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アメリカ&カナダの温泉コラム 2008年

カナダに在住して温泉開発をされているマイク佐藤さんから、昨年は「カナダの温泉事情」を紹介してもらいました。今年はアメリカとカナダの温泉に関するトピックを送っていただくことになりましたので、これから「アメリカ&カナダの温泉コラム」と題して紹介します。(項目見出しはクマオがつけました。)



第6回 4月の温泉巡り

オレゴン州とワシントン州の温泉巡り

4月初旬にアメリカ、四月下旬にカナダの温泉巡りをしました。家族や友人からは、3月11日に胆石の手術をしたばかりで3週間後に温泉巡りをするのは、年齢を考えると冒険のしすぎだと小言を言われました。しかし病後の気分転換にと思って4月2日に出かけました。わずか5日間で2,900kmも運転したので今回のオレゴン州とワシントン州の温泉巡りは、年のせいもあってさすがに疲れました。2,900kmは、日本の北海道から沖縄までの距離以上になります。今回はコンサルタントの仕事があったので、これだけの距離を運転しても入湯できた温泉はわずか2箇所のみでした。

最初からオレゴン州とカリフォルニア州との州境にあるクラマスフォールス(Klamath Falls)を一直線に目指しました。クラマスフォールス(Klamath Falls)近郊の掘削泉の持ち主から、この掘削泉を開発出来ないかと相談を受けていたので、気晴らしと現地調査を兼ねて訪ねたわけです。この掘削泉は深度が380mで58度の温水が毎分400リッターほど自噴しています。日本ならすぐに温泉旅館が建つだけの条件を備えた掘削泉ですが、オレゴン州では水利権や保健法の関係で、正直、開発できる可能性はまずありません。

郡役所に行って分かったのですが、この近郊は有望なの深層熱水地帯で政府の援助で100以上の掘削泉が掘られ、家庭用の温水と暖房に利用しているそうです。政府の補助金を貰って掘削しているので、使用目的の転用は水利権との絡みもあり難しいとの事でした。農場の持ち主のアメリカ人はこのことを十分に承知していますが、日本に住んだ経験があるので、何とか抜け道を見つけて日本のような温泉施設をオープンできないかと私に相談してきたのです。

郡役所の担当者が持つ温泉〔Hot springs〕の概念は自然湧出の温水のみで、掘削による深層熱水は造成温泉(人工温泉)との明快な見解でした。郡役所の担当者は、この地域は自然の景観が観光資源としての大きな意味を持っているので、あえて温泉施設のような人工的な建造物を作る必要性はないとの考えでした。確かにいたるところにインパクトの非常に強い地形と雄大な風景がありました。

北米の温泉巡りをするたびに実感するのですが、日本だったら一箇所だけでも天然記念物となりそうな素晴らしい自然の景観が次から次と現れてきます。自然保護の立場から、温泉も自然に湧き出るにまかせてあるものがほとんどだし、たまに山岳リゾートがあっても周りの自然環境にマッチした40〜50年たっても変わらないような造りになっています。日本だったらあんな山中でもすぐに鉄筋の建物を建てる可能性がありますが、この点ではこちらの環境行政はしっかりしています。こうしてみるとクラマスフォールス(Klamath Falls)を見ただけでも、アメリカは有数の温泉資源を持っていることが実感できます。ですから将来、アメリカが温泉ビジネスに本腰をいれたら、かなりすごいことになるかもしれません。

温泉マニアのSさんと水上飛行機で温泉巡り

4月26日から4月29日までは、日本から来た温泉マニアのSさんと、バンクーバー近郊の温泉巡りをしました。彼は日本や海外の温泉を、3,900箇所以上も巡ったユニークな人物です。ハードスケジュールでしたが、なんとか5箇所の温泉を巡りました。最初はアウトドア専門のガイドを紹介したのですが、スケジュールを聞いて、温泉事情を知っている私が同行しないかぎり、5箇所の温泉を4日間で巡るのは不可能と思いましたが協力しました。

正直、カナダの交通事情を無視したこんな無茶な計画を立てて堂々としている人物は、温泉マニアの中でも別格だと思いました。カナダやアメリカでは温泉巡りで利用できる公共の交通機関はほとんどありません。商業温水プールならともかく、タクシーをチャーターしようにも野湯では位置も分からず、車の損傷をおそれて断られてしまうでしょう。レンタカーでは自分自身が地理不案内でリスクがありすぎます。そうすると最後は現地の温泉事情に詳しい私のような者がどうしても協力せざるをえなくなってきます。

S氏は最初バンクーバー島の Hot Springs Cove と、Ahousat Warm Springs を1日で巡る計画を立てていました。それも水上タクシーでです。まだ観光シーズンではないので、水上タクシーでは1箇所の温泉も巡れない可能性があります。それで私の提案で、コストは少々かかりますが、水上飛行機をチャーターすることにしました。私は何度か、過去の温泉調査でこの2つの温泉を巡っています。

3,900箇所の温泉を巡ったS氏でも、水上飛行機で温泉巡りをするのは初めての経験なので、期待で興奮していました。水上飛行機に乗るようなゴージャスな温泉巡りはもうできないからと、今回の旅にはバンクーバーから温泉ファンの領事も同行しました。日本に帰国すれば水上飛行機で温泉を巡るチャンスは絶対にないので、生涯のよい思い出になるというのです。

あいにく当日ホテルを出る時は早朝からの豪雨で水上飛行機の離水が危ぶまれましたが、ナナイモからとトフィーノのまでの3時間のドライブの間にかなり雨足が弱まりました。トフィーノのハーバーにあるトフィーノ航空のオフィスに行ったら、受付の女性もパイロットも Ahousat Warm Springs が、フローレス島のどこにあるか分からないと言うのです。それで湾に着陸したあとは、何度か行ったことのある私が温泉の近くまでパイロットを誘導することになりました。

着いてみると温泉の位置は確認できたのですが、干潮時なので水上飛行機は温泉の80mぐらいまでしか接岸できません。そうすると遠浅の砂浜を歩いて行くしか方法がありません。海水は冷たいし膝上までぬかるので、さすがS氏も写真が撮れるだけでもよいと少し弱気になりました。ところがこの女性領事は思いのほか度胸があって、すでに水着に着替えていてどうしても行きたいというのです。2人ともこの温泉ファンの女性に肩を押されて泥海に飛び込むハメになりました。

たしかにカナダの温泉巡りは一期一会です。次回に来るチャンスはまずないので、彼女の決断は結果的には正しかったと思います。Ahousat Warm Springs は、自然に湧き出るにまかせた野天風呂が一つあるだけの、風光明媚な温泉でした。ぬるま湯ですが野天風呂の底から湯量豊富な温泉が湧き出ています。ほかには何もないカナダらしい本当に田舎の温泉です。私達が足をとられた浜辺は、干潮時にはあさりや蛤が取り放題の魚介類の宝庫ですが、時間がなくて温泉での浜焼きは実現しませんでした。

カナダの絶景野天風呂 Hot Springs Cove

次に向かった Hot Springs Cove は、カナダの野天風呂の中でもベスト5に入る絶景温泉です。船か水上飛行機でしか渡れない僻地にある温泉ですが、バンクー バー島では観光客でもめぐれる唯一の温泉なので人気スポットになっています。野天風呂はまったく人の手が加えられていない天然の湯だまりで、海を眺め波の音を聞きながら入浴できます。51℃の源泉が岩盤の割れ目から川になって流れ出して、岩の谷間に溜まり海に流れ込んでいます。

そして感心するのは、桟橋から温泉までのアプローチの見事さです。桟橋から温泉までネーチャーハイクのできるヒノキ板の遊歩道が、温泉への期待を高めてくれます。桟橋から温泉までは、日本だったら天然記念物ものと思われる温帯雨林の巨木の間を、片道25分ほど歩かなければなりません。温泉に入浴することだけを観光資源と考えるのではなく、ネーチャーハイクや海岸の景勝地を巡ることで癒され、リラックスできます。その総合性をこの温泉は持っています。ここも野天風呂のほかはバイオトイレと脱衣所のみで、年間数万人の入湯者がありながらみごとに商業関係の施設はありません。

この Hot Springs Cove のような温泉開発のコンセプトは、カナダの広大さと巧みな自然保護行政の賜物で、日本ではあまりみられないと思います。地域活性化の為に日本の市町村は、温泉のまわりの自然環境に敬意をはらった Hot Springs Cove のような温泉施設を本当は造るべきではなかったのかと思っています。ところが10年もしないであきられて閉鎖されるような、全国均一のありきたりな露天風呂やハコモノを大量に造ってしまいました。自称「温泉大国」の看板が泣くような、そんな愚策を市町村が率先してやる行政は北米ではほとんど考えられません。

命がけで行った Sloquet Hot Springs

その後、フェリーで本土にもどり、Skookumchuck Hot Springs と Sloquet Hot Springs を巡り、悪路で有名な Harrison West Forest Service Road ( ハリソン西岸林道)を突破して Harrison Hot Springs Hotel に宿泊しました。ハリソン西岸林道は、この悪路に憧れていた温泉マニアのS氏が要望したことと、Harrison Hot Springs Hotel に写真の撮れる時間までに到着できる唯一の林道だったため、無理を承知で突破することにしました。

ハリソン西岸林道を踏破すると話したら、Skookumchuck Hot Springs や、Sloquet Hot Springsで会った何人かの温泉フアンや伐採キャンプ関係者は、残雪があってまだ踏破は不可能だと忠告します。迷っていたら、途中で尋ねた発電所の現場監督が、今年は例年にない豪雪で通行不能だったが前日にようやく今年最初の1台が踏破したと教えてくれました。1台が踏破したので、リスクはあるが私のトラックなら慎重に運転すれば何とか大丈夫だろうと言います。それで腹は決まりました。

車の轍からみて私達の車が今年の2番目の通行車だと思うと、そこからの86kmの林道区間は緊張の連続です。まだかなり悪路の部分はありましたが、数年前からから比べると林道はかなり改修されていました。途中でいきかった車は1台もなかったので、車にトラブルがあればS氏は翌朝の便で日本に帰国できなくなります。そのため、最難関の部分を突破するまでは二人とも緊張の連続でした。

最難関の部分を突破した直後に今回も岩でタイヤをパンクさせて、タイヤは廃棄処分にしてしまいました。パンクした場所からでも林道区間がまだ50km以上残っていたので、この行程は体力の限界と気苦労の連続でした。ある意味では初めてのS氏にとっては、命がけの温泉アドベンチャーのように感じられたのではと思いました。この4日間で私達は、約1,600km をドライブした計算になります。

下手すれば遭難しかねないような林道の先にある温泉を、いったい誰が利用するのだろうと思うのですが、Sloquet Hot Springsでも雨の中、数人の温泉客が入浴していました。北米と日本では温泉ファンの距離感覚に大差はありますが、これは海外でも「フラリと温泉」という、日本と同じような温泉の利用のレジャーパターンができているからです。そのため、どんな秘境の温泉でも勇気のある温泉ファンによって野天風呂だけはそれなりに整備されている場合がほとんどです。

今回の旅でもそうですが、国土が広いので北米は温泉に到達するまでの道程がどうしても長くなります。そのために、途中のドライブに時間を取られのでかなり非効率で、日本のような楽な温泉巡りができません。私はかつてアラスカとユーコン準州の温泉調査で、11日間で9,000kmを走った経験があります。ですから日本人感覚の快適性や利便性を基準に北米の温泉を見ると、行けそうな温泉の数はかなり限られてきます。海外の温泉には日本の温泉と一味も二味も違ったドラマや、別の楽しさがあると理解すべきではないでしょうか。

日本の温泉100箇所はカナダの野湯1箇所

日本人感覚の利便性を基準に北米の温泉を見るのは、あきらかに日本人のわがままです。日本人は確かに温泉に対する独特の固定観念があるので、海外の温泉を体験するとそのあまりのギャップにとまどいを覚えることは理解できます。海外から見ると雨後の竹の子のように温泉施設ができている日本の現状はまさに温泉施設のバーゲンセールで、温泉巡りの感激も感動もなくなるのでは思われます。今回の旅で日本の温泉を100箇所巡るのと、カナダの野湯を1箇所を巡るのが同じぐらいのレベルだと、3,900湯を巡った温泉マニアのS氏も実感していました。過酷でしたが楽しい道中で、日本にも本物の温泉を求めるすごい行動力のある面白い人がいるものだとあらためて感心しました。

マイク佐藤(Mike Sato)

 


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