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アメリカ&カナダの温泉コラム 2008年1月

カナダに在住して温泉開発をされているマイク佐藤さんから、昨年は「カナダの温泉事情」を紹介してもらいました。今年はアメリカとカナダの温泉に関するトピックを送っていただくことになりましたので、これから「アメリカ&カナダの温泉コラム」と題して紹介します。



第11回 北米の「源泉かけ流し」とは




カナダでも温泉の指導強化

9月末にBC州中南部の温泉めぐりをして、BC州でも年々温泉への行政指導が強化されていることを知りました。 ウエスト・クートネー(West Kootenay)はBC州でも温泉資源の豊富な地域で、大自然の中に十数か所の温泉が点在しています。 ただ今回は妻や日本からの友人が同行したので冒険は諦めて、プール型温泉と2箇所の温泉リゾートだけをめぐってきました。

最初に向かったナカスプ(Nakusp)は温泉で有名な町で、その郊外には大自然に抱かれたハルシオン温泉(Halcyon Hot Springs) や、ナカスプ温泉(Nakusp Hot Springs) があります。 ナカスプ温泉は変哲もない町営の温泉プールが二つあるだけですが、三日月型の小さめのプールの温度が42〜43度あります。

カナダの温泉プールの中では最も泉温が高かったので、いつもこの温泉を楽しみにしていました。 ところが入浴したら小さめのプールの温度が、過去の記憶と微妙に違うのです。 最初は温泉が閉まる一時間ほど前に行ったせいだと思いましたが、妻も前に来た時よりも少しぬるいと言います。 そこで帰りにマネジャーに質問したら昨年の夏のプールの改修後に、プールの温度を1〜2度低く目に設定している事が分かりました。

脳卒中などの温泉事故の確率は温度が42〜43度より、41度前後のほうが緩和するという保健所の指導でそのようにしたそうです。 ここの温水プールは温度が高いのが特徴だったのでと文句を言ったら、この一年間で初めての苦情だと真面目に答えていました。入浴客は原油高の影響にもかかわらず前年と変わらず盛況だそうです。

洞窟温泉も塩素消毒

エインズワース温泉(Ainsworth Hot Springs) でも同様のことを感じました。ここは開発されたカナダのプール型温泉の中でも一番雰囲気のある温泉です。クートネー湖と対岸の山脈の絶景が望めますので、カナダ人に非常に人気のある温泉リゾートとして定着し、日帰り入浴客だけでも年間25万人も訪れています。

この温泉の魅力は銀山の坑道の跡が, 洞窟温泉として利用されていることです。馬蹄形になった洞窟の中から温泉が湧き出しているのが売り物で、これだけの規模の洞窟温泉は日本ではお目にかかれません。洞窟温泉は蒸気が立ち込め何分か中にいるとサウナと同じで汗が噴き出してきます。

10年ほど前まで温泉プールは塩素消毒ですが、洞窟は塩素消毒をしていませんでした。 ところが数年前に入湯した時は、洞窟風呂も完全に塩素消毒になっていました。ところが今回は温泉の売り物の洞窟の底の部分が,コンクリートに改修されているのにはさすがに驚かされました。何年か前までは洞窟の底の部分は滑らかな岩盤や砂利になっていて、足元の凹凸に注意しながら洞窟を一周すると探検しているような気分になったものです。

翌朝にホテルのマネージャーに質問したら、やはり保健所の指導で利用者の安全の為に、何年か前に洞窟の底を改修したと話していました。洞窟の底がコンクリートとになると年配の方が歩きやすくなり、転倒などの事故が減少したそうです。洞窟温泉は温泉が楽しめるだけではなく、この地域の観光名所でもあります。それだけに一人の温泉ファンとして温泉客の安全の為でも、このような形で温泉への指導が強化されてることには釈然としない思いをいたしました。

北米の行政機関は温泉を特別扱いしない

北米で温泉開発の件で各州の厚生省と協議をすると、一般の水関連施設と天然の温泉を区別しない担当者の態度に腹立たしくなる時があります。ただ反面、環境行政や問題が生じた時の、彼等のその実務的な対応には教えられる事がたくさんあります。

BC州では温泉の水質に疑問がある場合などは、否応なしに1週間以内に水質検査するようにと実務的に通達されます。日本のように何十年前の某研究所の博士のお墨付きなどという、温泉地をあげての苦しい説明は通用しません。

温泉の水質や含有物質に関しては、すぐに調査会社に依頼して迅速に最新の報告書を提出する必要があります。過去の資料ではなく最新のデータしか採用しませんので、この点では非常に明快で、過去の資料などでお茶を濁そうとすると反って不信感を持たれてしまいます。

日本の「源泉かけ流し」の定義はあいまい

北米の各州の厚生省は「源泉かけ流し」のプールの分類 (Definition) にはかなり厳格です。そのためにモンタナ州では新規に開設する温泉施設では、「源泉かけ流し」の温泉プールでも、条件によっては温泉の消毒が義務付けられるようになりました。

日本の場合は「源泉掛流し」の言葉の定義が明瞭でないので、各温泉施設が自分に都合にあわせて、「源泉かけ流し」の単語を使用しているのが実情だと思います。本来は警鐘を鳴らすべき立場の温泉マニアですら、都市近郊のスーパー銭湯のわずかなかけ流しを「今回訪ねた施設はかけ流し浴槽があってよい」などと評価している状態です。中には温泉付き別荘の浴槽を源泉かけ流しだという温泉マニアもいます。

そのため北米でもこの曖昧な表現に慣れた在留日本人や日本からの観光客が、アメリカの個室の温泉ジャクジーを、源泉かけ流しと書く記事を目にするようになりました。別荘の浴槽の蛇口を開いても源泉かけ流しにはならないと思うのですが、これはたぶん日本の温泉法の温泉とは何かという温泉の定義そのものに問題があるからだと思います。

そのため北米の温泉ファン(Natural Soaker)の考える「源泉かけ流し」と、日本の温泉ファンが考えると「源泉かけ流し」にはかなりの温度差があるのが実情です。BC州やワシントン州の厚生省の考えるので「源泉かけ流しの露天風呂」とはかなり限定された特殊な条件下のもので、それだけに建設はかなり難しくなります。しかし日本では「源泉かけ流し」の意味が広いので、何でも「源泉かけ流しの露天風呂」になってしまう可能性があります。

北米の「源泉かけ流し」の定義

北米の温泉ファンや州厚生省の考える「源泉かけ流しの温泉」は、一般的には“Flow-Through Hot Springs Pool”という言葉で表現されています。これは自噴源泉からの温水をそのまま浴槽に流して、浴槽に流れる湯量を人為的にコントロールしないで、溢れるままに使い捨てる温泉本来の供給方式です。源泉から浴槽への温泉の供給は重力流下(自然流下)が中心になります。温泉の供給方式に少しでも人為的な工作が加われば、北米の温泉ファンは「源泉かけ流しの露天風呂」にはならないと思っています。

北米では“Hot Springs”とは自然湧出の37度以上の温泉に限定されて使用されるのが普通で、源泉とは自然に温水が湧出している場所や温泉の湧出路のことで、通常は水利権で源泉名が付けられています。

BC州やワシントン州の厚生省の考える源泉地域(Source Area)とは、温泉が自噴している場所や源泉直下の河川敷のことになります。源泉が高温の場合は自然にできた誘導溝を流下して、人間が入浴するに適温になった場所にある窪地まではこれに含まれます。もちろん歴史的に先住民(インデアン)の利用が証明できる一般的な常識で源泉地域と考えられる、源泉から距離の近い温泉地まではこれに含まれます。

この概念だと掘削泉は人為的に温泉を汲み出しているので、自噴していようが動力掲揚であろうが 「源泉かけ流しの露天風呂」とは呼べません。機械的に汲み上げた温泉をパイプで送湯したり、温泉組合の集中管理方式で各温泉施設に温水を送湯したり、貯湯タンクにいったん溜めた場合も、もちろん源泉かけ流しとは呼べない事になります。

「源泉かけ流しの野天風呂」の条件(1)

ですから北米ではその温泉がかなり特殊な自然条件と歴史的な条件に恵まれていなければ、「源泉かけ流し」の温泉施設を建設できる可能性はほとんどありません。「源泉かけ流し」は一般的な野湯の源泉供給形態ですが、野湯では郡衛生局が公衆の利用を許可する事はないからです。

「源泉かけ流し」が認可されるのは、あくまで公衆の利用が安全であると関係機関が査定した、ある程度は整備された有料の入浴施設に対してのみになります。そのためBC州やワシントン州で源泉かけ流しの野天風呂を建設するには、次の三つの基本条件は絶対にクリアする必要があります。

通常は一源泉からは一つの野天風呂の原則を要求されます。源泉をそのまま自然の重力作用で流下させますので、浴槽の底から源泉が湧き出す足元湧出温泉や、源泉直下の河川敷にある野天風呂ぐらいしかこの対象になりません。もちろん公衆が入浴するためには、源泉がある程度の適温であることや、湯量豊富などの条件も必要になります。

水質維持のために一つの源泉の全湯量を、自然流下で一つの野天風呂だけに貫流させます。湯量が豊富なので分水が必要などと文句を言っても、厳しい環境行政で問題にされません。北米の温泉ファンも自噴源泉の全湯量を自然流下で、野天風呂に貫流させなければ本物の温泉でないと思っています。

「一源泉からは一つの野天風呂」となると、「源泉かけ流し」ができる源泉地域を持つ温浴施設は本当に少なくなり、日本のような不当表示が一人歩きする心配もなくなります。

「源泉かけ流しの野天風呂」の条件(2)

次は「汚れが滞留しないよう野天風呂は完全に排湯して毎日清掃する」事が求められます。自然の作用で形成された野湯やボランティアが建設した野天風呂には、通常は浴槽の底に排水口がないのが一般的です。そこで野湯や認可を受けていない野天風呂では、源泉掛け流しでも浴槽下部に汚れが滞留したままになる可能性があります。たとえ十分な湯量があっても、野天風呂のある部分に温泉が滞留する場所があれば、汚れがたまりやすくなります。

北米の各州の厚生省は野天風呂の清掃が不十分の場合は、湯量豊富なかけ流し式であっても、大腸菌などの繁殖を100%防ぐ事は不可能と考えています。その対策として温泉の浴槽を日に一度は十分に清掃して温泉を排水し、大腸菌などが健康に影響するまで増殖する可能性を軽減する事を要求されます。ですから野湯では天然だと主張しても、郡衛生局が公衆が使用するのに安全であると許可する事はありません。

公衆の使用が許可になるには、水質保持のための排水口など、最低限の整備を入浴施設が備える必要があります。ただこの僅かな改修だけでは野天風呂の1%にもなりませんので、この1%の誤差で人為的な入浴施設を、天然の野天風呂として建設することはほとんど不可能になります。

「源泉かけ流しの野天風呂」の条件(3)

最後は「源泉掛け流し」の喚水時間です。BC州やワシントン州では州厚生省が「源泉かけ流し野天風呂」の喚水時間で妥協できる限界は最高でも2時間までとなります。ですから源泉をちょろちょろと流して、それでも「源泉かけ流し」などという日本のような誤魔化しは絶対にできません。

温泉客一人当たり毎分1リットル程度なら安全などという論法も通じません。浴槽の温泉が入れ替わるのに2時間以上かかれば、自動的に温泉の消毒が義務付けられ、源泉かけ流しとは呼べない事になります。もちろん循環でも元の温泉の成分が優れているなどの施設に都合のよい言い訳もできません。日によって風呂の温度が異なることもあるので、温度調整を目的としてなども言い訳になってしまいます。加温したり水で薄めたら源泉かけ流しにはならないのです。

北米では自然湧出、源泉地域、天然浴槽などの分類や規定で、加水泉、加温泉、掘削自噴泉、掘削掲揚泉、ポンプ引湯泉などは例外なく塩素消毒と循環を義務付けられます。ですから日本で「源泉かけ流し」として宣伝している大多数の露天風呂は、北米では「源泉かけ流し」とは呼べないことになります。

アラスカ州とアイダホ州の法改正

アラスカとアイダホの二州だけは数年前に法改正で、諸条件を満たせば天然の自噴温泉にかぎり「かけ流し」のプールが認められるようになりました。

この改正でも日本と同じような野天風呂が建設できるわけではありません。温泉の消毒はだけは免除されますが、温浴施設の建設は今までと変わりませんので、ほとんどは温水プールの形態になってしまいます。ただ「かけ流し」の温泉プールの開発がやりやすくなったことは事実です。

2002年にアラスカ州下院の特別委員会が、チナ温泉(Chena Hot Springs) の問題で「源泉かけ流し(Flow-Through Hot Springs Pool)」に関して、面白い討論(HB 263-Regulatin of Hot Springs Water) をしています。これが北米の一般常識だと思うのですが、委員会の議事録を見ると関係者が「天然温泉」や「源泉かけ流し」をどのように考えているかが良く理解できます。そしてアラスカ州ではスイミング・スパ法が、このチナ温泉の大露天風呂(Rock Lake)の問題を契機に改正されるようになったのです。

チナ温泉の大露天風呂の裁判

チナ温泉は昔から湯量豊富で有名な温泉地で、1998年までは州が運営していました。州が運営していた頃はソコソコの評判だったのですが、それを買収した現オーナーが大掛かりな改修をして、現在のような大型の温泉リゾートに変貌させました。

リゾートにはもとから温泉ジャクジーや室内プールがありますが、これらは法律に基づいて塩素消毒をしていました。ところが開発の目玉として、源泉湧出付近に岩石の湖(Rock Lake)という大露天風呂を建設したのが問題になりました。この大露天風呂はアメリカ人が建設したにしては、アラスカの自然にも溶け込んでかなり上手に改修されています。いくつかの源泉が湧出していた沼地を掘り下げて、周りを自然石で囲み、露天風呂の隙間をコンクリートで固めました。

この改修が岩と石造建築のプール(Rock-and- Masonry Pool)として、アラスカ環境保護局 (Department of Environmental Conservation) によつて、スイミング・スパ法に抵触すると判断されたのです。そしてリゾートと DEC の交渉の過程で問題がこじれて裁判になりました。

大露天風呂のある場所は一日に100万リッターも温泉が自噴する源泉地で、この露天風呂は完全な足元湧出温泉になります。これだけの湯量のある足元湧出温泉なら日本だと極上の温泉になり、これを「源泉かけ流しの露天風呂」と称しても文句を言う人はいないと思います。

ただ北米ではどこの州でも温泉用語の分類には厳格なので、アラスカ環境保護局もこの改修した大露天風呂は人為的な工作物で、もう自然とは認定できないとしました。環境保護局(DEC)はガイドラインのなかで、自然湧出の温泉の天然浴槽に関しては、将来もスイミング・スパ法が適用されたり、役所が介入する事はないと立場を明確にしています。

このチナ温泉の大露天風呂の問題は最終的にはアラスカ州のスイミング・スパ法の改正への道を開きました。そして湯量が豊富で喚水時間や水質維持が十分な、自然湧出の温泉にかぎり、「源泉かけ流し」の露天風呂の建設が認められるようになったのです。

日本の「源泉かけ流し」の問題

北米の場合は温泉(Hot Springs)は自然湧出の源泉に特化しているので、源泉のイメージや源泉かけ流しの基準は簡潔で、用語の意味が温泉ファンや世間の常識とあまりずれる事はありません。日本では温泉法の基準を満たしている温水が温泉施設内あれば、どんな湧出形態であれそれを源泉と説明できますので、「源泉かけ流し」の言葉が一人歩きしやすくなっています。

なかには「源泉かけ流し」の表現の曖昧さを逆手にとって集客をもくろむ温泉施設もありますので、日本ではそのうち「源泉かけ流し」という言葉に対する信用度が消滅するのでないでしょうか。

ですから源泉かけ流しの形態や、源泉からの距離、換水時間の明示、清掃の頻度、源泉の湯量などの、利用者にわかりやすい詳細な情報の開示は早急に実行すべきだと思います。できれば温泉利用者の保護のためにも、各施設がいろいろと自由な解釈ができないように、温泉法で「源泉かけ流し」の言葉の意味を明確に定義する必要があります。なぜなら将来、海外からの温泉客が増加してくると、このような日本の「源泉かけ流し」の定義の曖昧さが問題になると予想されるからです。

マイク佐藤(Mike Sato)


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