池澤夏樹作品のページ


1945年北海道生、埼玉大学理工学部物理学科中退。実父は福永武彦。88年「スティル・ライフ」にて中央公論新人賞および芥川賞、92年「南の島のティオ」にて小学館文学賞、「母なる自然のおっぱい」にて読売文学賞随筆・紀行賞、93年「マシアス・ギリの失脚」にて谷崎潤一郎賞、94年「楽しい終末」にて伊藤整文学賞、96年「ハワイイ紀行」にてJTB紀行文学大賞、2000年「花を運ぶ妹」にて毎日出版文化賞、01年「すばらしい新世界」にて芸術選奨文部科学大臣賞、03年「言葉の流星群」にて宮沢賢治賞、著作活動全般について司馬遼太郎賞を受賞。


1.ハワイイ紀行

2.イラクの小さな橋を渡って

風がページを・・・・

4.きみのためのバラ

5.氷山の南

6.双頭の船

7.砂浜に坐り込んだ船

8.キトラ・ボックス

 


 

1.

●「ハワイイ紀行【完全版】」● ★★    JTB紀行文学大賞受賞


ハワイイ紀行画像

1996年08月
新潮社刊

2000年08月
新潮文庫刊
(895円+税)


2000/08/12


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単行本刊行時の内容に2章を追加した 「完全版」。
何故
ハワイではなく、“ハワイイ”なのかというと、ハワイイ語では後者の方が 正確なのだそうです。
その題名ひとつが、実は本書の内容をすべて物語っています。
私たちが普通
ハワイから思い浮かべるのは、太平洋上の楽園という観光のメッカであり、オアフ島、ワイキキ等の観光スポットでしょう。しかし、本書で池澤さんが訪ね歩いたのは、そんなハワイではありません。まずは、何もないモロカイ島から。次いで、ハワイ島....。普通お馴染みの、オアフ島、ホノルル等は殆ど本書には出てきません。
ハワイ諸島の気候の特徴、火山のこと、ハワイ固有の植物等が如何に滅亡の危機にあるか、水のこと、タロ芋畑。そして、
ハワイ先住民の歴史における苦渋、最近の活動。さらに、フラ・ダンスやレイの文化的意味合い、サーフィンの楽しさ等々。池澤さんは、ハワイを愛してここに住む人たちの間を歩き回り、彼らの言葉に耳を傾けます。
そのことから我々が得られるのは、観光地としてのハワイではなく、ハワイ先住民が長く生活してきた、生活地としてのハワイの姿です。
この本を読んだ人は、読書前よりずっと深く
“ハワイイ”が好きになるに違いありません。本書はそんな一冊です。

1.淋しい島/2.オヒアの花/3.秘密の花園/4.タロ芋畑でつかまえて/5.アロハ・オエ/6.神々の前で踊る/7.生き返った言葉/8.波の島、風の島/9.星の羅針盤/10.エリックス5の航海/11.鳥たちの島12.マウナケア山頂の大きな眼  ※11.12.が文庫化に際しての追加章です。

  

2.

●「イラクの小さな橋を渡って(写真:本橋成一) ★★

 
イラクの小さな橋を渡って画像

2003年01月
光文社刊
(952円+税)

2006年02月
光文社文庫


2003/03/29


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池澤さんの文章、本橋成一さんの写真による、イラク訪問記。
米軍らによるイラクへの攻撃の火蓋が既に切って落とされた今となると、本書の重さを感じざるを得ません。

池澤さんがイラクに入ったのは、昨年の10月末。
池澤さんの文と本橋さんの写真が描き出しているのは、どこの国でも見かける、ごく普通の子供たちであり、ごく普通に生活する大人たちの姿です。
本書は紀行文ではなく、緊張下にありながら、イラクの人々の素顔を伝えた一冊といえるでしょう。彼らの明るい笑顔が、とりわけ印象的です。
この人たちを攻撃するなんて、どこの誰にそんな権利があるのでしょうか。その国で暮す人々とその国家の違いを、人間は区別する智慧を持たないのでしょうか。

池澤さんがイラクを訪れた動機は、「もしも戦争になった時、どういう人々の上に爆弾が降るのか、そこが知りたかった」からだと言います。
それにしても、経済制裁による推定死者数 150万人のうち、62万人が5歳以下の子供たちだったという記載は、あまりに重い。

ごく薄い一冊です。是非読んでみてください。

  

3.

●「風がページを・・・・−池澤夏樹の読書日記− ★☆


風がページを画像

2003年11月
文芸春秋刊

(1762円+税)



2004/04/23



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副題は「池澤夏樹の読書日記」週刊文春に平成10年から15年までの5年間連載された読書日記の単行本化です。
そよ風に吹かれて読み進み、エレガントであるべきという思いから名づけられた題名という。
ついその雰囲気に惹かれて読み始めたのですが、中身は題名の印象と大違い。池澤さん自身、「読み直してみると、この5年間そんなに優雅なものばかり読んできたのではなかったことがわかった」というのですから、何をか況や。

まず、本書中に取り上げられる本には、小説が極めて少ない。あっても、海外SFや、海外小説が多。ノンフィクション、あれこれ知識や思索を深める本が読書の主体、という印象です。したがって、私の知らない本ばかり。
池澤さんの略歴は物理学科中退と、全くの理数系。読書傾向が異なるもの成る程と、後から納得するに至りました。その池澤さんの興味範囲は極めて広く、読破数も半端ではありません。そうした中で、あらゆるジャンルの本を次々と本を読み倒し、読書日記に書き落としていく。文科系の私などは、なんとかすがり付いて最後の頁まで辿り着いた、全く圧倒されたというのが正直なところです。
その一方で、こんなにも広い読書の世界があったのか、こうした読書の仕方もあったのかと、今更ながらに感じました。小節ばかりでなく、もっと読書の幅を広げた方が良さそうです。

なお、本書中池澤さんが讃美していて、私も読んでことがあるという稀な本は、シュリンク「朗読者位。改めて「朗読者」のことが思い出されます。

     

4.

●「きみのためのバラ」● ★★


きみのためのバラ画像

2007年04月
新潮社刊
(1300円+税)

2010年09月
新潮文庫化



2007/05/16



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人生とは旅のようなものであると言った、松尾芭蕉の言葉を改めてかみ締めたくなるような作品集。
いずれも旅の途中、人生のホンの途中にあるようなストーリィです。
飛行機に搭乗しそこなって泊まることとなった町でのレストランでのこと、バリでの結婚直前の出来事、那覇での僅か10日間の恋物語、ヘルシンキに一人残された男と一組の父娘との出会い、アラスカの小さな島にやってきた少年のこと、メキシコを旅する途中で出会った美少女との思い出。
どれも完結するようなドラマではありません。長い人生の中にはこんなこともあるよなあと感じる一瞬の出来事。でも旅の途であったり、一時の仮の居場所のことであったりするからこそ自分に正直でいられ、また忘れ難いこととして胸に輝きます。

8篇の中では「都市生活」が旅に特有のこととして印象的。
「連夜」では衝動的行動の謎解きにユタが引っ張り出されているところが何やら楽しい。
「ヘルシンキ」では、結婚なんて皆国際結婚みたいなものだという主人公の一言が名言のように響きます。
「20マイル四方で唯一のコーヒー豆」は、短いストーリィながら暴力的な父親に耐えて過ごしてきた少年の心がとても奥深く感じられます。
そして最後を飾る
「きみのためのバラ」、幕切れに相応しい、涼風が吹き渡っていくような気持ち良いストーリィ。

なお、「レシタションのはじまり」は他の篇と異なる、ファンタジーのような篇。本当にそんな展開があったら世界はどんなに居心地の良いことか。
パリで過ごした時間を語った
「人生の広場」は、ヘミングウェイ「移動祝祭日を思い起こさせるような一篇。

都市生活/レギャンの花嫁/連夜/レシタションのはじまり/ヘルシンキ/人生の広場/20マイル四方で唯一のコーヒー豆/きみのためのバラ

    

5.

●「氷山の南」● ★★☆


氷山の南画像

2012年03月
文芸春秋刊
(2100円+税)

2014年09月
文春文庫化



2012/04/16



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南極から氷山を曳いてきて溶かした水を農業等に利用しようという氷山曳航計画。
氷山を見たいと、その計画実行を担う船=
シンディバード号に潜り込んだ密航少年=アイヌの血を引くジン18歳を主人公とした冒険小説。
海、冒険物語とくれば思い浮かぶのは、古典的名作=
メルヴィルの「白鯨」
本物語の舞台が2016年に設定されているため、一見まるで違う物語のように思えますが、時代が異なるだけで本質的には同質の冒険小説と考えて良いのではないかと思います。

船に留まることを許されたジンは、午前中は厨房で働き午後は船内新聞の記者となり、船になくてはならない存在となります。
記者という設定がジンをして、氷山曳航計画に関する読者への説明者ともなり、冷静な観察者にもならしめているところが本作品の妙。
パン焼きに挑んだり、氷山の上でキャンプしたりカヤックで氷山の周りを巡るといった小冒険も経験すれば、若々しい恋もあり。
その一方、計画の中心人物である“
族長”や“DD”に親しみ氷山曳航計画の詳細を知ることもあれば、氷を信仰の対象とする“アイシスト”とも出会い、氷山曳航計画の是非を考えるにも至ります。またアポリジニの少年ジムと親友になったことを通じてアポリジニの考え方も知ると、様々な経験を重ねます。

本作品の良い処は、ジンに余計な自己主張がなく、自然体であること。そのため作品世界に広がりが生まれ、本物語を読んでいること自体が楽しい。
少年が冒険することの報酬といえば、未来への可能性を手にすることでしょう。その意味で、本物語の最後にジンが得たものはまさにその通りと言って良いと思います。
アクション映画のようなシーンはないものの、少年にとって未来への可能性を開く、現代的な少年冒険小説。お薦めです。

        

6.

「双頭の船」 ★★


双頭の船画像

2013年02月
新潮社刊
(1500円+税)

2015年12月
新潮文庫化


2013/03/23


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3.11東日本大震災を契機にした、ファンタジーにしてユーモラスな、しかも“方舟”を思わせる航海記。

自転車修理が得意な主人公=海津知洋が中学時代の教師に指示されて乗り組んだのは、フェリー船「しまなみ8」。その目的は、放置自転車を多数積み込んで修理し、被災地へ届けること。
当初こそ如何にも被災地支援のボランティア活動記だったのですが、次第に多彩な人々、そして多くの被災者が船に乗り込んでくるところからフェリー船はその姿をどんどん変えていき、船名も「
さくら丸」へと改名されるに至ります。

動物も乗り込み、さらに仮設住宅まで車両甲板上に設置されるとなると、もはやファンタジーに近い。まるで“ノアの方舟”のようです。
いやちょっと待て・・・諸処に発揮されるユーモラスな展開、私と同世代の読者ならやがて気づくでしょう、“方舟”よりこれはまるで“
ひょっこりひょうたん島”の世界ではないかと。
被災者救済という問題を取り上げると同時に、遥かに壮大な冒険ファンタジー物語も展開させてみせる、という風。
まさに新種のファンタジー&冒険物語と言って良いのではないでしょうか。
好み次第という要素はありますが、お薦めしたい一冊です。

ベアマン/北への航海/千鶴さんとヴェット/金庫ピアニスト/さくら丸/オオカミが来た/フォルクローレ/さくら半島

             

7.
「砂浜に坐り込んだ船 ★★☆


砂浜に坐り込んだ船

2015年11月
新潮社刊
(1400円+税)

2018年06月
新潮文庫化



2015/12/25



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静謐で透明感ある作品集、8篇収録。

ひんやりとした清涼感、寂しいとも感じる処がありますが、それでいて解放感に満ちているところが心地良い。
それは収録されている作品のいずれもが、時間を超え、現実と仮想の間を自在に行き来しているからでしょう。
それはもう、大人だからこそ楽しめる小説世界、贅沢な時間、と言うに相応しい。
味わいに富んだ短篇集がお好きな方に、是非お薦めです。

・「砂浜に坐り込んだ船」:海岸に座礁した大きな貨物船と、主人公の傍らに現れた今は亡き友人。砂浜に坐り込んだかのようなその船と、あたかも気持ちが通じ合うような気分を味わうところが絶妙の味わい。
・「苦麻の村」:東日本大震災を題材にした作品。誰が老人を責められようか。
・「上と下に・・・」:舞台はアソコの筈ですが、久々に邂逅した主人公と姪の語らいが楽しい。
・「大聖堂」:単に島でピザを焼いて食べるだけの話に、何故心惹かれるのでしょうか。(※この篇も多少震災絡み)
・「夢の中の夢の中の、」:民話ファンタジー的な夢、夢、また夢。それに対して何と現実世界の無粋なことか。(笑)
・「イスファハーンの魔神」:何で魔神が? 呆然とした後お互いに確認し合う義母と娘の様子がいみじくも現実的で、アラビアンナイト的世界との対比がミスマッチで笑えます。
「監獄のバラード」:大雪の中をわざわざ墓参りに向かう一人の男。その理由は・・・・何ともはや。
・「マウント・ポラダイルへの飛翔」:どこまでも歩いていけたら・・・・夢、ですね。

砂浜に坐り込んだ船/苦麻の村/上と下に腕を伸ばして鉛直に連なった猿たち/大聖堂/夢の中の夢の中の、/イスファハーンの魔神/監獄のバラード/マウント・ポラダイルへの飛翔

        

8.

「キトラ・ボックス KITORA BOX ★☆


キトラ・ボックス

2017年03月
角川書店刊

(1700円+税)



2017/05/19



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一度見送ったのですが、新聞の書評を読んでだったか、読んでみようと思った次第。

奈良県天川村にある日月神社、そのご神体である
禽獣葡萄鏡の考古学的調査を依頼された讃岐大学理学部准教授の藤波三次郎は、トルファン出土のよく似た禽獣葡萄鏡についての論文を発表していた可敦(カトゥン)に協力を求めます。
可敦は新疆ウィグル自治区から来日して、現在は国立民族学博物館研究員の職にある若い女性。
藤波と共に鏡と剣の現物を見た可敦は、剣に刻まれた模様が
キトラ古墳の天文図とそっくりであることに気づく。また、藤波はもうひとつそっくりの鏡が瀬戸内海の大三島にある大山祇神社にあることを思い出し、再び可敦と共にその現物を確かめに大山祇神社の宝物殿を訪ねます。するとその帰り、可敦が2人の中国人に襲われ、拉致されそうになるという事件が発生。
可敦曰く、兄が独立運動の活動者。北京政府が可敦を人質にして兄の行動を制約しようとしたに違いない、と。
藤波は同じ大学の研究者仲間である
宮本美汐に連絡を取り、とりあえず凪島にある美汐の実家に可敦を匿う。
美汐は、凪島で今は郵便局員をしているが、かつては警視庁公安部捜査官だった
行田安治に可敦の件で協力を依頼する・・・。

古代史に纏わる謎と、可敦を巡る現在の事件・・・2つの謎がどう絡み合うのかと興味津々でしたが、結局は別々のものと判り、いささか拍子抜けした気分。

それにしても最近、天智〜天武時代関連の本を何故か度々読んでいるなぁという気がします。
※もうひとつ余談ですが、本ストーリィにもっと冒険活劇エンターテイメント要素を加えたら、
クライブ・カッスラー“ダーク・ピット”シリーズのような作品になるなぁとふと思った次第。

    


 

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