論文の書き方
私が論文を書く作業の大まかなことを書いていきます。あくまでも、一つの方法と言うことで参考にしてくれたらと思います。
1.なぜ論文なのか
論文を書く目的はたくさんありますが、施設現場で働いている中での論文作成は、まず現場のことを少しでも詳しく知りたいという動機に基づいています。論文は、そのためのツールと言えます。なぜなら、論文を作成する過程で、様々な文献を読みます。その中から、自分なりに学びたいことを抽出して、自分の意見としてまとめていきます。そして、自分の言葉と視点を紡ぎ出すことが出来るのです。
自分の意見を持つには、たくさんの文献を吟味して、考え、その妥当性を現実に照らし合わせてやっと周りにも伝えることが出来ます。逆に言うと、1冊では、その本の意見でしかなく、現実を照らし合わせなければ、それは絵空事です。確かに1冊の本にはたくさんの思いが詰まっています。しかし、その人の意見だけではなく、たくさんの思いを吟味することで、より現実を構成する様々な思いをまとめることが出来ると言えます。
2.論文の書き方の概略
まず日頃ちょっとした疑問や学びたいことを具体的に想定します。
その後で、その疑問はどのような分野で詳しいかを色々と探ります。
だいたいその分野が絞られたら、それを中心に何冊か本を買ってみます。
その本で引用されている文献を辿りながらより分野を絞りながら、検索をかけます。
検索の結果、文献を出来る範囲で収集します。
集めた文献を吟味しながら、どのような構成で論文を書くのか計画を立てます。
計画を立てたら、具体的に章立てをして書き始めます。
書きながらも文献を集めたりして、結論に向けてビジョンを組み立てていきます。
論文を執筆しながら、体裁と整えていきます。
だいたい5回くらい校正をして終了となります。
3.具体的な方法
- 例えば、重度の知的障害者の利用者は、なぜ成人になっても排泄が失敗するのかを疑問に思います。その時、発達的な障害によって排泄の自律性が阻害されていることに目星をつけます。
- じゃぁ、排泄が自律していく過程はどういう学問が扱っているかを考えます。例えば、発達心理(相手の言っていることを理解するとか)、身体的・神経的な面(脳と臓器の発達)、保健的(しつけ・育児など)な面で詳しい学問を探ります。その結果、発達心理学、小児医学(神経・身体中心)、作業療法(重症心身障害児のトイレトレーニング)、特殊教育(教育的な視点での排泄指導)、小児保健(トイレットトレーニングの一般論)が該当しそうだと範囲を決めます。
- その学問から、育児書や事典、ムックなどを参照にしながら自分が知りたいことがよく書かれていそうなジャンルを絞ります。この例で行けば、排泄がどのような過程で発達するのかを知りたいとより絞り込むことで、小児保健(一般論)が最も詳しく、発達心理(相互の働きかけ)はそのサブに位置づけ、エッセンスとして小児医学をかぶせると良いかナァと思うことにします。そして、方法論として知的障害児の排泄支援をしているのかは特殊教育や作業療法が詳しいと構成します
- 文献収集は、国会図書館のキーワード検索→WEB-CATで地元の国立大と出身校を中心に集めるだけ集めるだけリストにしていく。(詳しくは後述)
- 集めた文献はいったんじっくりと読み、学術的な到達点を確認しておきます。本当は排泄のこんなことを知りたいけど、今の段階ではこのくらいが研究として取り上げられているという具合です。
- その上で、論文の構成案→研究計画を立てて書き始めます(詳しくは後述)
- あとは概略の通り、章立て→吟味→執筆→吟味→校正としていきます。
4.文献の収集方法
文献の収集法は、先にも書きましたが、国会図書館のNDL-OPACのキーワード検索をします。検索は、一度に200件が限界なので、いろんな角度で検索をしてみます。また、年度は、うろ覚えですが6つくらいの期間で括られています。そして、年度を挟んで二つチェックをつけることが出来ますが、重複を避けるために一個のチェックをします。
先の排泄では、「排泄」、「知的障害」、「トイレット・トレーニング」、「発達」、「神経」、「訓練」などが当てはまります。
とりあえず、ヒットしたモノを【リストのまま】(詳細表示はさせずに)コピー&ペーストでテキストにしていきます。その後、膨大なリストから、明らかに必要のなさそうな論題をカットしていきます。またたくさんのキーワードで検索すると文献が重複することがあるので、それもカットしていきます。
文献を所蔵している「雑誌」によっては、引用するに値しない雑誌もあるのでそれもカットします。引用するに値しない雑誌とは、文章に引用文献を載せない雑誌だったり、ノウハウモノ。また明らかに分野が違う雑誌とかです。逆に言うと、大学紀要、専門雑誌でも引用がしっかりしているモノはとりあえず削除しないようにします。
その後は、雑誌を中心に並べ替えをして、次の検索をしやすくしておきます。
大体絞り込んだら、今度はWebcatで、雑誌がどの大学に所蔵されているかを調べます。その前に自分がどの大学まで探しに行くのかを目処をつけておきます。私は秋田の片田舎なので、一般人が自由に出入りできる地元の国立大と自分の母校だけにします。
WEBCATでは気をつけることは、正確に雑誌名を記入しないとちゃんと表示してくれません。また雑誌名でも「研究紀要」としか書かれていない場合もあるので、どの大学なのかを調べておく必要があります。
その結果、自分が調べにいく予定の大学に調べた雑誌が無い場合は、その文献を集めるのを諦めます。少なすぎる場合は、国会図書館にコピーサービスを頼むという手もありますが、実際に内容を見られないこと、それが集めるに足る論文なのかが分からないなど無駄に終わる場合も多いです。
いずれにしろ、膨大なリストも文献収集する予定の大学に合わせて、削除することで、かなり絞ることが出来ます。
暇なときにとりあえず文献収集に大学の図書館に行きます。そして実際に所蔵する雑誌を調べて、文献にざっと目を通します。その結果、とりあえずコピーを取っておいた方がよいモノかどうか確認します。明らかに自分がイメージしている内容から乖離していると思える論文は集めない方がよいです。
トイレットトレーニングでも、重心障害者の福祉機材の工夫とかが今回テーマでなくても、リストに紛れ込んでいる場合があります。そうした場合は、迷わずコピーせず元に戻すことにします。
結構この作業が一番苦しいのですが、自分の核になりそうな文献に出会うときもあるので、その時は何ものも代え難い嬉しさを感じることが出来ます。
論文の資料検索では、
小笠原喜康『インターネット完全活用編:大学生のためのレポート・論文術』講談社新書
が非常に役に立ちます。
まとめとして、
NDL-OPACでキーワード検索→リスト→絞り込み→Webcatで所蔵図書館のチェック→絞り込み→収集→必要な文献のコピーです。
5.論文を書き始めるまで
とりあえずイメージはあるモノの、実際に書き始めるまでにはもう少し時間がかかります。まず、文献をざっと読み込んで、いまの研究の到達点を確認しておきます。具体的に言うと、トイレットトレーニングのことを知りたいのだけど、いまはこのくらい理解が進んでいると文献で確認しておきます。
だいたい知りたいことが集まったと思ったら【研究計画】を立てて、どの順番で書いていくかを作っていきます。
論文では、まず【動機】【問題意識】【研究目的】【仮説・論旨】【対象】【方法】を決めていきます。
【動機】は、論文を書くきっかけになったことを書きます。
【問題意識】は【動機】と同じな場合もありますが、【動機】は素朴なきっかけ、【問題意識】はどうして調べないといけないのかを明らかにします。排泄を例に取れば、【動機】は排泄のメカニズムを知りたいと思った。【問題意識】は何も知らずに実際の業務を行っていることで間違った支援をしているのではないかとなります。
【研究目的】は【動機】と似ていますが、あくまでも論文の中で明らかにしたい内容を書きます。排泄では小児保健や特殊教育などの知見を借りて排泄のメカニズムや発達的視点によるトイレットトレーニングのあり方をまとめるとなります。
【仮説・論旨】は、まずもって自分が「こう考えている」と言うことを表明します。実験や統計調査では仮説は必要ですが、文系の論文では、【研究目的】から抽出して、とりあえず「このようなことを考えている」といった表明をします。
【対象】は、研究目的から論文が対象とする、人・モノ・コトを措定して、それがどのような側面において描き出すかを決めます。排泄では、重度の知的障害者を対象とし、具体的な排泄自律の方法論と言うよりも発達的視点の認識をめざすと言った具合です。
【方法】は論文がどのような方法で進めるかです。実験なのか、文献中心なのか、調査なのか。そして論文の組み方を作っていきます。排泄では、一般論の排泄のメカニズム→発達的視点の記述→知的障害の特殊性の記述→応用として事例をもとに考察など文章の流れを考慮しながら組み立てます。
その後、構成案を組み上げます。構成案は、実際にどのような順番で書くのか、章立てや節の設定をしていきます。できるだけ考え抜いてしっかりした構成を組むと、論文が破綻することが少ないので、是非作ることをお薦めします。
例えば、第1章 排泄のメカニズム 第1節 身体的メカニズム 第2節 脳と神経…第2章 発達的視点の重要性 第1節 なぜ発達的視点なのかと言った具合に作ります。
しかし、論文を組みながら書いていっても、あちこちで書き足していかないといけないことが出てきたりします。その時は、その都度、調整する必要があります。
このように研究計画と構成案は大事な作業です。大枠を作ることで、論文が破綻することを防いでくれます。
研究計画例
療育研究計画案
「福祉労働者の自律について」計画案
修士論文研究計画
構成案例
修士論文構想案
6.論文を書きながら
あとは論文を書くだけですが、それは人それぞれなので助言することがありません。
論文の注釈や書き方のルールは、
小笠原喜康『大学生のためのレポート・論文術』講談社現代新書,2002
に詳しいので是非目を通してください。
ただ長い論文を書く場合は、行き詰まったり、これまで書いてきたことを振り返りながら、まとめていくと頭の中が整理されてきます。その時には、【中間評価】を自分なりにすることを薦めます。【中間評価】は、これまでどんなことを明らかにしてきたのか、そしてこれからどうするのかを簡単に書き留めていくのです。そして、どんな文献を使うのかなどをまとめていきます。
これをするとより論文の構成がスッキリとしていきます。
中間評価例
「福祉労働者の自律について」中間報告
修士論文中間発表
7.おわりに
論文を書きながら、色々と知らないことや新しく知りたいことが出てきます。それらをメモに残していきながら、次の論文のテーマにしていったりと広がりが出てきます。この広がりこそ、自分の広がりとも言えます。
論文は書くのは大変ですが、書き上げたときは何とも言えない充実感があります。はじめは自分の書く力に嘆きながらも次の文章ではもっと上手に書こうとか、こうしようと言った課題が出てきます。それらを見つめながら、徐々にうまくなっていくと思います。
まずは書くこと。どんな形であっても、まとめること。そして、できるなら人に見てもらう。そうした中で徐々に成長していくと思います。
2007.4.25