知的障害児施設W園における構造化(TEACCH)プログラムについて

はじめに
 W園では、自閉症〜強度行動障害の人たちのために、TEACCHプログラム(以下、TEACCH)の要素を取り入れた作業を行っている。このことについて、以下のように述べる。

  1. TEACCHの原理と自閉症の理解について
  2. W園での導入の経過と具体的な方法についての紹介
  3. 今後の課題と展望について
 これらを通して、自閉症に対してW園がどの様に取り組んでいるのかを明らかにし、それがどの様な原理で行われているのかを述べながら、今後のあり方について提示する。

1-A.TEACCHとは何か
 Treatment and Education of Autistic and related Communication handicap CHildren(TEACCH)直訳すると、自閉症、関係障害のある子供の教育と治療は、アメリカのノースカロライナ州から端を発し、1960年代中頃から自閉症の自立生活をめざした療育方法・プログラムとして導入される。このプログラムは、上述の通り、自立を図るために、発達・認知、生活技能、地域生活、就労とライフステージ(全生涯の段階)に合わせて連続的に行われる包括的なものであり、特に、地域との協力、あるいは保護者や学校機関との協力の下で行われるプログラムである。
 なぜ、自閉症のためのプログラムなのか。自閉症は、しばしば社会の無理解や間違った診断から偏見が強く一次性情緒障害と見られてきた1)。そうした中、TEACCHは、「自閉症が「社会から排除されないよう」に「できるだけ多くの社会生活に必要な具体的技能」を身につける」(E.ショプラー〔1985,P.9〕)ことを目的としたものとして始まった。ここで強調されるのは、自閉症は発達障害であるということ。それは、情緒障害ではなく、生涯にわたって障害が継続することを予想した上での対策が必要であることが基底にある。以下、TEACCHが自閉症がどのような障害面に注目し取り組んでいるのか、そのエッセンスのいくつかを挙げる。

1-B.自閉症について
 自閉症の特徴や症状については、やや引用が長くなるが、今日以下のように理解される。「まず、脳の障害を起こす何らかの原因がある。一つの原因ではなく、いくつかの原因がかみ合っているだろうと思われる。それらの総和の原因により、ある特定の脳機能のシステムに障害を起こすことになる。そのために表象機能障害が起こり、それが一方では認知の障害、他方では情緒の障害として現れる。そして、成長とともに行動という形でこの障害が現れてくる。つまり、自閉症的行動が外界との関係で形成され、内的世界と外的世界とがフィードバックしあい、いろいろな行動の異常が強まったり弱まったりする。そして、これらの全ての次元に働いて内的発達が行動を変化させる力が生じ、このフィードバック系にいっそうの複雑さを付け加えている」(太田〔1992,P.27〕)このことから、認知能力、情緒の障害であること。発達障害であること。そして、環境との関係で特に、コミュニケーションや社会性に困難を伴う障害2)である。ちなみに、単なる知的障害との比較では、知的障害は知能や周りとの適応として、比較的それぞれの領域において平均的に発達をする。しかし、自閉症は、ある特定に領域(コミュニケーションなど)が著しく欠陥があり、その一方で飛び抜けた能力(記憶力など)を持っているなど不均衡がある。一般的に自閉症は広範囲な症状群(シンドローム)であり、知的障害と自閉症は明らかに違う疾病であるが、合併することもあり、しばしば診断において混在することもあった。

1-C.TEACCHの原理について
 TEACCHでは自閉症に対して以下のようにアプローチしている。「TEACCHのスタッフは、親を共同治療者として親密な協力関係を維持し合いながら、スペシャリストの機能を越えて、自閉症の当事者はもとより各家族固有の問題に広く精通して、幼児期から老年期に至る全生涯の支援を、具体的に優先順位をつけて実践できるように、ジェネリストとしての訓練」(佐々木〔1994,P.9〕)と位置づけている。このことは、自閉症は親が原因でなる疾病でないことを再確認していること。トータルに自閉症の理解をすること。そして、地域と密接に関わる事によって成功したことなどが根底にあるといえる。
 さらにTEACCHは評価を重要視する。その理由は、自閉的な行動的特徴と発達機能とのアンバランスがどのように存在するのかについて共通理解を得るためである。そのため、従来の診断3)とは違い、教育方法のツールとして発達した。そして、この診断は、個々人の能力を適切に把握することを目的にしている。
 その他、特に「構造化が非常に重要なキーワード」(柴田〔2003,P.29〕)であるといわれている。自閉症は、周りの多様な情報を多く取り入れることが得意ではないことに着目している。よって環境面での整理(物理的構造化)と共にスケジュールが明確である必要がある。構造化とは、環境、内容、時間などあらゆる意味で外的環境を分かり易く提示し、混乱を避けることを狙いとしている。他にも以下のような面に注目4)している。
 そして、TEACCHでは、作業の内容や手順、日程などが一つ一つ段階的に積み重なり、課題に対する評価、次への考察とステップアップしていく。その際に、どのような作業に興味を持ったのか(芽生え反応)。それはどのように日常生活活用できるのか。そして、どの部分の自立が達成されるのか。段階的に発達を促すためのプログラムといえる。

2-A.W園における導入について
 W園でTEACCHプログラムを導入してからおよそ8年になる。それまで、自閉症も知的障害児も一緒になって作業に取り組んでいた。ある程度、重度、中度・軽度や作業能力、認知能力あるいは得意不得意に分けて作業が行われていた5)。しかし、自閉症のためのプログラムや作業は存在しなかった。TEACCH導入は、ある利用者がきっかけで始めるようになる。その経緯について、阿部(2003,P.123)は(その利用者は)「いつも行っている朝の会が都合で中止になると何度も「朝の会は、朝の会は」と職員に繰り返して要求します。その都度、中止の理由を話すのですが、同じ事を繰り返し…中略…しまいにはそのまま外に出ていこうとする状況でした。これをどうにか打開したいと思い、TEACCHプログラムを初めて実施してみました。その結果、彼の能力を再発見したり、課題に取り組むことで、着席をしたり作業が出来ることが分かり」と述懐する。彼にとって何をして良いのか見通しのない生活が、精神的に混乱させていた。そうした中、TEACCH導入は、本人に目的を与え、かつ達成感をもたらし、安定した生活を営むことの一助になったといえる。

2-B.TEACCHのどのようなことに着目したのか。
 阿部(2003.P124)は「行動障害の療育にあたり「パニック」」の軽減を第一の目標とし、まず環境面での物理的構造化を行う。広いスペースのある部屋を机や戸棚の配置によって、作業中心のワークエリアと休憩するプレイエリアに分ける。
 次に、カードを利用して、作業内容や作業の流れ等の見通しを立てるようにする。一つが、作業の流れを示すボード(スケジュール)と、もう一つが作業の順番を示すボード(ワークシステム)である。文字による認識が困難な利用者に対しては、図や写真を入れて指し示している。

スケジュール
スケジュール
ワークスシステム
ワークシステム
*マグネット式になっていて、行う前にカードを裏返す。(カードの裏は黒い)
また、それぞれ個人毎のファイル6)を作成し、それぞれがどのような行動をとるのか。どのような作業を行うのか。作業の不得意、得意、量など、職員が自閉症への理解と個別的な作業に対する適切な対応を考察する。同様に、日々の作業での全体的な状況や雰囲気を記すファイル7)を作成し、それが個々の目標や状況に反映されるように配慮されている。
 これらを要約すると以下のとおり、
  1. 物理的構造化による個々人のスペースの確保〜自分なりのペースで行える。
  2. カードを使用した、作業に対し見通しをもたせ混乱を防ぐ。知的レベルに合わせて、写真などの活用を行う(視覚刺激)。
  3. ファイルなどから個々人の作業の評価と自閉症への理解を深める。ということに集約される。
 後に述べるが、日常の作業ではカードへの理解を中心にした取り組みを重点的に行っている。

2-C.実際的な取り組みについて
 これまで行ってきた(いる)教材の紹介と共に、どのような意図で行っているかを述べる。
種類
能力
作業上の調整
備考
ボルト・ナット
手先の巧緻性
集中力
本数の加減(集中力)
ボルトの大小(巧緻性)
回しながらはめるという行為にイライラしない人向け
パズル
視覚認識
パズルの枚数
ピースの細かさ
視覚認識が全くダメな人は出来ない。
最初は、簡単なはめ込み式の三角や数字などで試してみると良い
ボールペン組立
手先の巧緻性
論理的な思考
本数の加減
手順の加減(論理性)
前後ろ逆に付けたり、芯を通すなどが出来ない場合は、はじめからキャップなどを付けて手順を簡素化する。
ビーズ
視覚認識
手先の巧緻性
ビーズを色分けする
ケースへ一つずつ入れる
ビーズをひもに通す
ビーズの大小
色分けをしてケースに入れるのは、視覚的に識別できる人向け。
ひもに通すのは、手先の巧緻性が必要。ビーズの大小で調整をする。
もっとも高度なのは、色別にビーズをひもで通すことである。
洗濯ばさみ
手先の巧緻性
論理的な思考
本数の加減
マッチングの最も基本的な作業。
重度知的障害であってもできる。
文字・ドリル
論理的な思考
視覚認識
難易度による
字を書く、計算など。その人の知的レベルに合わせて行う。
人によっては、すんなりと適合する。

掃除
水で絞った雑巾を渡す。
モップに付ける。
予めすぐに掃除が始めれるように雑巾を作っておく(自分でやらせる)など知的レベルに合わせる。
その他
折り紙を折る
バスタオルを4つ折にする。
コップを洗うなど
(これまでおこなってきたこと)
千羽鶴を作る。(利用者が退園し、他にやる人がいなくなった)
洗濯から上がってきたものを取り分けて行う。
コーヒーを飲んだ後にスポンジをわたし、コップを洗うなど
(カード化して行っていたが、コーヒーはあくまでも休憩として位置づけて廃止する)

これらの教材については、TEACCH関係の文献がたくさん出ているので参照のこと8)。いずれにしろ、内容は知的レベルに合わせて繰り返し行えるものを盛り込んでいる。一見単調であるが、数を決めて継続的に行える作業が自閉症にとって好まれる傾向にある。むしろ、あれこれと手順が流動的でチームワークを必要なもの(食堂掃除〜椅子を運ぶ、テーブルをペアになって運ぶなど)や季節に合わせるもの(畑作業など)よりは適している。

2-D.留意事項
以上のような作業の内容で行っているが、実際関わる際の留意事項は以下のとおりである。
  1. 本人のペースを尊重し、次の行程にスムーズに移行できるよう声掛けをする。
  2. やり方が間違っていても余り介入せず、作業をしっかり最後まで行うように促す。
  3. 情緒的に不安定で作業に集中できない場合は無理強いをしない。
  4. 作業の工程が理解できない場合は、職員がやり方を教えながら一緒に行う。
 つまり、職員側が遅い、早い(あるいはできない)と判断してコントロールするのではなく、本人のペースに合わせ作業をしっかりと行えるようサポートするようにしている。
 このようなことは、知的障害児・者と作業を行うことの基本的なことであるが、TEACCHでは、さらにカードを使用し、コミュニケーションの円滑さを図っているのが大きな特徴といえる。そのことについて、若干述べる。

2-E.カードの習熟について
 なぜ、カードを使うのか。カードを利用することは、コミュニケーションの定型化を図り、(自閉症にとって)見通しを立てることが容易になる。カードの示すものは、一つ一つの作業や行動の区切りを象徴している。よってカード利用を徹底することで作業に持続的に参加できることが容易になる。そして、このようなシステム(カード利用)は、自閉症にとっても日常生活でも役立つことを知ることが出来る。逆説的に、自閉症は、見通しのたたなさ、臨機応変、待機状態がストレスになりやすいといえる。その意味で、カード利用は、明確な次の行動が約束されるコミュニケーションの一つ9)の道具である。
 しかしながら、長い間カード利用を教えても、理解の薄い人がいることも確かであり、あまり強く言っても効果のない人もいる。このような人に対しては、あまり強く言わず、かといって出来ないからと行って声掛けをしないわけでもなく、それとなく行えるように、手を添える、やるふりをするなどのアプローチが重要になる。
 また、カードの使い方や作業工程に対して理解がある人でも、ときどき嫌気がさしているときや省略して次の行程に進み、コーヒーを飲みたいなど欲求があったり、波に乗らない場合もある。つまり、さぼりがちだったり略してしまう場合は、情緒の状況を見ながら、出来そうであればしっかりとやるように、出来なそうであれば無理強いをしないように支援することが必要である。

2-F.その効果について
 当施設でTEACCHを行っている利用者のほとんどが重度の知的障害を重複している。さらにてんかんを重複している利用者もいる10)。しかし、これまで自閉症にとってその日のどのようなことをするのか、またはチームワークで流動的な作業をしてパニックを起こしがちであったのに比べ、かなり情緒的に安定できるようになる11)。さらに重度の知的障害であっても、TEACCHの原理から、コミュニケーションが取れ、様々な能力があることを職員が理解できたことが大きな収穫であった。最近では、知的においては能力が高いものの、こだわりから集団での作業にいつも遅れる。あるいは、作業が終わった後に顔を出し「何をしたらよいですか」といって、終わった作業に固執する利用者がTEACCHに新たに参加した。はじめのうちは、カードの使用など理解が出来ず、ワンテンポみなよりも遅いが、それでも作業のはじめから参加し、自分なりのペースで最後まで行えることが分かるようになる。作業の導入部分での日課のこだわりを先に済ませ、作業がある旨を先に声掛けをし環境を整えていていった。今では、カードの理解も出来、スムーズに参加している。

3.今後の課題と展望
とはいえ、そもそもTEACCHとは地域生活をするために必要な生活技能や社会的スキルの習得を目指した包括的なプログラムということは上述のとおりである。当施設の行っているTEACCHは、自閉症の特徴に合わせ、職員もその作業を通して自閉症への理解を深めるということについては一定の効果は認められるが、そもそもの原則からは十分とはいえないことも承知している。
課題として簡単に述べると、施設に入所し学校を卒業してから行うため一貫性にも欠け、さらに施設内で完結していること。また午前中のみの実施であるため、生活全般にかけてアプローチが十分でないことが挙げられる。さらに自閉症へのアプローチは様々あり12)、そうした多様なアプローチに目配せすることによって、TEACCHに適していないと見なされている人たちへも理解が進むことが推測される。
最後に、今後の展望について若干述べると、TEACCHの導入によっていくつかの効果があったことは2-Fで述べたとおりであるが、それらを手がかりに日常生活への応用を行い、本人の自立度を向上させるような取り組みが求められると言える。
(2004.5.22)


  1. 太田ら(1992,P.2)によると、しばしば自閉症は子供の情緒(心因性)や行動に異常があればそれは養育環境に問題が必ずあるはずであり、その原因は親の態度や性格に求められた。また、分裂病の早期発症病とした見解があった。しかし現在は、否定され、脳の機能障害が強く推測される発達障害であり、行動的症候群とするのが妥当であるとされている。
  2. 自閉症の特徴について。佐々木(1994,xviii)参照。
  3. いわゆる記述式診断と呼ばれるもの。ICD-10,DSM-ivなど。あるいは、知能測定など。
  4. 詳細は柴田(2003,PP.30-32)参照
  5. 自閉症にとって同じ作業を繰り返すことが苦で無いという傾向から、稲庭うどんを入れる箱などを折る作業を行ったりしていた。しかしその依頼があったときのみで継続してはいなかった。
  6. 評価については(資料:1)として添付。本来、小児自閉症評定尺度(CARS)(E.ショプラー〔1985,46-63〕)などがTEACCHでは導入されている。
  7. 日誌については(資料:2)として添付。
  8. 教材についてはE.ショプラー(1988)が代表的。TEACCHではないが、太田(1992)等も示唆が豊かである。
  9. 事例的には(柴田〔2003,P.60,P.96〕)等参照。
  10. 知能指数などの利用者の一覧については阿部(2003,P.125)参照のこと
  11. 効果についての詳細は、阿部(2003,P.126-12及びP.167-170)参照
  12. 様々なアプローチについては、全日本特殊教育研究連盟(1989,P.34-47)参照。代表的なものとして、薬物療法、行動変容、認知療法、感覚統合法、動作法など。また、日本では太田(1992)によるStage別の認知療法がある。

引用文献
  1. 柴田静寛『自閉症の教育が楽しくなる本』無明舎出版,2003
  2. 阿部多智子「ぼくたちにもこんなことができた!」1)同書,123-127
  3. 阿部多智子「日課よりもこだわりを優先」1)同書,167-170
  4. E.ショプラー『自閉症の治療教育プログラム』ぶどう社,1985
  5. 全日本特殊教育研究連盟編『自閉症児指導の全て』日本文化社,1989
  6. 太田昌孝ら編著『自閉症治療の到達点』日本文化科学社,1992
  7. 佐々木正美監修『自閉症のトータルケア』ぶどう社,1994
  8. E.ショプラー『自閉症の発達単元267』岩崎学術出版社,1988

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