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アメリカ&カナダの温泉コラム 2008年1月

カナダに在住して温泉開発をされているマイク佐藤さんから、昨年は「カナダの温泉事情」を紹介してもらいました。今年はアメリカとカナダの温泉に関するトピックを送っていただくことになりましたので、これから「アメリカ&カナダの温泉コラム」と題して紹介します。

マイク佐藤さんはアメリカのワシントン州にあるシーニック温泉の開発に取り組んでいますが、今回、州政府から開発を許可する重要な決定を受けました。きびしい開発規制と、許可までの困難な経緯を2回に分けて解説します。 (項目見出しはクマオがつけました。)



第10回 アメリカの温泉開発事情(2)




アメリカの温泉開発事情(1)から

難航したシーニック温泉の交渉

スイミング・スパプール法が適用されるという事は、北米ではどの州でも、入浴施設が人為的な施設と認定された後では源泉掛流しの野天風呂を建設することは100%不可能であることを証明しています。ではどのようにしてシーニック温泉はこの不可能を可能にしたのでしょうか?

シアトル・キング郡開発局や衛生局はシーニック温泉の開発には理解を示していましたが、最初は前例がないので現行法にそって厳格に審査しようとしました。これが北米の一般的な温水プールの温泉リゾートなら、多少の障害はあっても土地用途(Zoning)が変更できれば、時間が掛るだけで何とか開発ができるようになります。環境行政が違うのではるかに日本より大変ですが、問題があってもそれらは現行法の範囲で解決できるからです。

しかしシーニック温泉の場合は源泉掛け流しの野天風呂ですので、開発を申請をすればスイミング・スパプール法に従わなければならず、従えば源泉掛流しの温泉施設は建設できないのという矛盾があったのです。そのために水利権は州天然資源省の管轄ですが、水利権の更新はシアトル・キング郡開発局がその開発計画を承認してからと、その責任を分散させられました。

シアトル・キング郡開発局は、水浴施設関連は最初に郡衛生局の許可を取るようにとなります。その中でも最も厳格なのがシアトル・キング郡衛生局で、シーニック温泉に計画している野天風呂を、天然浴槽と同じ“Bathing beach”と分類するのに、十数回交渉と4年の歳月を費やしました。

その期間中に雇った弁護士が2人とプールのコンサルタントが2人が辞任しています。シーニック温泉の計画した日本風の野天風呂は、人為的な入浴施設なので、これを天然浴槽としての継続交渉は成功しないと判断したようです。コンサルタントや弁護士が途中で自分の力量では不可能だとして辞任するのは過去の開発申請でも何度も体験しました。

水利権の取得

北米の温泉開発の第一関門はの水利権の取得です。自分の土地から温泉が湧き出していても、一定量以上の温泉を使用するには、州からの水利権や水のライセンスが必要です。ワシントン州などでは近年、新たな水利権を取得するのは非常に難しくなりました。もし成功したとしても早くても数年の歳月がかかります。

シーニック温泉には幸運にも1926年に取得した水利権がありました。ただしそれは1929年まであったシーニック温泉ホテルに、源泉からパイプで2kmほど送湯して温泉を使用する権利でした。今回の計画では源泉の場所に入浴施設を建設して、温泉をレジャー用に使用する事になります。そうすると使用する場所や使用目的を変更しますので、水利権を新しく更新しなければなりません。この更新は2006年の3月に承認されました。

申請から1年と短期間で承認されたのはレジャー用(入浴)に使用して、その温泉をもとの川に戻しますので、温泉川の水量に影響を与えないと判断されたからだと思います。それと源泉掛け流しで申請しているので、一番大きな廃水処理は問題になりませんでした。何故ならシーニック温泉には無許可ですが、まだ4つの源泉掛流しの野天風呂が現存していたからです。

北米でも自然湧出の温泉に排水規正法を適用する事はありません。もともと自噴しているような温泉水であれば、その温泉が汚染されない限り、そのまま自然の状態で川に戻せばよいわけです。自然湧出の温泉であれば温泉地は、何万年の間に温泉の泉質に順応した生態系になっていると考えられています。

きびしい開発環境保護条例

次はシアトル・キング郡開発局との交渉です。シアトル・キング郡開発局の開発環境保護の臨界領域条例(CAO: CriticalArea Ordinances)は、アメリカでも最も革新的な土地利用の規制条例であるといわれていました。そしてその審査プロセスは絶望的なほど厳格なことで知られています。

郊外や農村部の開発を制限するために、地滑りを引き起こしやすい急斜面、河川、源泉地、湿地などには厳しい土地利用の制限があります。すべての森林地域の水流にそった小さな河川地域でも、水源(源泉)や湿地帯保護の名目で100年に一度の災害を想定した、最高水位や危険予想地帯なども決められています。その最高水位や危険予想地帯から30mの間には人為的な施設は建設できないのです。

この条例だとシーニック温泉では源泉のある眺望抜群の場所が、傾斜23度以上の地滑り地帯に指定され、公衆の利用するレジャー施設は建設できないことになります。もちろん源泉や温泉川は保護すべき核心地域(コア・ゾーン)で、そのまわりは緩衝地域(バッファ・ゾーン)になります。そうすると温泉や野天風呂に最適の河岸や渓流沿いの風光明媚な場所が、すべて開発禁止地区になってしまいます。

強制撤去の例外がヒントに

そのためシアトル・キング郡開発局は無許可建築を理由に、現存の温泉施設の強制撤去命令を2001年に発令していました。シーニック温泉には温泉ファンが20年以上前から郡役所やオーナーに無断で建設した檜やコンクリートの野天風呂、檜のテラス、原始的なトイレなどがありました。これに対してシアトル・キング郡開発局(KCDDES)は強制執行を実行し、すでにその施設の大部分を破壊してしまいました。

ところがシーニック温泉には28の源泉がありますので、まだ破壊を免れた何箇所かの天然の野天風呂があります。これらの野天風呂は32〜33度の低温泉で夏の期間しか利用されません。2001年のシアトル・キング郡開発局の強制執行でも、これらの野天風呂は天然浴槽(Natural Pool)として撤去の対象外でした。強制撤去命令が出ているのは4つの高温の源泉地にあった、檜やコンクリートなどの明らかに人工の違法建築とわかる施設のみです。

これはシアトル・キング郡開発局が、野天風呂を天然浴槽(Natural Pool)と認めたら、州のスイミング・スパプールの法律(Chapter 246-260 WAC)を強制されない可能性があるということです。そこで私はこの間隙をその後の交渉に利用する事にしました。

条例を回避すると源泉掛流しはできない

ところが源泉の周りを視察した地質工学や環境工学のコンサルタントなどは、この条例の厳格さを肌で知っていますので、水源地の温泉川を堰き止めて、野天風呂を建設するのは不可能だと過去の経験から判断していました。源泉地(湿地)と急斜面の二分野がこの条例に抵触するので、核心地域(コア・ゾーン)や緩衝地域(バッファ・ゾーン)から、安全な場所にパイプで送湯して野天風呂を建設することを薦めました。

しかしパイプで離れた場所に送湯すれば、温泉川の復元ではなくそこに建設する野天風呂は、完全な人工建造物になってしまいます。浴槽が天然でなければスイミング・スパプール法が適用されますので、温泉の塩素消毒と循環などが義務付けられます。

塩素消毒をした温泉排水は汚染水に分類されています。汚染水に分類された温泉は排水規制の対象となり、温泉川に戻す事は禁止されます。そのため環境工学のコンサルタンの提案するような、常識的なプランではシーニック温泉が直面する問題は永遠に解決しません。そこで私はBC州での温泉開発の経験から次のようなプランを採用しました。

郡開発局は3つの野天風呂を既得権と認定

シーニック温泉の開発では最初に条例違反の問題を解決しなければなりません。まずは水質と植生生物の保全の為に、これらの違法建築を一掃して温泉川を自然の状態に河川改修する必要があります。この温泉川の河川改修工事の際に、そこにある天然石で堰き止めた水溜りは、まわりの自然環境に溶け込んでいれば、滝や池と同じような造園に分類されるべきだと主張しました。

すでに水利権は4箇所の源泉の総湯量をレジャー用に、同じエリアで入浴施設に使用して、温泉川に戻す権利を認めています。さらに温泉は発見されてから100年以上に亘って、州内の温泉客に利用されている歴史があります。そこで臨界領域条例が制定されるに1989年以前に、天然の野天風呂があった歴史的に証明できれば、その時まで使用されてた野天風呂の数とサイズについては、もし天然の浴槽に改修できれば、水利権の許容する権利は認めるべきだと主張しました。

最初はほとんど不可能と思われましたが、開発局の要求するエンジニアリポートを提出するうちに状況が好転してきました。そして2007年5月に3年に及ぶ交渉の結果、シーニック温泉に存在したと歴史的に証明された3つの野天風呂だけは既得権(Grandfathered)と認定されました。この野天風呂の改修は特別に既得権として建設確認申請が免除されることになったのです。

もちろんその為には衛生局が納得できる、天然の野天風呂に改修しなければなりません。そうすれば自然湧出の温泉ですから、排水規正法の適用も必要なくなります。これはシアトル・キング郡開発局にとっては大変な譲歩で、現行法に抵触しないで何とか温泉が抱えた問題を、この際に一挙に解決しようとする政治的な配慮だと思っています。この条例の規定だと日本の渓流沿いにある露天風呂などは、すべて不法建築になってしまいます。ですからこの第二の関門をクリアできたのは本当に幸運でした。

個室タイプでは妥協できない

そして最後はシアトル・キング郡衛生局です。これは特別の理由をつけてシーニック温泉の野天風呂を郡衛生局に天然浴槽(Natural)と分類してもらうという方法で対処しました。新たに改修する野天風呂が天然の浴槽と分類され可能性は最初はほとんどゼロでした。

弁護士やコンサルタントはスイミング・スパプール法上の問題のない、一人用のバスタブ(each user pool)を建設する以外にオプションはないと最初から戦いをあきらめていました。まず “each user pool ”で許可をとり、それをハネムーンタブや家族風呂として、法律スレスレに拡大利用するのが早期認可の方法だと言います。個室タイプの温泉施設はアメリカでは数多く見られ、カリフォルニア州にあるシカモア温泉(Sycamore)などは在米の日本人によく利用されています。

個室の温泉ジャクジーは、スーパー銭湯、健康ランド、ハコモノ日帰り温泉施設などを温泉と思っている日本の人にはよいかもしれません。しかしそれでは、温泉そのものを楽しみたいと願う北米の温泉ファンを満足させる事はできません。温泉の醍醐味はやはり大自然の中の野天風呂で感じるあの安らぎにあります。そのためシーニック温泉は弁護士やコンサルタントの薦める個室の温泉ジャクジーでは妥協しませんでした。

ついに郡衛生局もスイミング・スパプール法の免除を判断

そこで私はシーニック温泉の抱えるの社会的な特性を最大限に利用しました。シアトル・キング郡衛生局の担当者も、シーニック温泉のような自然湧出の温泉に、スイミング・スパプール法を全面的に適用するのは適切ではないと感じていました。それと関係役所の郡警察、スカイコーミッシュ町(Skykomish)、レンジャーなども、過去の経験から、温泉をそのまま放置しておいては温泉ファンの不法侵入者を阻止するのは難しいと考えていました。そのためにはシーニック温泉を開発して、温泉使用を合法化するほうが合理的で地域の活性化の為だと大多数の関係者も思っていました。温泉ファンの要望や関係機関のプレシャーを利用して、なるべく正真正銘の天然の野天風呂のように改修する案で交渉しました。

しかしシアトル・キング郡衛生局とは自然とは何かで(“Artificial basin” and “artificial boundaries”)で最初から大きな見解の相違がありました。郡衛生局は最初の二年間は“Chapter 246-260 WAC”の完全適用で一歩も妥協しませんでした。そこで協議を重ねるたびに水質保全や温泉運営の具体案を提示しながら、少しずつ障害物を取り除いて行きました。そして四年に及ぶ交渉の結果、シアトル・キング郡衛生局はこの9月2日に、開発局が既得権と認めた河川改修で温泉川を堰き止めるだけならば、その結果できた野天風呂だけは“Bathing beach”に分類すると決定しました。

その条件も(A)“野天風呂は現場にある天然石のみで改修する”、(B) “源泉掛流しの喚水時間は2時間以内とする”、(C)“州の設定した水質基準を守ること”の三点のみでした。“Bathing beach”なのでシーニック温泉は、衛生局からの営業許可や監督責任も免除されることになります。これでシーニック温泉は州のスイミング・スパプール法からの、完全免責ですので源泉掛流しへの障害がなくなりました。

来春には源泉掛け流しの野天風呂を

ワシントン州厚生省とシアトル・キング郡衛生局が“Bathing beach”に分類したのは、ワシントン州の私有の未開発温泉はシーニック温泉しかありませんので、この決定が掘削などによる温泉開発に波及する可能性がないと判断したからだと思います。すでに州天然資源省が水利権を更新して、温泉の利用を認めていたこと、郡開発局が自然の野天風呂に改修するなら、三つの野天風呂は既得権だと認定していた事なども、郡衛生局が“Bathing beach”と分類する決定の責任軽減になりました。これで温泉開発の障害はなくなりましたので、来春にはユニークな源泉掛け流しの野天風呂の建設工事を始められそうです。

しかしこの4年間はワシントン州の自然環境や衛生に対する厳しい環境行政に苦しめられました。温泉開発に関しては、北米と比べると日本は無法地帯と同じで、環境行政の寛容さがうらやましくなります。北米では“Hot Springs”とは自然湧出の温泉に限定されています。つまり「源泉掛け流しの野天風呂」とは、自噴している源泉の湧出口かその周囲ににある野天風呂のみに限定された表現です。それだけに日本は、天然とは縁のない大都市近郊のスーパー銭湯のわずかな湯量の浴槽でも「源泉掛け流し」と宣伝できるので、世界に類のない温泉に寛容な国だと思います。

マイク佐藤(Mike Sato)


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