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アメリカ&カナダの温泉コラム 2008年1月

カナダに在住して温泉開発をされているマイク佐藤さんから、昨年は「カナダの温泉事情」を紹介してもらいました。今年はアメリカとカナダの温泉に関するトピックを送っていただくことになりましたので、これから「アメリカ&カナダの温泉コラム」と題して紹介します。(項目見出しはクマオがつけました。)



第3回 温泉で命拾い



グローバンドメール紙の記事

昨年の12月14日のグローバンドメール紙に「BC州の男性二人が温泉で命拾い」の記事がありました。温泉が二人の木材伐採人の命を救ったとあるので関心をひかれて読んでみると、温泉名は記していませんでしたが、すぐにその温泉がBC州の南東部にあるルシェール温泉(Lussier Hot Springs)だとわかりました。この温泉はフェアモント温泉リゾートから15分ほど南下し、ハイウェイ93/95から砂利道を25分ほど東に走ったところにあります。普通車でも簡単に行けるカナダの野天風呂では最もアクセスのよい温泉のひとつです。

林道から150mほど遊歩道を河岸に下ったところに川石を簡単に並べただけですが、日本と比較しても遜色のない3つの野天風呂があります。この野天風呂が思いのほかにルシェール川の風情とマッチしているので、観光客の評判もよく、年間6万人の入浴客が来るポピュラーな温泉となっています。それだけにBC州の北部の秘境の温泉ならともかく、こんなポピュラーな温泉で命拾いとは大げさすぎると思いましたが、記事を読んでみて事故の様子が理解できました。

温泉で命拾い

木材伐採の仕事の帰路にマットとダスティンの乗ったトラックが、路上が前日に降った25cmの雪が融けて凍っていたために運転を誤り、1回転半して氷の張った湖に転落してしまった。二人は何とかして岸にたどり着いたが、彼等が最後尾のトラックであったため、後続がすぐに助けに来る可能性が無い。 そこでそのままいれば凍死してしまうと判断して、二人は濡れたままの体で8.5キロを歩いてルシェール温泉にたどり着き、野天風呂の中で救助されるまで一夜を過ごした。

事故現場からハイウエーまでは27kmあるので、零下12度の中を濡れた身体でハイウエーでるのは不可能で、途中の温泉を目指したのは正解でした。彼らに地理感覚があったのが幸いしました。もしこれが旅行者だったら凍死していた可能性が高いでしょう。源泉の温度は43.5℃なので、冬季の入浴はすこし肌寒いのですが、凍死寸前であった二人にとっては天国だったに違いありません。

翌朝の4時30分に救助されたといいますから、野天風呂には10時間近く浸かっていたことになります。野天風呂の脇を清流が流れているので脱水状態になる事はなかったでしょうが、10時間に及ぶ入湯は皮膚がふやけて、彼らに体力があったとしても最後の頃は“いい湯だな”という気分ではなかったと思います。それでも交通事故に遭ったマットとダスティンが凍死せずに救助されたのはやはり温泉のおかげだったと記事は伝えています。

ルシェール温泉の野天風呂

ルシェール温泉はカナダの野天風呂のベストテンに入る温泉なので、今回のような不幸な条件下での入浴は、マットとダスティンにとってはただ運が悪かったと言うしかありません。そして転落したのが州立公園の白鳥の湖(Whiteswan Lake)というのも悪いジョークだと思いました。なぜならこの白鳥の湖は透明度が高く、きれいで穏やかな湖だからです。

実はこの温泉に日本と比較しても遜色のない野天風呂ができたのは、日本の野天風呂の写真を参考にしながら改修したからです。10年以上前に野天風呂の改修の計画があったときに、この温泉の管轄区のマネージャーと話したことがあります。そのときに参考にしたいからと依頼されて、日本の野天風呂の写真を数枚手渡したことがあります。ただカナダ人が施工するのであまり期待はしていませんでしたが、完成したら予想以上のでき上がりで驚いた記憶があります。




林道からのルシェール温泉の全景

遊歩道とルシェール温泉野天風呂


左端の私だけ断って裸で入浴



ハリソンホットスプリングの逸話

カナダは自然の環境が厳しいので、温泉に助けられた先住民や砂金抗夫の話などが数多くあります。ハリソンホットスプリング(Harrison Hot Springs)の発見にも有名な逸話があります。この温泉は凍死寸前の鉱山労働者の一団によつて発見されたと言われています。

1859年の晩秋、ゴールドラッシュに沸くカリブー地区から帰ってきた鉱山労働者の一団が、寒さに凍えながらハリソン湖の南岸にさしかかり、上陸して焚き火で最後の食料を調理しようとカヌーを湖岸に寄せました。カヌーの船首が浅瀬に触れた時、長い旅路で衰弱した抗夫の一人が湖に落ちてしまいました。他の鉱山労働者も寒さで疲れ果て、溺れそうな仲間をすぐに助けることが出来ません。ところがずぶ濡れの抗夫が嬉しそうに大声で逆に仲間に湖に飛び込めというのです。ずぶ濡れの抗夫の足元の湖底から温かい水が湧き出しているというのです。

鉱山労働者の一団は爪先立ちでこの温泉に浸り、長旅で冷えた身体を温め全員が温泉で命拾いしました。 そして温泉で体力が回復したので上陸し、焚き火で最後の豆を調理して旅を続けました。2日後に現在のバンクーバーに到着し、この温泉に命を救われた物語を話しました。それが今日のハリソンホットスプリングの隆盛につながっています。そしてこの溺れかけた抗夫発見した源泉は今でも湖の中にコンコンと湧き出しています。

北米の温泉は冬には遭難の覚悟が必要

日本の温泉はカナダと比較すると冬の自然条件が非常に優しいのが特徴です。ですから北海道や冬季閉鎖の一部の温泉を除いて、冬でもほとんどの野天風呂巡りができます。ところがカナダだと最も利便性のある野天風呂でも、天候の変化で何時でも遭難死の可能性があります。

野天風呂は冬に入るのが最高であることは北米の温泉マニアも共通で、そのために温泉閉鎖のサインを無視して温泉行きを決行します。その結果、カナダやアメリカで毎年耳にするのが温泉客が温泉で遭難するというニュースです。これは大陸性の気候と、国土が広大なので温泉から最寄の民家までの距離がありすぎるのが原因です。日本だとどんな秘湯でも10kmも歩けば何とか連絡のできそうな場所に出ることができます。

これがカナダだとミーガー温泉でも最寄の町とは70km離れていますので、交通量の少ない時に林道で事故があると、携帯は通じないし、何十キロも歩く勇気は無いので、翌朝に誰かが通過する事を期待して、車の中でひと晩過すハメになります。それなりの秘湯だと北米の温泉愛好家は普通は万一に備えてキャンプの準備をしていきます。ところがミーガー温泉ぐらいだとカナダでは下駄履き温泉の感覚になるので、どうしても油断してしまうのです。

夏はそれでも何とかなるが、10月末ぐらいになると気温がかなり冷え込み、早い年には雪が降ります。北米では山峡の野天風呂に来る人は体力があるので、普通2〜3時間ぐらいは入浴するのが常識です。この2〜3時間の入浴中に林道の区間が長いので、温泉が曇り空でも途中の林道が雪になっている事があります。

温泉からルンルン気分で帰路についたら、15km走行して新雪でそれより先は進めなくなります。そんな季節になると交通量も少ないので、寒さとの戦いで車中泊は悲劇になります。温泉に戻るにも遠すぎるし町までは何十キロのあるしで、結局は家族が警察に連絡して救助隊が来るまで待つ事になるので、凍死寸前の状態になってしまいます。

ミーガー温泉での事件

ミーガー温泉でも過去に日本人と韓国人の5人のグループが林道の30km地点で立ち往生し、救助隊が駆けつけたときは遭難寸前だったという記憶があります。グループの中の二人は体温の低下のためか、呼吸困難で瀕死の状態で横たわっていました。すぐに全員がペンバートンの病院に移送されましたが、救助隊の到着が数時間遅れていれば大惨事になることが確実でした。

警察からの連絡で、狩り出された私達は移送された東洋人のグループの軽装にあきれてしまいました。バンクーバー市内を観光をするような軽装だったからです。ペンバートン救助隊のアルは何年か前にも日本人グループを救助した事があると私にこぼしていました。彼はペンバートン救助隊の隊長しているので、カナダの気候条件に無知な東洋人の不注意に腹を立てていました。

このグループを先導していたのが日本人の短期滞在者だったので、私が病院でこの青年に注意することになりました。本人は事の重大さに気付いてションボリしていました。温泉好きの青年で日本でもかなりの数の温泉を制覇しているような話で、何箇所かのカナダの秘湯を巡る計画で、ワーキングホリデーのビザで来たそうです。

バンクーバーの友人から車で行けて木橋を渡った先にある野天風呂と聞いたので、塩原温泉の岩の湯に行くような気持ちで来たようですが、遭難してカナダの自然環境の厳しさに愕然としたそうです。この青年が日本で何百の温泉を巡ったか分かりませんが、カナダで最初の下駄履き温泉のミーガー温泉での遭難ですから、その後カナダの秘湯めぐりの計画を実行したかどうかは分かりません。「BC州の男性二人が温泉で命拾い」の記事を見て温泉が天の恵みであると同時に、北米の野天風呂巡りには常に十分な注意が必要であることを改めて実感しました。


マイク佐藤


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