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1.オロロ畑でつかまえて 2.なかよし小鳩組 3.噂 4.誘拐ラプソディー 5.母恋旅烏 6.コールドゲーム 7.神様からひと言 8.メリーゴーランド 9.僕たちの戦争 10.明日の記憶 |
さよならバースディ、あの日にドライブ、ママの狙撃銃、押入れのちよ、四度目の氷河期、サニーサイドエッグ、さよならそしてこんにちは、愛しの座敷わらし、ちょいな人々、オイアウエ漂流記 |
ひまわり事件、砂の王国、月の上の観覧車、誰にも書ける一冊の本、幸せになる百通りの方法、花のさくら通り、家族写真、二千七百の夏と冬、冷蔵庫を抱きしめて、金魚姫、ギブ・ミー・ア・チャンス |
ギブ・ミー・ア・チャンス、海の見える理髪店、ストロベリーライフ、海馬の尻尾、極小農園日記、逢魔が時に会いましょう、それでも空は青い、楽園の真下、ワンダーランド急行、笑う森 |
●「オロロ畑でつまかえて」● ★★ 小説すばる新人賞 |
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2001年10月 2002/12/20 |
荻原さんのデビュー作。題名はサリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」のもじりでしょうけれど、真に楽しい本。まさに快作! 舞台は、東京から辿り着くまで丸一日はかかる、という東北地方のド田舎、牛穴村。 典型的なド田舎の揶揄+広告業界のパロディ、という可笑しさでストーリィは展開していくのですが、理屈なしに楽しい。 結局、取り残されたような牛穴村が、一転活力溢れる農村に変貌してしまうのですから、楽しく、快い。 |
●「なかよし小鳩組」● ★☆ |
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2003年03月
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「オロロ畑でつかまえて」に続く、倒産寸前の広告会社・ユニバーサル広告社もの。 倒産寸前に追い込まれた石井社長が取ってきた仕事とは、なんと暴力団=小鳩組のCI(企業イメージ戦略)計画というもの。 中心社員の杉山はじめ、皆ヤクザと知って怖気づき、受注から撤退しようとするものの、相手が相手だけにそうはいきません。がんじがらめにされて、シンボルマーク選定、小鳩組PRの為のイベント、TV画面を通じての小鳩組PRと、難問を突きつけられます。 ヤクザ絡みのストーリィとのため小林信彦「唐獅子株式会社」のようなユーモア小説を予想したのですが、それは予想違い。 多少滑稽な部分はあるにしろ、相手はれっきとした暴力団であって、それに翻弄されるのは杉山たちユニバーサル広告社の面々なのです。 小鳩組に揉まれながらも土壇場で杉山たちが踏ん張りをみせるのと並行して、杉山と一人娘・早苗とのストーリィがあります。 杉山と離婚した元妻は、小学生になる一人娘早苗を連れて再婚。しかし乳癌の手術を受けることとなり、早苗が家出した時と併せて再び一時的に同居して面倒をみることになります。 この早苗の人物造詣が秀逸。女の子のくせしてJリーガーになることを夢み、TVドラマを真似して時折ドキッとしたセリフを吐く、という女の子。 今回の試練、そして早苗の健気な姿に影響され、はじめて杉山は自立した大人としての自覚を持つに至ります。 本書は、そんなユーモア+再生のストーリィ。 |
●「 噂 」● ★☆ |
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2006年03月
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広告会社が企画した新化粧品・ミリエルの販売戦略は、口コミによる宣伝。 「ミリエルをつけていると3ヵ月以内に恋がかなう」。そしてもうひとつ、「女の子をさらって足首を切り落とすレインマンがやってくる。しかし、ミリエルをつけている女の子は狙われない」というフィクション。 しかし、その虚報がそのまま現実化したように、足首を切り落とされた女の子の連続殺人事件が起きる、というミステリ。 主役となるのは、寡のベテラン部長刑事・小暮と、本庁から捜査に加わった子供っぽさの割りに幼い子を抱えた女性警部補・名島の2人。 本作品の楽しさは、ミステリより、小暮と名島のコンビ、結果的に生まれたチームワークの良さにあります。お互いの捜査経験を補って余りあるような2人の活躍が魅力的。 |
●「誘拐ラプソディー」● ★☆ |
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2004年10月
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街金融に追い詰められ自殺しようとするが、なかなか実行できない軟弱男、伊達秀吉が主人公。たまたま其処へ裕福らしい子供が現れたことから、ムショ仲間の経験談を思い出しつつ、衝動的に誘拐を決行してしまう。 ヤクザを戯画化している点は小林信彦「唐獅子株式会社」、ドタバタがエスカレートしていく辺りは戸梶圭太「溺れる魚」を思い出しますが、本作品には常にホンワカした雰囲気が漂っているのがそれらと異なるところ。荻原さんらしい特徴と言えるでしょう。それ故、誘拐事件といっても、ユーモア小説のように楽しく笑ってしまう部分が幾つもあります。 暴力団組長の父親、その母親、組の若頭、さらに事件に関わる警部補という、周囲の登場人物の造形も魅力的ですが、何と言っても楽しいのは主役の2人。お人好しでどこか抜けている秀吉と、人を疑うことを知らない伝助のコンビ。 |
●「母恋旅烏」● ★☆ |
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2004年12月
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大衆演劇の役者一家を描いた長篇小説。 嫌気がさした長男・太一は出奔、乳飲み子の珠実を抱えた19歳の長女・桃代は芸能プロにスカウトされ、ついに家族はチリヂリ、今や夫婦と知恵遅れの次男・寛二のみ。 大衆演劇一座の芝居の面白さを存分に描く終盤の展開が、本作品の魅力です。それまでの3分の2くらいはこの圧巻部分を描くためのプロローグに過ぎなかったのか。 実際の家族風景と、芝居の中で演じる家族、舞台を演じるため力を合わせる家族の姿、それぞれの家族の姿が時には対照的に、時には重なり合って描かれる展開が秀逸。とても嫌々やっているレンタル家族の姿とは比べ物になりません。 ※なお、以前にもう一作、大衆演劇を題材にした作品を読んだことがあります。井上ひさし戯曲「雪やこんこん」。これも面白くて好い作品です。興味をもたれましたら是非。 |
●「コールドゲーム」● ★☆ |
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2005年11月
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慄然とするストーリィ。 本書には、現実感があり過ぎるくらいにあるからこそ慄然とせざる得ない。それだけにぐいぐいと引込まれてしまいます。 イジメとまではいかないまでも、私の中学時代にいつもからかいの的になっている同級生がやはりいました。何故かといえば、彼がからかわれ易いオーラを発していたとしか言いようがないのです。仲間内では皆でからかっていたけれど、仲間という意識はあったし、仲間外から彼が何かされたらきっと皆でかばっていたでしょう。いわばペットを可愛がっているようなところがあった。 中2時代トロ吉は被害者で、多くの同級生たちが加害者だった。そして今は、トロ吉が加害者で、かつての同級生達が被害者となっている。善い側か悪い側かを別にして、トロ吉は常に孤独であり、他の同級生たちは仲間としてまとまっている。その違いがとても切ない。 最後は予想外であると同時に、半ば予想された結末。 |
●「神様からひと言」● ★★ |
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2005年03月
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久し振りのサラリーマン小説。 しかしこの相談室、生半可な部署ではない。辞めさせようという人間ばかりを押し込んだ、別名“ゴキブリハウス”。そこで涼平が経験するのは、「お客様の声は、神様のひと言」という社訓を疑いたくなるような、この成り上がり企業の信じ難い実態。 仕事は、顧客からの苦情、無理難題を一手に引き受けること。その辺りはコミカルに描かれ、ユーモア小説と言っても間違いではありません。とくに先輩・篠崎の達者な対応振りは、すこぶる面白く、楽しい。(※ヤクザとの交渉部分はことに圧巻) 喧嘩っ早い涼平が、試練、紆余曲折を経て、会社という虚像から抜け出し、自身の恋愛も含めて一歩成長を遂げるストーリィ。束縛から解放へ、そんな爽快感ある作品です。 ※それにしても、昔のサラリーマン小説には夢がありました。しかし、今や会社にそんな夢はなく、夢を実現するならまず自立、というのが本書にも共通する認識。現代のサラリーマン社会の低調をいみじくも語っているようです。 |
●「メリーゴーランド」● ★★ |
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2006年12月
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究極のサラリーマン小説、宮仕え小説!と言うべき一冊。
サラリーマン小説といえば、かつては源氏鶏太、喜怒哀楽。それでもどこかに明るい希望がありましたけれど、現代のサラリーマンに残されているのは哀感ばかりかもしれない。 主人公・遠野啓一は、都会でのサラリーマン生活に心身をすり減らして故郷へ戻り、今はマイペースの市役所勤め。 アテネ村の理事たちは、事勿れ主義、前例重視の市役所OBばかり。誇張かもしれませんが、一般のお役所仕事のイメージはその通りかもしれない。でも、お役所のみならず、大会社とて同じようなところはあるもの。 |
●「僕たちの戦争」● ★★ |
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2006年08月
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2001年、サーフボードに乗っていたプータロー青年・尾島健太が大波に呑まれて気が付くと、そこは1944年
9月12日、太平洋戦争末期の日本だった。 一方の1944年、飛行訓練中の予科練生・石庭吾一が墜落の後に気が付くと、そこは2001年 9月12日の現代日本だった。 同じ19歳の姿かたちも瓜二つらしい2人の青年が、時代を超えて入れ替わってしまうというタイム・スリップもの。 前半は、何が起きたか理解できないまま2人の驚き続ける様子が楽しめます。 現代日本の軟弱な青年が、戦時中の時代に放り込まれたらどうなるのか、そこに本書の主テーマはあると思います。 現代青年だって、大事に思う人のためなら勇を鼓して行動できる筈、というのが荻原さんの思いでしょう。でも、そんな七面倒なことは考えずとも、知らず知らずストーリィに惹きこまれてしまう面白さがあります。 |
●「明日の記憶」● ★★☆ 山本周五郎賞 |
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2007年11月
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50歳になったばかりの、広告会社に勤める部長職のサラリーマンが主人公。 最近物忘れがひどくなったと思っていたら、病院で診断された結果は“若年性アルツハイマー”。 衝撃的な事実に主人公は愕然とし、その時から恐怖感、猜疑心、様々な感情が主人公を襲います。 本人にしてみれば、恐ろしく、寂しく、哀しい。そして読み手からみれば、限りなく切ない。 癌等の病気であれば、待ち構えているのは苦痛と死という恐ろしさでしょう。しかし、アルツハイマーの場合はまるで違う。恐ろしいのは、人間としての尊厳が壊れていくこと、これまでの人間関係(家族も含めて)が壊れていくことなのです。 第一人称で語られるこの小説を読むことにより、読み手は疑似体験をすることになります。そしてそれは、他人事でないのかもしれないのです。 本書は、タイムリーな問題をとりあげて切ないストーリィに仕立て上げた作品であるとともに、我々に心構えを迫ってくる作品のようにも感じられます。 決して図抜けた感動的ストーリィというのではありません。しかし、現代社会において目を背けることのできない問題を取り上げたストーリィ。主人公と同年代の人には、是非読むべし、とお勧めしたい作品です。 |
※映画化 → 「明日の記憶」
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