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1.童の神 2.てらこや青義堂 師匠、走る 3.八本目の槍 4.じんかん 5.塞王の楯 6.幸村を討て 7.海を破る者 8.五葉のまつり |
1. | |
「童の神」 ★★ 角川春樹小説賞 |
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2020年06月
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平安時代、京の近辺には、朝廷の支配下に属さない古くからの民たちがいた。 鬼、土蜘蛛、滝夜叉、山姥、等々、如何にも恐ろし気、まるで化け物といった名で朝廷人たちは彼らを呼ぶ。その総称が“童”という次第。 朝廷支配下に属さない彼らを執拗に攻撃し、根絶やしにしようとするのが、源満仲とその跡継ぎである源頼光。 源頼光といえばすぐ思い起こされるのは“酒呑童子”伝説。伝説では酒呑童子が悪側、源頼光とその四天王(渡辺綱・卜部季武・碓井貞光・坂田金時)が正義側とされていますが、本作は正悪を逆に描いたストーリィ。 伝説とは、常に勝った側が描く故に、負けた側は常に悪とされてしまいますが、事実は本当にそうなのか。 偽計、奸計をめぐらし、彼らを<人に非ず者>と一方的に決めつけ、女子供を構わず皆殺しにしようとする頼光らの側に、本当に正義はあるのか。 後に摂津竜王山の滝夜叉、大江山の鬼、葛城山の土蜘蛛らを連携させ、朝廷軍に対する抵抗勢力のリーダーとなるのが、自領の民を守ろうとして朝廷軍に攻め滅ぼされた蒲原郡の豪族=山家頼房の嫡男だった桜暁丸(おうぎまる)。 最初から最後まで、童たちと頼光率いる朝廷軍との戦いに尽きるストーリィ。暗澹たる気持ちになるのも仕方ない処。 しかし、ふと思うとこれは、やはり山の民を描いた隆慶一郎一連作品から遡るストーリィではないか。また、秀忠率いる江戸幕府に最後まで抵抗し続けた影武者家康らの戦いに類似するストーリィではないか、と思った次第。 最後は、壮快な幕切れ。 自分らしい生を全うした童たちの姿が愛しく目に浮かびます。 なお、坂田金時=金太郎も元々は足柄山の山姥という童の出自なのですが、早くに朝廷軍に降伏し、京人に仕えたという設定。 序章/1.黎明を呼ぶ者/2.禍(わざわい)の子/3.夜を翔ける雀/4.異端の憧憬/5.蠢動の季節(とき)/6.流転/7.黒白の神酒/8.禱りの詩(いのりのうた)/終章.童の神 |
2. | |
「てらこや青義堂 師匠、走る」 ★★ |
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2022年09月
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題名に「寺子屋」とあるのですから、当然ながら江戸市井ものと思うのが普通。 最初は確かにそのとおり。他の寺子屋から追い出された問題児を引き受けているため、毎日頭が痛くなる揉め事ばかり。 それでも問題児を嫌うことなく、真摯に寄り添おうとしているのですから、主人公の十蔵、良い先生ですよね。 ところがその十蔵、公儀隠密を務める伊賀組与力・坂入家の次男坊、しかも「伊賀組始まって以来の鬼才」と言われたほどの、腕利き忍び。 しかし、何故十蔵は公儀隠密を辞め、一介の寺子屋師匠の道を選んだのか。そして、妻を離縁した6年前の出来事とは何か。 それなのに十蔵、子供たちのために奮闘するうち、いつしか公儀隠密に復讐しようとする忍びの一党との対決に巻き込まれ・・・というストーリィ。 「童の神」とは時代や舞台設定、趣向もまるで異なりますが、現実離れした設定に面白さがあるところは、やはり共通するものがあると感じます。 同じ時代小説の中でも、忍び対忍びの対決ストーリィとなると、秘術の連発もあってやはりスリリングですねー。 そこに、それぞれ個性的な才能をもつ筆子(教え子)たちまでその対決に参入してくるですから、いやはや。 陰惨な対決という雰囲気になって不思議ないところ、個性的な問題児ばかりという教え子たちが勝手に加わってくるのですから、これはもう本当に愉快、面白い。 それもこれも、登場人物たちの個性が敵も味方も際立っているところが面白さの秘訣でしょう。 それにしても十蔵の元妻である睦月、幾ら何でも出来過ぎの観がありますが、それもあっての魅力と言わざるを得ません。 伝奇小説未満の面白さ、満喫しました。 序章/1.鉄之助の拳/2.吉太郎の袖/3.源也の空/4.千織と初雪/5.睦月は今日も笑う/6.十蔵、走る/7.筆子も走る/終章 |
3. | |
「八本目の槍」 ★★ |
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2022年05月
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羽柴秀吉と柴田勝家の命運を分けた賤ケ岳の戦い。その戦さで功を上げ、“賤ケ岳の七本槍”として名を上げた後の加藤清正や福島正則ら秀吉の小姓たち。 でも、奮闘したのは7人だけではない。「七」という数字が格好だったというだけのこと。小姓仲間にはもう一人いた、というのが本書題名「八本目の槍」の所以。 その8人目が誰だったかというと、ちょっと信じ難いところですが、佐吉、すなわち後の石田三成という次第。 本作は、“七本槍”一人一人を描きながら、彼らの目を通して石田三成という人物を描き出すという趣向。 同じ釜の飯を食った小姓仲間、という8人の濃い友情、繋がりが魅力。まるで現代の学園ストーリィのようです。 武将たち一人一人のドラマもすこぶる面白い。 “七本槍”の中で後の有名武将といえば、虎之助=加藤清正、市松=福島正則といったところ。 冒頭、古今の名将というイメージのある加藤清正の意外な面も楽しいのですが、猛将だが愚鈍というイメージのある福島正則が示した実直さには胸打たれるものがあります。 また、極めて地味な孫六=加藤嘉明が抱えていた予想外の秘密、これぞまさに隠し玉、というところ。 その7人が語る佐吉像が見事。怜悧で頭脳、洞察力ともに優れ、仲間たちを思う心も篤い。そして、武士のいない未来社会を夢見ているといった、傑出した人物ぶり。 もちろん、フィクションだからこその佐吉=石田三成像なのでしょう。 小説とはフィクション。小説の面白さとは、結局はフィクションの卓抜さに他ならないと実感させられました。 歴史的事実に基づいてどうフィクションを繰り広げるか。 本作におけるフィクションの卓抜さは、隆慶一郎「影武者徳川家康」の面白さに通じるところがあります。 8人たち一人一人が、生き生きと<関ヶ原>前後の歴史ドラマを演じるすこぶる面白い歴史時代フィクション。 今村翔吾さんの今後に期待大です。 一本槍-虎之助は何を見る/二本槍-腰抜け助右衛門/三本槍-惚れてこそ甚内/四本槍-助作は夢を見ぬ/五本槍-蟻の中の孫六/六本槍-権平は笑っているか/七本槍-槍を捜す市松 |
4. | |
「じんかん」 ★★☆ |
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2024年04月
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将軍義輝の殺害、東大寺大仏殿への放火等、稀代の悪人として知られる戦国大名=松永弾正久秀の生涯を描いた歴史時代小説。 直木賞候補に選ばれたということで読むに至りました。 一般的に知られる事実を土台にして、全く正反対のストーリィを語る、そうした面白さでは隆慶一郎「影武者徳川家康」が圧巻でしたが、同作のような伝奇小説ではないものの本作も十分に面白い。あの松永久秀が、全く別の人物、民のため理想を追い続けた武将として姿を現すのですから。 ただ、単に松永久秀を実は善人だったとして描くだけなら、おそらく説得力やリアル感は欠いたことでしょう。 本作では、松永久秀のそうした人物像を、あの信長が語る、という処に価値があります。信長がそうとしてそれを認め、信長と久秀の間に相通じるものがあった、ということなのですから。 大和信貴山城主であり、前の大和国主であった松永弾正少弼久秀が2度目の謀叛。その急報を小姓頭である狩野又九郎が、安土城天守閣にいる信長の元に届けます。 すると信長、自分だけが久秀本人から聞いたことだとして、又九郎相手に久秀のこれまでの生涯を語り出す、という趣向。 商人の家に生まれたものの、父親を殺され母親は自害、九兵衛は幼い弟=甚助の手を引きながら何とかして生き延びようとしていたところ、出会ったのが浮浪児たちをとりまとめて野盗働きをしていた多聞丸。 さらに、武士のいない世を作るのが理想だと語る三好元長に共鳴して足軽たちをとりまとめ、戦国武将として世に乗り出す。 しかし、理想など持たず、自分の損得だけしか考えない輩の何と多いことか。そしてそうした輩が、九兵衛の歩もうとする道を妨げ続ける・・・。 読み応え、面白さともたっぷり。お薦めです。 なお、題名の「じんかん」とは、信長が好んだという幸若舞「敦盛」の一節「人間五十年・・・・」のことでしょう。 1.松籟(しょうらい)の孤児(みなしご)/2.交錯する町/3.流浪の聲/4.修羅の城塞/5.夢追い人/6.血の碑(いしぶみ)/7.人間へ告ぐ |
5. | |
「塞王の楯」 ★★ 直木賞 |
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2024年06月
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関ヶ原前夜、京極高次が城主である大津城を舞台にした、石垣作り集団の穴太衆(あのうしゅう)=飛田屋と、鉄砲作りの国友衆の攻防戦を描く歴史小説。 主人公となるのは、信長の越前一乗谷攻撃により両親と妹を亡くし、逃げる途中穴太衆の源斎に救われた匡介(きょうすけ)。 その才能を源斎に見込まれ、飛田屋の頭である源斎の跡継ぎとして育てられます。 その匡介と敵対することになるのは、自ら望んで鉄砲作りの国友衆となり、やはり才能を見込まれて国友衆の頭となった彦九郎。 その2人が目指すのは、戦のない世を作ること。 しかし、そのための方法が対照的。匡介は破られることのない最強の「楯」となる石垣を築くことによって。一方、彦九郎は至高の「矛」たる鉄砲を作ることによって。 世間では凡将と言われ「蛍」と仇名される大津城主の京極高次、意外にも奥方のお初共々気さくで、民を大事にする人物。 石田三成により大津を蹂躙される訳にはいかないと要求に応じなかったことから、毛利元康と立花宗茂軍の攻勢を受けることになります。 着想は面白いのですが、前半は穴太衆、飛田屋の仕事ぶりに興味は惹かれつつも、やや物足りず。 それが俄然面白くなってくるのは、やはり琵琶湖畔に立つ大津城を舞台にしての攻防戦が始まってからです。 ただ、武将同士の戦いではなく、あたかも匡介率いる飛田屋と彦九郎率いる国友衆の戦いという様相になってしまったのはどうなのか、と思う処。 さて攻防戦の見処とその結果は・・・・それは読んでのお楽しみです。 読後感は、嬉しいことに、爽快です。 序/1.石工の都/2.懸(かかり)/3.矛盾の業/4.湖上の城/5.泰平揺る/6.礎(いしづえ)/7.蛍と無双/8.雷の砲/9.塞王の楯/終 |
6. | |
「幸村を討て」 ★★★ |
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2024年11月
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久々に、抜群の面白さを堪能しました。 本格的歴史時代小説であると同時に歴史サスペンス! 信玄・謙信・信長以降において、真田幸村という武将ほど胸をワクワクさせる人物はいないのではないでしょうか。 さらに「幸村を討て」という本作の題名、最初からこれは面白いぞと誘われているように感じます。 大坂夏の陣、幸村率いる真田隊に肉薄された家康は、信玄と戦った三方ヶ原以来の恐怖を感じさせられます。 しかし、幸村は何故・・・? その謎を解くため家康は、戦が終わった後、大阪城で幸村と関わった5人の武将(織田有楽斎・南条元忠・後藤又兵衛・伊達政宗・毛利勝永)が見た幸村像を調べ出します。 本作はそうした設定から成る連作風長編小説。 また同時に各章の末に、真田信之・信繁(幸村)兄弟の関わり合う様が書き綴られていきます。 本作において幸村は主人公とはならず、家康、5人の武将、そして兄=信之の視点から描かれていきます。そのためちょっと捉え難い処のあることが、かえって幸村への興味をかき立ててくれます。 同時にまた、5人の武将像を知る面白さもあります。 その武将5人、さらに家康、信之までが、それぞれの思惑を籠めて「幸村を討て」と唱えるのですから、とにかく面白い。 しかし、読み進むうちにこれは真田幸村の戦ではなく、父=昌幸の夢を受け継いだ兄弟=真田家の戦いであることに気付かされます。それから後は、面白さがさらにスケールアップ。 そして最後を飾るのが「真田の戦」で、真田家と家康&謀臣=本多正信との戦いになるのですが、これがまたヒリヒリするようにスリリング。 本作品の背後には、池波正太郎「真田太平記」&「獅子」があるのに間違いありません。もう一つの「真田太平記」と言っても良いのではないかと思うくらい、密接な関係を感じます。 抜群に面白い、戦国武将絵巻の一つ。 是非お薦めです! 家康の疑/逃げよう有楽斎/南条の影/名こそ又兵衛/政宗の夢/勝永の誓い/真田の戦 |
7. | |
「海を破る者」 ★★☆ |
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鎌倉時代中期に起こった、元寇。 二度目となる弘安の役(1281年)において、日本軍の先頭に立って侵略軍と戦った河野通有とその一族を描いた歴史長編。 その河野家は、源頼朝をして「源、北条に次ぐ」と言わしめた伊予の名門。しかし、承久の乱の際に幕府側ではなく上皇側についたこと、またその後に起きた河野一族間での内紛により、今は見る影もなく没落。 とはいってもその水軍力を執権=北条時宗から高く評価されている河野家、元の侵略軍に対する迎撃戦において、その活躍を期待されている。 果たして現当主である河野通有は、河野一族を取りまとめ、元軍と激戦においてその力を発揮することができるのか。 歴史に残る大きな戦、その仔細を描くことを主眼とした歴史小説と思っていたのですが、今村さんが主眼としたのは、どうもそれとは違っていたようです。 今村さんが描く河野通有という人物は、海の向こうにある国々に関心を抱き、何故モンゴル帝国は他国を侵略し続けるのか、という疑問を抱く。 そうした通有という人物を印象づけるように、高麗人である繁、るしあ人である令那という女性を登場させています。 何故侵略し続けるのか、戦う以外の道はないのか、そうした通有の考察は、ロシアによるウクライナ侵略、イスラエルによるガザ地区攻撃といった非道な国家犯罪に通じる処があります。 なお、時宗の開祖、“踊念仏”を広めた一遍は、河野一族。本作において、通有に対し中央の情勢を伝える人物として描かれている処も興味深い。 古い時代の出来事を描く長編ですが、清新な印象を受けるストーリー。「海を破る」という文句に希望が感じられます。 読後感も爽快です。お薦め。 序章/1.邂逅の夏/2.眩惑の秋/3.決心の冬/4.真実の春/5.西海に至る/6.河野の後築地/7.海を破る者/終章 |
8. | |
「五葉のまつり」 ★★★ |
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同じく石田三成を軸とした「八本目の槍」も充分面白かったのですが、本作はもう抜群の面白さ。 時代小説であると同時に現代的な“お仕事小説”となっている処が秀逸。よくまぁ、こうした視点を思いつかれたものだと感服します。 豊臣秀吉の支配下、重要な政務を取り扱った<五奉行>が本連作ストーリーの主人公。 秀吉が平然と言ってのける難題に、五奉行たちは必死で取り組んでいく。失敗は許されない。失敗は秀吉の威信を傷つけることとなり、切腹を免れないという緊迫感がそこにはあります。 五奉行たちにとってはまさに<戦さ>に他ならず。 ちなみにその五奉行とは、前田玄以、浅野長政、増田長盛、石田三成、長束正家。 秀吉の難題押し付けぶりは、信長以上ではないか。そこは、もはや紛れもない天下人であるが故なのでしょう。 五奉行が全力を尽くして奮闘してもやり遂げられるかどうか、秀吉の振る舞いは、まるで五奉行の力量を試すかのようです。 そしてその五奉行側、出自も経歴も様々。前田たち3人と三成・正家2人では年代も違い、好き嫌い、肌合いの悪さもあってとても良好な関係とは思えませんが、いざ難題をやり遂げるために、それぞれの得意技を生かしながら全員一致協力して挑んでいく、そこが抜群の面白さ。(※「太閤検地」が格別) それぞれの難題は現実にあった歴史的事実。その裏側を詳細に描き出していく(勿論フィクションでしょうけど)処も、歴史好きにとっては面白くて堪りません。 5篇の中でも、五奉行の相手方=敵となるのが錚々たる人物の場合、面白さはさらにうなぎ登り。 「北野大茶会」では千利休、「太閤検地」では伊達政宗、この二人との激戦は類稀れなサスペンス劇というに尽きます。 また、「醍醐の花見」では、徳川家康が五奉行の足を引っ張ろうと嫌らしく絡みます。 そこに、戦国時代後の<新しい戦さ>の姿が見えます。 なお、奉行五人の他に欠かせない登場人物が、一人います。 三成の盟友である大谷刑部吉継。五奉行に引けを取らない軍事・行政能力を備えた人物ながら、病のため脇から三成を支援するという、良き男ぶりを発揮しています。 歴史時代小説好きには堪らない魅力のある一冊。お薦め! まつりの序/まつりの壱-北野大茶会/まつりの弐-刀狩り/まつりの参-太閤検地/まつりの肆-大瓜畑遊び/まつりの伍-醍醐の花見 |