考えています。

1.潜水艦くにしお/2.展示訓練/3.衝突事件/4.海難審判/5.去るべきか
/執筆にあたって/「約束の海」、その後−−

      


 

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