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アメリカ&カナダの温泉コラム 2009年1月

カナダに在住して温泉開発をされているマイク佐藤さんから、昨年は「カナダの温泉事情」を紹介してもらいました。今年はアメリカとカナダの温泉に関するトピックを送っていただくことになりましたので、これから「アメリカ&カナダの温泉コラム」と題して紹介します。



第12回 カナダ人のみた日本の温泉文化




昨年の11月にカナダのバンクーバーで、日本の温泉文化を検証するユニークな懇談会がありました。参加者は私を含めて8人でしたが、日本の大学で教えた経験のあるカナダ人が、日本の温泉に興味のある温泉ファンを自宅に招待してくれました。

参加者のほとんどが数年から十数年の日本滞在経験があり、そのうちの半数は現在も日本でを仕事をしています。彼らは日本の大学や企業、行政機関などで働いた豊富な経験がありますので、日本の温泉や文化を大局的に見れるバランス感覚があります。こうした催しに参加していつも驚かされるは、日本生まれの私よりも彼らのほうが、わずか数年の日本滞在にもかかわらず、日本の文化や伝統に熱い思いを持っていることです。

日本の温泉好きには変な国粋主義者がいて「温泉は日本が世界で一番。外国の温泉は邪道」などと、自分の勉強不足を気づかずに海外の温泉には興味のカケラも示さない人がいます。このような偏狭な考え方は、日本の温泉を世界に紹介する上でもかなりマイナスなのでは思います。その点ではカナダの温泉ファンは文化の多様性をよく理解できますので冷静な対応をします。

自然環境に適応した温泉が人気

今回は特に日本の温泉文化や温泉文化の輸出が話題になりました。参加者の中には、ちょっとした景気の変化ですぐに廃業してしまうような温泉旅館を見ると、日本の温泉文化のレベルもそんなに高いものではないと疑問を投げかけた人もおりました。カナダには宿泊施設伴う温泉施設は少ないので、それほど温泉産業が景気の好不況に影響される事はありません。

カナダでも温泉事業は施設などのハードへの投資が中心ですが、やはり気持ちよさが一番の売り物であるのは日本とかわりません。程度の差はあれ「気持ちいい」と感じられるように清掃点検や水質管理が要求される事も同じです。ただ北米では温泉入浴は自然との関係が重要になり,宿泊施設への依存度は日本よりは低くなります。

温泉ファンにとっては、野天風呂(温泉)がまわりの自然に(ロケーション)にいかにマッチしているかという、自然環境への適応度が大事なのです。それだけに温泉が自然に湧き出す天然の温泉(掘削泉でない)の評価が日本と比べるとたいへん高くなります。

ここ20〜30年の傾向としては建物や設備は質素簡略で、自然のなかの質素な温泉づくりをめざす施設のほうが、温泉ファンに人気があります。これは温水プールやスパ、温泉リゾートホテルなどの、今まで北米で一般的と思われてきた温浴施設とは対極のものです。周辺の自然環境に恵まれた秘湯の宿を好む1980年代以降の日本の温泉ファンと同じような傾向のように思われます。

温泉は日本独自の文化?

「温泉文化は世界に類を見ない日本独特の文化」だという定説の検証から懇談会はスタートしました。最初に日本は世界で最も日常的に温泉が存在している国で、日本人は世界一風呂好きであることが特徴だという文化論です。

ところがこれにはほとんどの参加者が異議を唱えました。北米でも類似の温泉文化が存在するので、日本のような何でも温泉になる入浴環境が与えられれば、世界中のどの国民でも風呂好きになる要素はあるというのです。私も北米の秘境の温泉に行くと、日本人よりもはるかに行動的に温泉にかかわる温泉ファンによく遭遇しています。

この会に参加したカナダ人は全員がかなりの温泉通で、海外生活の長い私よりもはるかに熱心に日本文化の体験や日本の温泉に興味を示していました。なかには日本滞在中はほとんど毎日のように温浴関係の施設に行っていたというツワモノがいました。

たしかに日本は温泉旅館、銭湯、湯治場、共同湯、スパ銭湯、健康ランドも含め数は世界一で、世界でも類稀な温泉大国であることは本当です。しかし共同浴場といっても中にはジェットバスなどを備えた共同浴場もあるので、はたしてこれが本当の日本の温泉文化なのだろうかという意見もありました。

混浴が日本の特徴?

次に議論したのは、裸入浴や混浴などの淫靡さが絡み合ったのが日本の温泉文化の特徴という説です。ただ裸入浴や混浴に関しては、北米の温泉ファンのほうが日本人よりも人前で裸になるには抵抗が少ないので、こが特徴というのは日本人の思い過ごしだと全員が思っていました。

大自然のなかの裸の入浴の開放感は、北米の温泉ファンにとっても快感であるのは同じです。北米には日本よりははるかに野趣あふれたロケーションにある野天風呂が多いので、混浴という天真爛漫なリラックス方法をとりやすい条件が整っています。

ですからは水着着用であれ、裸入浴であれ、北米の入浴は混浴が当たり前ですから、日本のように「混浴」を強調するといういう概念はありません.ほとんどの野天風呂が昔の日本の村の共同浴場のように、自然の恵みをそのまま利用しているので、混浴で温泉を楽しむほうが当然であるわけです。

1959年に交換留学生として日本に滞在したある温泉ファンの持論は、日本の温泉の一番の特徴は手拭で少し前を隠す恥じらいの文化にあると言っていました。たしかにヨーロッパや北米、アジアの温泉で見かける光景ではありません。

それがここ40年ほどでバスタオルの変わってしまったのが、温泉旅情を破壊してしまったと嘆いていました。昔は手拭しかなかったので村の共同浴場などは、若い女性でも体の一部分しか隠しきれなかったそうです。それだけに手拭を上手に取り扱う仕草に、日本独特の恥じらいの文化があったと言うのです。

それが近年は混浴の効能や文化論を説く女性の温泉マニアがバスタオルで入浴ですから、その無神経さが逆に日本の温泉文化を衰退させていると独特の温泉文化論を説いていました。参加者のほとんどが日本の「混浴文化」が独特ではなく、それをワザワザ強調しなければならないほど「混浴」できる入浴環境がなくなっているほうが問題なのではと思っていました。

日本の魅力は温泉旅館

「温泉文化は世界に類を見ない日本独特の文化」だという文化論にはまだまだいろいろな説がありますが、ほとんどが世界に類を見ないと大見得を切るほどのものではないとなりました。やはり議論が白熱したのは日本の温泉の魅力はなんといっても温泉宿にあるので、温泉宿こそが日本の温泉文化だという説に関してです。これには温泉そのものだけではなく施設感や食事などのもてなしも含まれています。

たしかに北米では温泉の情報はそのまま源泉や野天風呂の情報になるが、日本ではほとんど「宿泊施設」の情報になってしまうので、これは日本の温泉文化の特徴の一つかもしれません。それだけに日本の温泉情報が「温泉」の情報ではなく、「宿泊施設」の情報であることが弱点になっている面もあります。そして日本の温泉旅館が次々と廃業している現状は、日本の温泉文化の特徴の一つである、宿が主役の時代の終わりを明示しているように思えるという意見もありました。

北米は広大ですからあちこちで温泉がわき出しています。イエローストーン国立公園などは世界最大の温泉湧出量があり、無数の温泉池はまさに温泉パラダイスです。ところがこれらの温泉は見るための温泉で、国立公園内には集客を誘致する温泉施設などはありません。

北米では宿泊施設ではなくお客が主役ですので、施設側に都合の良い解釈をさせない順法精神があります。国立公園でも自分で選択することが好きな温泉ファンのために、自由な旅を組み立てられるような情報が提供できるようにしています。イエローストーン国立公園の周辺には高齢者が長期滞在できる、格安モーテルや宿泊施設があります.北米の良い所は少しドライブすればどんな年齢にも、どんな社会的階層にも必ずマッチする宿泊施設があることです。

行き過ぎた日本の商業化

北米ではほかの大源泉地でも近隣の宿泊施設が自己を正当化するために、その湯量や泉質を過大に宣伝するようなことはまずありません。日本のある温泉地のように○○日本一などと施設側に都合の良い解釈や、全体的に広告が突出している見苦しい施設を見かけることがないのが救われます。

日本の大規模温泉施設のある温泉町は、あまりにも観光化されつくされているので、温泉の成分分析や掛け流しの有無にこだわっているようにみせながら、ただの商売上手や経営者視点で自己弁護を優先している施設が多いようです。日本では温泉情報はほとんど「宿泊施設」の情報になってしまうので、集客のために様々なこじ付けが必要になるせいのかもしれません。

本来は消費者にわかりづらい事がおきた時にこそ、重要な役割を果たすのが日本温泉協会だと思うのですが、無力で機能していないのであまり期待できる組織ではないという参加者もおりました。日本の観光産業は今後は海外からの客を取り込まねば発展が難しいと見られていますが、こうした時期にこそ協会が十分に機能するようにしてもらいたいものです。日本を知りたい、日本の文化にふれたいという外国人は、些細な泉質の特徴を誇大宣伝して商業化が行き過ぎた施設や温泉地を求めていないのです。

温泉文化の輸出のためには温泉の定義の見直しを

日本の温泉文化を世界中に発信するという温泉文化の輸出論に関しても白熱した議論になりました。世界に日本の温泉文化を紹介するためには、まず正確に海外の温泉事情を知ることで、それが日本の温泉問題を大局的につかむことにもつながるというのが参加者に共通の考えでした。

そして今回の懇談会では海外に温泉文化を紹介したり、外国人を日本の温泉に誘致するためには、当たり前ですが外国人の目線が必要だとなりました。そうでないと本当に外国人に優しい温泉地や観光地の、環境整備はできないと思われます。

海外に日本の温泉文化を輸出するための環境整備の為には、日本の温泉利用を世界標準にする必要があり、まずは正しい温泉の定義と利用法の確立を図るべきだとなりました。そうしないと温泉文化の輸出の名を借りた、日本の温泉の開発の弊害をばら撒く結果になる可能性があります。

温泉文化の輸出の為には自然湧出の泉水を対象にした概念を、深層水にまで拡張して当てはめる現在の日本の温泉概念を改め、海外の温泉ファンが聞いても常識の範囲で理解できるような厳格なものに整理する必要があります。これには猛反発があると思いますが、深層水は“掘削深層水泉“として扱うべきで、天然自噴泉と同じ“温泉”という言葉でひとくくりにすることには無理があります。

たしかにスパというのは北米でも一種のライフスタイルになってきました。温泉地に健康・美容といった目的で訪れる女性客も増加していますので、正しい温泉の定義を確立しないと、日本の温泉業が「スパ」に限りなく近い形態になっていく可能性だってあります。そのような施設は別の枠組み、たとえば“掘削深層水泉(準温泉、人工温泉)などとしなければ、将来は「日本の温泉文化」は根こそぎにされかねない可能性もあると思われます。

まずは無理やり掘削して搾り取っている深層水を「地下からの贈り物」と称したり、それを自称「かけ流し」の温泉とありがたがる風潮は訂正すべきではと考えています。著名な温泉マニアが都市近郊のスーパー銭湯のかけ流しを賞賛したり、一般的な温泉ファンがそれに追従している現状については、カナダ人の温泉ファンですら警鐘を鳴らす必要があると思っています。そうしないと日本人が独特の文化だと思っている温泉は、近い将来、都市型のつまらないスーパー銭湯のお風呂へと変わってしまう可能性だって十分にあります。

健康ランドではなく日本の露天風呂を

温泉文化の輸出といっても、現状は日本の掘削業者が仕事先の確保の為に、韓国や台湾や中国などで均一化、大型化の傾向が強くなってきたスーパー銭湯形式のスパ銭湯の開発をしているだけです。正直、押しなべてつまらない施設で、かえって日本の温泉文化や温泉の評価を下げるようなことをしています。

このような温泉文化の輸出を隠れ蓑にした、温泉のバーゲンセールは即刻中止すべきと思っております。大規模健康ランドみたいな観光的娯楽的色彩が強い施設は、本来の日本の温泉文化ではないので、日本の温泉の悪い商業主義を、中国や東南アジアに飛び火させることは避けるべきだと思われます。

北米のような多民族国家で文化の多様性がある国では、温泉文化の輸出といっても日本の温泉旅館のような食事やもてなしが必ずしも歓迎されるとはかぎりません。温泉はニッポンブランドですから、温泉文化の輸出とは日本式温泉施設の輸出という形態になると思われます。

日本式温泉施設とは今まで北米で一般的と思われてきた温浴施設の温水プールや、スパ、温泉リゾートホテルなどとは異なる天然の野天風呂を中心とした新しいコンセプトのONSEN(温泉)施設だということができます。

私も20年ほど前からこのような日本風の露天風呂を強調する意味で、「ONSEN」を(JAPANESE-STYLEHOTSPRINGS)の総称として使用してきましたので同じような考えです。私が念頭にあった日本風の露天風呂とは人工建造物でも、まわりの自然環境ににマッチした、蔵王の大露天風呂や、奥鬼怒の八丁の湯のような露天風呂施設でした。

それまで私は北米の温泉ファンから日本を代表する「ONSEN」を紹介してくれと頼れ、英語の温泉表示があり、日本人の温泉文化がいまだに残る数少ない温泉地として谷地温泉を推奨していました。ところが期待したほどは温泉ファンの評判がよくありません。

混浴風呂が小さすぎるとか、地下室の壁のようだとか、野球場のボックス席のようだったとメールをよこす温泉ファンがいるのです。これは北米の温泉ファンが露天風呂ではかなり開放感がないと、ありのままの自然を楽しんだ気分になれないのが原因だと思われます。

北米には日本の秘湯型施設のニーズ

北米には日本とは桁違いの大自然と豊富な湯量の温泉が存在し、まさに温泉に行ったという吸引力のある温泉が多いのが特徴です。温泉はそれだけ人里離れた秘境にあります。そのために北米の温泉旅行の欠点は、温泉までの道程が長く非効率きわまりないことにあります。

このごろは高齢化で温泉を楽しみにくる老ハイカーも多くなったので、歩いて探すと苦労がありすぎる温泉が問題になっています。そこで温泉プール/温泉リゾートと、大多数の北米の秘境の野天風呂との隙間を埋める、気軽にハイキング気分で行ける温泉施設の需要がでてきました。

ただ北米の温泉ファンは「遠くに出掛けて温泉に入る」という転地効果を温泉の効能と思っていますので、日本のような都市型の温泉施設の需要があるということではでありません。自然を楽しみ健康になるという温泉ファンのレジャーパタンを考慮しながら、自然の雰囲気を損なわない、露天風呂を中心とした片道2〜3時間のドライブで行ける、日本の秘湯のような温泉施設の需要がでてきたのです。

片道2〜3時間と言っても北米はどうしても温泉までの距離がありますので、あくまでも温泉入浴を目的としてドライブするパターンになります。日本のように幾つかの観光ポイントを回って、ドライブの途中に温泉に立ち寄るような方法は時間的にも難しく、あまり観光業者が絡む余地はありません。

北米は環境局の検査が厳しいし、温泉ファンもまわりの自然環境をとても大切にしています。そこで北米の温泉ファンの志向を考慮すれば、日本式温泉施設の輸出とは、天然自噴温泉を源泉としている温泉施設に限定する必要があるのではとなりました。

大事なのはお金では買う事のできない天然観光財産(天然自噴温泉)で、掘削業者の目論むようなスパ銭湯やハコモノの日帰り温泉施設ではないというのです。もちろん大手の観光会社が選別するような観光地にある自然環境濃度の薄い大型の温泉旅館や温泉地でもありません。ですから日本の大規模な温泉地の観光業者や役所の唱える、彼等の目線の日本の温泉文化の輸出は、北米の温泉事情には適応しないと考えられます。

北米に輸出してもらいたい日本式温泉

そこで北米に輸出してもらいたいと思う日本式天然温泉施設とはどのような温泉施設かと討論したら、ほとんどが宝川温泉の大露天風呂や、奥鬼怒の八丁の湯のような露天風呂施設が、北米の温泉ファンの求める「ONSEN施設」最適だと一致したのです。

私は宝川温泉などはすこし商業化されすぎていると思うのですが、北米の温泉ファンにはあまり鄙びたところよりも、このような大露天風呂のほうが評判が良いようです。たしかに日本の秘湯もメジャーで便利になったので、たんなる山の湯の代名詞に過ぎないという意見もあります。それでもこのような日本式天然温泉施設にこそ、日本人でも共感できる温泉開発の原点があるのではないかとなりました。

もう日本の温泉文化が普及する兆しもありますので、国際的に解りやすい温泉の定義や、日本式天然温泉施設とは何かを定義することが必要な時期にきていると思われます。その時にはカナダ人の温泉ファンや日本に長く住んでいる外国人の目線もぜひ参考にしてはいかがでしょうか?

日本の温泉に魅せられ、それを研究しているカナダ人の温泉を愛する気持ちには本当に感心させられます。これからは彼らのような外国人の日本の温泉通が増加してきますので、日本の温泉ファンも心してかかる必要があると思いました。

マイク佐藤(MikeSato)


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