巨大なキーホルダー

〜1983年〜



ポキッ!と折れた鍵
ある日アパートに帰ってきた私はいつものようにカバンから鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。 この鍵は普通の鍵ではない。長さ約10cmの黄金色の旧式の鍵である。鍵穴はすでに ガタがきており、鍵を入れてもうまく回らない事がしょっちゅうだった。そしてこの日もうまく 鍵が回らない。しかしこの時は全然動かず、どうにもならなくなってしまった。少し力を 入れて回してみた。ポキッ!と音がしたと思ったら鍵の根っこの部分だけがスポッと抜けて きた。鍵が折れてしまったのだ。果て困った。どうしよう・・・。

ドアのノブを引っ張ったり蹴ったりしたがドアは開かない。当然である。ガチャガチャと音を たてていたら向いのOさんが出てきた。「どうしたの?」。「鍵が折れちゃったんです」。Oさんが どれどれと言いながら鍵穴を覗く。「ちょっと待ってて」。Oさんは自分の部屋に戻り、 しばらくして戻ってきた。そして手にしていた物は細長いペンチと推定30個ぐらいの 鍵が付いてる巨大なキーホルダーだった。

「ちょっとやってみるね」。そう言いながらOさんは細長いペンチを器用に鍵穴に差し込み、 折れた鍵の残骸を引き抜いた。次に持っている鍵を適当に選んで鍵穴に差し込む。そして何本目かの 鍵を差し込んだ時、カチッと音がして鍵が開いた。「これが合うね」。巨大なキーホルダーの中の 1本が私の部屋の鍵と同じだったのである。「どうもありがとうございました。助かりました!」。 あまりに感動した私は何の疑問も持たずにそう言った。「この鍵あげるよ」。Oさんはそう 言って笑いながら自分の部屋に戻って行った。ピカピカの鍵を手にした私は、この時はじめて 都会の人情を感じたのである。

ところでこの話はちょっと普通ではない。巨大なキーホルダーを持っている事も変だし、 その中の鍵が私の部屋の鍵に合うのはもっと変な話である。あの時はさほど気にしなかったが、 一体何者だったのだろう・・・。Oさんの部屋のドアにはノブが2つついており、2種類の鍵で 開ける仕組みになっている。ずっと前に泥棒に入られてから2つにしたと話していた。 もしかしたら泥棒に入られてから鍵に対して執着心を持つようになったのかもしれない。



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