井上ひさし作品のページ No.3



21.夢の裂け目

22.あてになる国のつくり方

23.太鼓たたいて笛ふいて

24.話し言葉の日本語

25.兄おとうと

26.夢の泪

27.イソップ株式会社

28.円生と志ん生

29.箱根強羅ホテル

30.夢の痂


【作家歴】、しみじみ日本・乃木大将、イーハトーボの劇列車、 吾輩は漱石である、頭痛肩こり樋口一葉、四捨五入殺人事件、泣き虫なまいき石川啄木、十二人の手紙、人間合格、四千万歩の男、シャンハイムーン

→ 井上ひさし作品のページ No.1


ある八重子物語、マンザナわが町、父と暮らせば、井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室、東京セブンローズ、わが友フロイス、わが人生の時刻表、四千万歩の男忠敬の生き方、紙屋町さくらホテル、日本語は七通りの虹の色

→ 井上ひさし作品のページ No.2


ロマンス、ムサシ、組曲虐殺、一週間、東慶寺花だより、グロウブ号の冒険、黄金の騎士団、一分ノ一、言語小説集、馬喰八十八伝

 → 井上ひさし作品のページ No.4

   


  

21.

●「夢の裂け目」● ★☆


夢の裂け目画像

2001年10月
小学館刊
(1260円+税)

 

2001/09/24

 

amazon.co.jp

帯には、紙芝居屋が解き明かす“東京裁判”の謎とカラクリ、とあります。本戯曲はそのとおりの内容です。
時代設定は、終戦後まもない時期。主人公は、「満月狸ばやし」で人気のある紙芝居屋、田中天声こと留吉です。そして、登場人物は、田中天声とともに紙芝居で糊口を凌いでいる仲間たちが中心になります。

その天声が、突然GHQから呼び出しを受けます。東條英機元首相の軍事裁判における検察側証人として、とのこと。何日も法廷に呼び出されることとなった天声は、ふと“東京裁判”の実態に気付きます。ただ、その“真相”については、私としては今更、という気がするのですが、何度でも繰り返そうという点では意味あるものかと思います。
ただ、紙芝居屋という存在がとても懐かしい。本の最初に紙芝居の絵が載せられていますが、子供の頃紙芝居を見たことが懐かしく思い出されて、嬉しくなります。

本戯曲の特徴としては、冒頭の「しゃべる男の半生記」といい、唄の部分がとても多い。芝居の面白さもその唄に依存するところが大きいと思うのですが、本で読む限りその辺りはどうにもなりません。歌詞だけ読んでも唄の楽しさはとても想像できませんし。
その点が、本書の評価が低くなった大きな理由です。

        

22.

●「あてになる国のつくり方」● ★★


あてになる国のつくり方画像

2002年10月
光文社刊

(1300円+税)

 

2002/12/08

2001年11月に開かれた、第14回遅筆堂文庫・生活者大学校「グロバリゼーションとは何か」の講義録をもとにまとめられた一冊。
副題に「フツー人の誇りと責任」とありますが、政治から農業、経済、NGOと、フツーの人にも判り易く、具体的に説明してくれているところが有難い。そのうえ、問題の本質について少しもそらさず、きちっと語ってくれているので、勉強になります。
井上さんの著書に「コメの話」という、お米の輸入是非問題をとりあげた本があります。この時も随分と勉強になり、それ以来、こうした分野でも井上さんのファンとなりました。

本書の内容については、読んで、考えてもらうことが一番だと思いますが、ひとつ印象に残ったことは“グロバリゼーション”という言葉の捉え方。
一般的に経済の国際化と理解されていますが、講義者の一人北村さんは、経済より環境問題の方が先にあったのではないか、と指摘しています。
つまり、宇宙から初めて地球を眺めて“宇宙船地球号”という認識が生まれた。即ち、水の惑星=ひとつの生命圏という考え方だといいます。そう考えると、環境問題、食糧問題、ひいては経済問題においても違う局面が見えてきそうです。
道路民営化議論をみても、殆どの政治家、官僚は旧来の考え方にしがみついているだけ、新しい局面へ発想の切替えなどできていないようです。ですから、我々フツー人がまず責任を自覚し、社会を変えていかなくてはいけない、というのが本書の主旨。
その為にはフツー人もまず勉強しなくてはいけない。本書はその事始に格好の本だと思います。

フツー人の誇りと責任/安ければいいのか、安心できる食糧立国をめざす(山下惣一)/モラルの高い新しい日本型経済をめざす(北村龍行)/世界にあてにされる平和貢献国をめざす(井出勉)/競争か、共生か

   

23.

●「太鼓たたいて笛ふいて」● ★★


太鼓たたいて笛ふいて画像

2002年11月
新潮社刊

(1300円+税)

2005年11月
新潮文庫化


2002/12/01


amazon.co.jp

紙屋町さくらホテル」「夢の裂け目と、最近の井上戯曲は戦争を主題としたものが続いています。
本書は「放浪記」の作家・林芙美子を描いたものですが、評伝戯曲というより、やはり戦争が大きなテーマとなっています。

昭和13年には従軍作家となり、「兵隊が好きだ」と書く。それが一転、昭和20年春には「もはやキレイに敗けるしかない」と公言し、非国民扱いされる。
戦争は儲かる(国民を富ます)という言葉に乗せられ軍国日本の宣伝作家となったものの、実相を知った後は慙愧に耐えかね、身をすり減らすように作家活動に打ち込む林芙美子の姿は、痛ましいとしか言いようがありません。
しかし、それは何も太平洋戦争のことに留まりません。現在紛糾している道路公団民営化の議論にしろ、目先の利益ばかり言って結局最後は国民にツケを回して平然とする政治家も同じこと。
林芙美子の姿は、いいように国を食い物にする利権者たちと対照的な、庶民の姿の象徴と言えるでしょう。

※なお、本戯曲に島崎藤村「新生」の姪・島崎こま子が登場するところも注目点。

     

24.

●「話し言葉の日本語」(共著:平田オリザ● ★★


話し言葉の日本語画像

2003年01月
小学館刊

(1500円+税)

2014年01月
新潮文庫化

 

2003/01/04

 

amazon.co.jp

戯曲雑誌「せりふの時代」(小学館)に1996〜2001年の間13回にわたって連載された、井上ひさし・平田オリザ2氏の対談集。

本書題名から、井上さんのエッセイに多い日本語に関する対談だろうと気軽に読み始めたところ、とんでもない勘違い。
最初こそ日本語の“話し言葉”に関する対話で始まったものの、どんどん戯曲作りの話に入っていき、中盤では両氏の戯曲作品について具体的に言及しながら演劇論が白熱。
観てはいないものの井上戯曲は一通り読んでいるので作品を思い浮かべられますが、平田戯曲については何の予備知識もなかったため、2氏の話についていくのはシンドイところがありました。
しかし、最後は再び日本語主体の話へと戻り、無事13回に及ぶ対談が終了という展開。
戯曲は小説と違い“話し言葉”で成り立つ作品ですから、それだけ日本語との関わりは深い。2人の劇作家が対談する意味はそこにあったようです。
読後改めて心に残った事は、日本文化の貴重な担い手である日本語を大切にしたいという気持ち。
TVでも勤め先でも、安易に英語をそのまま使い、よく考えないままに日本語の主体性を放棄しているケースが在り過ぎです。
日本語、戯曲の両方の世界を考えるのに、格好の一冊。

話し言葉の時代を走る乗り物としての「せりふ」/主語・述語の演劇と助詞・助動詞の演劇/「敬語」の使い方・使われ方/「方言」を生かす演劇/対話/戯曲のなかの流行語/戯曲の構造と言葉/戯曲の組み立て方/こうして最初の「せりふ」が生まれる/翻訳劇から日本の演劇を見詰める/「いかに書くか」から「何を書くか」へ/生きる希望が「何を書くか」の原点/世界のなかの「日本の演劇」

      

25.

●「兄おとうと」● ★★


兄おとうと画像

2003年10月
新潮社刊

(1200円+税)

 

2003/11/15

 

amazon.co.jp

大正デモクラシーの先達、吉野作造を描く評伝劇。
井上さんにとって吉野作造とは、高校の大先輩であること、宮城県古川市にある吉野作造記念館の名誉館長になっている、という縁があるそうです。

政治は国民を基にすべしという“民本主義”を唱えた、学者である兄・吉野作造。それに対し、高級官僚となった弟・吉野信次。その2人の対立を通して、吉野作造という人物を描きます。
兄弟でありながら、10歳も年が離れている為、2人が一つ部屋に寝たのは生涯を通じてたったの5回しかない。その5回を舞台にストーリィは展開します。
理想肌の兄に対して、現状肯定論者の弟。その違いから反目し合うのが常ですが、心底にはお互いへの深い愛情があります。吉野作造の人となりを知るだけでなく、その要素がある故に楽しく読めます。
また、そうした2人の姿を浮き彫りにしているのが、作造・信次それぞれの妻である玉乃・君代の姉妹。現実的かつ内助の功ある女房像を傍らに配したところに、コミカルな魅力があります。
井上さんの数ある評伝劇の中では、軽快な作品と言えます。

※吉野作造 1878〜1933
大正期の政治学者、東京帝大教授。政治の目的を国民の利益にもとめ、政策は民衆の意向によるべきだと主張して「民本主義」を唱えた。1924朝日新聞の論説委員となるが、検察当局の圧力により退社。中国革命史、明治文化等の研究により大きな業績を残した。

       

26.

●「夢の泪」● ★☆


夢の泪画像

2004年07月
新潮社刊

(1300円+税)

 
2004/08/01

 
amazon.co.jp

敗戦後に戦犯者とされた人達を裁いた東京裁判
その東京裁判とは正当なものだったのか、それとも単に戦勝者による茶番劇だったのか。
本書は、新橋の弁護士事務所を舞台に、その東京裁判の意味を問いかけた作品です。
東京裁判をテーマにした作品としては、夢の裂け目に続くもの。しかし、井上さんらしい独特の趣向という面白さが少なく、また結論にしても判りにくいのが難点。

ストーリィは、伊藤菊治・秋子夫婦の弁護士事務所に、A級戦犯容疑・松岡洋右の弁護補佐依頼が来たことから始まります。秋子が弁護の方針を検討するうち、東京裁判そのものへの疑問が生じてくる、というストーリィ。
それに加えて、秋子の連れ子である永子の幼馴染、片岡組組長代理の片岡健と尾形組との闘争を借りて、戦後の朝鮮人問題が語られます。
意欲作ではあるのでしょうけれど、井上戯曲としてはちと物足りず。

      

27.

●「イソップ株式会社」● 絵:和田誠 ★★


イソップ株式会社画像

2005年05月
中央公論新社

(1600円+税)

 

2005/06/19

井上さんの作品ですから、どこに巧妙な仕掛けが施されているのやらと思っていたのですが、意外とオーソドックス。
中学生のさゆりと小学生の洋介の姉弟は、夏休みを祖母・星トキ(詩人かつ童話作家)の田舎で暮らすことになります。今は亡き母親と共に起こした童話出版社=イソップ株式会社の仕事で、父親の光介がヨーロッパへ出張したため。
そのさゆりと洋介の元には、毎日のように光介が考えた小話が郵便で届きます。2人にその郵便を送ってくれるのは、両親の信頼厚かった優秀な編集者の佐々木弘子さん、32歳。
本書は、父親から届く37の小話を間に挟みつつ、小話と同時並行で進むようなさゆりと洋介の物語です。

小話の最後には、いつも父親らしい教訓が添えられています。でも、いつしか始まった“小さな王様”シリーズには、何故か教訓が添えられていません。そこにどんな秘密が? 優等生のさゆりがそれを気にし過ぎるのと対照的に、悪戯好きの洋介はきちんと自分の気持ちを整理しています。
小話と夏休みが進んでいく中で、徐々に新たな家族の繋がりが生まれていく様子を描いたストーリィ。
格別面白い、格別感激するという作品ではありませんが、子供の頃に戻ったような、心の底から寛げる気持ちよさ、伸び伸びして嬉しくなるような雰囲気が本書にはあります。
それでもなお、農業、地球温暖化への危機と環境問題をさりげなく盛り込んでいるところが、井上さんらしいところ。

子供と一緒になって楽しめる一冊ではないかと思います。
和田誠さんの挿絵も、ホント楽しい。

        

28.

●「円生と志ん生」● 


円生と志ん生画像

2005年08月
集英社刊

(1200円+税)

 

2007/01/12

 

amazon.co.jp

敗戦前後の昭和20年夏から22年春までの旧満州国・大連市を舞台に、五代目志ん生こと美濃部孝蔵(55才)六代目円生こと山崎松尾(45才)の2人を描いた戯曲。

空襲を受けている日本にいるより陸軍軍属として満州国へ慰問に出かけた方が、飯も酒もご婦人もたっぷり味わえる上に稼ぎも良いと、孝蔵が誘って2人は中国大陸に渡ります。
ところが帰国しようとした寸前敗戦となり、2人は帰ろうにも帰れず、大連市を彷徨うことになります。その起伏の大きい2年弱を描いた作品です。

同じ噺家といっても孝蔵と松尾の性格は対照的。それは苦境に立たされた時でも変わりませんが、とる道は違えど最後はやっぱり噺家であるところは変わりません。そこが面白味のひとつ。
もうひとつの面白味(こちらの方がもっと面白い)は、2人を観る人によって“噺家”なるもの存在が高くなったり低くなったり(大事にされたり疎まれたり)するところです。
その観る側は、いつも4人の女性というパターン。旅館の女将+花街の美女、置屋の女将+娼妓たち、女高生+女教師、院長+修道女たち、という按配。
常に6人の組み合わせでストーリィが進展していくところが小気味良く、ユーモラス。

※なお、本書といい夢の痂といい、絵が誰かに似ているなぁと思ったら、こまつ座で主役のひとりを務めた角野卓造さん。角野さんをイメージしながら読むと、もっと面白くなります。

  

29.

●「箱根強羅ホテル」● ★☆


箱根強羅ホテル画像

2006年02月
集英社刊

(1300円+税)

 

2006/02/12

 

amazon.co.jp

太平洋戦争の末期、箱根強羅ホテルに外務省からの命令が届きます。ソ連大使館の疎開先として当ホテルを使用すると。
外務省の思惑は、ソ連に仲介させて戦争の終結を図ろうというもの。
そうはさせじと陸海軍の双方から、妨害工作のため従業員募集に応じたふりをして数人が入り込みます。
管理人兼留守番の秋山テル等にロシア人学校教師の女性、陸海軍のスパイが入り乱れ、歌ありの騒動が繰り広げられるという喜劇作品。

井上戯曲にしては登場人物のキャラクターも平凡ですし、井上作品らしいユニークなドンデン返しがある訳でもない。その意味では期待を外された印象。
そこに至って、本作品の喜劇性は日本の陸海軍の発想にこそあったと気づかされるのです。まさに笑うに笑えぬ大喜劇。
マムシを使った「マム号作戦」とかホレ薬の「H剤」作戦とか、本当に実在した作戦だったというから呆れてものも言えない。
夢を見ているうちに「勝てるだろう、勝つはずだ、勝つ、バンザイ」と現実の如く思い込んでいた“手前勝手の四段活用”
こんな阿呆らしい自分勝手な思い込みに付き合わされて多くの国民が犠牲にされたのですから、恐ろしいものです。

このところ井上戯曲は、敗戦前後の様相をテーマにしているものが続いています。本書もそれに連なる作品のひとつと思います。

    

30.

●「夢の痂」● 


夢の痂画像

2007年01月
集英社刊

(1300円+税)

 

2007/01/08

 

amazon.co.jp

夢の裂け目」「夢の泪に続く“東京裁判3部作”の最後となる作品。
昭和天皇の東北ご巡幸をめぐり、行在所に決まったという知らせを受けた佐藤家の、予行演習の様子を描いた戯曲です。
大本営参謀だった三宅徳次が天皇役を勤め、その徳次に対し小学校教師をしている佐藤家の長女・絹子が胸に抱えていた疑問を投げかけます。

面白さとしては東北方言、日本語の文法についてのやり取りといった部分があって「國語元年」を思い出させられるのですが、それは肝腎の主題ではありません。
本書に“東京裁判”という言葉は一言も出てきませんが、それが主題であることは疑いもなし。あのように全国民を苦しめることになった戦争について、誰に責任があったのか、誰が責任をとったのか、そして国民はその責任の取り方に納得できたのか、ということが登場人物によって問われていきます。
そしてその問いかけは、形式であったにしろ最高責任者の立場にあった天皇がその責任を結局とらない形で収束したことの是非、にも繋がっていきます。
一般的に交わされる日本語の文章や会話は、主語がなくても成立します。それは、「誰が」が曖昧なまま終結してしまった東京裁判の在り様にも関係があるのかもしれない。

井上戯曲ならではの面白さという点では、今ひとつ。
しかし、戦争責任が明確にされなかったままであるという欠陥を忘れることなく、引き続き背負っていくべき問題点として提起している本書の意義は大きいと思います。
本書表題は、「あの途方もない夢の、厚い痂を剥がして、その瑕を見よう」という意味から。

       

 井上ひさしお薦めページ

井上ひさし作品のページ No.1 へ   井上ひさし作品のページ No.2

井上ひさし作品のページ No.4

  


 

to Top Page     to 国内作家 Index