byやませみ


7 関東周辺の温泉

7-2 草津・万座

7-2-2(2) 草津白根山周辺の温泉(2)

【草津温泉】


町内泉源と万代鉱をあわせた主力源泉の湧出量は約15,000L/minあります。これに町内に散在する無数の小規模源泉を合計した総湧出量は約27,000L/min(最大時36,000L/min超)にもなり、これは自噴の温泉湧出量としては日本一の規模で、驚くことに草津温泉だけで全国の温泉湧出量の1%を占めています。名実ともに日本の温泉の大横綱といえるでしょう。

K1) 草津湯畑ほか町内の泉源 S-Al・(Ca・Mg・Na)-SO4・Cl

草津町内には、60カ所あまりの泉源が記録されており、現在利用されているものだけでも大小十数カ所の源泉が湧出しています。これらの大部分は湯畑を中心とした浅い谷地形の中に分布しており、泉質もほとんど同じですから、全体としてひとつの温泉源から分岐してきたものとみることができます。湯畑より北側、湯川のほうへ湧出地の標高が低くなるにしたがい、泉温が低く成分も薄くなる傾向があるのは、表層の地下水をまじえて湧出してくるからだと考えられています。

昔の外湯は各泉源の直上に建てられており、それぞれに微妙な温度・泉質の違いに独特の効能があるとされていました。草津温泉に集中管理が導入され、主力源泉のお湯が全域に供給されるようになった現在では、これらの小規模な源泉は利用されなくなり、外湯にも主力源泉が導入されています。小規模源泉のいくつかは、今でも旅館の独自源泉として保存されているのもありますから、探索されてみるのも面白いでしょう。また、湯畑などの主力源泉を直接に引湯している宿もあるので、旅館選びのポイントとされると良いと思います。

国内の代表的な酸性泉のなかでは、草津温泉の成分は意外にも濃いほうではありません。「お医者さんでも草津の湯でも・・」と草津節にうたわれた明治中期ころには、溶存成分が5.9g/kgもありましたから、現在より約4倍も濃い泉質であったと思われます。療養泉の定義による、含鉄泉(総鉄イオンで20mg/kg以上)、含アルミニウム泉(Al3+イオンが100mg/kg以上)を満たす源泉は残念ながら今は1カ所もありません。もっとも、だからといって効能が低くなったとは必ずしも言えず、ある種の皮膚疾患には現在の成分比のほうが適当だという研究もあるそうです。



図7-2-2-2 草津町内の泉源分布

 1 湯畑源泉 55.3℃ pH=1.87 溶存成分=1.61g/kg
 2 白旗源泉 54.8℃ pH=1.87 溶存成分=1.62g/kg
 3 地蔵源泉 53.3℃ pH=1.91 溶存成分=1.46g/kg
 4 月の井源泉 47.0℃ pH=2.3 溶存成分=1.34g/kg
 5 一田屋源泉 温度不明 pH=2.1 溶存成分=1.73g/kg
 6 若の湯(草津館) 54.7℃ pH=1.93 溶存成分=1.67g/kg
 7 ての字屋源泉 47.3℃ pH=2.07 溶存成分=1.19g/kg
 8 大阪屋源泉 42.9℃ pH=2.03 溶存成分=1.37g/kg
 9 煮川源泉 51.0℃ pH=1.97 溶存成分=1.54g/kg
 10 大日の湯(極楽館) 46℃ pH=2.2 溶存成分=1.20g/kg
 11 みゆき源泉 温度不明 pH=2.35 溶存成分=1.26g/kg
 12 君子の湯(泉水館) 48.7℃ pH=1.96 溶存成分=1.52g/kg
 13 萩原の湯 温度不明 pH=2.1 溶存成分=1.49g/kg
  (注:すべて自然湧出泉ですから、年次・季節により変動します)

K2) 西の河原 Al-SO4・Cl 79.0℃ pH=1.58 溶存成分=2.34g/kg 湧出量1,500〜4,000L/min(利用可能量1,400L/min)
温泉街西側の湯川・蛇沢河原に広範囲に湧出する大小50箇所ほどの泉源の総称です。噴気の影響で草木も枯れたいわゆる「地獄」の光景になっており、昔は「鬼の泉水」とか「賽の河原」と呼ばれていました。湯畑の周囲も昔はこんな光景だったのでしょう。現在は遊歩道も整備されているので、温泉がぼこぼこと湧出する様子を身近に観察できる草津名所です。

1957年に行われた西の河原全域の湧出量の一斉測定では、湧出実測値3,731L/minという記録がありますが、季節による変動が大きいようです。町内の源泉よりも薄いといわれる西の河原源泉ですが、現在の成分量を比較すると必ずしもそうではなさそうです。なお、現在ある「西ノ河原大露天風呂」は、高温の万代鉱源泉に河川水と水道水を混合して調整したお湯が給湯されていますから、西の河原源泉とは関係ありません。

K3) ゆりかご橋湧泉(天狗の湯) Al・Ca-SO4・Cl 55.9℃ pH=1.6(最大湧出時)
西ノ河原の上部、湯川源頭部の崖にときどき出現するまぼろしの泉源です。降水量のとくに多い年、降雨の3カ月後に湧出量が最大になります。1982年(昭和57年)の記録的豪雨の10月には4,178L/minという湧出量が記録されていおり、これは大量の降水で地下水の水位が上がったことで、普段は地下に隠れている温泉の流れが地上に現れてきたものと考えられています。近年はほとんど湧出が止まり、代わりに万代鉱源泉が放流されて西の河原露天風呂へ注ぐようにされています。

K4) 万代鉱 (Na)-Cl・SO4 94.2℃ pH=1.54 溶存成分=3.23g/kg 最大湧出量6,200L/min(利用量4,700L/min)
1970年(昭和45年)草津町内から西へ約2.5kmはなれた小殺生地区で、硫黄鉱山の坑道を掘進中に噴出した比較的新しい泉源です。しばらくは未利用のまま放流されていましたが、1975年(昭和50年)から町内に引湯をはじめるとともに、高温の温泉水と河川・水道水の熱交換で大量の温水をつくり、町内全域の生活用に供給できるようになりました。

万代鉱温泉の最大湧出量は最大時で5,800〜6,200L/minですが、利用量は最小時の4,700L/minに制限されています。これでも町内では利用しきれないため、余った温泉はオーバーフロー方式で、湯川上流(ゆりかご橋)とへび沢へ直接放流されています。万代鉱源泉の泉質は町内源泉よりも酸性度が強くて成分量も多いので、「ぴりぴりする」「肌がやられる」という評判がもっぱらです。これは、町内源泉よりも塩酸(HCl)成分が多いうえに、陽イオン成分が少ないために水素イオンの活量が大きいという特徴があるからです。万代鉱の湧出から数年経って、湯畑他の泉源の泉質に変化がみられるようになり、これは万代鉱源泉の一部が地下に浸透して、町内源泉に混じってきているのではないかとみられています。これについてはまた別の項で触れます。


【万座温泉】

万座温泉の泉源は万座川と殺生沢にわたる広範囲に分散しており、主な湧出地点は、薬師神社下の万座湯畑(M1)、高原ロッジ下の万座地熱(M2)、空噴付近(M3)に分かれています。これらとは離れて、奥万座(M4)、石楠花(M5)があります。全体の総湧出量は3,800L/minくらいと見積もられていますが、正確な測定資料はありません。また、高温源泉が多いために浴槽での使用量は少なく絞られ、大半は未利用で放流されているようです。




図7-2-2-2 万座温泉の泉源分布

M1) 万座湯畑
最大泉源の湯畑を中心として、多数の小泉源が密集して湧出しています。主な陽イオンはマグネシウム(Mg2+)からなり、旧泉質名でいう正苦味泉の特性をもつ、たいへん珍しい泉質です。泉質はほとんど同一ですが、湧出時の状況(空気との接触程度など)によって硫化水素(H2S)の含有量が異なっているために、白濁の程度に違いが出るようです。多くの旅館・ホテルがここから引湯していますが、利用状況は複雑で判りづらくなっています。

 1a 姥湯(湯畑) 80℃ pH=2.4 S-Mg・Na-SO4・Cl 溶存成分=1.47g/kg
 1b 姥苦湯 68.5℃ pH=2.4 S-Mg・Na-SO4・Cl 溶存成分=1.32g/kg 
 2a 苦湯(日進館) 79.5℃ pH=2.6 S-Mg・Na-SO4 溶存成分=1.33g/kg 
 2b ラジウム北光泉(日進館) 80.6℃ pH=2.6 Mg・Na-SO4 溶存成分=1.59g/kg
 2c ラジウム北光泉(松屋H) 73.1℃ pH=2.5 S-Mg・Na-SO4 溶存成分=1.36g/kg
 2d 鉄湯1号 75℃ pH=2.5 S-Mg・Na-SO4 溶存成分=1.39g/kg
 2e 鉄湯2号(万座亭) 82.5℃ pH=2.4 S-Mg・Na-SO4 溶存成分=1.29g/kg

M2) 万座地熱
谷底や斜面に多数の噴気口をともなう泉源がありますが、「苦湯」の他は湧出量が少なく未利用のようです。豊国館では、かつて噴気の吸引と日光浴を合わせた「地熱日光浴」という独特の温泉療法が行われていたそうですが、どんな感じだったのでしょう?

 3 苦湯(豊国館) 75.8℃ pH=2.2 S-Mg・Na-SO4 溶存成分=1.43g/kg
 4 鈴湯 94.6℃ pH=2.0 Mg・Na-SO4・Cl 溶存成分=3.41g/kg
 5a 地熱1号 87.3℃ pH=2.0 Al・Na-SO4 溶存成分=2.42g/kg 
 5b 地熱2号 61.0℃ pH=1.8 Fe-Al・Na・Mg-SO4 溶存成分=2.11g/kg

M3) 万座空噴
有名な観光スポットとして遊歩道が整備されているので、噴気の様子を身近に見ることができます。「嬬取の湯」は噴気凝縮水で成分が非常に濃いのですが、湧出量がわずかなので泉源としては利用されていません。「橘」は噴気が沢水に接触してできた天然の噴気造成泉です。

 6 空噴(嬬取の湯) 86℃ pH=1.5 Al・Fe-Na・Mg-SO4・Cl 溶存成分=7.49g/kg
 7 たちばな(橘) 31.7℃ pH=4.3 単純硫黄泉(Na・Ca-SO4・Cl) 溶存成分=0.76g/kg
 
M4) 奥万座
泉源は殺生沢の上流にある小規模な噴気地帯で、ここも天然の噴気造成泉が形成されています。源泉の硫化水素(H2S)含有量はたいへん多く、300mg/kgを越える日本一の硫化水素泉です。かつては近傍の「白根荘」で利用されていましたが、現在の利用施設の「じゅらく」までの引湯距離が長いために、その大半は失われているようです。

 8 法性の湯(奥万座) 53-59℃ pH=3.2 単純硫黄泉(Ca-SO4) 溶存成分=0.71g/kg

M5) 石楠花
湿原地の付近に小規模な泉源が散在しています。かつては山荘で利用していたそうですが、現在は全く薮に埋もれています。酸性泉と弱アリカリ性泉が接近して湧出するのは面白い現象です。

 9 しゃくなげ(石楠花)の湯 91.5℃ pH=2.1 Al・Fe-SO4 溶存成分=3.16g/kg 
 10 さわらび(早蕨)の湯 84.5℃ pH=7.6 単純温泉(Na・Ca-SO4) 溶存成分=0.42g/kg


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