■ 「八百屋お七」が眠る円乗寺
あまりにも有名な「八百屋お七」の物語。井原西鶴の『好色五人女』などさまざまな脚色がありますが、主なストーリーをご紹介しましょう。
江戸時代もようやく爛熟期を迎えた天和2年(1682年)、江戸の町では天和の大火が起こり、八百屋の娘、お七の一家は菩提寺の円乗寺に避難することになります。そこで、お七は寺の小姓佐兵衛(吉三郎とする説もある)と恋に落ち、「もう一度火事が起きたら佐兵衛に会えるかもしれない」との想いから火つけをしてしまうのです。江戸の当時、放火は大罪、天和3年3月29日、哀れお七は鈴ヶ森刑場にて火あぶりの刑に処されてしまうのです。これが恋のために命をかけた情熱の女性「八百屋お七」の逸話です。いくら放火は重罪とはいえ、戦乱時以外で女性の火刑が行われたのは、お七ただ一人とされています。放火という大罪を犯したものの、恋のために命をかけたお七に人々からは同情の声が集まり、北は蝦夷・松前、西は京・大坂、南は薩摩・琉球と全国津々浦々で瓦版が出たといわれています。
現在、円乗寺には3つの墓が祀られていますが、中央は寺の住職が供養のため建立したもの。右側は寛政年間(1789〜1801)に歌舞伎役者の岩井半四郎がお七を演じて好評だったことから建てられました。そして左側の墓石は近隣の有志が集って、270回忌の供養で建立したものです。
また、円乗寺には、お七が恋人の夢枕に現れて、西方極楽浄土に往生したと告げた折に、残していったといわれる地蔵尊が祀られています。この「八百屋於七地蔵尊」は「良縁成就」「家内安全」「開運招福」「厄除け」などに御利益があるとされ多くの人々が今も参詣しています。
恋に生きた女性が祀られているお寺ですから、もちろん「良縁成就」をお願いした私ですが、なぜか誤って地蔵尊ではなく墓石にお願いをしてしまいました。あはは〜。どうなんでしょう、御利益はあるのか? 皆さまは、墓前で手を合わせたあと、きちんと地蔵尊の方にもお参りしてくださいませ。
さて、またしても遅々として進まぬぶらり江戸めぐりでしたが、次回は史跡以外にもおもしろそうな「江戸もの」を探してみたいと思います。よろしければまた、おつきあいください。
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円乗寺:割合こぢんまりとしたお寺なのですが、お寺の前に「八百屋お七墓所」と書かれた石碑もあるのですぐわかります。
お彼岸だったせいか、お墓の前には綺麗な花がたくさん供えられていました。
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