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1.文身 2.生者のポエトリー 3.最後の鑑定人 4.付き添うひと 5.完全なる白銀 |
1. | |
「文 身」 ★★ |
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2023年03月
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普通の状況だったら多分、本作を読むことはなかったでしょう。 それくらい凄みのある、極めてダークな作品。 こうした類のダークさは、私の苦手なところです。 「最後の文士」と評された無頼作家の父親=須賀庸一が死去。 父親とはずっと絶縁状態でしたが、大勢の人から頭を下げられて頼まれ、やむなく実娘の山本明日美は喪主の座に。 その葬儀の後、山本明日美宛てに届いた宅配便、差出人は須賀庸一と記されていた。 その中身は 400枚にも及ぶ原稿用紙。そしてそこに書かれていたのは、須賀庸一と弟・堅次という2人の驚くべき物語だった。 須賀庸一の私小説(主人公は菅洋市)、執筆していたのは庸一ではなく堅次だったのか。半世紀も前に自殺したと伝えられていた須賀堅次は、実は生きていたのか・・・。 小説と言えば虚構のもの。一方、私小説と言えば、それは事実を土台にした虚構。 しかし、もし虚構と事実の順番が逆だったら・・・・・、恐ろしいことを考え付いたものだなぁと思いますよ、ホント。 自分が作ったシナリオどおりに人間を操る、それはもう神あるいは悪魔の仕業に他なりません。 最後の一文に戦慄。悪の連鎖は断ち切れないのでしょうか。 序幕/1.虹の骨/2.最北端/3.無響室より/4.深海の巣/5.巡礼/終幕 |
2. | |
「生者のポエトリー」 ★★☆ |
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生きていれば苦しい状況に置かれること、停滞を自覚することも多々あると思います。 でも、言葉(詩)を口にすることができれば大丈夫。勇気をもって前に足を踏み出すことができる筈、という連作ストーリィ。 言葉はとても大切なものだと思います。 自分の思いを誰かに伝えるものでもあり、自分という存在を主張するものでもありますから。 流暢に言葉を出すことができなくても、詩を綴り、それを読み上げることも一つの方法でしょう。 本作はそうした主人公たちを描く連作ストーリィ。 心の中に溜まっていた想いを詩の朗読という形で吐き出し、これを機に前に向かって進もうとする主人公たちの姿には、熱い心の底から湧きだす声を感じます。 是非、お薦め。 ・「テレパスくそくらえ」:子どもの頃から言葉を発することができない佐藤悠平・25歳。でも思いがない訳ではない。 ・「夜更けのラテ欄」:同じ大学生の恋人は自分勝手のうえ、千紗子を見下げ、千紗子が書き溜めていた詩を馬鹿にする風。 ・「最初から行き止まりだった」:拓斗・25歳、強盗致傷罪で実刑4年、仮釈放中。自分の為に選んだ道は、路上ライブ。 ・「幻の月」:山田公伸・72歳、妻が4年前死去して以来一人暮らし。妻が遺した朗読ノートを見つけ・・・。 ・「あしたになったら」:日本語ができない外国人児童相手の学習指導員をしている林田聡美、伊藤ジュリアというブラジルから来た少女に出会い・・・。 ・「街角の詩」:市の文化事業<街角の詩>のため、録音された詩の書き起こしをしている嘱託職員の押本勇也・25歳、上司から突然に事業計画の中止を伝えられるのですが・・・。 テレパスくそくらえ/夜更けのラテ欄/最初から行き止まりだった/幻の月/あしたになったら/街角の詩 |
3. | |
「最後の鑑定人」 ★★ |
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科捜研を辞めて<土門鑑定所>を開いた土門誠が、持ち込まれた様々な事件の真実を暴き出していく、という趣向の4篇。 この土門誠がどういう人物かというと、「土門誠に鑑定できない証拠物なら、他の誰にも鑑定できない。科捜研の最後の砦」と言わしめた人物。という訳で「最後の鑑定人」という次第。 その助手を務めるのが、土門鑑定所で唯一人の技官=高倉柊子。 何故高倉が土門鑑定所に務めるようになったのかは早々と語られますが、何故土門が科捜研を辞めたのか?という7年前の事件に関わる謎が明らかにされるのは後半になってから。 その事情も本作の読み処の一つとなっています。 ・「遺された痕」:土門の元を訪れるのは、若い女性の殺人事件を担当することになった若手弁護士の相田直樹。 この真相が幾らなんでも、と言いたいくらい驚愕のもの。 ・「愚者の炎」:土門に鑑定依頼を持ち込んだのは、ベテラン裁判官の香取太一郎。被疑者のベトナム人は完全黙秘を貫いているという。事件の真相は・・・? ・「死人に訊け」:鑑定依頼は若手刑事の都丸勇人から。12年前に起きた未解決の宝石店強盗殺人事件。海に沈んでいた軽自動車の中から身元不明の男と宝石全てが発見されるが・・・。 ・「風化した夜」:7年前、科捜研にいた土門も関わっていた殺人事件を担当、誤認逮捕の責任をとって刑事を退職した西村葉留佳が自殺したという。その母親=民代から、自殺の理由を見つけて欲しいと頼まれた土門は・・・。 鑑定人の仕事は事実を明らかにすること。その事実を元にどう事件を再構築するかは警察の仕事、という鑑定人=土門誠の姿勢が小気味よい。 また、助手役である高倉柊子の存在も、本作で良いアクセントになっています。 遺された痕/愚者の炎/死人に訊け/風化した夜 |
4. | |
「付き添うひと」 ★★☆ |
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少年犯罪を担当し、当事者となった少年少女を救うため全力を尽くす弁護士=朧(おぼろ)太一を描く、胸熱くなる連作5篇。 表題の「付き添うひと」とは、家庭裁判所で審判を受ける少年の権利を擁護・代弁し、少年審判の手続や処遇の決定が適正に行われるよう裁判所に協力する人のことで、大人の場合には弁護人と言い、未成年の場合には「付添人」と言うのだそうです。 その朧弁護士は30代後半、安っぽい上に襟がほつれてくたびれたスーツで登場とあって、思わず大丈夫か?と不安を感じてしまうのですが、服は着られれば十分と身なりに無関心なだけ。 その分、少年少女たちに寄り添おうとする姿は、極めて真摯で、とても深いものがあります。 こうした状況では、得てして大人は間違いを犯した少年少女たちに対して上から目線、指導するという立場になりやすいものですが、朧は違います。 少年少女たちが口に出せないでいる苦悩を知ろうとし、彼らのためにどうするのが一番良いのかを真摯に探そうとしている。 朧太一とはどんな人物なのか・・・。ストーリィが進んでいく中で、朧自身も過酷な家庭環境に育ち、少年院に入った過去があったことが明らかにされていきます。 朧が少年少女たちを救おうとする行為は、即ち過去の自分自身を救おうとすることに他ならない。そして彼らが救われることはまた、朧自身が救われることなのでしょう。 少年犯罪を扱う家裁調査官を主人公とした乃南アサ「家裁調査官・庵原かのん」を読んだばかりですが、本作の朧はずっと少年少女たちに近い処にいる、と言えます。 自分の私生活を投げうって少年少女たちに尽くしているという朧でしたが、ある事件が出会いとなって自分の人生のことも考えるようになる、そのことに救われる気持ちがします。 気づけば、朧のことを気にかけてくれる人物は、朧の周囲にちゃんといるのです。少年少女たちに対して朧がそうした存在であるように。 胸を打たれる感動作。是非、続編を読みたいものです。 ・「どうせあいつがやった」:路上生活者への暴行事件で逮捕された少年、一体何故? ・「持ち物としてのわたし」:義父の暴力に耐えかねて家を出て来たという高1少女。彼女の言葉は真実か。 ・「あなたは子どもで大人」:深夜徘徊で補導されることを繰り返す中3少女。彼女を救うためには何が必要なのか。 ・「おれの声を聞け」:SNSで罵詈雑言を繰り返した中2少年はヒキコモリ。彼は何故引き籠ったのか。 ・「少年だったぼくへ」:朧自身の苦悩。彼が救われることはあるのか・・・。 1.どうせあいつがやった/2.持ち物としてのわたし/3.あなたは子どもで大人/4.おれの声を聞け/5.少年だったぼくへ |
5. | |
「完全なる白銀」 ★★☆ |
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夢と希望を掛け、藤谷緑里(35歳)が友人シーラと共に北米大陸最高峰である厳寒のデナリ登頂を目指す、登攀ストーリィ。 15年前、専門学校で写真を学んでいた緑里は、訪れた先のアラスカ・サウニケ島でイヌピアットのリタ・ウルラク(17歳)とシーラ(13歳)の2人と出会い、以来大切な友人となります。 温暖化による侵蝕で故郷サウニケが消滅する危機を訴え、救おうと登山家の道を目指す。そして、数々の冬山単独登頂を果たして<冬の女王>という異名を取りますが、7年前、冬季デナリで消息を絶つ。 それと時を同じくして、リタは登頂を果たしていない、<詐称の女王>だ、と批判する記事が出回ります。 デナリ山頂で「完全なる白銀を見た」というリタの遺した言葉が真実だと証明し、リタの名誉を守るため、写真家である緑里とレンジャーであるシーラは2人だけでデナリ山頂を目指します。 ストーリィは、緑里とシーラ2人の登山行と3人が出会ってからの経緯を、交互に描く構成。テンポとキレが良く、読み易い。 しかし、緑里とシーラの登山行の始まりは酷く不穏。シーラが何か苛立っている感じで、それは緑里に対する不満でもあるのでしょう。でもそれは何故なのか。 最高峰への冬季登山は危険であり、常に死と向かい合わせといって過言ではないのでしょう。やがてシーラは緑里と協力し合うようになりますが、その一方で困難度・危険度はさらに高まっていく。 2人はデナリ登頂を果たすことができるのか。リタ登頂の事実を証明できるのか。そして、リタが遺した「完全な白銀」とは何のことか。 この登山行の臨場感が凄い! まさに息詰まり、自分もまた2人と共に冬山の現場にいるかのようです(寒さは別として)。 ストーリィ内容は単純と言えるでしょう。でも単純だからこその力強さ、圧巻の読み応えがあります。是非お薦め! ※過去に読んだ登攀記=ウィンパー「アルプス登攀記」、沢木耕太郎「凍」を何とはなしに思い出しながら、本書を読了。 1.invisible−2023/2.midnight sun−2008/3.dissolution−2023/4.wildness−2012/5.sonowstorm−2023/6.kigiqtaamiut−2014/7.raven−2023/8.late to say I'm sorry−2016/9.perfect silver−2023/10.epilogue |