byやませみ


はじめに

日本にはじつにたくさんの温泉があります。ちょっと数字を並べてみます。
現在、環境庁に登録されている温泉の泉源数は約25,500で、約3,850の泉源が利用されています。このうち湧出量が60リットル/分以上あって、個人の利用や小規模温泉施設に使われている泉源が約1,850。湧出量が300リットル/分以上で、複数の旅館施設や大規模温泉施設での利用が約840。湧出量が2,500リットル/分以上の大規模温泉地が108あります。

これら全ての泉源を合計した総湧出量は、約160万リットル/分で、国民全員にコップ一杯づつ分配できるほどの量です。日本ほど温泉が開発され身近に利用されている国はありません。それは日本人がたいへんにお風呂好きな国民だということが理由でしょう。世界的にみても、ほとんど毎日お風呂に入るという習慣は一般的ではありません。欧米人はたいがいシャワーですし、アジアの人は行水か沐浴がふつうです。一生入浴しない民族もけっこう多いのです。そういう所の人々はおおむね温泉に無関心で、ただ熱い泉が湧く不思議な景観として観光の対象になっているにすぎません。アメリカのイエロー・ストーン公園内には約3000の温泉が自噴していますが、有名な間欠泉とともに川に流出するにまかせられています。ヨーロッパには有名な温泉地がいくつかあありますが、金持ちや観光客が美容と健康のための療養施設が多く、一般人が通っている姿はありません。温泉は日本の伝統文化といっても言い過ぎではないでしょう。

ところが、温泉の紹介や旅館ガイドなどの本は毎年たくさん出版されるのに、温泉の泉質や成因の科学を一般向けに解説した本はごくわずかです。温泉大国とかいっておきながら、学校の授業で温泉がとりあげられることはまずありません。みんな温泉が好きなのに、その温泉のことをあまり知らないというのはちょっと情けないことではないですか? お米や野菜の出来方を知らないで口にするようなもので、有難味も半減といった感じです。このシリーズでは、温泉ファンの皆様のために、温泉に関する地球科学や化学の話題をなるべくわかりやすく解説します。これを読んで、なおいっそう温泉好きになっていただければ幸いにおもいます。

この場を借りて、このシリーズの掲載を快く承知して下さった「温泉みしゅらんHP」のクマ家ご夫妻に深く感謝いたします。また、東北大学の村松さん(助教授 地球工学)には化学領域のチェックをしていただきました。ご期待にそえるように努力いたします。なお、本稿の内容に関する責任の一切は筆者にありますので、お問い合わせは筆者あてメールでお願いします。では、「温泉の科学」をお楽しみください。



明治14年の箱根湯本(国会図書館蔵)

須雲川と早川の合流点付近を南東から見る。江戸期の湯宿の風景がそのまま残っている貴重な図。江戸末期には箱根七湯めぐりが江戸庶民に大流行し、すでに一夜湯治(一泊温泉旅行)がおこなわれていた。

小田原からの車道(人力車)が地元有志の努力で前年やっと開通したばかり。中央の橋が湯本橋で、萬翠楼福住の三階建て洋風本館はすでに完成している。早川(左)にかかる弥栄橋の向こうの田地は、このすぐ後に岩崎家の大別荘になり、現在の吉池旅館の大庭園に引き継がれる。ベルツ博士が温泉場の近代化と衛生設備の改善を内務省に建白したのはこの前年であった。


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