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カナダの温泉事情8 カナダの温泉ロマン 2007年3月



マイク佐藤さんからのカナダの温泉事情第8信は、温泉探査の大変さやすばらしさを教えてくれるカナダの温泉ロマンです。(本文の小見出しはクマオがつけています。)




温泉の探査と所有権争い

カナダでも昔から、大自然の中にこんこんと湧き出る温泉は、人々の欲望やロマンを掻き立てました。BC州の中南部にあるナカスプ温泉(Nakusp Hot Springs)では、1892年の町の創設時から山師や開拓者がBC政府と温泉の所有権を争っています。彼らは丸太小屋を建てたり鉱業権を設定したり、あらゆる手段で温泉を手にいれようと画策しました。しかし十数年間に及ぶ彼らの奮闘も空しく、あわれにも1914年にBC州政府に強制接収されてしまいました。

後にBC政府はこの温泉をナカスプ町に払下げ、カナダで唯一の町営の日帰り温泉施設になりました。今では年間12万人の入浴客があり近郊の住民や観光客で賑わっています。この温泉はプールの設定温度が43℃とカナダの温水プールの中では一番高いので日本人向きの温泉です。

温泉を巡る先住民と白人あるいは荒野のならず者と砂金堀人の対立など、カナダには温泉を巡って面白いドラマが数多くあります。太平洋岸には日系人の漁師によって発見された温泉もあります。1880年代には一攫千金を夢見て原野を徘徊していた山師にとって、温泉は金鉱山にも匹敵するような価値ある存在になっていました。そのために温泉をめぐって銃撃戦などもありました。

温泉調査の時には、周辺の土地はすべて州有地なのに、絶海の孤島のように原生林の中に温泉の土地だけ私有地になっているところが見つかります。もちろん周りの数十kmに私有地はありません。これなどは温泉が当時の開拓者や山師にとって宝の山であった証拠です。

 

水利権法の成立

ただこのような温泉ロマンも1890年代にBC州政府が水利権に関する法律を設定すると同時に終焉します。この法律では、すべての地表を流れる川、温泉、泉などの水利権は州政府に帰属すると定められました。私有地から湧き出る温泉でも水のライセンスがないと使用できなくなったのです。現在、私有泉として残っている温泉のほとんどは、それまでに払下げられ、登記されたものです。

私有泉の中には、後に国立公園や州立公園として政府に接収された温泉もあります。日系の漁師達が発見した温泉が太平洋岸にいくつかありました。しかし当時の日系人は人種差別で温泉を登記する権利がありませんでした。BC州政府はこの日系人ゆかりの温泉を1928年にフリゼール氏に払下げました。そしてフリゼール・ホット・スプリング(Frizzell Hotsprings)として今も温泉ファンに愛されています。この温泉がBC州政府が払下げた最後の温泉となり、それから78年間は温泉の払下げはありません。

これはアメリカも同じで、ほとんどの州で1910年代に水利権に関する法律が制定されました。ワシントン州では1917年に制定され、一日に2万リットル以上の水の使用には、水利権が必要となりました。温泉は自然に湧出してますので、それに栓はできません。ですから家族で使用しているような場合は、水利権は必要ありません。特別のことがない限り、家族使用では2万リットルは消費しないからです。ただ温泉を商売で使用するとこの制限枠を超過しますので、当然、水利権が必要になります。新規の水利権の獲得は難しく、ワシントン州では順調に行っても3〜5年位はかかります。

アメリカでは1920年代にアラスカの温泉を巡って、死傷者もでる利権争いが起こっています。そのため、1930年にハーバート・フーバー(Herbert Hoover)大統領は、それまでに登記やクレームのされていない自然湧出の温泉の所有権を連邦政府に譲渡する法律に、署名しました。源泉を中心に160エーカー(19万2000坪)が自動的に連邦政府のリザーブになります。

国有林にスキー場などの開発が申請されても温泉のある160エーカーは自動的に分離されるようになっています。そのためにリゾート・ホテルなどの開発を申請してあわよくば温泉もと目論んでも、残念ですが温泉を所有することはできません。これはアラスカなどで新しい温泉が将来発見されたとしても同じです。

温泉に限らず国有林内の開発は非常に困難なので、アメリカン・ドリームはもう期待できないでしょう。ただしアメリカはカナダと比較すると私有泉が多いので、その点では温泉開発が容易なのではと思われます。カナダではこの78年間は温泉の払下げはありませんし、近年は特に先住民の土地問題が絡み、自噴温泉の開発はほとんど不可能になっています。


水上飛行機での温泉調査

 

グレート・セブン

日本でも温泉の達人と言われる人がいるように、カナダでもそれに匹敵するような温泉中毒の患者がいます。ただ国土が広大で、さらに温泉の資料が少ないので安易な温泉探勝ができません。温泉のある北西部の4州だけでも日本の12倍以上はありますし、全地域の温泉を巡るとすれば大変な行程です。ですからこの4州の温泉を巡った人で、ある程度の数の温泉入湯者はカナダ全土でわずか7人しかいません。

地域限定の7〜8湯を巡っている人は無数にいると思います。これなどは日本の“東北の温泉に強い”などと同じ意味になると思います。日本の県くらいの単位にすると、狭すぎて温泉が一箇所もない地域がほとんどです。ですから日本のように、近郊の日帰り温泉に行って新たな温泉を制覇するなどという簡単な入湯は、カナダではまずできません。

グレート・セブンと揶揄される温泉中毒患者の7人だけが、現時点ではカナダで50湯以上の温泉に入湯しています。私もグレート・セブン(温泉中毒患者)の末席を汚していますが、ほかの6人もすべて温泉仲間です。温泉の本の著者のグレンは地質学者で、退職するまでカナダ地質調査所に勤務していました。地球科学者のスティーブも、カナダ地質調査所に勤務しています。コンサルタントのテムも地質学者で、彼はBC電力が過去の30年間にわたって実施した地熱資源の探査に関わってきました。

ジョンはオカナガン大学の地質学教授で、私と共同で1994年にケローナ市の南のエンジェル・スプリング(天使の泉)を再発見しました。1880年代の砂金堀の記録をもとに二人で天使の泉を探し当てたのです。後の二人はドンとランメルさんです。この二人とは何度も幻の温泉調査をしました。ドンはカナダ地熱・エネルギー協会の仕事をしています。ランメルさんは日本の大学で教鞭を取った経験があります。日本語もペラペラで、極楽トンボのところもありますが温泉に関する情熱は全員が認めています。

現時点では私がカナダの入湯記録を持っていますが、ドンの行動力と若さからして、そのうちに彼がトップになる可能性があります。私が入湯していない30数湯はここ数十年は入湯記録のない幻の温泉ばかりです。先住民の伝承や、ゴールドラッシュ時代のカナダ地質調査所の記録の中にだけある温泉です。もちろん温泉狂やハンターからの未確認の情報も含まれています。

これらの温泉の調査には莫大な費用と危険が伴うので、数人の調査隊を組織する必要があります。ランメルさんは全カナダの温泉を巡るのは一生かかっても不可能だと断言しています。しかしこれらの温泉を再発見すれば、カナダの温泉史を書き換えることができます。そのため性懲りもなく、新しい情報がもたらされるとすぐに挑戦しようと計画します。

温泉調査では水上飛行機やヘリコプターを幾度となくチャーターしています。ボートも十数回はチャーターしました。国土が広大で自然環境が厳しいので、どうしても温泉調査では入念な準備が必要になります。それだけ危険や苦労が多いのでやっと温泉を探し当てたときの感動は格別で、これがカナダの温泉調査の醍醐味だと思っています。

 

馬で温泉探査

デ−ワー・クリーク温泉 (Dewar Creek Hot Springs) はBCの南東部の秘湯ですが、この温泉へは馬で行きました。後にも先にも馬で温泉に行ったのはこの時だけです。前回は雷雨の中を寒さに震えながら歩いたので、温泉に到着したときは遭難寸前のような有様でした。沢道はほとんどぬかるみ状態で、さらに何度も小川を横断するので温泉までは6時間もかかりました。

2度目の時は、灰色熊の出没情報があったので、アウト・フィッターの馬を雇うことにしました。しかし乗馬の経験はほとんどありません。昔、子供達と20分ほど遊園地で馬に乗っただけの経験です。そのため温泉に着く頃には、長時間なのでお尻と股が痛くて参りました。

ここは生物保護区で、冬季は3m以上の積雪になります。カナダでも源泉温度の高い温泉で89℃はあり、いたる所から温泉が湧出しています。温泉の堆積物のドームは見事で、いつも感激しています。温泉から30分ほど離れた所にある猟師の山小屋に泊まりました。そしてその夜は満天の星の下で巨大な石灰華を眼前に3人で野天風呂を心行くまで堪能しました。



馬で行く Dewar Creek Hot Springs

見事な湯の華の丘

ドンと私とランメルさん



川に流されそうに

BC州中南部のコッチ・クリーク鉱泉 (Koch Creek Mineral Springs) の探査では、腰まで水に浸かりながら渡河しました。この時は川岸で拾った枯れ枝を杖にして渡ったのですが、私とランメルさんは途中で一度激流に足を取られ、数メートル流されてずぶ濡れになりました。この鉱泉はクートネイ・インデアンがワシントン・インデアンとの戦闘で負傷した兵士の治療に使用した、古代のロマンの漂う神聖な鉱泉です。我々を除けば先住民でも、こんな逸話や場所を知ってる者はほとんどいません。

川岸から数十メートルも温泉堆積物が続いています。水量はあまりありませんが野生動物もミネラルの供給にこの鉱泉を利用しています。鉱泉には女の神様が祭れていた記録があるので、探したら神様がありました。これは日本の子宝の湯と同じで発想で大らかな信仰にユーモアを感じました。この鉱泉は日本ならばさしずめ武田信玄の隠し湯と言う趣があります。



Koch Creek Mineral Springs
で渡河するランメル

温泉の堆積物:昔はかなり水量の
ある鉱泉だと想定できる



女の神様


ピット・リバー温泉

ピット・リバー温泉(Pitt River Hot Springs)は、恐ろしいほどアクセスの悪い温泉で、温泉狂しか行けない幻の秘湯です。この温泉は、バンクーバーから直線距離で67kmの温泉ですが、最初の時はスコーミッシュからヘリコプターでこの温泉に行きました。ジムの温泉の本ではピット・リバーに架かる橋の南に温泉があることになっています。ヘリコプターが5時間後にピックアップすることになったので時間は充分にあります。本では道路からわずか46mで温泉にたどり着きます。ところがいくら探しても温泉はありません。500m程南下しても温泉を発見できません。

ともかく元の橋に戻って本の地図と比較しました。地図は正確でどうも私が温泉をミスしたようなので、再調査しましたがまた同じで温泉がありません。こうなるとパイロットが着陸する橋を間違った可能性が考えられます。それで2km程林道を南下したのですが橋もありません。もう3時間も浪費し精魂使い果たした感じになりました。仕方がないのでもう一度最初の橋に戻りました。

もしやと思って橋の北側を見ると、かすかに獣道のようなものがあります。130mほど北上すると温泉がありました。岩をかむ清流を眼下に、岸壁の割れ目からかなりの高温泉が湧き出していました。野天風呂はピット峡谷の岸壁に造られており宝石のような温泉でした。この野天風呂からの眺めるエメラルド・グリーンのビット・リバーはため息がでるほど美しかったのを覚えています。しかしジムの温泉の本のデタラメさに腹立ちました。こんな秘境では人に尋ねることもできません。

この話をランメルさんにしたら彼も最初は発見できなかったそうです。本のとおり橋から南を探し、時間切れで断念したそうです。人里遠い谷あいの湯なので、だれかに尋ねるには徒歩で22km南東にある製材所まで南下するしかありません。時間と経費を考えると温泉に入湯できなかったら悲劇です。

二度目はランメルさんと一緒に水上飛行機でピット・クレイを北上しました。船着場でマウンテンバイクを組み立てて片道22kmの林道を温泉の向かったのです。この時はグレンの本ですが、マウンテンバイクで1時間で温泉となっています。これも本の誤記で、片道22kmの砂利道を、1時間でなど絶対に不可能です。帰路にはお尻の皮が擦り剥けて、漕ぐのがやっとでした。せっかく入湯したのに砂利道なので砂埃にまみれて、船着場に着いたときはお化けのようでした。温泉中毒の二人の姿にパイロットもあきれていたようです。

その後、ランメルさんはドンとスコーミッシュから山中を2日かけて踏破して、この温泉に行きました。温泉に一泊して、翌日は温泉から船着場まで22kmの砂利道を歩いたそうです。前日までの強行軍で体力を消耗が激しく、這うようにして船着場に着いたと言っていました。その後はこの温泉行きを彼が口にしないのをみると、さすがに懲りたのだと思います。



野天風呂からのピット峡谷の眺め

岸壁なのでロープを伝わって温泉に降りる

野天風呂で私とランメルさん


マツタケ狩り

秋にはマツタケが収穫できる温泉地がカナダにはかなりあります。ミーガー温泉でもこの時期は待望のマツタケと温泉を楽しむ日本人が増加します。温泉のゲートから5分も歩けばマツタケの群生地があるので、結構収穫できるのです。トロントに居んでいたころは、日本食料店でマツタケを買って年に何本か食べればよいほうでした。ところがミーガー温泉では短時間で数十本も収穫した事が何度かありました。

ある時は何人かの友人とペンバートンの近郊でマツタケ狩りをしました。私の案内した場所が最高で、多い人で80本、初心者でも30本ほど取りました。それで彼等は私に感謝し、そこをマイクセブンと命名しました。本道から7kmでマイクに教えてもらったマツタケ山と言う意味です。

このマツタケ山は近頃はあまり収穫できません。同行した誰かが誘惑に負けて大収穫の後に仲間に話したようです。有志の秘密の場所のはずでしたが、一度に数十本もマツタケが取れれば誰でも自慢したくなります。カナダの温泉調査は命拾いするような危険もありますが、マツタケと温泉などカナダならではの楽しみもあるのです。



マイク佐藤 (Mike Sato, Scenic Hot Springs)


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