天ぷら屋のエロおやじ

〜1983年〜



天ぷらにエロ・・・
私はアパートの近くの飲食店で晩メシを食べる事が多かった。近くには普通の食堂、安い焼肉屋、 中華料理店、ほか弁、そば屋などの店があったが、10日に一度ぐらいは天ぷら屋に 足を運ぶ事にしていた。その天ぷら屋の主人は腕がいいと評判で、食べてみると確かにおい しかった。しかし客は少い。なぜ客が少ないのか最初はわからなかったが、その内だんだん 分かってきた。

この店のおやじは夕方になると商売道具の酒に手をつけ、自ら酔っ払ってしまう。酔うだけ ならまだいいが、気に入らない客とはすぐに喧嘩になったりする。それでいつの間にか客足が 遠のいてしまったらしい。私は何故かそのおやじに気に入られ、機嫌が良い時には頼んでもいない 料理をご馳走してもらったりした。

ある晩、そのおやじは天ぷらを食べている私のテーブルにいっしょに座り込み、ウダウダと 世間話をしだした。「お前天ぷら屋にならねぇか?」。「いや、俺はプログラマーになりたいんで」。 「天ぷら屋は儲かるぞぉ」。などとニタニタしながら話しをしてくる。その内おやじは奥の部屋に 入り、なにやら本を持ってきた。

「これちょっと見てみろ」。おやじの言葉にふと本に目をやると、その本はとても天ぷらを食べながら 見るような種類の本でななかった。その本はいわゆる無修正のエロ本だったのである。 その当時その手の本は高価でなかなか手に入らず、10代の身で持ってる人はあまりいなかった。 目の前でペラペラとページをまくられると天ぷらどころではない。当時はまだビデオが一般家庭に 普及する前の時代だし、もちろんインターネットなどもない。独身の若造にとっては大変な代物であり、 そのドギツさに思わず目を丸くしてしまった。

おやじがニヤニヤしながら言う。「いいだろう、これ」。いいだろうと言われてもこっちは天ぷらを 食ってる最中だ。できれば天ぷらを食ってからゆっくり見せてもらいたい。 ニタニタしながら自慢げにページをまくるおやじ。このエロおやじめ・・・。私は腹の中でそう呟いた。

別の店で聞いた話によると、このおやじは以前は結婚してた事があり大変真面目だったが、だいぶ前に奥さんに 逃げられたらしい。それから酒びたりの生活になり、すっかり性格まで変わってしまったという評判だった。 その後も店に行くと度々新しいエロ本を見せつけられた。このおやじ、ある時は別のエロおやじといっしょに 奥の部屋でエロ本を鑑賞し、注文してもなかなか天ぷらを作ってくれない事もあった。

実は私は密かに期待している事があった。それは、いつかあの本を貰えるんじゃないかという期待だった。 だがそれは甘い期待だった。そのエロおやじは口が裂けてもその本をやるとは言わなかった。



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