藤本ひとみ作品のページ No.1


1951年11月長野県飯田市生、飯田風越高校卒。第4回コバルト・ノベル賞受賞。上京後12年間の公務員生活を経て、本格的に作家活動入り。デビュー作は「眼差」(集英社)。


1.
ブルボンの封印

2.逆光のメディチ

3.コキュ伯爵夫人の艶事

4.ハプスブルクの宝剣

5.見知らぬ遊戯・歓びの娘・快楽の伏流 (鑑定医シャルル・シリーズ)

6.ウィーンの密使(文庫改題:マリー・アントワネットの恋人)

7.大修院長ジュスティーヌ

8.聖戦ヴァンデ

9.侯爵サド

10.侯爵サド夫人


聖アントニウスの夜、マリー・アントワネットの生涯、暗殺者ロレンザッチョ、預言者ノストラダムス、バスティーユの陰謀、聖ヨゼフ脱獄の夜、マダムの幻影、恋情、貴腐、ジャンヌ・ダルクの生涯

→ 藤本ひとみ作品のページ No.2

離婚まで、悪女が生まれる時、ジャンヌ・ダルク暗殺、パンドラの娘、悪女の物語、変態、新・三銃士−ダルタニャンとミラディ−

→ 藤本ひとみ作品のページ No.3

→ 藤本ひとみ歴史館

→ 藤本ひとみ・コバルト系作品のページ

       


 

1.

●「ブルボンの封印 Cachet des Bourbons 」● 

 

1992年12月
新潮社刊

 1995年12月
新潮文庫
(上下)

  
2007年12月
集英社文庫化
(上下)

 

1998/03/04

藤本ひとみ・ヨーロッパ三部作の1作目。
ルイ14世治世下のフランスが舞台。捨て子として育った若い男女の、出生の謎と恋の行方を追う。それにブルボン家の秘められた大スキャンダルが絡むというストーリィ。
藤本作品としては、読んですんなりと楽しめる作品です。
読み始めてすぐに感じてしまうのは、デュマのダルタニャン物語との比較です。リシュリュー、マザラン、フーケなどの大物が登場してくればそれは当然というもの。それと、彼の物語の愛読者であれば、大スキャンダルの謎など容易に推測がついてしまうのであって、その点では謎解きの楽しみというのは余りない。
また、ダルタニャン物語が、マザラン、王位何するものぞ!という気概に溢れた、男性的かつ大人の物語であるのに対して、本作品は若者らの子供から大人への成長物語という趣き。加えて、王権という権威に従順であること、ストーリィの節目、節目できれい事過ぎることもあって、物足りなさも感じてしまう面もあります。
しかし、一方で女主人公マリエールの成長していく姿は充分魅力的。また、文豪デュマに臆すること無く、日本の女性作家がこうしたフランス歴史絵巻に挑んでいるという意欲に快さを感じます。

 

2.

●「逆光のメディチ E Mediti nella penombra 」● 

 

1993年12月
新潮社刊

1996年11月
新潮文庫
(583円+税)

 

1998/04/04

藤本ひとみ・ヨーロッパ三部作の2作目。
死の床に瀕したレオナルド・ダ・ヴィンチが、自らのフィレンツェ時代を 女主人公に置き換えて語る、というストーリィ。
そうした設定自体が判り難かったこと、魅力ある主人公像がロレンツォ、アントニーナ、レオーネに分散してしまっていること、本来の主人公であるジュリアーノ、アンジェラは、恋愛ごと・絵にばかりうつつ抜かしているという印象から、ストーリィとしては今一歩の物足りなさを感じました。
一方、花の都フィレンツェ、メディチ家の繁栄と興亡という歴史ドラマを再現するという点では、充分楽しめる作品だと思います。
上記主人公像の物足りなさは、ハプスブルクの宝剣でひとりの若者に集中され、魅力的な主人公エドゥアルトに結実したのではないかと思います。

メディチ家について

 

3.

●「コキュ伯爵夫人の艶事」● 


1995年05月
新潮社刊

1998年01月
新潮文庫
(438円+税)

 

1998/02/05

本書は4つの短篇を収録、うち3つは艶笑もの。
最初の2篇「コキュ伯爵夫人の艶事」「令嬢アイセの秘事」はフランスの革命以前が舞台なのですが、サド「恋のかけひき」スタンダール「イタリア年代記」とつい比べてしまい、迫力不足という印象でした。

後の2編「ダンフェル夫人の断頭台」「農夫ジャックの幸福」はフランス革命最中の各派閥による暗闘をベースにしてのストーリィであり、なかなかの読み応え。とくに「農夫ジャック」の最終場面での急展開は圧巻! 藤本さんのストーリィテラーとして の巧さを感じた作品でした。

コキュ伯爵夫人の艶事/令嬢アイセの秘事/ダンフェル夫人の断頭台/農夫ジャックの幸福

 

4.

●「ハプスブルクの宝剣」● ★★☆




1995年07月
文芸春秋刊
上下
(各1748円+税)

1998年06月
文春文庫化
(各552円+税)

 

1998/03/28

 

amazon.co.jp

藤本ひとみ・ヨーロッパ三部作の3作目。
ハプスブルク家をマリア・テレジアが継承することによって起こったオーストリア継承戦争(1740〜1748)を中心舞台として、一ユダヤ人青年が風雲児のごとく活躍する歴史小説。
ハプスブルク家、オーストリアとあまり深く知ることのなかった歴史が舞台だけに、ヨーロッパ諸国の興亡の歴史に触れるという楽しみもありますが、なんといっても魅力なのは、“ハプスブルクの宝剣”という異名を授けられた主人公エリヤーフー(エドゥアルト)の人物創造にあります。

オーストリアを支配し、代々神聖ローマ帝国皇帝を継承してきたハプスブルク家はキリスト教擁護の家柄であり、それはすなわちユダヤ教を排斥してきたということでもある。そのことが本作品の重要な要素になっています。
主人公は決闘事件のため、ユダヤを捨てオーストリア人になりきろうとしますが、その為の八面六臂の活躍であり、苦難の連続と戦うことになります。そのことが中心線となり、本作品は主人公の青春物語という要素ももっています。
主人公がどんな人物かというと、
(1) 困難に直面してもそれを巻き返す苛烈さという面で織田信長を連想させ、(2) たった一人個人の力で歴史を切り開こうとする行動力は坂本竜馬を連想させます。(3) そうでありながら自らの人生に悩む姿はトルストイ「戦争と平和」ピエールを思い出させます。
これらを併せ持っているとすれば、主人公が魅力的であり、ストーリィが息もつかせぬ面白みをもっているというのも当然のこと。
また、マリア・テレジアの夫であり後に神聖ローマ帝国皇帝となるフランツとの篤い友情も、読み応え充分です。
ブルボンの封印以上に面白く、藤本さんの代表作と言って良い本。

マリア・テレジアについて

 

5.

●“鑑定医者シャルル・シリーズ”● ★★

 3作とも性に関して倒錯的な精神的病質を負っている犯人を追うサイコ・ミステリ
 冒頭から犯人の声をさらし出し、倒錯のありようを繰り広げつつ、一方でシャルル・ドゥ・アルディという若き天才肌の司法精神医学者が真実に迫る、というストーリィ構成です。そこにはいつも藤本さんの仕掛けた逆転があり、パターン化されているとはいうものの、むしろその手堅さ、技巧派ぶりに好感を覚えます。
 ただ、ストーリィとしては、毎度おぞましいような狂気が繰り広げられることもあって、あまり読んで愉快とは言えません。また、心理学の学説そのままを当てはめたような事件の究明、シャルルにおける予言者まがいの絶対性は、反感を感じてしまう部分もあります。その一方、常に探偵役シャルルの相棒役となる女性との葛藤があり、その部分は面白味であるのですけれど。
 主人公のシャルルについては、自身も精神分裂症の母親をもち、愛された記憶の無いままに幼くして死別している。それが現在の人嫌いで、冷徹等の人格を形成しており、シャルル自らも自分の病的気質を知っているという設定。
 しかし、このシャルル、コバルト文庫のマリナ・シリーズから生まれた人物だけに、若い女性の間で圧倒的な人気があるのです。もう呆れる程。(^^;)

1998/03/14

「見知らぬ遊戯」

1993年07月
集英社刊

1996年05月
集英社文庫化

チェザレという男と暮らすジャンが犯人らしい。
シャルルの相棒は、ノルマンディ県の憲兵隊特務曹長アニエス・グロレ、25歳。(この時シャルルは23歳)
事件の発端は、アニエスの所轄地域で起きたレイプ事件。パリで起きた連続暴行殺人事件との類似からアニエスはパリへやってきます。そしてシャルルの協力を求めるが、シャルルは冷たく協力を拒む。そこに対立劇が展開されますが、結局シャルルは捜査に協力し、捜査が展開されます。
 

「歓びの娘」

1994年06月
集英社刊

1997年09月
集英社文庫化

ミシェルの完全犯罪を狙って陶酔している様子、“歓びの館”の娼婦アデルが他人の苦悩を楽しんでいる心理から、ストーリィは始まります。そして、アラン、ミシェル兄弟の荒れた様子、母親ニノンとの3人家族の朝食の場に、父親がバラバラ死体で 見つかったという知らせ。
アデルが呼ばれた部屋でシャルルが登場します。アデル・ランクロは12歳で稼ぎ頭の娼婦。シャルルは新しい著作のサンプルとしてアデルを呼んだ、という設定です。
 

「快楽の伏流」

1997年07月
集英社刊

2000年09月
集英社文庫化

 

amazon.co.jp

とにかくおぞましいといった内容ですけれど、緊迫感が常にあり、このシリーズでは一番面白い と感じました。
征服してやる、完全支配だ、とつぶやく何者かの言葉から始まるストーリィ。
事件は、老女を対象とした連続暴行殺人。探偵役は、検事昇格をめざす検事代理ベアトリス。医学諮問委員会でシャルルを見かけ、事件解決に協力を得るという設定。
事件自体は、ベアトリス自身の家族、実子アレクサンドル・養子フレデリックが起こしたものであることがすぐ読者に明らかにされます。後はどのようにして事件の真相が明らかにされるのかが興味の対象。探偵役が母親で、犯人はその息子たちというのは悲惨というほかありません。

 

6.

●「ウィーンの密使―フランス革命秘話―」●
  
集英社文庫時改題:「マリー・アントワネットの恋人」


1996年03月
講談社刊

1999年05月
講談社文庫化
(800円+税)

2009年03月
集英社文庫化

1998/04/09

ウィーン宮廷から革命最中のフランスに使わされた青年貴族とマリー・アントワネットがストーリィの中心。とはいってもアントワネットの運命は定まっているわけで、所詮ストーリィの結末は 見えてしまいます。
本作品の興味は、ハプスブルク家の栄光を悪しくも振りかざすアントワネットの姿と、青年貴族ルーカスが見たフランス革命の歴史的現場にあります。ルイ16世、ラファイエット、ミラボー、ロベスピエールら革命の主役らが個性的に描かれています。
そうした点で、本作品は小説というより、革命のルポタージュといった方がふさわしい。“フランス革命秘話”という副題も、章がいずれも短く数が多いのも、藤本さんのそうした意図の現れと思います。

  

7.

「大修院長ジュスティーヌ L'Abbesse Justine  ★★


  
1996年09月
文芸春秋刊

1999年9月
文春文庫化

 
1998/02/26

  
amazon.co.jp

中編3作からなる1冊。
いずれの作品も官能的という媚薬を前面に出しながら、法廷論争のようなスリリングさ、犯罪小説のような仕掛け、また女性の自伝という面白さを加味し、その根底にフランス革命による女性の解放という問題をしっかり据えている。そんな構成に確かな手応えを感じます。読んで面白いのは当然のこと。

何故藤本さんがフランス革命当時に関心を持つのかという疑問も、女性の解放の契機となった事件という理由であるのなら、納得できます。(軽々に結論づけることは適切でないと思いますが。)
3作品とも似たような題材でありながら、各々異なる味わい。特に2番目の作品には凄みさえ感じられました。藤本さんは、単に面白いストーリィを書く作家、ということには決して止まりません。そう感じられたのは、私としては嬉しいこと。

甘美さと苦味、まるでチョコレートの詰め合わせのような1冊です。

大修院長ジュスティーヌ/侯爵夫人ドニッサン/娼婦ティティーヌ

 

8.

●「聖戦ヴァンデ La Guerre de Vendee 」● 


1997年02月
角川書店刊
上下

2000年04月
角川文庫化


1998/05/03

ウィーンの密使に続くフランス革命史もの。この作品で仏革命史を総決算しようとする、 藤本さんの意気込みを感じます。
革命を押し付けられたヴァンデ地方の農民は、ついに武装蜂起するに至る。その中心人物となるのがウィーンの密使にも登場したアンリ・ドゥ・ラ・ロシュジャクラン、21才。一方、ヴァンデ軍を追い詰める共和国軍側の中心となるのは、革命を狂信するジュリアン19才。
同じフランス国民でありながら相手を殺戮しつくそうとした共和国側の動きは、人間の恐ろしさを具現した事実と言えます。
本作品は、フィクションの面白さを求めるのではなく、歴史の暗部をつきつめようとした渾身の力作です。

  

9.

「侯爵サド Marquise de SADE   ★★




1997年09月
文芸春秋刊
(1810円+税)

2000年12月
文春文庫化

   

1997/10/10

  

amazon.co.jp

マルキ・ド・サドという人物はどういう人物だったのか、偉大な哲学者なのか、 それとも極め付きの変態者なのか。
日本ではチャタレイ裁判に次いでサド裁判というのがありまして、高校生の頃その裁判における双方の立場の主張を 収録したサド裁判という本を読みました。こうまで見方が分かれるのか、という思いで面白く 読んだ記憶があります。

本作品も似たような内容で、サド侯爵を牢獄に収監すべきか、精神病院にとどめおくべきか、という審問が行われた際のこと、というストーリィです。
過去の公式記録を辿りながら、サド侯爵の弁明を聞き、犯罪者とみる側、精神病者と見る側双方のサド侯爵の人間分析が繰り広げられる、といったもの。サド侯爵の行動について、いろいろな解釈の仕様があることも面白いのですが、それぞれの論駁に法廷推理のようなスリリングさもあり、十分に楽しめた作品です。最後の逆転劇も胸のすくようなところがあります。また、サド侯爵夫人ルネの行動の分析も興味つきないところ。
もっとも、サドに対する偏見が強い方だと、全く異なる感想になってしまうと思いますが。

※本書が初めて読んだ藤本ひとみ作品です。この本から始まり、藤本作品をずっと読み続けるに至りました。

マルキ・ド・サドについて

 

10.

●「侯爵サド夫人 La Marquise Madame de SADE 」● 



1998年03月
文芸春秋刊
(1143円+税)

2001年09月
文春文庫化

1998/03/28

侯爵サドと対を成す作品ですが、主人公はサド夫人ルネとその心理療法を試みる助任司祭のピネル

本作品のストーリィそのものに侯爵サド自身はあまり関係ありません。三島由紀夫の戯曲サド侯爵夫人が、サド、夫人ルネ、ルネの母親モントルイユ夫人との緊迫した三者関係を主題にしているのに対し、本作品の対立軸はルネとモントルイユ夫人の二者関係です。その為、作品としては単調でやや物足りない感じを受けました。
前半は、ピネルがルネの深層心理を解き明かしていくというだけのストーリィでしたが、後半になってモントルイユ夫人が登場してくると、サスペンスのような要素もはらんできます。それは最後の劇的な決着に結びついていきます。

物足りないと言っても、三島作品との対比でのこと。本作品でも、藤本さんは駆け引きを充分見せ場にし、上手にストーリィをまとめあげてくれます。

   

藤本ひとみ作品のページ No.2 へ   藤本ひとみ作品のページ No.3

 


 

to Top Page     to 国内作家 Index