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1.炭酸水と犬 2.アパートたまゆら 3.黒蝶貝のピアス 4.苺飴には毒がある 5.マリアージュ・ブラン 6.コーヒーの囚人 |
「炭酸水と犬 Carbonated water and the dog」 ★★☆ | |
2024年11月
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交際9年、同棲して4年目という恋人から、いきなり「もうひとり、彼女ができたんだ」と言われたら、どう反応するのがよいのでしょうか。 現在29歳、30歳の誕生日を迎える迄に結婚と思い描いていた由麻は、その恋人=和佐の言葉に呆然としてしまう。 本作は、その言葉から始まるストーリィ。 「ごめん由麻、ごめん」と何度も言いつつ、結局は自分の好きなように事を通してしまう和佐に由麻はずっと振り回され続けてしまう。 由麻の弱みは、折角9年も交際してきた相手なのに、またこの年齢で今から別の結婚相手を探すのはツライ、という思い。その弱みを突かれた形です。 和佐は自分に優しいといくら由麻が思うとも、和佐という彼氏のずるさは際立っています。 そんな不誠実な相手、さっさと見切ってしまえ、と言いたいところなのですが、由麻はずるずると、和佐とそのもうひとりの彼女であるアサミに押し切られてばかり。 何とアホらしい、馬鹿々々しいと思う他ないストーリィなのですが、恋愛小説にしては登場人物が多彩、かつ人物配置が巧みで、テンポの良さも相まってついつい読まされてしまいます。 勤務先で派遣社員仲間である元モデルの長谷川・23歳、女性社員に手の早く由麻にも露骨に誘いをかけてくる40代社員の志賀、高校同級生で既婚のよしのと未婚の楢崎、そして由麻と気の合う和佐の弟=真先という存在が、由麻と和佐2人だけの閉じたストーリィにならずに済ませていますし、和佐とアサミという2人の傍若無人な振る舞いも苛々させられつつそれはそれで面白い。 多数の登場人物が絡みながら進んでいくストーリィである処が、何といっても本作の魅力。 さて、一体どんな結末になるのか。予想がつかないだけに引きずられてしまうのです。 結末は、かなり愉快で快感あり。予想以上の面白さでした。 ゴタゴタすることが恋愛における醍醐味なら、これぞまさに究極の恋愛小説。 ※「アパートたまゆら」とは対照的なストーリィ。両作を合わせて読むことを、是非お薦め! プロローグ/1.知らないふたり/2.青い夜/3.音楽が、聴こえる/4.恋人の恋人/5.迎えにきてよ/6.パーティの憂鬱/7.犬と雨/8.ふたりの夜明け/ |
「アパートたまゆら Apartment Tamayura」 ★★ | |
2023年05月
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潔癖症の女性、木南紗子・27歳。 親友の飯坂美冬と会って盛り上がり、終電間近だと慌てて店を出たために、部屋の鍵をその店に置き忘れてしまう。 困っていたところを救ってくれたのはアパート隣室の住人、琴引泰而・31歳。 申し出を受け入れて琴引の部屋に一晩泊めてもらうのですが、琴引の態度はこれ以上ない、というくらい紳士的。 それを機に2人の間に交流が芽生え、紗子の琴引に対する恋心が募っていく、というストーリィ。 他作家の作品と比較しては失礼なのですが、つい先日読んだばかりの藤野恵美「きみの傷跡」とよく似た処を感じます。 「きみ」では大学生、初々しい初恋同士という設定から、本作では多少の男女関係を経験している大人同士、気持ちを抑えながらの恋愛進展、へのバージョンアップという印象。 じれったいように中々進まない2人の関係に、高校時代の写真部仲間が強引に割り込んで来ようとして邪魔したり、相手に他の異性の影を見つけて動揺したり、等々。 まぁそんなじれったさも、恋愛最中の楽しさかもしれません。 という訳で、出来過ぎのようなアパート隣人同士のラブストーリィを、全頁を通して堪能しました。 恋愛小説好きの方には、お薦め。 ※「番外編」の主人公は、紗子の親友である飯坂美冬。 プロローグ/1.出会う/2.気づく/3.告げる/4.染まる/5.決める/6.重なる/7.燃やす/エピローグ/番外編.追いかける |
「黒蝶貝のピアス(くろちょうがい) Blacklip Shell Earrings」 ★★ | |
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要は、最近多い、シスターフッド小説のひとつなのですが、登場人物の設定が良く、そのうえストーリィ運びも良いので、ついつい惹き込まれてしまいます。 存分に面白かった、読後感も爽快です。 町川環、25歳。電子機器メーカーに勤めていたが、嫌な目に遭い退職、小さなデザイン会社に転職します。環、かつてアイドルを目指していたが果たせず。転職先は、かつて憧れたあの人がいる筈の処。 環の転職先<スタジオNARI>の社長である戸塚菜理子は36歳。10代の頃ご当地アイドルユニットの一員だったが、辞めた後イラストレーターとして一本立ちし、昨年ようやく法人化した処。 この二人、特に菜理子は一見順調そうですが、二人共にどこか脆くて弱々しいところが感じられます。 だからこそ、この二人、それぞれのストーリィに惹き込まれてしまうのです。 そして、菜理子が思わぬ危機に陥った時、初めて二人が手を取り合い、初めてと言っていいくらい、全力で危機に立ち向かっていく、その展開が何とも気持ちが良いのです。 なお、男女問わず、好感の持てる登場人物もいれば、悪質な登場人物もいるというのは、当たり前なのかもしれません。 しかし、それによって犠牲になるのは、女性の方が圧倒的に多いのではないかと考えさせられます。 砂村かいり作品、今後も期待大です。 邂逅/諦念/屈託/希求/崩壊/伴走 |
「苺飴には毒がある The Strawberry Candy Contains Some Poison.」 ★★ | |
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ミッション系の女子高校に通う寿美子。 近所に住む幼馴染で、毎朝自転車で一緒に登校する友人=れいちゃん(怜子)は、人の悪口を振りまく“毒友”だった。 自分にとっては嫌な人だから近づかない、ということが簡単だし一番の解決策なのですが、幼い頃からの幼馴染で近い存在でもあるため、一方的に突き放すことはできない。しかし、れいちゃんが寿美子のことまで陰で笑いものにしていることもうっすら感じていて、ストレスを否めない。 このれいちゃんという存在は特別ですが、仲の良い友人との関係だったり、ただの同級生との関係であってもいろいろ複雑、厄介な面があることが、寿美子の思いを通して語られて行きます。 いやあ、こんなに厄介だったかな、女子生徒たちだからかなぁと感じてしまうのですが、学生時代はいざ知らず会社の職場では似たようなことがあったかもしれません。 相手が、自分の利害、感情だけで動くからでしょう。 毒に追い詰められるばかりの寿美子でしたが、あることがきっかけとなってモテ女子と仲良くなった処から、寿美子自身が変わっていきます。 気遣いせずに済む相手、自分が自然のままでいられる相手こそ、本当の友達と言えるのかもしれない・・・。 彼女との出会いによって、れいちゃんとの関係の歪さが、寿美子の心にくっきりと浮かび上がってきます。 毒友との、忘れ難い高校の日々を語った回想記。 何と言ったら良いか、始めて読む、複雑な味わいの青春譚です。 序章/1.呼ばれないわたし/2.あの子のメール/3.彼女とキウイ/4.窓の向こうに/終章 |
「マリアージュ・ブラン Mariage blanc」 ★★☆ | |
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多様なセクシュアリティについて、畑野智美「世界のすべて」で読んだばかりでしたが、本作もまた、共にアセクシュアルである男女を主人公にしたストーリー。 奈穂と尊は、高校時代の同級生。共に異性に対する性欲がなく、当時気の合う友人関係だった。3年前に同窓会で再会したことをきっかけに、二人は協力関係を結び結婚に至る。 そうした理由のひとつは、独身でいると恋人は? 結婚は?といろいろ周囲が煩いこと。そしてもうひとつ、本音を打ち明け合える仲間が欲しかったから。 結婚し入籍したけれど、一緒に暮らすマンションの寝室は別々で夫婦の営みはない。そして二人とも、ブラック職場等々の理由から勤めていた会社を退職し、奈穂はオンラインフランス語講師、尊は花屋でアルバイト店員をしている。 ストーリーは、奈穂、尊それぞれの視点から交互に語られます。 二人の関係は夫婦というより友人という風ですが、一緒に暮らしていれば思わぬ事態も生じます。 奈穂の不調で薬の使用が必要になりますが、尊に協力を求めざるを得ない。その場面、生々しく実にリアルです。 また、尊の友人である松尾星夜が度々二人の家を訪ねてくる。この三人の関係もまた、三角関係にあるかのような生々しさを漂わせています。それに気づかずにいるのは尊のみ。 「マリアージュ・ブラン」とは、偽装結婚、という意味だそうです。 では奈穂と尊の関係は、偽装夫婦でしかないのでしょうか。 そんなことはない、と思います。 共に相手を必要とし、一緒に生きていきたいと思うのなら、そこに性関係が無くてもそれはもう“夫婦”に他ならないと思うのです。 本作は、お互いにどこか遠慮を残していた奈穂と尊が、本当の夫婦へと踏みだすまでのストーリー。 大切なのは、伝統的な夫婦の姿を固守することではなく、幸せになれる夫婦の新しい有り様(別姓も含め)を社会として認めることにあると思います。考えてみるうえで是非お薦め。 プロローグ/1.モナムール/2.ガレット・デ・ロワ/3.マリアージュ・ブラン/エピローグ |
「コーヒーの囚人」 ★★ | |
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砂村さん初の短編集、5篇。 ストーリーの鍵となっている訳ではありませんが、いずれの篇にもコーヒーの好き嫌い等について触れられます。 それが好いアクセントになっていると感じられる次第。 今回は短編集ですが、好きだなぁ。 何が?というと、各ストーリーから感じられる空気が、という処でしょうか。 ストーリー内容、決して好ましいものとは言えませんが、そんなことがあっても良いよな、仕方ない、各自が思うままにしたがっている行動だから、と思います。 中でも私が好きなのは「コーヒーの囚人」と「どこかの喫煙所で会いましょう」の2篇。 なお、最後の「風向きによっては」は書下ろし。「コーヒーの囚人」と対になっています。 ・「コーヒーの囚人」:ルームメイトの実果が出て行ったと思ったら、入れ違いに現れた婚約者だという杷野が上がり込み、真波は杷野と同居生活を送ることに・・・。 ・「隣のシーツは白い」:自己肯定感の低い小夜子(29歳)。ヤラれた中年上司の木戸との関係を続ける理由は・・・。 ・「どこかの喫煙所で会いましょう」:プロポーズした有沙から指輪のブランドががっかりと言われた達樹。その有沙から達樹の愚痴ばかり聞かされているセフレの寿。3人の顛末は・・・。 ・「招かれざる貴婦人」:念願の一戸建てを築21年の中古ながら手に入れた希恵夫婦。ところが、前所有者の老婦人が足繁く家にやってくるようになり・・・。 ・「風向きによっては」:駆け出しのフォトグラファーである雅茂、出会ったばかりの女と南の島に逃避行・・・。 コーヒーの囚人/隣のシーツは白い/どこかの喫煙所で会いましょう/招かれざる貴婦人/風向きによっては |