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アメリカ&カナダの温泉コラム 2008年1月

カナダに在住して温泉開発をされているマイク佐藤さんから、昨年は「カナダの温泉事情」を紹介してもらいました。今年はアメリカとカナダの温泉に関するトピックを送っていただくことになりましたので、これから「アメリカ&カナダの温泉コラム」と題して紹介します。

マイク佐藤さんはアメリカのワシントン州にあるシーニック温泉の開発に取り組んでいますが、今回、州政府から開発を許可する重要な決定を受けました。きびしい開発規制と、許可までの困難な経緯を2回に分けて解説します。 (項目見出しはクマオがつけました。)



第9回 アメリカの温泉開発事情(1)


シーニック温泉:最大の障害をクリア

アメリカのシーニック温泉(Scenic Hot Springs)は、申請から4年で開発への最大の障害をクリアしました。9月2日にシーニック温泉の野天風呂の修復には、州のスイミング・スパプールの法律(Chapter 246-260 WAC)は適用しないとの通達がありました。 最初は雲をつかむような話しでしたが、ほとんど前例のない特殊な判定をワシントン州厚生省とシアトル・キング郡衛生局の関係者がしてくれたと感謝しています。

BC州のミーガー温泉のときは州厚生省と郡厚生局の合意だけでは不十分だったので、スイミング・スパプール法(BC Health REG.289/72)の免除は、BC州の閣議決定(Order in Council)まで持ち込まれました。しかし今回は、州と郡衛生局の合同専門委員会(Technical Committees)の協議だけで決定したので、これは想定していた以上の最高の裁定だと思います。

今回の裁定で認められたのは、シーニック温泉に自然遺産として存在していると郡が認めた3つの野天風呂のみです。この3つの改修浴槽は特例として源泉掛流しが認められ、建設確認申請などが免除されます。ただしそのためには、イエローストーン国立公園の温泉池と同じような天然の野天風呂であると郡衛生局に納得させられる施設に改修しなければなりません。

源泉かけ流しが困難な法規制

北米で日本のような源泉掛流しの露天風呂を建設するには、煩雑な開発関連の規制の網を巧みにくぐり抜けなければなりません。まずは建築法、土地用途規制法、環境保護法のなどの制約を受けます。さらに水利権、水浴施設関連法、臨界領域条例などが規制が加わります。その中で最も大事なのが水利権と水浴施設関連法と臨界領域条例です。

現時点で北米で源泉掛流しの温泉施設を建設するのは、この三つの関連法が複雑に交差しているので常識的には不可能です。これは日本にたとえると、建築確認申請、水質基準、耐震基準などを無視して日帰り温泉施設や温泉リゾート建設の許可を、東京都庁に申請するのと同じようなことだからです。

北米には日本のような温泉法はありませんので、温泉入浴施設の建設を規制するのはその州の水浴施設関連法案で、これは一般にはスイミング&スパプール法と呼ばれています。これには塩素による消毒、フェンス、水着着用、混浴、プールの色、プールに使用できる材料、運営方法などが詳細に決められています。スイミング・スパプール法によって人為的な入浴施設はこの法律の規制を受けますので、残念ですが現在のプール法の下では北米で源泉掛流しの露天風呂を造ることは不可能になります。何故ならば公衆衛生と水質保全のために水(温泉)の消毒が義務付けられているからです。

天然の浴槽“Bathing beach”は特別

では源泉掛け流しの温泉施設がどうすれば認められるかというと、法律はうまくできていてほとんど抜け道はありません。源泉掛け流しが認められるためには、まずは温泉地に天然の浴槽がすでに存在している必要があります。人為的ではない天然のプールがすでにあるのですからスイミング・スパプール法は適用されないことになります。

天然の浴槽とは河川の浸食作用などで川岸などに自然にできた天然の野天風呂のことです。BC州のLaird Hot SpringsやHotspringsCove、オレゴン州のCougar Hot Springsなどがこれになります。この天然の浴槽と分類されることを“Bathing beach”と呼んでいます。“Bathing beach”とは天然の流水の中で、海水浴、湖水浴、川泳ぎや川遊びをする同じ意味です。そこにあるのは天然の窪地であって人為的な入浴施設ではなくなります。

州厚生省の考える天然の野天風呂とは人の手がまったくかかっていないということです。ですから日本の姥湯温泉や宝川温泉、そして蔵王の大露天風呂などは完全な人工建造物と認定されてしまいます。カムイワッカ湯の滝や川原毛大湯滝などが“Bathing beach”になります。北米の大自然の中で湯煙をあげる原始温泉はほとんどこれに分類され、州の厚生省はこれを自然作用として黙認しているのです。

イエローストーン国立公園内などは川そのものが温泉で大自然と一体となった雄大な大野天風呂がありますが、このような天然池は規制の対象外になります。ただし天然の野天風呂であっても、公衆の温泉利用が認可されるには州の定めた最低の水質基準だけは守らなければなりません。その一つが野天風呂の最深部に排水口を作ることです。この人工的な修復は水質維持のためにそれまでも認められていました。ただし排水口だけでは野天風呂の全面積の1%にもなりませんので、人為的な入浴施設を天然の野天風呂として建設することはほとんど不可能です。

法規制の3つの対応策

北米の一般的な温泉開発は新たに宿泊施設や人為的な入浴施設(Artificial bathing facilities)を建設することです。これはもちろん世界的に共通の温泉開発パターンだと思います。ですから日本のように温泉旅館や温泉リゾートの建築確認申請をして、旅館は人工的な建物だが、入浴施設だけは天然の露天風呂だなどという言い回しは通用しません。では人為的な入浴施設の場合は、どのようにしたら源泉掛流しの露天風呂を造れるかというと、三つの方法しかありません。

その(1)はスイミング・スパプール法を大幅に改正するか、或いは新しく温泉法を制定することです。これは正攻法なのですが成功する確率はほとんどありません。私も2004年3月の5年に一度のスイミングプール・スパプール法の見直し期間中に、ワシントントン州の法案審議会にChapter 246-260 WACは温泉には適していないので、大幅な見直しか、温泉法が必要だと申請しました。ところがChapter 246-260 WACの大幅な見直しも新法も、現時点では緊急性はないと簡単に否決されてしまいました。どんな国でもその州の保健衛生法の一部分を個人で改正したり、新しい法律を作る事は至難の業です。ですから交渉に掛かる莫大な経費とその年月を考えるとあまり現実的な方法ではありません。

その(2)はスイミング・スパプール法のある部分だけ適用除外措置にして、例外的に許可してもらう方法です。しかし例外的な許可で塩素消毒の部分だけを免除されても日本風の源泉掛流しの露天風呂は建設できません。これはBC州のミーガー温泉でも経験しましたが、そのためには関連する十数箇所の条項を適用除外措置にする必要があります。適用除外措置が広範囲になれば、スイミング・スパプール法の骨抜きになってしまい、例外的な許可の範疇を逸脱してしまいます。その州の厚生省が特定の業者の為に、骨抜きを容認することは絶対にないと思います。この例外的な許可は、源泉掛け流しがスイミング・スパプール法で認められているアラスカ州とアイダホ州で新規にオープンした温泉施設を観察すると、あまり効果がないことがわかります。ワシントン州の場合だと日本風の源泉掛流しの露天風呂の建設には、全面的にChapter 246-260 WACから適用除外にしてもらうしか方法はありません。

その(3)は“スイミング・スパプール法”で認められた適用外の露天風呂を建設することです。人為的な入浴施設では次の4つはスイミング・スパプール法の規制を受けません。(A)個人住宅の場合は建築許可があれば、自由にどんな露天風呂でも建設できます。何故なら公衆が利用するのではなく、家族やそのゲストの利用に限定されるからです。(B)公認の開業医が常駐している物理療法や、リハビリテーションための治療的な水浴施設や、スティームバスやサウナにも適用されません。その代わり医師免許やその他の関連する許可が必要になります。(C)ホテルやモーテルと同じようにな入浴の度に利用者が、新しく湯を入れ替える一人用のバスタブも、スイミング・スパプール法の適用外です。このタイプの温泉施設はアメリカでは数多く見られます。(D)その州のスイミング・スパプール法が改正される以前から、営業していた温泉施設は既得権で源泉掛け流しが認められます。改築や新築をしなければ旧法のままで営業できるのです。ただし新規に開発する温泉施設や温泉リゾートにはこれは適用されません。

ミーガー温泉ではスイミング・スパプール法適用除外で対応

(1)の方法は当社の弁護士がシアトル・キング郡衛生局と、二年間に亘って交渉しましたが効果はありませんでした。(3)はシーニック温泉の開発には利用できません。(C)の一人用のバスタブでは源泉掛け流しのインパクトもなくなります。ミーガー温泉では最初は(2)の方法で交渉しましたが、最後はBC Health REG.289/72から全面的に適用除外措置にしてもらいました。ただしこのやり方はシーニック温泉のような私有地では機能しません。

ミーガー温泉は州有地ですから温泉使用権は州にあります。ですから水利権を取得する必要もありません。それと準公園として州の林産省が、それまでもBC Health REG.289/72に従わない(Non Conforming Use)で、公衆のレジャー施設として温泉を利用してきた経緯があります。

ところが郡保健所の水質検査で大腸菌が検出されたり、利用者のマナーの悪さが新聞沙汰になっていたので、州の厚生省もスイミング・スパプール法の違反を黙認できなくなったのです。そのためにはスイミング・スパプール法に基づいて、無許可の檜の野天風呂を取り壊し、できるだけ自然に近い形の野天風呂に改修しなければなりませんでした。

私が申請した入浴施設は、日本の八丁の湯のような感じの野天風呂ですので、天然のように似せても所詮は人工の建造物に変わりはありません。ですからはミーガー温泉では最終的には、BC州の閣議でBC Health REG.289/72から、全面的に適用除外措置にしてもらう以外に、温泉を救う道がありませんでした。

そしてこの交渉が4年の及んだのは、BC州を含めてたカナダ全土で公衆利用の温浴施設が、スイミング・スパプール法から除外された前例がなかったからです。北米の温泉ファンから、ミーガー温泉の方式で温泉開発をしたいとよく連絡がありますが、私有地とは条件が完全に異なりますので実際は参考にならないのが実情です。


アメリカの温泉開発事情(2)に続く

マイク佐藤(Mike Sato)


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