カナダの温泉事情4 カナダの温泉の本 2007年2月
カナダの温泉の本 日本に行った時の楽しみの一つに、東京の書店で温泉の本を探す事があります。その度にその膨大な温泉関係の出版物に圧倒され、選択に迷う時があります。ところがカナダではそんな心配はありません。何故なら温泉関係の本は、グレン・ウッドワース著の「Hot Springs of Western Canada」ただ一冊だからです。彼は二年前に退官するまで、カナダ地質調査所に勤務していた地質学者です。グレンは相当なアウトドア派で、登山やトレッキングなどの著書も数多くあります。 カナダ人も温泉が大好きで、近年は本物の自然と温泉を求める人が増えています。そのため山登り、ラフティングなどのアウトドアー関係の本や、ガイドブックに温泉が断片的に紹介されるようになりました。カナダの温泉の歴史は本当に面白く、まだまだ沢山の未発見の温泉のあります。しかし体系的にまとめられた資料が少ないので、幻の温泉を調査する時などは途方に暮れてしまいます。私の記憶では体系的な資料は下記の3点のみになります。 (1)「Geothermal Resources of British Columbia」 (2)「Hot Springs of Western Canada」第2版 (3)「Hot Springs of Western Canada」初版
(1) 「Geothermal Resources of British Columbia」 当時の地質、地熱、温泉関係の研究者が英知を集めて作成した地図です。温泉資源のインベントリー・マップです。しかし温泉の位置が大雑把過ぎて、温泉めぐりには役立ちません。地熱ボーリングや大深度ボーリングのデータが載っています。
ジムが手放した本の権利を取得して、グレンが大幅に修正加筆した本です。地図もかなり正確で温泉紹介や写真も充実しています。 ただ彼も6割ぐらいの温泉にしか入湯してないので、実際に現地に行くとかなりズレがあります。1999年に第2版を発行した際、私の指摘で十数か所を改正しました。今のところ「Hot Springs of Western Canada」2ND Editionがカナダの最新の温泉の本となります。 グレンは私の友人で、1月26日には幻の温泉のヘリコプター探査に参加してくれました。めあては正式な入湯記録がここ80年間ない未確認温泉です。まだ未確認温泉が数多くありますので、北米の温泉探査にはロマンがあります。彼は2008年には第3版を出版予定と言っています。
この本はカナダで最初の温泉の本なので、絶版になるまでは温泉ファンのバイブルでした。青雲の志に燃えていたジムが、カナダ地質調査所の倉庫と資料室に3年間こもって執筆したものです。1850年代からの砂金堀、鉱業権、地質報告書、インデアンの伝承、自伝などの中から温泉に関係ある記述を拾って編集しています。放浪者で大酒飲みの、現在のジムからは想像できません。 最初の本ですから仕方がありませんが、簡単な記述と地図の誤記で、約半数の温泉は本を読んでも到達できません。カナダの温泉は緯度、経度でしか示せないような山奥にある原始の温泉が3割はあるので、不便だと思ってもその当時はOKでした。そんな秘境の温泉を目指す温泉狂は、自分で資料を収集したからです。今でも地質調査所のデータにあるだけで、ここ何十年も入湯記録のない幻の温泉がかなりあります。
私も最初の頃はこの本を信頼していました。温泉の本はカナダでこの本一冊だけですから当然です。しかし温泉巡りを始めると、この本には何度も泣かされるハメになりました。本の記述と実際の温泉地に、数kmのズレがあるところがいくつもありました。日本の場合は十kmも戻れば人家があるので、引き帰して尋ねることができます。ところがカナダの温泉巡りでは、ダートを百km運転しても、黒熊や鹿には遭遇しても人に出会わない時があります。ですから温泉調査を始めたら体力と根気の続く限り、その資料を基に一期一会の精神で調査を続行するしかないのです。 バンクーバーから300kmしか離れていないぺブル・クリーク温泉の調査の時は、さすがにこの本を恨みました。本の記述と地図から簡単に探せると目論んだのですが、地図も説明も正確ではありませんでした。実際の温泉は5kmも上流にあったのです。最初にこの温泉を調査した時は、トロントから同行した石井君などは、この調査のあまりの惨めさに悔し涙を浮べていました。 トロントから早朝便で5時間飛行してバンクーバー空港、そこから四駆を5時間運転して現場に到着、さらに2mもある積雪の中を幻の温泉を探すわけですから、寒さと体力消耗で絶望的になります。トロントと時差が3時間あり、雪に腰まで浸かるので、日が暮れる頃には車に戻るのがやっとでした。石井君は前回の旅に同行した伊東君から、金髪美人との混浴の話を聞かされていたので、天国と地獄のような差に落胆していました。 私はこの温泉にはようやく三度目の挑戦で入湯できました。友人の温泉博士のチャールズ・ランメルも、本の誤記のお陰で何回か無駄な調査をしたそうです。 ミーガー温泉を経営していた数年前までは、この橋の近くをドライブすると、週末には必ず数台の車が止まっていました。気の早い人はタオルを肩にかけて、もう入浴の準備をしています。そこには最初から温泉は存在しないのですから、どれだけ真剣に探しても入浴はできません。ただバンクーバーから片道4〜5時間も運転してきたので、人間の心理でもとを取ろうと、何時間も疲労根倍するまで付近を捜しまわります。大きなランチボックスを持参して川岸に向かう温泉ファンを見ると、滑稽でその落胆ぶりが想像できるのですが、カナダの温泉巡りで必ず遭遇する経験なので、黙って見過ごしていました。
グレンの本はかなり正確になりましたが、カナダは広大な国なので、温泉に到達するまでの道程を詳細に書くと、1個所の温泉地でもそれだけで1〜2ページは必要になります。そうすると道程だけで200ページにもなって温泉の本が編集できません。さらに詳細な説明があっても、登山道の分岐を一箇所でもミスすれば、原生林の中の温泉は到達できません。ですから緯度、経度表示や、簡潔な記述は、著者とすれば賢明な方法かも知れません。
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