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カナダの温泉事情3 カナダの温泉開発の難しさ 2007年2月



マイク佐藤さんからのカナダの温泉事情第3信は、カナダの温泉開発の難しさについてです。(本文の小見出しはクマオがつけています。)


温泉のほとんどが州有地の中

カナダで新しく温泉開発するのが難しいのは、温泉のほとんどが州有地の中にあるからです。BC州では93%が州有地で、残りの7%が私有地とインディアン居留地になります。州有地は開発条件が温泉に限らず厳しいので、認可の可能性が皆無と今でも思われています。

しかもアクセスのよい温泉は、ほとんどが州立公園なっております。残りの温泉も大半が,環境保護区やレクレーションサイト(準公園)などの州有地の中から湧出しています。カナダでは州立公園内の商業開発はまず認められません。特に近年は環境保護とインディアンの土地所有権の問題で、ますます州有地の開発は難しくなっています。

温泉開発を申請すると、インディアンからは、祖先の神聖な清めの場所だったと抗議されます。こうなると聖地を破壊する、温泉開発などとても認められません。カナダにこれだけの大自然が残っているのは、この厳しい開発基準のおかげです。

私も1992年に最初の温泉開発を申請してから、ケーリー温泉が認可されるまでに、12年の歳月を費やしました。このケーリー温泉(Mt. CAYLEY)は、2004年に五回目の申請で漸く許可になりましたが、先住民が反対しているので、今は工事を着工できないのが実情です。 

商業開発されている温泉はたった11施設

このように開発申請が極端に制限されているので、カナダ全土で商業開発されている温泉は,たったの11施設に過ぎません。国有が3温泉、町有が1温泉、私有が7温泉で、120数箇所あるカナダの温泉の僅か9%にも満たないのです。その結果、既存の温泉施設は源泉を独占して、その地域のNO 1の施設となっています。

そのため既存の温泉施設を買収するには巨額の資金が必要になります。ただし既存の温泉施設を買収したのでは、源泉掛け流しの日本風の露天風呂を造ることは不可能です。これらの施設はプール法のもとで認可されているのですから、厚生省が時計の針を逆に回す事はありません。

私有地の温泉

日本風にこだわると既存の温泉施設を買収しても天然露天風呂を造るのは難しいで、私も最初はBC州内に7箇所ある未開発の私有泉に注目しました。しかしカナダでは温泉は大変な価値がありますので、私有泉が未開発なのにはそれなりの理由がありました。ほとんど温泉が,バンクーバーから1000キロ以上も離れた秘境にあり、ヘリコプターでしか行けない温泉もあります。

さらに温泉の持主は、カナダでも有数の資本家や名士で、彼らは温泉を所有している事にプライドを持っています。商売ではなく温泉を伝統文化財のような感覚で保持しています。こうなると商売ではないので、売買の交渉は難しくなります。これらの私有泉の持主はかなりの温泉ファンで、そのため温泉利用者にはやさしく、すべて温泉が無料で一般に開放されています。

残された方法はボーリングだけ

既存の温泉施設と私有の未開発温泉が無理となると、後は州有地内の自噴泉を開発するしか方法がありません。ところがすぐに、州有地内に自噴している温泉の開発は困難と悟りました。フリゼール温泉が1928年に払下げられたのが最後で、この78年間に温泉の払下げはなかったからです。もちろん温泉の所有権はBC州政府にありますが、温泉の水利権すら認可された例が皆無でした。

州有地内の自噴泉の開発が無理となると、遺された方法は、ボーリングによる温泉開発だけになります。 ただし掘削泉のガイドラインが、日本と比較して厳しいので、温泉開発ができるエリアは、非常に限定されます。カナダには日本のような温泉法がありません。そのため温泉を定義するのは、温泉・地熱関係者の常識に基づくガイドラインでだけです。

カナダで温泉と認められるには

カナダでは人間の体温より高い37℃以上の自噴泉を温泉(Hot Springs)と呼んでいます。自噴泉の定義は湧出の温度が37℃以上の地中から自噴する温水です。これはすべての温泉・地熱関係者の一致した見解です。日本のように含有物質による救済がないので、37℃以下の温水や鉱泉を温泉(Hot Springs)と呼ぶことはできません。

カナダの温泉はほとんど100%自噴源泉なので、30℃前後の温水を加熱する必要もありませんでした。ただし1973年に地熱の法律ができる前から、営業していた温泉施設には特例として加温は認められています。それはBC州のキャニオン温泉(Canyon Hot Springs)で、毎分500gある27℃の源泉を2.5kmほど引湯し、40℃に加温して温水プールに供給しています。これは特殊な例で、30℃前後の自噴泉が数多くありながら、加温施設がこの1施設だけというのは、自然の摂理を大事にするカナダ人の健全さを証明しています。

掘削泉の定義

カナダではボーリングで温泉を開発すると言う考えはありませんでした。地殻の変動や熱水活動で、自然に湧出したのが温泉で、人工的に掘り出した温水を温泉(Hot Springs)と表示はしませんでした。1992年にBC州の地熱資源マップを作成する際、地熱や温泉関係の専門家の間で、掘削泉の問題が討議されました。その結果、掘削泉は Hot Well(or Hot Pool)で、従来同様、温泉(Hot Springs)の範疇には含めない事になりました。

ただそうなると、カナダの温泉開発は非常に限定されたものになります。そこで地熱、石油、天然ガスの法規に抵触しないで、さらに自然の摂理にもかなうガイドラインを作成しました。掘削泉の定義は“火山や熱水活動の影響を受けている場所か、地温勾配(Geothermal Gradient)が,その地域の平均地温勾配の倍以上ある場所に、深度600m未満の掘削で湧出させた、37℃ から79℃の温水である”。

掘削できる地域の制限

まずは掘削を許可できる地域を、顕著な火山や熱水活動の影響を受けている場所か、地温勾配が、その地域の地温勾配の倍以上ある場所に限定したことです。そうすると火山や熱水活動がなく、平均的な地温勾配のバンクーバーにボーリングしても、温泉とは認められないことになります。これは掘削による乱開発を防止するためで、この基準だと広大なカナダでも掘削できる場所はかなり限定されてきます。

これは日本に例えると、飯坂温泉の源泉が、何らかの事情で枯渇した場合、源泉の近くに掘削で湧出させた温水は、温泉と認めると言う事です。だだし自然の摂理に反して掘削した、東京、大阪、埼玉などの深層熱水は、温泉とは認められないことになります。

掘削口径と深度の制限

次はボーリングの深度で、大深度井の範疇に入らない600mまでと制限されています。掘削口径が150mm、深さが600mを超えるは大深度井は掘削認可(Well Authorization)が必要になります。大深度井は州の資源鉱山省の管轄で、現時点では石油、天然ガス、地熱の開発にのみ認可されます。

公共用水掘削では掘削口径がこの規定に抵触しますが、深度が抵触しません。鉱山開発の掘削はその反対で、深度は抵触しますが、口径がこの範疇に入りません。温泉掘削は口径と深度ともこの範疇に入ります。その為に温泉掘削を申請する時は、地熱開発と同様に扱われないよう注意しなければなりません。

温度の制限

最後は掘削泉の温度は37℃から79℃までが温泉の範囲です。37℃以下の掘削泉を加温しても、温泉(Hot Springs)と呼ぶことはできません。また掘削で80℃以上の温水が湧出すれば、これは地熱と認定されます。地熱と認定されると掘削泉の権利は、地熱法で自動的に州政府のものとなります。カナダでは掘削によって、あまり熱い温泉が噴出しては困るのです。

79℃未満は水と規定されるので、BC土地水公社の管轄で、温泉の開発は資源鉱山省ではなく、この公社に申請する事になります。温度や深度の規定は、石油、天然ガス、地熱などの掘削で湧出した、熱水の温泉施設への転用禁止と、掘削による乱開発を防止するためです。

BC州政府の開発認可基準

BC州政府の開発認可の基準は明確です。州の貴重な資産を払下げる訳ですから、州民全体の利益になることが大事です。具体的には関係する政府機関、市町村、インディアン、環境保護団体など、地域のすべての機関、団体からのサポートです。

正直30近くあるこれらの団体や機関が、すべて賛同してくれることなど奇跡です。過去に却下された申請は、最高でも8割程しか問題を解決できませんでした。提起された問題を解決するには、地質、環境、魚、考古学、水、林産、災害、交通対策など、専門分野のリポートが必要になります。

そのほかの制限

また環境庁は掘削によって湧出した温泉を地表に流すことは禁じています。温泉は本来地下にあったものなので、還元井戸で地下に戻さなければなりません。野天風呂の廃湯を川や海に放流禁止となると、温泉開発はほとんどに不可能になります。そのため温泉掘削はこの15年間に、試堀(Test Drilling)が5件、生産井(Production Well)が2件だけ記録されているだけです。

そのうちの試掘3件と生産井1件は98年〜03年にかけて、私が掘削したものです。他の1件はサスカッチワン州(Saskatchewan)のムースジョウ市(Moose Jaw)が、地域活性化のために百万ドルを投じて89年に敢行しました。1350mのボーリングで温度50℃、毎分800gの熱水の自噴に成功しています。95年から約千百万ドルが投資され、現在5スターホテルとして営業されています。ここの温水プールはカナダでも最大級の規模を誇っています。ただし掘削泉のガイドラインで、温泉(Hot Springs)ではなく、ミネラル・スパ・リゾートとなっています。

温泉として認定された掘削泉はまだない

今のところカナダで温泉として認定された掘削泉はありません。州政府が認可できる条件が整い、火山や源泉地に隣接する立地となると、この広大なカナダでもかなり地域が限定されてきます。このような条件を考察すると、いかにカナダの温泉開発が大変かお分かりいただけると思います。


マイク佐藤 (Mike Sato, Scenic Hot Springs)


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