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カナダの温泉事情9 温泉ボランティア 2007年3月



マイク佐藤さんからのカナダの温泉事情第9信は、カナダやアメリカの野天風呂を実質的に維持している温泉ボランティアについてです。(本文の小見出しはクマオがつけています。)



温泉ボランティア

北米の温泉文化を語るときに温泉ボランティアの存在を軽視することはできません。日本ではほとんどの共同浴場は地元の人が交代で清掃や維持・管理しています。北米では村落が所有する温泉はほとんどありません。カナダでは町営の温泉はナカスプ温泉だけで、職員が勤務していますので町民が温泉を利用してもボランティアの必要はありません。日本の町営の日帰り温泉施設と同じです。

しかし北米の国有、州有、私有のほとんどの野湯には大なり小なりその温泉を愛する温泉のボランティアが存在します。北米の温泉ボランティアは付近の住民ではなく、その温泉が好きでかなりの遠方から馳せ参じてくるのが特徴です。300〜400km先から来るなどあたりまえです。日本の場合は地域住民の生活のお風呂なので、管理が持ち回りになっていて、掃除に下駄履きなどで来れる付近の住民ががほとんどだと思います。

ところが北米の温泉ボランティアには400km離れていても毎週通ってくるような豪傑がおります。東京の温泉フアンが「鳴子温泉滝の湯」の清掃に毎週通うような行動です。私は北米の数多くの温泉で、驚異的な行動力と情熱のある温泉ボランティアを目撃しています。温泉は日本が一番と思うのは自由ですが、北米にはそれをはるかにしのぐ温泉応援団がいることを忘れてはなりません。

 

ミーガー温泉のボランティア

ミーガー温泉でも、1980年代からミーガー友の会 (Friends of Meager) やミーガー維持協会 (Meager
Preservation Association) が野天風呂を建設したり温泉の管理や掃除をしていました。会員のほとんどが週末にバンクーバーから230kmも車を飛ばして温泉に来ていました。日本のように村内の顔見知りではなく、温泉が好きで集まった人達です。多彩なメンバー中には医者や役人それに弁護士などもいます。もちろん大学教授もいます。

温泉ボランティアは単なる温泉好きですが、多彩なメンバーが自発的に修理や野天風呂の掃除をしますので役所でもかなり気を使っています。温泉開発の公聴会では、彼らは動員力がありますので大きな発言権があります。温泉が開発されて有料化されると、常駐管理者が必要になります。彼らがそれまで無許可でやっていた温泉利用の自由が禁止されるので、温泉ボランティアは温泉の有料化に反対します。彼らは動員力がありマスコミを利用することを知っています。温泉ボランティアの動向で温泉開発の生死が決まるのです。

ミーガー温泉の開発では、キノコ博士のポールを中心としたグループが頭痛の種でした。時々、新聞に出る有名人なので林産省もポールを刺激しないよう細心の注意を払っていました。ミーガー温泉には地熱の影響で氷河時代から続く貴重な生態系があります。私にはどう見ても雑草ですが、彼の話ではカリフォルニアやメキシコにある植物でBC州ではミーガー温泉にしか存在しないのだそうです。

彼らは環境保護団体と協力して温泉の自然環境の保護などの注文をつけてきます。林産省は彼らに気を使って建機使用禁止の約束をしました。その結果、人力だけによる野天風呂の建設になって、苦労させられました。源泉からのパイプ引湯の計画については、温泉川の水量が下がれば小川の中に生息する微生物に影響するなどと難癖をつけます。

ポールなどは、さしずめ日本の共同浴場によくいる温泉の主と同じです。毎週温泉に通い続けて、温泉を訪れる人に歴史やマナーの説明をする頑固親父です。州有地の温泉を自分の温泉だと思って、温泉に入るのが好きなのに温泉の開発には反対します。ただ毎週のように4時間かけてバンクーバーから温泉に来るその根性はたいしたものです。

日本の温泉ファンで、地域の住民でないのに、蔵王温泉の大露天風呂に毎週東京から通って、清掃を手伝うような博士がいるでしょうか。野天風呂工事中も数人でキャンプして私達の行動を見張っていました。彼らの抵抗も11月中旬に気温が零下10℃になって終了です。この寒さではさすがにキャンプは不可能で、最後は自然の力にギブアップしたようです。

 

シーニック温泉の野天風呂

ワシントン州のシーニック温泉 (Scenic Hot Springs) にはミーガー温泉の数倍の温泉ボランティアがおりました。彼らは1980年頃からシーニック温泉友の会 (Friends Of Scenic) を結成して活動しています。シアトル近郊に温泉が少ないことと、シアトルから1時間半と交通の便がよかったことも影響しています。

さらにオーナーも伝統文化財保持の感覚で温泉を無料で解放していました。そのため温泉ボランティアの行動にブレーキをかける者がいませんでした。それをよいことに、温泉所有者やキング郡の許可を取らずに勝手に新しい野天風呂の建設を始めたのです。これには数百名のボランティアが参加するようになりました。

この温泉はハイウエーからわずか2km足らずの距離にあります。しかし標高差が300mありますので登山道入口まででもかなり厳しい行程です。アメリカ人は体力がありますが、それでも登山道入口に到達するまでに疲労困ぱいします。そこから更に急勾配の登山道を600m先の温泉まで、ボランティアがセメントや木材を人力で担ぎ上げたのです。1人の温泉ボランティアがセメントを40m運べば次のボランティアその先までと、協力としながら温泉まで運び上げました。実際にこの登山道を歩くとどれだけ重労働であったかが想像できます。

そして1980年代の後半には4つの無許可の野天風呂が完成しました。これが温泉の人気に拍車をかけ、1990年に出版された温泉の本ではアメリカ北西部の最も有名な温泉の一つになりました。ともかく温泉ボランティアの行動力と大胆な行動には驚かされます。日本だと地域住民でない部外者が、町の許可をとらずに蔵王温泉大露天風呂を造ったと同じことです。ですから今でもシ−ニック温泉友の会がこの温泉の所有者だと勘違いしている温泉ファンがおります。

この温泉に通じる林道は電力会社が管理していたので、電力会社はハイウェーから登山道入口までを修理しない方法で不法侵入に対処しました。林道が荒廃すれば普通車の通行は不可能です。そのためにハイウェーに駐車して、温泉まで1時間あまりハイクします。温泉の評判がよいので、週末は必ず50〜60台の車がハイウェーの路肩に駐車するようになりました。

アメリカ人は温泉に行けば、2〜3時間はゆっくり温泉に浸っています。そうすると往復の時間を含めると5時間は車に戻る可能性はありません。そこで駐車中の車の窓ガラスを壊して、盗みを働く者が現れました。温泉客は北米中から来ますので警察も大変です。これは北米の人気のある野湯ではどこでも経験する事件です。私も一度、オレゴン州のクーガー温泉で盗みの被害にあいました。

 

違法施設の撤去と温泉開発

その被害の調査でキング郡の警察やレインジャーが温泉を訪れ仰天しました。オーナーや郡役所の許可なしに野天風呂や大きな木製のテラスが出来ていたからです。この違法建築に郡役所は迅速に対処しました。強制撤去命令で警察とレインジャーを使ってこの野天風呂を叩き壊したのです。ところが北米の温泉ファンはこの程度の事ではあきらめません。4〜5日後には逮捕を覚悟で真夜中に温泉ボランティアが温泉に忍び込んで、野天風呂の修復にかかりました。

ペンバートンから70km離れたミーガー温泉ですら、林産省や警察は温泉ファンの不法侵入を阻止できませんでした。シ−ニック温泉はハイウェーからわずか2kmの距離です。この地理的条件では群役所や警察が躍起になっても温泉フアンの行動を阻止することはできません。解決方法は私がミーガー温泉でやったように、常駐管理者を置いて温泉を有料化するしかないのです。オーナーは43年間も温泉ファンに無料で温泉を開放していたことを誇りにしていました。しかしこのような事態を放置できませんので温泉を開発するしかありません。しかし温泉リゾートは彼の理念に反します。そこで新しいコンセプトの持ち主として私に白羽の矢が立ったようです。

 

シーニック温泉のボランティアたち

私はパイパー氏に、温泉買収までに8ヶ月の猶予期間が必要な事を伝えました。それまでにシーニック温泉友の会を味方にしなければなりません。シアトルの弁護士は、環境保護団体が絡んだ開発は不認可の可能性が高いので買収は止めたほうがよいと言います。特にワシントン州のシアトル・キング郡は、マイクロソフトなどのハイテク企業が多いので環境問題にはうるさく、アメリカでも最も開発許可の難しい郡と言われています。

しかし温泉友の会の幹部の二人と面識があったのが幸いしました。この幹部とはその二年前にミーガー温泉の野天風呂で会い、その時に彼らは野天風呂で改造する際は参考にしたいと言っていたので、脈はあります。そして面識のあった二人の幹部を突破口にして、シーニック温泉友の会に温泉開発の協力を要請したわけです。

その一人はシアトル市の公園管理局に勤務するロバートです。彼は北米の温泉ファンの間では「裸のグルメ」 (Naked Gourmet) として知られています。シーニック温泉で週末に素っ裸で料理して、それを温泉客に振る舞っては寄付を集め、温泉管理の費用にしていたのです。北米中の温泉ファンの間では、素っ裸で料理する「裸のグルメ」は有名人でした。そして私の温泉開発を最初に支持してくれた温泉ファンの一人です。ワークパーティーのたびに必ず参加者全員に食事を振舞ってくれます。

彼の“Friends To Help Scenic Hot Springs”と言うブログがあります。彼は、マイクは我々と同じ温泉ファンで、温泉を買ったのは単なる金儲けでなくシーニック温泉を救うためだと、開発に反対する人達を説き伏せてくれました。やはり百聞は一見にしかずで、ミーガー温泉に日本風の野天風呂が建設したのが効いたようです。日本なら公務員が公衆の面前で素っ裸になるのは問題でしょうが、アメリカではそんな小さなことで倫理観を振りかざす者はいません。大自然の中にある絶景温泉では、これは個人の自由です。

もう一人のデールは NPO の Scenic Preservation Association の委員長で、州政府に勤務しています。日本なら県庁の部長さんといった感じです。何十回も会っているのですが、どれだけ偉いのかは聞いた事がありません。ワークパーティーでは率先して重労働に従事し、私も彼のその行動力には敬服しています。ワークパーティーには毎回必ず20〜30人の温泉ボランティアが参加して、登山道の修理や温泉の清掃をします。

若手弁護士のグリーンさんは、いつも同僚の女性弁護士を誘って参加します。メンバーもカラフルです。日本の共同浴場のように地域の共同体に属している者が参加しているのではありません。ただシーニック温泉が好きなだけで参集するのです。デールも州都から来ますので、温泉まで片道3時間かけてワークパーティーに参加しているのです。彼も Scenic Preservation Association の幹部会の席で全面協力を約束してくれました。

シアトルのカレッジで教えてるリックは、この温泉の一番の協力者で“Scenic Hot Springs”のブログを運営しています。カレッジの先生なのですが、ここ3年間は彼にはお世話になりました。何年間か米軍の仕事で三沢基地に勤務していました。日本語は話しませんが地図作成の能力があるので、48000坪のシーニック温泉の測量は彼が無償でしてくれました。私がワシントン州に行くと、週末は必ず温泉に来て仕事を手伝います。

 

温泉ボランティアの行動

何十人もの温泉ボランティアが清掃や修理に来てくれることなど、日本でもそんなに例がないと思います。清掃が終われば全員が裸で、混浴をエンジョイするのがシーニック温泉の伝統です。女性は3割ぐらいですが恥ずかしがる者などおりません。2〜3時間は温泉の中で会話を楽しんでいます。ともかくカナダでもアメリカでも入湯したら、天真爛漫な方法でストレスの開放をしています。アメリカの温泉好きは若者が多いのが特徴です。歩かなければ行けない山岳の秘湯が多いので、どうしてもそうなってしまいます。温泉ファンは女性も多いです。

これは北米の人気のある野湯に共通する温泉ボランティアの行動です。オレゴン州のバッグビー温泉 (Bagby Hot Springs) やクーガー温泉 (Cougar Hot Springs) 、カリフォルニア州のディープ・クリーク温泉 (Deep Creek Hot Springs) などにも強力な温泉友の会があります。いずれの温泉も常連客や温泉の主が居ますが、地元の人でないのがほとんどです。地元の人たちがボランティアで掃除や管理をしている、日本の無料温泉との明らかな違いです。北米の温泉ボランティアの奉仕精神などを見ると、温泉を愛する気持ちは日本人と同じであることを実感させられます。

 


ボランティアが無許可で山頂に建設した
シーニック温泉の野天風呂

2006年5月27日のワークパーテー
右からボブ、リック、左端がデール

2006年5月27日のワークパーテー
古い材木を片づける温泉ボランティア




ワークパーテーの仕事終了後の
温泉ボランティア

ありし日のシーニック温泉
裸で混浴をエンジョイする



標高1050メートルのシーニック温泉に
冬でも1時間半かけて温泉客が来る



マイク佐藤 (Mike Sato, Scenic Hot Springs)


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