温泉の科学特別編
良い温泉を選ぶために
 by
やませみ

山梨県奈良田温泉白根館

その4 良いお湯の使い方をしているか?

いくら新鮮な源泉を使っていても、浴槽での使用法を誤ると台無しです。最近はガイド誌でも文章中にこの点をコメントしていることが多いので、じっくり読むと重要なキーワードが隠されています。

・源泉のまま

ずばり何の手も加えずに浴槽に投入している場合です。複数の浴槽があるときでも、そのうち1カ所だけでも源泉のままの浴槽があると、これはうれしいものです。

・源泉100%

加水で温度調節や増量をしないで使用しているものです。源泉のまま、と似ていますが、循環のこともあるので御注意。

・掛流し

投入する湯量が豊富で、浴槽から溢れ出している状態です。常に新しいお湯に触れられるので、泉質こだわり派が最も重視するところです。ガイド誌の文中にはこう書いていなくても、浴槽の写真を見ればそれらしいのは何となく分かります。1)洗い場の床が濡れていること、2)洗い場の床が析出物で変色していること、3)浴槽にめいっぱい湯が溜まっていること、4)浴槽の縁に排水用の溝が切ってあること、このいずれかです。ただし、保証はしかねます。

・循環濾過

濾過は源泉を投入する直前に湯ノ花などを取り除くために行っていることがありますが、これと循環濾過はまったく別次元の話です。簡単にいうとお湯の使い回しで、メカ的には24時間風呂と同一です。源泉の湧出量・配湯量が少ない場合に行われ、公衆浴場などでは湯量が豊富でも衛生管理のために一部をわざと循環濾過していることがあります。

本来の目的は、体毛や垢、温泉水に棲息する雑菌などを取り除いて浴槽環境を清潔に保つためですが、掛流しならばその必要は無いわけです。ですが最近は、源泉固有の濁り・色・匂いといったものを取り除くためにも使われているみたいです。これでは源泉の個性は失われてしまいますので、歓迎できません。

また、経営者はそれと意識していなくても、循環濾過のサイクルのなかで、温泉の成分は徐々に濾過材に吸収されていきますから、最終的には元の成分とは全くかけ離れたものになってしまいます。吸収されないまでも、成分は空気に触れて酸化しますから、療養的効果は期待できないものに変化してしまいます。

最近の循環濾過の仕掛けは巧妙ですから、見破るのは至難の業ですが、目安として浴室の写真を見て、1)浴槽から湯が溢れていない、2)洗い場がぴかぴか、3)浴槽の縁に溝がない、4)浴槽の底にすのこ様のものがある、5)ジャグジーになっている、といったことがあります。また、硫黄泉や鉄泉なのに、お湯の色が無色透明のときは、いちおう疑ってかかる必要があります。これらは色や濁りがあるのが普通なのです。

運悪く循環濾過の宿や日帰り施設にしか行けないときには、なるべく営業時間の開始早々に入場しましょう。早いうちならまだ新鮮なお湯にあたる確率が高いです。ただし、最悪の場合、数日もお湯を交換しない不埒千万なところもありますから、そういうときにはさっさと退散しましょう。料金がもったいないからとぐずぐずしていると、レジオネラ菌などという有り難くないお土産を頂戴しかねません。

・加熱

冷鉱泉や低温泉では、浴用にするには当然加熱しなければなりません。これはやむを得ないことなので、沸かし湯だからダメ、とめくじら立てるほどのことではありません。ただし、非加熱のものに比べるとガス成分の散逸はまぬがれないので、浴感や香りが減少するのは致し方ないところです。

加熱浴槽と源泉のままの冷浴槽の両方あれば、冷温交互浴っていうなかなか粋な方法もあります。夏ばてのときはすっきりしますし、冷え症の方にも良い効果があるそうです。どういうわけか沸かし湯にかぎっては、ガイド誌にもそれとちゃんと書いてあるのが不思議です。

・加水

高温の温泉を浴用温度に下げる(うめる)ためと、湯量の増量(水増し)の二つの目的で行われます。前者はまあ許せるとしても、後者はほとんど詐欺行為に近いですね。ガイド誌では全くといっていいほど触れられることはありません。前者の場合でも、低温泉や地下水を加えるのはいいとして、水道水を使用するのはカルキ臭くなって願い下げです。

加水は温度を下げるだけでなく、pHの変化を起こしたりして、成分の沈殿を招いたりします。熱い源泉浴槽に水を加えて、濁りが生じるのを観察するのはとても興味深いですが、できれば避けたいところです。さらに、加水を投入前の配管内で行うと、成分の一部が析出して管内に溜まり(スケールといいます)、温泉から除去されてしまいます。

熱い源泉をいかに成分変化させずに浴用に調整するかは、温泉管理者(湯守さん)の腕の見せ所です。いろいろな方法がありますから、いちいち触れませんが、長期滞在したときなど、湯守さんの苦労話などうかがってみるのも面白いでしょう。

栃木県三斗小屋温泉煙草屋旅館

以上、長々と書いてきたので、よけいに訳分からなくなってしまった方もおられるかもしれません。何度も言いますが、分からなくなったら、宿に直接聞いてみるのが一番です。引き湯で循環でも、丁寧に応対してくれるのは大体良い宿ですので、それと承知で行けば後悔はしません。逆に、そっけなく教えてくれないのは、お湯がどうのという以前に接客姿勢の問題ですから、避けるにこしたことはありません。

ただし、こちらの態度も問題です。夕食時の忙しい時間帯や、チェックイン・アウト時に電話しても充分応対できないのは当然です。また、きちんとこちらの名前を出さないで、いきなり用件から切り出すのも失礼なことです。宿に入るまではまだ客ではないのですから、そのへんをお忘れ無く。

最後に、近頃は旅行代理店やネットで予約する人が増えて、現地の案内所がとっても暇だと聞いています。事情を裏まで知っているベテラン案内人が無料で応対してくれますので、これを利用しない手はありません。臨時のキャンセル情報などもこちらに入ってくることが多いので、高級旅館を意外な格安料金で、なんてこともあり得ます。宿の選択に迷ったら、ぜひ一度相談してみてください。ではこれにて、どうぞ良い温泉に出会えますように。


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