バイト日記/寿司屋にて

〜1983年〜



アクセル全開で出前だぜ
私はあるご縁で横浜のとある寿司屋でアルバイトをする事になった。なんせ全てが初めての 事なので全く勝手がわからず、怒られながら見よう見真似で仕事をするしかなかった。その寿司屋は 新たに店開きする店で、まだ営業を開始していなかった。私は店開きの準備から手伝う事になった訳である。 店の飾り付けや団地へのメニュー配りなど、あらゆる仕事があって結構楽しかったね。

その寿司屋でアルバイトをする事になった理由の1つに車で出前をさせてもらえるという事があった。 当時18歳の私は車の免許を取りたてで、とにかく車が運転したかった。車が運転できるバイト であれば何でも良かったのである。その店は新規開店なので何もかもが新しい。もちろん出前用の 車もである。つまり出前用の車が新車なのである。メニュー配りはその新車で回ったのだが、最初の 2日間は慎重に運転してたものの、腕に自信があったのですぐに慣れたような錯覚を起こし、 なんと3日目に思いっきり鉄柱にぶつけてしまった。これにはさすがに怒鳴られてしまった。

当時その寿司屋の主人は30ちょい過ぎ。私が主人の立場なら新車をぶつけた事は絶対に許さなかっただろう。 しかし太っ腹な主人はこれから気をつけろよとスパッと言い放ち、 以後その話題には二度と触れなかった。これぞ男。たいしたもんだよ蛙のションベンである。しかし出前の車と 言えども新車は新車である。エンジンの回る事回る事。この出前を何分で届けられるか、 なんて感じで運転してたが今思えばかなり危険な話だ。結局半年ぐらいでアイドリングが不安定になり、途中で エンストを起すぐらいまでエンジンを酷使してしまった。店の主人は「なんか車が調子悪いんだよなあ」としきりに 言っていたが、その原因はたぶん私です。ごめんなさい!

それにしても寿司職人というのは助平である。ここでは書けないようなオゾマシイ話を寿司職人 達は日常的に話しているのである。私も男であるが、彼らの話にはどうしてもついて行けなかった。 私の助平度がプロペラ機なら、彼らの助平度は弾道ミサイルに匹敵するぐらいの差があった。 これではついて行けるはずがないのは当然である。

しかし出前をしてると面白い方々に出会えるもんである。一番困った(嬉しかった)のはいつも透け透けの 下着姿で出てくるお姐さんである。これには目のやり場に困った。私も若い男である。いや、しかし間違いが あってはいけない・・・。そんな勝手な妄想をいだきながら、その家から出前の注文が入ると ウキウキしてしまうのは自然な反応だろう。

一番冷や汗をかいたのは、ヤクザの家に出前をした特上寿司の数十人前をパーにした時である。そのヤクザの 家はお得意様である。しかし数十人前というのは初めてである。例によっていい気になって車をすっ飛ばして 運転してたら、後ろに置いた数十人前の特上寿司の器が右に左に移動してガツンガツンとぶつかってる。 これぐらい大丈夫だろうと安易に考えたのが失敗だった。曲がる度に右に左にガツン・・ガツン・・・。 そして家に到着して車を止め、後ろに回ってドアを空けて寿司の器を取り出して愕然としてしまった。 寿司がグジャグジャになってるのである。これはまずい・・・。サランラップを捲くってネタを シャリの上に戻そうと思ったが、とてもそんな小手先の方法で直せる状態じゃない。 なんせ肝心のシャリの方が砕け散ってる・・・。

事態は最悪である。どう言い訳するか色々考えた。でも思いつかない。 どうするか二つに一つだ。一旦店に持ち帰って怒鳴られて作り直すか、もしくはこのまま出前するか・・・。 どっちにせよ出前が遅れて怖いおぁ兄さんに怒鳴られる。色々考えたが、そこの奥さんが比較的優しい方 なのを思い出した。小細工はやめてこのまま出前して謝り、もう一回作らせてもらおう。そう考えた。 覚悟を決めて恐る恐る門を叩いた。出てきたのはいつもの奥さんである。「あ、あのう、すみません・・・。 急いで持ってきたら寿司がこんな感じに・・・。もう一回持ってきますから時間を・・・」。しばし沈黙。 そして奥さんが一言。「仕方ないわねぇ」。そして特上寿司数十人分の代金数万円をポンと支払ってくれた。 何とした事か。この展開は全く予想しなかった。私は神様に手を合わせたくなった。 それからはカーブだけはスピードを落として運転するように心掛けるようになった。翌日、器を 下げにその家に行くと、別の寿司屋の器がきちんと横に置かれていた。それ以来この家からの注文は なくなった。生まれて初めて自分のせいでお客さんを無くしてしまった。すんませんでした!(涙)

春夏秋冬が過ぎてまた春が来る。あっという間に一年が過ぎ、気がつけば私は19歳になっていた。



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