北原亞以子作品のページ No.3



21.妖恋

22隅田川−慶次郎縁側日記−

23妻恋坂

24脇役−慶次郎覚書−

25やさしい男−慶次郎縁側日記−

26夜の明けるまで−深川澪通り木戸番小屋−

27赤まんま−慶次郎縁側日記−

28夢のなか−慶次郎縁側日記−

29ほたる−慶次郎縁側日記−

30.月明かり−慶次郎縁側日記−


【作家歴】、深川澪通り木戸番小屋、花冷え、まんがら茂平次、恋忘れ草、その夜の雪、風よ聞け−雲の巻−、深川澪通り燈ともし頃、東京駅物語、江戸風狂伝、銀座の職人さん

→ 北原亞以子作品のページ No.1


雪の夜のあと、傷(慶次郎縁側日記No.1)、再会(慶次郎縁側日記No.2)、昨日の恋、埋もれ火、消えた人達、おひで(慶次郎縁側日記No.3)、峠(慶次郎縁側日記No.4)、お茶をのみながら、蜩(慶次郎縁側日記No.5)

→ 北原亞以子作品のページ No.2


父の戦地
、白雨(慶次郎縁側日記12)、誘惑、似たものどうし(慶次郎縁側日記傑作選)、あんちゃん、澪つくし、あした(慶次郎縁側日記13)、祭りの日(慶次郎縁側日記14)、たからもの、雨の底(慶次郎縁側日記15)

 → 北原亞以子作品のページ No.4


ぎやまん物語
、乗合船、恋情の果て、春遠からじ、化土記、いのち燃ゆ、初しぐれ、こはだの鮓

 → 北原亞以子作品のページ No.5

   


       

21.

●「日本民話抄 妖恋」● 


妖恋画像

2002年05月
集英社刊

(1600円+税)

 

2002/06/13

「雪女」「道成寺」、日本で昔からよく知られている話を現代にもってくるとどんなストーリィが生まれるか、といった現代ストーリィ2篇。
北原さんにしては珍しい現代ものです。それにとらわれるつもりはありませんが、北原さんの良さ(私の一方的な思いかも知れません)が味わえなかった、と言わざるを得ません。それは単に現代ものというだけではなく、いかにもといった感じの現代ラブ・ストーリィという故でもあります。
同じラブ・ストーリィでも、時代ものと比べると何故味わいの良さがないか。時代ものでの障害が境遇の違い、貧しさといったものであるのに対し、現代ものでは個人の欲望という余計なものである為かもしれません。
また、「雪女」「道成寺」のどちらにしても、主人公は如何せん善人ではありえない、そういう面もあります。

「雪女」:現代ストーリィらしい主人公と言えます。人生の敗残者であって自分勝手な人間。私が嫌いなタイプで、本作品の感想はどうしてもその思いに引きずられます。
「道成寺」:女性の抑えようのない情愛の業が描かれます。能楽という所為もあるかもしれませんが、三島由紀夫が思い出させられました。

雪女/道成寺

   

22.

●「隅田川−慶次郎縁側日記−」● ★★


隅田川画像

2002年11月
新潮社

(1400円+税)

2005年10月
新潮文庫

2023年08月
朝日文庫

 

2002/12/15

好評の“慶次郎縁側日記”シリーズ第6弾。
シリーズ名に慶次郎の名前が冠されていると言っても、森口慶次郎はもはや狂言廻し、主人公ではありません。さらにその狂言廻し役さえ、本書では慶次郎の登場は少なく、養子の晃之助の登場する方が多いくらいです。
それでも、どこかに“仏の慶次郎”と言われたその人の息吹が感じられるところが、本書の楽しさです。

本シリーズもこれだけ長くなってくると、池波正太郎「剣客商売」シリーズと比べたくなりますが、その魅力はまるで異なります。
本書の魅力は、ヒーローなどどこにも登場せず、江戸市中のごく一般的な庶民の生活が語られているところでしょう。主人公は彼らであって、慶次郎・晃之助らはその狂言廻し。それに加え、並行して描かれる、晃之助の妻・皐月、娘・八千代ら、レギュラーとも言うべき登場人物たちの姿が楽しい。
このシリーズの味わい深さは、ますます増すばかり。北原さんの出世作となった深川澪通り木戸番小屋の延長線上になる作品、と言って良いでしょう。

表題作の「隅田川」は、幼馴染の男女4人の三角関係を描いたストーリィで、印象に残る切なさあり。
しかし、私の好みから言えば、「双六」「正直者」の2篇。その2篇に登場する慶次郎を見ていると、晃之助はまだまだ慶次郎の域には達していないようです。

うでくらべ/かえる/夫婦/隅田川/親心/一炊の夢/双六/正直者

 

23.

●「妻恋坂」● ★☆


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2003年03月
文芸春秋刊
(1524円+税)

2007年11月
文春文庫化

2003/03/24

北原さんの直木賞受賞作恋忘れ草の行き先にある短編集、そんな印象です。
江戸市井にてその日、その日を何とか凌いで生きている女たち。決して十分幸せとは言えない境遇。各篇で描かれる女性たちは、僅かな男との繋がりを頼りにしている向きがあります。
そんな彼女たちに、どこか女らしい艶めいたところが感じられます。
そんな女たちの艶が、本書の特徴と言えるでしょう。

ずっと市井ものを着実に描いてきた、そんな北原さんにして初めて書ける作品だと思います。
女性を描くことの上手だった藤沢周平さんでも、こうした艶やかさを描くことはできなかったのではあるまいか。
地味な作品集ですけれど、時代小説ファンなら見逃さないで欲しい、味わいある一冊です。

妻恋坂/仇討心中/商売大繁盛/道連れ/金魚/返討/忍ぶ恋/薄明り

   

24.

●「脇 役−慶次郎覚書−」● ★☆


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2003年05月
新潮社刊

(1400円+税)

2006年10月
新潮文庫化

2024年01月
朝日文庫

2003/06/14

“慶次郎縁側日記”に登場する脇役たちを描く短篇集。

冒頭の「一枚看板」が、若かりし頃の慶次郎と女義太夫・芝扇のエピソードを描いた他は、お馴染みの登場人物たちの名前が並びます。岡っ引の辰吉、吉次、太兵衛、下っ引・弥五、そして山口屋寮の飯炊き・佐七、嫁の皐月、後輩同心の島中賢吾と。

8篇の中で強く心惹かれるのは、「辰吉」「皐月」の2篇。
ともに、短篇その夜の雪、長篇雪の夜のあとに続く、後日談というストーリィになっているからです。
特に前者。慶次郎の愛娘・三千代が自害する原因となった男を父親とするおぶん辰吉の、雪の夜のあと後の様子を描いており、おぶんの背負った宿命の重さが甦ってきます。
後者は、慶次郎の養子となった晃之助の元に嫁入った皐月を描く一篇。彼女の胸の奥を知りたいという気持ちは、ファンなら誰しもあると思うのですが、その期待に応えてくれる作品です。

“慶次郎縁側日記”ファン、とくに「その夜の雪」に惹かれた読者には、是非お薦めしたい一冊です。

一枚看板/辰吉/吉次/佐七/皐月/太兵衛/弥五/賢吾

 

25.

●「やさしい男−慶次郎縁側日記−」● ★★


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2003年10月
新潮社刊

(1400円+税)

2007年10月
新潮文庫化

  

2003/11/03

好評の“慶次郎縁側日記”シリーズ第7弾。

もう磐石と言ってよい、市井ものシリーズでしょう。
安心して読めると同時に、常に期待通りの味わいがあります。
「慶次郎縁側日記」と副題がついていても、もはや森口慶次郎は狂言廻しでさえなく、登場人物のひとりに過ぎません。そんなところが、このシリーズ作品に幅を与えています。

慶次郎が主役となる篇では、朴訥な真面目もの、そして未だ春をひさぐ老女の三姉妹にさすがの慶次郎もタジタジとなる「理屈」、「三姉妹」の2篇には、北原さんらしい巧さを感じます。
本書中の白眉は、蝮の異名で嫌われる、岡っ引の吉次が登場する「隠れ家」と「やさしい男」の2篇でしょう。
蝮の異名をとるのも楽じゃない、というのが前者ですけれど、自殺しかけたところを救った娘に何故か吉次が振り回される、「やさしい男」が何と言っても楽しい。これが吉次?と言いたくなるような、微笑ましい一篇です。
いつもの顔ぶれが、様々なかたちで関わりとなる、江戸庶民の暮らし振り。
時代小説好きには、相変わらず嬉しい一冊です。

理屈/三姉妹/断崖絶壁/隠れ家/悔い物語/やさしい男/除夜の鐘/今は昔

   

26.

●「夜の明けるまで−深川澪通り木戸番小屋−」● ★★  吉川英治文学賞


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2004年01月
講談社刊

(1600円+税)

2007年06月
講談社文庫化

  
2004/05/20

  
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深川澪通り木戸番小屋の第4集。すいぶんと久しぶりの刊行です。てっきり、第3集までで本シリーズは終了かと思いこんでいました。
読み始めると、久しぶりに馴染みの場所に戻ってきた、そんな懐かしさがこみ上げてきます。それはとても嬉しいこと。

8篇のいずれも、江戸庶民の日々の暮らしにおける、ほんのひとコマを描いたストーリィ。最後まで充分語り終えられていないといった、断片的という印象が強い。
しかし、そこには、品の良い和菓子を食したような味わいがあります。
そのうえさらに、読み進むに連れ、人に疑いを抱く話から人を信じられる話へとストーリィは移っていきます。
最後の「ぐず」では、あまりに人の良過ぎる主人公たちが愛しくなり、笑いたくなってしまう程です。
「慶次郎縁側日記」シリーズは主人公が武家の為ちょっと見下ろすような感じがありますが、本シリーズは庶民の話だけに肩を並べて語るという感じ。その点も気持ち良く読める理由のひとつ。

シリーズもの第4集ですが、本書からいきなり読んで何の差し障りもありません。市井もの時代小説が好きな人には是非味わってもらいたい、円熟の一冊です。

女のしごと/初恋/こぼれた水/いのち/夜の明けるまで/絆/奈落の底/ぐず

   

27.

●「赤まんま−慶次郎縁側日記−」● ★★


赤まんま画像

2004年09月
新潮社刊

(1400円+税)

2008年10月
新潮文庫化

   
2004/10/06

 
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好評の“慶次郎縁側日記”シリーズ第8弾。
ちょうど NHK金曜時代劇「慶次郎縁側日記」の放映が始まったところで刊行されましたのが本書。これを機に原作を読む人が増えれると良いなぁというのが、ファンとしての願いです。

池波正太郎「鬼平犯科帳」「剣客商売」のように最初から面白かったというシリーズものでは決してありませんが、その代り、巻を重ねる毎に味わいを深めている、というところが本シリーズの魅力です。
本書収録の8篇にしろ、江戸市井の特にどうということもない日常茶飯事のような話ばかりですが、そこに何とも言えない味わいがあります。江戸庶民の息吹き、そしてそれをきちんと受け留める慶次郎たちがいる、そんな感じです。
そこに居心地の良さを感じるのは、きっと私だけではないと思います。

本書の中では、一時気持ちが離れても結局は夫婦の縁を切ることのできない間柄を巧みに描いた「三日の桜」「一つ奥」、ちょっと異なりますが「赤まんま」の3篇が、本書での読み処です。
また、「捨てどころ」は味わい深過ぎてつい笑いたくなってしまう、鮮やかな一篇。

三日の桜/嘘/敵(かたき)/夏過ぎて/一つ奥/赤まんま/酔いどれ/捨てどころ

 

28.

●「夢のなか−慶次郎縁側日記−」● ★★☆


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2005年11月
新潮社刊

(1400円+税)

2009年10月
新潮文庫化

   

2005/12/29

 

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“慶次郎縁側日記”シリーズ第9弾。
いいなぁ、この江戸市井の世界。うまいなぁ、北原さんは。
いつもながらの「慶次郎縁側日記」ですけれど、久々に市井もの時代小説、本シリーズを読むと、この江戸の雰囲気が実に好いものに感じられます。
何故だろうと考えると、現代のように余計なものにあくせくしたり迷っていたりしていない、普通に生活していくことが全てであり、そのことだけに皆が懸命だから、と感じます。

もう何度も言っていることですが、本シリーズの良さは、ヒーローはどこにもいず、江戸市井に住む様々なごく普通の人々が主人公になっているからです。
その中で、森口慶次郎をはじめとして晃之助、辰吉、吉次、お登勢、佐七らが、主要な登場人物になったり脇役になったりと、様々な形で登場してひとつの江戸絵巻になっている。そこがこのシリーズの得難く、味わい深い魅力。
本書では、各篇に登場する主人公たちの胸のうちの襞が、実に細やかに多彩に描かれています。その上手さ、もう名人芸と言ってよい程です。
冒頭の「師走」からまず、その上手さに唸らされました。亭主・息子を失って一人身の中年女おとくと、悪い男にのめり込んで親を悲しませたお梅とのやりとり。現代にも通じる題材の中に、江戸だからこその人情の機微が光る。う〜ん、上手い! 
この上手さは、「帚木」でも光ります。
表題作の「夢のなか」は、男に惚れこむ2人の女の姿が瑞々しく描かれた佳作。
今までに無い、ちと風変わりな篇が「棚から盗人」。新しく岡っ引になった安次の感覚のズレに、思わず笑ってしまいます。こんな人いるだろうかと、きっと周囲を見渡したくなってしまうことでしょう。
※時折顔を覗かせるだけですが、辰吉の女房・おぶん(慶次郎と関わりのあった男の娘)の存在感が実に良い。

年末、正月と少し日本的情緒を味わえるこの時期、本書を開いて江戸市井の人情を味わってみるのもオツなもの、と思います。

師走/水光る/ふたり/夢のなか/帚木/棚から盗人/入聟/可愛い女

 

29.

●「ほたる−慶次郎縁側日記−」● ★★


ほたる画像

2006年10月
新潮社刊

(1400円+税)

2011年03月
新潮文庫化

 

2006/11/10

 

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“慶次郎縁側日記”シリーズ第10弾。
刊行の度に愛読してきたこのシリーズですが、ついにここまで来たか、と思います。
当初の短編その夜の雪、続編となる長篇雪の夜のあとを読んだ頃には、まさかここまで続く長いシリーズものになるとは思いしませんでした。池波正太郎“鬼平犯科帳”“剣客商売”シリーズに十分比肩できるシリーズなったともう言って良いでしょう。
このシリーズの魅力は、スーパーヒーローが登場することなく、無理に決着を付ける訳でもないところにある、私はそう思っています。
人や世間はなるようにしかならない、でも放っておいてもこんな風に展開する、そこに人間の良さ、面白味があるじゃないか、と達観している風があります。そこに、肩肘張るところなく、自然体で楽しめる本シリーズの秀逸なところがあります。
慶次郎や養子の晃之助をはじめ、岡っ引の辰吉ら脇役たちは、それらの生き証人のようなもの、と言えるでしょう。

本書で特に良いなァ、味わい深いよなァと思ったのは「惑い」。夫婦の決着が結局示されないところに何とも味わいが深い。そう喜んでいたのですが、ふと考えてみれば定年退職をじきに迎える現代社会のサラリーマンたち、他人事ではない筈です。決して女房に洗濯の最中「下着をそっと踏みにじっていた」りされないよう気をつけなければ!
冒頭の「みんな偽物」おふみ。北原さんの出世作深川澪通り木戸番小屋のおけいを思い出させる女性像です。こうした女性たちを描き出されるのも北原さんの上手さあっての故。
本書では「惑い」の比佐栄、その娘の咲栄「春の風吹く」お順と、女性像に冴えがあります。おっと、その分「花ごろも」のお登勢が登場していないところがちと残念。
惑う島中賢吾を描いた「五月雨るる」、愚痴りつつ最後女にすがりつかれる蝮の吉次を描いた「ほたる」も実に好い。(笑顔)

みんな偽物/惑い/長い道/水の月/付け火/春の風吹く/五月雨るる/ほたる

  

30.

●「月明かり−慶次郎縁側日記−」● ★☆


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2007年09月
新潮社刊

(1400円+税)

2011年10月
新潮文庫化

 

2007/10/10

 

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“慶次郎縁側日記”シリーズ第11弾。
いつものように短篇集と思っていたら、珍しく長篇。森口慶次郎ものでは雪の夜のあとという長篇作品がありますが、“縁側日記”と題される前の作品ですから、シリーズとしては本書が初の長篇になります。

建具職人だった優しい父親・弥兵衛を5歳の時目の前で刺殺された弥吉。その弥吉が目撃した下手人は、鼻の脇にほくろのある男だった。しかし、調べてもそんな男はいないと、弥吉は嘘つき呼ばわりされてしまう。
そしてその11年後、弥吉がほくろのある男を見かけたと、十五郎という中年男に連れられて慶次郎の元に相談が持ち込まれます。
さっそく辰吉、若い岡っ引の要蔵吉次が調べ始める一方で、弥平衛の職人仲間だった卯之助、女房のおてい、卯之助と弥兵衛が昔関わったおあさ、お萱、弥吉の伯母おりきという当時の関係者が動き出し、当時伏せられていた複雑な事情が明らかになっていく。
まるで現代版サスペンスのような展開ですけれど、事実が明らかになるというだけで終わらないのが、本シリーズたるところ。

ほんのちょっとしたかけ違いで全てが悪い方に転がっていってしまう。慶次郎の今は亡き娘・三千代も、半刻家を出るのが遅かったら全てが今と違っていた筈、と今なお慶次郎は思う。
しかし、一度起きてしまったことは幾ら後悔しても元通りにはなることはない。せめて、これ以上悪いことが起きないよう努め、祈るのみ。
そんな悲哀を乗り越えての優しさが、北原さんの、そして本シリーズの味わいです。

ほくろの男/女と女/おりき/お萱/父子/弥兵衛/弟/それぞれの旅

  

読書りすと(北原亞以子作品)

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北原亞以子作品のページ No.4        北原亞以子作品のページ No.5

   


 

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