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カナダの温泉事情7 カナダの野生動物と温泉 2007年3月



マイク佐藤さんからのカナダの温泉事情第7信は、カナダの温泉めぐりで遭遇する野生動物についてです。(本文の小見出しはクマオがつけています。)


温泉発見と動物

日本にあるような動物に由来する温泉発見の伝承は、カナダではまずありません。動物が温泉を発見したなどと書けば、いくら伝承だと言っても偽証罪で訴えられる恐れがあるからだと思います。それでも、先住民の狩猟方法などを観察すると、鹿などの獲物を追いかけて人間が温泉を発見するきっかけになった可能性は想像できます。私もトービー川鉱泉(Toby Creek Soda Springs)の探査では、豪雪の中を鹿の足跡をたどってこの鉱泉にたどり着きました。

クートネイ国立公園(Kootenay National Park)にある The Paint Pots などは見事な鉱泉の堆積物です。先住民はここを鹿などの獲物を待ち伏せする狩場や、部族の儀式の場としていました。野生動物が塩分を求めて集まるソルトリック(Salt Lick)はカナダには無数にあります。生命の維持に欠かせないミネラルの補給のために動物が温泉や鉱泉に来るので、先住民はその習性を熟知していたはずです。そのため温泉で食料の確保し、獲物の処理に温泉を使用し、温泉で体を清めた可能性があります。先住民が温泉地を神聖な清めの場所としているのも理解できるような気がします。


鹿

カナダは野生動物の宝庫だけに温泉めぐりでは頻繁に大型動物と遭遇する可能性があります。数が多いのはやはり鹿で、ミーガークリーク・ホットスプリングスに通じる林道では日に何度も遭遇したときもありました。温泉の遊歩道や野天風呂でも毎日のように鹿を見かけます。

私は温泉調査の最中に、今までに3頭の鹿を轢いてしまいました。2頭はBC内陸部の調査で、1頭はミーガー温泉に向かう途中の林道でです。ミーガー温泉の場合は不幸な偶然で事故を招いてしまいました。車が通ると普通はほとんどの鹿は藪の中に逃げ込むのですが、たまに林道をまっすぐ逃げる鹿がいます。車の前を走るのでこちらも間隔を取って運転したのですが、その時何かの事情で突然2頭の鹿が道路を横切りました。一瞬の事で、ブレーキをかけましたが車の右フロントにドーンと鹿が当たってしまいました。驚いて車から降りてみると、鹿が血を流して倒れて足をバタバタさせています。

途方に暮れているとタイミングよく伐採会社のトラックが通りました。ドライバーに助けを頼むと、彼は経験があるのか手馴れたように鹿を見て、もうダメだと言います。無線で会社と連絡を取った後、私に手伝えといいます。トラックに積み込むと思いきや道路の反対側の窪地に投げ込むと言うのです。その鹿はかなりの大きさだったので、二人で引きずるのがやっとでした。埋葬しなければと思ってドライバーに尋ねたら、2日もすれば熊か狼が持っていくので心配ないと言います。彼の予言のどうり翌日には鹿はなくなっていました。

それからはそこを通過するたびに事故を思い出して罪の意識を感じていました。車のライトは完全に潰れてかなり高額の修理代がかかりました。伐採会社のマネジャーにその事故のことを話したら、熊よりもが運転手が帰路にトラックに積んで食料として持っていった可能性が高いので、今頃はバーベキューだろうと笑っていました。


ムース

ミーガー温泉の遊歩道では、ムースにも何度か遭遇したことがあります。最初に遭遇した時は、ギョとして体が凍りついたのを覚えています。昼間はそれほどでもないですが、薄暗くなって大きなヒマラヤ杉の後ろから突然姿を現すと、馬のようなサイズなので恐怖にかられることがあります。

アラスカ・ハイウェーにあるリアード温泉(Liard Hot Springs)では、湿原に何頭ものムースがいるのを観察できます。この温泉はカナダで第二の湯量を誇る日帰り温泉施設です。二つの源泉から毎分2400リットルもの豊富な湯量の温泉が溢れ出しています。一つは温泉の川を堰き止めた大野天風呂で、もう一つは最深の所は6mもある温泉池になっています。こんな雄大な温泉池は、日本ではまずお目にかかれません。

温泉から放流された温水が蛇行する湿地帯で、ムースが美味そうに水草を食んでいます。この温泉は夏はブラック・フライやアブが多いのが難点で、その数が半端ではなくまさにウンカの如く襲ってきます。たまらずお湯に潜水して水中から見たら、頭上を数百匹も旋回していました。

この温泉には零下29度の寒波の最中に入湯したこともあります。板張りの遊歩道を通って駐車場に着くまでの6〜7分の間に、タオルが凍って板のようになってしまいました。この温泉の地域はカナダでも寒冷地ですが、さすがにタオルが板のようになったのは初めての経験でした。この温泉では10年前に黒熊に襲撃されて、2人の温泉客が犠牲になっています。


クーガー

7年ほど前に林道をドライブしている最中に、一度だけクーガー(アメリカ・ライオン)に遭遇したことがあります。ミーガー温泉から5キロほど手前の林道です。突然、茶色の子猫のような動物が道路を横切ったので、温泉客が連れてきた猫と思いましたが、続いてすぐに母親のクーガーが横切ったので仰天したのを覚えています。クーガーは普通は温泉の付近にはいないはずですが、その年は食料事情か伐採の影響なのか、温泉に通ずる林道にまで現れたのでした。

BC各地で、人間がクーガーに襲われて重症を負ったニュースを時々耳にするので、危険防止のために看板を立てて注意を喚起しました。ところが殆どの温泉客はクーガーなど意に介しません。しかし現場に常駐している管理人はギョとして肝を潰し、翌日ペンバートンの町に番犬を探しに出かけました。


黒熊

カナダの温泉調査で一番恐ろしいのは黒熊と遭遇する事です。本当は灰色熊がその数倍危険なのですが、灰色熊はBCの北部や海岸線、サーモンの遡上する川の流域でないとあまり遭遇する危険性はありません。ところが黒熊に遭遇するのは日常的です。

ミーガー温泉でも温泉を縄張りにしている黒熊がいました。林道をドライブしていると、そのうちに黒熊の出没する場所が予測できるようになります。出没する場所には間隔があるので、その黒熊の縄張りがおおよそ想像できました。日本のツキノワグマと比較するとカナダの黒熊のほうがサイズが大きいので、危険度も高いように思われます。


ナチュラリストTさんの体験

10年以上前の話ですがバンクーバーでナチュラリストのTさんと食事をした事があります。温厚な紳士で動植物の生態に詳しく、温泉ファンの一人でもあります。私がスーローケット温泉(Sloquet Hot Springs)のキャンプ場で黒熊に出会った話をしたら、彼も熊の体験談を始めました。私のときは友人が一緒だったのでそんなに恐怖感はありませんでした。黒熊も私達の姿をみてすぐに林の中に退散しています。

Tさんは場合はそんなにラッキーではありませんでした。温泉の上部のテラスで奥さんが食事の準備を始めたので、炊事道具を取りにテントに引き返したら黒熊に出会ったそうです。このトレイルはかなり急峻で、わずか250mしかなくても普通の人は息があがってしまうところです。息を切らしてテントに到着したら反対側に大きな黒熊がいたそうです。

距離はわずか4〜5mなので本人も動転して後のことはあまり記憶にないと言っていました。ただテントの入り口に置いてあったハンマーで、フライパンをガンガンと夢中で打ち鳴らした事は覚えていて、すると黒熊がわずらわしそうに、ゆっくり林の中に引き返したそうです。坂道を転がるように下りて奥さんのところに駆けつけたら、事情を知らない奥さんは、Tさんのすごい形相に吹きだしたそうです。

私もBC北部の温泉調査の時、トレイルで15mぐらいの距離で黒熊に遭遇した時は、膝はガクガクで、心臓も破裂しそうでした。正直、後で自分の小心さに情けなくなり落ち込んだものです。Tさんはわずか5mの距離ですから、その時のTさんの形相が目に浮かびます。どれほど本人が肝を冷やしたか想像できます。


私も最初は怖かった

十数年に及ぶ温泉調査で肝がすわってきたのか、このごろは黒熊を昔ほど危険だとは感じなくなりました。初期の温泉調査の頃は私もまだトロントに住んでいたので、熊に遭遇した経験がありませんでした。トロントは人口300万の大都会で、都市部に住んでいるかぎり黒熊に遭遇する事はありません。そのために、BCで温泉調査を開始した当初は、黒熊に対してかなりの潜在的な恐怖心がありました。

最初に黒熊を意識したのは、クリアー・クリーク・ホットスプリングスを調査しようと計画した時です。この温泉はカナダの野湯の中では、最も簡単にアクセスできる温泉の一つです。カナダの温泉ファンから見れば、日本の下駄履き温泉のような感覚のポピュラーな温泉です。現在では笑い話ですが、この温泉に最初に行ったころは、すこし恐怖感を持っていました。何故ならば、カナダで唯一の温泉の本であったジム・マクドナルド著の「Hotsprings of Western Canada」のクリアー・クリーク温泉の案内に“黒熊に注意、私達も数頭見た”と書いてあったからです。

この温泉に行くには、バンクーバーからは、まず温泉で有名なハリソン・ホットスプリングスに向かいます。そこから砂利道の林道を2時間ほど、ハリソン湖の東岸を北上すると、温泉のトレイル・ヘッドに到着します。そこから温泉までは徒歩で1時間半、約5kmの行程でした。バンクーバーからだと温泉まで片道5〜6時間の行程です。


温泉調査に同行のはずが

BC州の地方都市では、果物の収穫時期などには裏庭に頻繁に黒熊が出没します。そのため、BC州の地方都市に長く住んでいる人達は、黒熊に対して、私よりは免疫があると思っていました。しかしどうもそうではなさそうです。私はその当時、ハリソン・ホットスプリングス近郊の、温泉調査をしてました。宿泊はハリソン・ホットスプリングス・ホテルでした。ハリソン・ホットスプリングスはリゾート・タウンなのですが、温泉はこのホテルにしかありませんので、当然、定宿になります。

この町に一軒だけ日本食のレストランがありますので、何回か食事に行きました。そのたびに日本人のオーナー夫妻が街中にある公共日帰り温泉プールの文句を言います。水着着用と低温、それに屋内プールなので温泉気分がでないのだそうです。正直、この温泉プールは屋内プールなので開放感がなく、カナダの温泉プールの中ではワースト・ワンです。ホテルの温泉プールはそこそこなのですが、これは宿泊客しか利用できません。

彼らが日本のような野天風呂に入りたいと言うので、クリアー・クリーク温泉を調査をする時は誘うからと約束しました。それのチャンスが来たので、前日の晩に誘いに行きました。オーナー夫妻は、明日は土曜日なので午後四時までに帰宅できればよいと大喜びです。その話を聞いて厨房で働いていた二人のワーキング・ホリデーの青年も同行を希望しました。その結果、翌朝五人で温泉に向かう事になりました。

二時間ほどの食事の間、オーナー夫妻と温泉談義で盛り上がりました。そのうち二人の青年が追加になって迷惑でないかとオーナー夫妻が私に尋ねました。私は不用意に「黒熊が出るので、人数が多い方が助かる」と答えました。この一言で少し雰囲気が変わってきました。会計を済ますと、オーナー夫妻が済まなそうに、二人の青年は明日はバンクーバーに行く用を思い出したと言います。仕方がないので「三人で行きましょう」と言うと、オーナー夫妻も明日造園士が来るのを忘れていたと言い訳します。

私も事態の急変に驚いて、あんなに楽しみにしていたのにと、彼らの心変わりが最初は理解できませんでした。レストランから徒歩で10分程でホテルです。ホテルに着く直前に彼らの心変わりが原因が分かりました。黒熊が原因なのです。黒熊出没の話を聞いて全員がビビッテしまったのです。大笑いしましたが、翌朝は残念ながら単独行になってしまいました。


クリアー・クリーク温泉での体験

ハリソン温泉から、ハリソン湖の絶景を左手に眺めながら、林道を1時間ほど北上すると、ビック・シルバー・クリークの伐採会社の飯場に到着します。途中にはこの飯場が人間の匂いのする唯一の場所なので、ほとんどの温泉ファンは最初はこの伐採会社の事務所で温泉の情報を入手します。その時は土曜日の早朝なので、所長さんのような人がチェンソーの手入れをしていました。そこからはトレイル・ヘッドまで27kmほどあり約1時間の行程です。何度もターンがあるので最初は迷う者もいるからと、所長さんが親切に道路地図を書いてくれました。

そこで彼に思い切って黒熊のことを尋ねました。ところが彼は、この猫と同じで可愛いもんだと、事務所の入り口でうずくまっていた茶色の猫を指差して笑っています。私も彼が取り合う様子もないのと、自分の小心さが恥ずかしくなって次の質問ができなくなってしまいました。伐採の仕事をしていたら黒熊などは日常茶飯事で、話す必要もないと思ったのでしょう。これが逆に私の恐怖心に油を注ぎました。ここではそれだけ黒熊が出没するという証明だからです。

ようやくクリアー・クリーク林道に到達してそのままドライブしていたら、無数の岩石が路上に散乱した場所が突然現れました。何日か前の豪雨で崖が崩壊して、そこから先の車の通行は不可能です。これはカナダの温泉調査では何度か遭遇する自然現象です。しかし、そこに駐車すると予定よりも片道7kmは余分に歩く計算になります。前方を遠望すると林道の両サイドはほとんどが伐採跡地で、熊が活動しやすい環境になっていました。

こうなると温泉まで12kmはハイクするので心細くなり、後続のハイカーを待つ事にしました。土曜日なので誰かは来ると目論んだのだが、運悪く1時間経過しても誰も現れません。仕方がないので意を決して出発することにしました。トレイル・ヘッドまではなだらかなスロープで歩きやすかったのですが、後半5kmは所々が崩壊してトレイルはかなり荒れていました。そのため温泉に着くまで、3時間半もかかってしまいました。

幸いにも黒熊は一度遠くに見えただけで、近くで出くわすことはありませんでした。恐怖をまぎらわすために時々叫びながら歩いたので、緊張と極度の疲労で、温泉に到達した時は頭はフラフラ足はパンパンでした。ところが驚いたことに、温泉には2人の若い女性がいました。前日からキャンプしていたそうです。車が林道になかったので尋ねると、いたずらされないように私が駐車した場所よりも2〜3km手前の枝道に駐車したそうです。

源泉温度は43℃、湯量は毎分110リットルで、古いバスタブが三つありました。あまり景色の良い温泉ではなく、この源泉温度では冬は寒いのではと思いました。二人とも荷物のパックが終了したら、すぐに裸になり私の隣のバスタブに身を浸しました。最後の一風呂という感じです。何時も思うのですがカナダの温泉ファンは、混浴でも堂々としています。特に女性の方が変に隠したりしないので、すがすがしい感じがします。

1時間ほど風呂の中で青空を眺めながら休息していたら、4人のハイカーが到着しました。後続が来たので私は安心して帰る準備にかかりました。一緒に帰ろうかと彼女たちの方を見ましたが、まだ風呂から上がる様子はありません。仕方がないので一人で出発する事にしました。人間の心理は不思議なもので、すでに様子がわかっているので帰路は黒熊をあまり気にしなくなっていました。数年前にこの温泉の後方まで林道が完成したので、現在では四輪駆動なら温泉に横付けできます。黒熊の話も今では笑い話になりつつあります。


それからは運転手を連れて

その後の温泉調査では、危険が大きい時はトロントから運転手を連れて行くようにしました。黒熊に遭遇した時や緊急事態が発生した時は安心できるからです。トロントで経営していた会社で、シーズン中、毎年10人前後のワーキング・ホリデーの若者を雇っていました。その中で勤務態度の真面目な青年一人を「熊の餌」と称して温泉調査に同行させるようになりました。「熊の餌」とは熊に襲われたら餌として私の身代わりになるという条件?です。

ところがこの「熊の餌」役は彼らに人気がありました。何故なら会社の経費で、普通のワーキング・ホリデーでは体験できないカナダの秘境を旅行できるからです。その旅行記を地元の新聞社や雑誌社が十数回も記事にしています。同行したほとんどの青年の文章は洒脱で面白く、熊と遭遇する旅行記は新聞の読者から好評でした。本当は私が書くよりも格段に痛快なので、いつか記事を翻訳してみようと考えています。




トービー鉱泉

トービー鉱泉はBC州の東部の秘境にあります。トービー川に沿って、十数か所で炭酸泉が湧き出ています。 Toby Creek Soda Springs(1) は一番大きな鉱泉で、二つの炭酸泉が大きなな鉱泉堆積物を造っています。冬季は野生動物の貴重な水飲み場です。 Toby Creek Soda Springs(2) は川沿いの鉱泉で、この近くに温泉の噂がありますが、発見には至っていません。各鉱泉の温度にバラツキがあり、11〜18℃の範囲です。


Toby Creek Soda Springs(1)

Toby Creek Soda Springs(2)

 


ペイント・ポット

ペイント・ポット(The Paint Pots)はクートネイ国立公園(Kootenay National Park)の中にある鉱泉の堆積物で、先住民が狩場にしたり、この鉱泉の堆積物を顔料にして神聖な儀式に利用していました。周囲が2kmもある大きな鉱泉の堆積物です。 Paint Pots (1) の写真は私です。 Paint Pots (2) は先住民が戦いの傷などを治療したところで、九州の寒の地獄温泉と同じような鉱泉です。鉱泉の温度は各鉱泉で11〜15℃ぐらいあります。深さを計測しているのは、温泉博士のランメル氏です。


Paint Pots (1)

Paint Pots (2)

 

マイク佐藤 (Mike Sato, Scenic Hot Springs)


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